蛇の道は蛇 後編
この物語はフィクションです。
危険な行動、調理などはおやめください。
危険な薬物を売買し多くの人々を苦しめ、私腹を肥やす悪党が騎士団長に収まっている。
それはそれこそ、どんな手段を使っても排除しなければなるまい。
しかしガイカクはその手前で止まっている。違法行為と悪事は、必ずしもイコールではないのだ。
「あの……ウェズン卿、一応お伺いしますが……ガイカク卿は、本当に危険薬物の売買をしていないのですか?」
「ティストリア様もそこ
「……安心していいのか、悪いのか」
オリオンの確認に対して、ウェズンは誠実に答えた。
実際のところ、彼やその配下が調べたのでそこは自信を持っている。
「その……彼が向かった先で、病で苦しんでいた幼い男爵様がなぜか快癒したり、リザードマンから暴行を受けたエルフの女性がなぜか治ったりという話はありましたが……薬物中毒者が出た、行方不明者が出た、あるいは不正にお金が支払われたということはないのです」
誰かを損させれば、必ずそれは残るのだ。
狭い領内でなら多少のごまかしも効くが、広範囲で活動していれば絶対に痕跡が残る。
つまり、被害者が出るのだ。
被害者がいないのだから、加害者ではない。犯罪者かもしれないが、極悪人ではない。
悪党ではあるが、セーフのラインだった。
そもそもガイカクに順法精神があるなら、生徒たちは死んでいる。
なので三ツ星騎士団にもウェズンにも、ただの犯罪者を糾弾する気力はなかった。
「彼が外から購入している物も、火薬や武器防具など、『普通の武器』ばかりでして……値段も相場です」
「不当に着服していることもないと……」
火薬や武器防具の購入が普通、というのは騎士団だからだろう。
なんなら、予算の使い道としては、一番順当である。
「ですが……なぜわざわざ無許可で……完全に違法とされているものまで……」
「わかりません……」
「絶対に許さん! 薬物の乱用売買など、騎士団長たる俺の手で排除してやる!」
割と本気で怒っているガイカク。
その姿を見て、ウェズンも三ツ星騎士団たちも退いていた。
「あの、ガイカク卿……生徒の看病は……」
「む! その点はご安心を! 使われている薬物の特定を済ませたら、すぐに戻りますので! その後は三ツ星騎士団にお任せします!」
「それはありがたいのですが……そんなにすぐに特定できますか?」
「ご安心を!」
輝かしい朝日の中、その太陽に照らされる騎士団長、ガイカク・ヒクメ。
栄光に包まれる彼は、自信満々に断言した。
「私は危険薬物については、原材料の栽培法から加工方法、人体にどのような影響を与えるのか、治療法は何か……全部この世の誰よりも詳しく熟知しております!」
今騎士団の目の前に、まさに原材料があるわけなのだが……。
それを根拠と思えばいいのか、悪い材料と思えばいいのか、誰にも分らなかった。
※
騎士団総本部近くにある、大きな町。
その病院の一つに、現在薬物中毒が疑われる少女が、警備されつつ入院していた。
専門の医者たちもその薬物を特定できず、どうしたものかと困惑していたところで騎士団に連絡した。
なぜかティストリア本人が来て、『一応念のため』と言って奇術騎士団との接触を確認し……。
何もないことを確認した後で、彼女は配下の騎士団を呼んだのだった。
それで来たのは、なぜか三ツ星騎士団の全員と、ガイカク・ヒクメである。
病室に来たガイカクは、警備を担当している兵士の前で、いつものようにふるまい始めた。
「おお、ティストリア様……お元気そうで、何よりでございます!」
「ガイカク卿、貴方は養成校の生徒の治療を担当していると聞いていましたが?」
「はい、それはもちろん。首尾よく治療し、一名を除いて意識が戻るのを待つばかり……その一名も、治療のめどが立っております」
「そうですか……オリオン卿、どうですか?」
へりくだりまくるガイカクに対して、ティストリアは眉一つ動かさない。
もちろんオリオンもそれが分かっているので、一々反応しない。
だがそれを知らない者からすれば、一種奇妙な、かみ合わない会話に見えていた。
「ガイカク卿とその部下の尽力によって、生徒たちは救われました……本当に、感謝の念に堪えません」
「そうですか、生徒たちも広い意味では私の部下。また国家に貢献する、優秀な人材です。それを救ってくれたことには、感謝します」
「おお、もったいないお言葉……!」
「ですが、治療中であるにも関わらず、その場を離れたことは感心しません。速やかに戻ってください」
(それはそうだな……)
ティストリアの普通の突っ込みに、ウェズンは納得する。
少しくらい大丈夫だろう、というのは少々不安な判断だった。
「お許しください、ティストリア様……このガイカク・ヒクメ、薬物に関しては専門でございますれば……薬物の特定を済ませ次第、下がらせていただきます」
「そうですか、ではお願いします」
あくまでも事務的なティストリア。
フードを被っていたガイカクは、彼女から許可をもらうと気を失っている少女に近づいた。
「ん?」
近づいた段階で、ガイカクは小さく奇声を発した。
それは彼女に残る、匂いによるものだった。
「ちょいと失礼」
その匂いであたりをつけたガイカクは、気絶している少女……十代後半、患者用の簡単な服を着せられている彼女の『口の中』を確認し始めた。
口を無理やり開けて、その内部をじろじろと見る。
また瞼を開けて、彼女の眼球を確認し……。
「良かった~~……ウチから流れたもんじゃねえや。部下には作り方を教えてないから大丈夫だと思ったけど、万が一とかあるもんな~~」
思いっきり不適切な言葉を使うガイカク。
それを聞いてオリオンもウェズンも、ちょっとドキドキしていた。
どうやら薬物の特定はできたようである。
「これ、いわゆる薬物じゃありませんね。『ポケットの中のキス』と言う、毒です」
「ポケットの中のキス……確か、禁輸品ですね」
ガイカクが『毒物』の名称を言ったところ、ティストリアはそれが禁輸品であると理解していた。
専門外ではあっても、法律に触れることには詳しい様子である。
「ええ、おっしゃる通り。ラミア種が好んで食べる、毒を混ぜた飴です」
「ど、毒を混ぜたアメ、ですか? ラミアには毒を持つ者がいると聞きますが、そんなお菓子まであるのですか」
「ええ……ラミアの中でも毒性を持った種が、その毒を飴に封じて作ったものです。飴なのですから加工段階で加熱しますし、なにより口から接種するので胃液でさらに毒性が弱まり……まあ無害になります」
ガイカクはその場で、なにやらメモを始めた。
「ただ、口内炎や虫歯などがあると、そこから毒が血液に入ってしまうため、食べるとこのようにショック症状を引き起こします。これは腐ったミカンを食べないのと同じぐらい、ラミアにとって常識なのですが……まあ、知らなければそれまでですね」
メモを書き終えると、それをオリオンに渡す。
「オリオン卿、この処方箋を彼女の担当医にお渡しください。合法の範囲で手に入る薬で処置が可能なので、私が無駄にでしゃばる必要もないかと。それから彼女のご両親に、最近ラミアと接触がなかったかを確認してください。おそらくラミアの旅芸人が、悪気無く売ったものでしょうが……それ周りを調査なさるとよろしいでしょう」
「しょ、承知しました」
「ああ、裏を取りたいのであれば、騎士団内部のラミア種に聞けば、すぐわかると思います。その国では、割とよくある症状なので……それでは」
ガイカクは頭を下げると、そのまま去っていった。
ウェズン卿もそれについていく形で下がり……病室に残ったのは、ティストリアとオリオン、そして警備の兵だけであった。
「彼が優秀で助かりましたね」
「そ、そうですな……彼の知識、技量には驚かされるばかりです……」
メモを渡されたオリオンは、ティストリアの言葉に短く返事をすることしかできない。
(本当に優秀な男だ……危険だが、それでもなおお釣りがくるほどの優秀さがある……!)
ガイカク自身も言っていたが、詳しく調べればなんとか結論に達することができただろう。
未知の薬物と決めてかからず、毒だと疑えば少し早かったはずだ。
だがそれでも、速やかに解決したのは彼の知識あってこそだろう。
「失礼します!」
そう思っていると、エルフの医者が病室に入ってきた。
いや、飛び込んできた、と言ったほうがいいかもしれない。
「こ、この病室に、ガイカク卿がいらしたと……そ、それで、攻撃性生体魔法陣を受けたエルフへの、治療を行っている最中だとも……!」
やや興奮気味の、若いエルフ。
彼はティストリアに対して、嘆願を始めた。
「ぜひ私も立ち会わせていただきたい! いえ、そうでなければ、カルテの開示を! 閉塞しているエルフの医療に、新しい道を開きたいのです!」
それに対して、ティストリアは……。
「騎士団の業務ではありません」
事務的に対応するのであった。
(恐ろしいお方だ……! 私にこれがいえるかどうか……これが総騎士団長の器!)
震撼するオリオン。やはり上に立つ者は、これぐらい情に流されず、必要なことだけをしなければならないのだろう。
※
数日後、まだ意識の戻らないエルフの生徒を除いて、全員が退院した。
体に痣は残っているが、それも治療できると伝えたうえで、一旦帰らせた。
残ったエルフの為にガイカクは尽力しているが、多分何とかなるであろうし……。
何とかならなかったとしても、それは仕方あるまい。少なくとも、三ツ星騎士団は彼を咎めないだろう。
そんな状況で、ガイカクは割とご機嫌だった。
ダークエルフとベッドを共にしているときも、その上機嫌さが分かったほどである。
「いや~~、一番難しそうなところを口説き落とせてよかったぜ! 治療は大変だけど、頑張れば完治させられそうだし、これで見通しは明るいな!」
「あの、御殿様……」
「お前たちも頑張ってくれたしなあ~~! やっぱダークエルフがいると楽だわ!」
「それはいいんですけども……」
ダークエルフは、生活が不規則になっても体調が崩れない。
雑に言って、徹夜に強く、そのまま二徹三徹にも耐えられる。
もちろんある程度の睡眠は必要だが、それでも他の生き物よりは不規則な生活に強い。
そういう意味では、人間以上の持久力を持つと言っていいだろう。
その彼女たちが徹夜で看病をしてくれることもあって、他の面々への負担はとても軽くなっている。
何分二十人もいるので、手も足りていた。
「お前たちのために作った病院だが……こんなふうに役に立つとは思わなかったぜ!」
「そ、そうですね……」
「三ツ星騎士団から協力を取り付けられたから、他の騎士団への橋渡しもできる! いやあ、順調順調!」
ダークエルフは、思うのであった。
(怪我人の面倒見ます、って言えば、他の騎士団も従ってくれるのでは……)
騎士団は武装勢力です。
酒の販売、医療行為、古本の取引は業務ではありません。
これにて、また一区切りとさせていただきます。