蛇の道は蛇 前編
思いついたので、三話だけ投稿いたします。
さて、底辺奴隷騎士団が奮起して、数日後のことである。
ガイカク・ヒクメの寝室に、一人のダークエルフが訪れていた。
種族差が大きいエルフとダークエルフだが、貞操観念は同じく強いものであり、彼女としてはそれなりに勇気を出したものである。
そして肌を重ねた後の彼女は、少々ためらった後、本題を切り出した。
「先日の戦いが終わってから、皆は奮起しました……ですが、その……具体的にどう解決するのですか?」
同じベッドで寝ているガイカクへ、彼女は素直な疑問をぶつけた。
奇術騎士団はガイカクのワンマン経営であるため、彼が決めないと何もできない。
その彼が、今後の打開策をどう考えているのか。
後ろ向きな彼女たちとしては、疑問だったのである。
「根本的な解決は無理だ、名声が上がればその分狙われる。奇襲の警戒にも限度はある」
「そう、です、よね……」
「俺にできるのは、ライヴスの強化や新兵器の導入……あとは、他の騎士団との連携だな」
今までのガイカクたちは、軍とあまり関係のない仕事をこなしていた。
だが軍と関われば、強大な敵から、精強なエリートから、標的にされる。
しかしそれは、悪いことばかりではない。
「他の騎士団と、連携、ですか?」
「ああ。規模の大きい戦場に向かう場合は、複数の騎士団が派遣されるんだ。それなら他の騎士団と、得意不得意を補い合えるだろう?」
現在この国には、奇術騎士団を含めて六つ、総騎士団長直属を含めれば七つの騎士団がある。
これらは精鋭部隊であり、それこそ戦局を変える力を持っている。
先日の小規模な戦場で、千人の軍に二十人のオーガが加わっただけで大きく変化があったように……。
突出した戦力があると、そこを軸に相手を押し込めるのだ。
とはいえ、それにも限度はある。
戦場の規模が大きければ、複数の騎士団が同じ戦場に投入されることになる。
というか……普通はそうである。騎士団一つで解決するような戦場には、逆に騎士団が投入されないからだ。
先日すべての騎士団が出払っていたのも、そういう事情からである。
「うまくいきますかね?」
「さあなあ……こればっかりは、やってみないとわからねえ」
他の騎士団と協力関係を築くというのは、仲良くする、信頼を勝ち取るということだ。
いろいろな意味で普通ではない奇術騎士団が、それをこなすのは大変そうだった。
「まあボチボチやるさ、俺には手札が山のようにある。利用価値を示せば、きっと利用しあえるだろう」
(多分この人は、騎士団に属さないほうがいいんだろうなあ……)
ガイカク・ヒクメの元で働く彼女は、言わないほうがいいことを学んでいたのだった。
※
騎士団総本部。
つまりティストリアが働いている、騎士たちの本部。
フードをすっぽりかぶって、正体不明を演出するガイカクは、今現在そこの一室にいた。
そのすぐわきには、ティストリア直属の正騎士、ウェズンが立っている。
だが彼がガイカクと話をするわけではない。ウェズンはあくまでも、立会人である。
ガイカクと会談をするのは、彼の正面にいる男だった。
三ツ星騎士団団長、エリート獣人、オリオン。
年齢は三十代中ごろ、まだまだ現役の、屈強な男戦士である。
「ガイカク卿が配下を率い、騎士団入りして久しい。にも拘わらず、挨拶が遅れてしまったことをお詫びする」
「ひひひひ! なに、騎士団がお忙しいことは、新参者の私にもわかったこと! 稀に休暇があったとしても、英気を養うのが当然! 挨拶が遅れても、仕方ありませぬぅ……!」
(相変わらず、道化めいた御仁だ。聞くところによれば、エルフの森ではそう振舞わなかったらしいが……)
道化めいた振る舞いへ不快感を示さず、しかしオリオンは極めて厳しい態度をしていた。
「他の騎士団がどうだったのかはわからないが、少なくとも私はそうした理由で会わなかったのではない。ガイカク卿、奇術騎士団の仕事ぶりが耳に入るまでは、動くつもりがなかっただけのこと」
「げひひひひ! では私に目があると評価してくださったのですね?! なんという僥倖!」
「ティストリア様のことを疑うわけではないが、やはり世間の評価こそ第一。それがある程度出たので、こうしてあった次第」
会話になっているようで、会話になっていない。
オリオンは、ガイカクのベタなお世辞になんの反応も示していなかった。
「あえて申し上げる。卿らは騎士団にふさわしくない、と私は考えている」
(そうだろうな……)
あくまでも平静なオリオンの言葉に、ウェズンはさほど驚きを見せなかった。
さて、新参者にして、もっとも騎士団らしくない騎士団。それがガイカク・ヒクメの奇術騎士団である。
ではもっとも騎士団らしい騎士団と言えば、まさにオリオン率いる三ツ星騎士団である。
というのも、元をただせば騎士団とは、三ツ星騎士団から始まっている。
そもそも騎士団とは、人間に限らず、この国の出身者、エリートで構成されていた。
騎士を養成する学校で文武を学び、実力を身に着けて卒業。そして軍の精鋭という形で、国の守りに就く。
それが騎士団の始まりであった。
だが騎士団、エリートの集団がどれだけ有効か判明すると、既存の軍に属しているエリート、あるいは他種族の国や里からの招集したほうがいいのではないかということになった。
そうして、『養成校を卒業していないエリート』で構成された騎士団が作られ始め、それらを統括する総騎士団長という役職が生まれるに至った。
だが騎士の養成校は現在も残っており、多くの優秀な正騎士、従騎士を輩出している。
その彼らは他の騎士団にも属しているが……養成校の卒業生だけで構成されている、純粋な騎士団こそが『三ツ星騎士団』なのだ。
戦場で名を上げて、召し抱えられたたたき上げの騎士からは『温室育ち』と揶揄されることもあるが、その実力は彼らに劣るものではない。
もっとも由緒正しき騎士団、と内外から評価されるこの騎士団は、だからこそ騎士団全体の規範であろうとしていた。
騎士団の仕事をしていればそれでいいだろ、という奇術騎士団の対極に位置すると言っていい。
「もちろん、貴殿やその配下の働きを軽く見ているわけではない。この短い期間で多くの武勲を上げておられるし、それを疑っているわけでもない。だが騎士団らしくない、というのは気になるところだ」
「おお、おおおお! なんという厳しいお言葉、背筋がふるえ、凍えてしまいまする……!」
「聞けば貴殿は、元々伯爵の元で裏仕事をしていたとか……納得の振る舞いだが、騎士団になったからには改めていただきたい。そして……」
オリオンは、はっきり言った。
「ガイカク卿には、違法行為、あるいはそれに近い振る舞いで、事件を解決しているという噂がある。それを手品のように解決と言っているが……好ましくないな」
ガイカクを認めたのは、総騎士団長ティストリアであり、またハグェ公爵もそのスポンサーという形で後ろ盾になっている。
その彼に対して、ウェズンの前で、好ましくないと言い切った。
それは彼の誠実さの表れである。
「ここで真偽を問うつもりはない。また、それをティストリア様に求めることもない。ただ我らは、奇術騎士団を信頼できない。そのうわさがあるだけで、国家全体へ良くない影響を及ぼす」
なんの反論もできない、完ぺきな理論であった。
「騎士団は、正しくあるべきだ。そう思われるように、全力を尽くさなければならない。そうでなければ、『結果さえ出せば違法行為も許される』という誤認を、周囲に与えてしまうからだ」
正しくあろうとする彼は、どこまでも正しい。
「『何に恥じることもなく、生真面目に仕事をすれば報われる』民のあるべき姿、その規範となるのが騎士団。それから外れている貴殿に対して、歩み寄ることはできないのだ」
「おおおお! そこをなんとか、御慈悲を~~~!」
「話は以上だ、失礼する」
縋りつこうとする……するだけのガイカクを置いて、オリオンは去っていった。
残ったのは、ウェズンとガイカクである。
「その、残念でしたな、ガイカク卿」
「ええ、残念です。三ツ星騎士団とは、ぜひお近づきになりたかったのですが」
さっきまで縋りつこうとしていたガイカクだが、ケロッとしていた。
もちろん一種のウソ泣きだったのだが、やはり誰も騙せていない。ここまで来ると、もうただのポーズである。
「申し上げておきますが……オリオン卿も、貴方や部下を否定しているわけではないのですよ。関係を断つつもりでありながら、武勲をたたえるのは茶番。そう思って、口にしなかっただけなのです」
ティストリアが騎士団を増やしたことに、さほどの反対はなかった。
騎士団にふさわしいかどうかには議論があったが、七番目の騎士団は強く求められていたのである。
それも、叶うなら、まったくの外部勢力が好ましかった。
既存の軍隊から引き抜くのでは、結局同じだからである。
そういう意味で、ガイカク率いる奇術騎士団は理想的だった。
既存の軍から引き抜いたわけではないし、どの外部勢力にも借りを作らずに済んだのだ。
だからこそ、どうかな~~、と思われつつも受け入れられているのである。
「おお、そういっていただけると、ありがたい……よよよよ!」
「ガイカク卿、よろしければ私と話をしていただけませんか? 私から貴殿へ話したいことがありますので」
「喜んで! ひひひひひ!」
もちろんウェズンも、その一人である。
むしろ総騎士団長直属だからこそ、奇術騎士団のおかげで仕事が回っていると理解していた。
「では、失礼して」
先ほどまでオリオンが座っていたところに、ウェズンが座った。
そしてガイカクを正面にして、ティストリアの近況について語り始めたのである。
「ご存じかと思いますが、貴殿の働きぶりは依頼者からも好評です。お礼の手紙が、定期的に届くほどですよ」
「ええ! ええ! このガイカク・ヒクメ……寝る前に読み、ニヤついておりまする……承認欲求が満たされますなあ」
オリオンも認めていたが、仕事はちゃんとするガイカク・ヒクメ。
普通なら放置されてしまう、あるいは時間がかかってしまう仕事をクレバーに、スマートに、堅実に解決する手腕は評価が高かった。
「そして、その……貴方の仕事ぶりを聞いて、名指しで仕事の依頼や、会談を望む方も多く……」
「そうらしいですなあ」
「ほとんどは、ティストリア様がお断りをしております」
「なんと、お手間を取らせて申し訳ない……! このガイカク・ヒクメ、なんとお詫びをしていいのか……!」
「いえ、貴方は悪くありません! 悪いのは、その……その、依頼をする者たちでして……」
言っている一方で、悪いのかなあ、と疑問に思うウェズンであった。
「その……貴殿がアルヘナ伯爵領でふるまった酒について、商談がしたいと……」
「奇術騎士団は酒屋ではないのですがなあ」
「エルフの評議会が、ガイカク卿を医師として招きたいと……」
「私は医者ではないのですがねえ……」
「メドゥーサ前線の将校が、貴殿がふるまった料理についてレシピを知りたいと……」
「私どもは飯屋ではないですねえ……」
「オークションの運営から、貴殿の所有する希少本についての問い合わせが……」
「……うちは古本屋じゃねえっての」
「……ティストリア様も、そうおっしゃっていました」
ガイカクに黒い噂が絶えない一方で、依頼者からの評価が高いのは、シンプルに『賄賂』を疑われているからである。
まあ実際、そういう面もある。だがただの金銭ではなく、豊富な手札による『上品な賄賂』であることが多い。
そのため賄賂を贈った相手やその周囲から、しつこく接触を持たれることが多いのだ。
だがガイカクは騎士団長であり、仕事の依頼や接触を持つには、ティストリアを通す必要がある。
そしてそのティストリアは、ガイカクにけっこう近い感性を持っていた。
なのでばっさり切り捨てている。
「ティストリア様にお手間を取らせているようで、申し訳ありませぬ……」
(心にもないことを……まあ、ティストリア様もそう思っていらっしゃるが……)
なんだかんだ言って、仕事はちゃんとしているガイカク。
そのため相手もクレームを出しにくく、よって強く出られない。
ティストリアが『それ騎士団の仕事じゃねえから』とはねれば、それで終わってしまうのだ。
「ともあれ、貴殿の手腕は誰もが高く評価しておられる。その貴殿なら、あるいは三ツ星騎士団とも、手品のように良好な関係を築けるかとも思っていたのですが……」
「ははは! なんですか、それは!」
割と素で、気安く笑っているガイカク。
「手品のように仲良く、など聞いたことがありません! ウェズン卿は、ご冗談がお下手ですなあ!」
「これは失礼」
「自分で言うのもどうかと思いますが……まあ仕方がありません。これは芽がないと諦めて、他の騎士団に対してアプローチをさせていただきますよ」
人間関係に、手品などない。
仲良くしたくないというスタンスは、それはそれで認めるべきだ。
ガイカクは残る四つの騎士団とどう仲良くなるべきか考えて……。
「失礼します、ウェズン卿、ガイカク卿! 現在本部の外に、三ツ星騎士団が、団長であるオリオン卿を筆頭に勢ぞろいをしております!」
「な、なんだと?!」
「……なぜ」
慌てた様子で、本部の従騎士が入ってきた。
いくらここが本部とはいえ、さっき帰ったばかりのオリオンがいることも含めて、普通ではない事態であった。
※
エリート獣人であるオリオンを団長とする、三ツ星騎士団。
百名の人間の従騎士と、ケンタウロス、オーガ、ダークエルフ、獣人の正騎士による騎士団。
その精強なる顔ぶれが、極めて真剣な雰囲気、剣呑な雰囲気をまとって、総騎士団の前に整列し……。
外に出たガイカクの前で、頭を下げていた。
「先ほどまでの失礼、深くお詫びする! どうか、我らに協力を!」
全員がそろって、最敬礼、嘆願の構えであった。
「……ガイカク卿、どんな手品を使ったのですか」
「何もしてねえって、マジで」
高速で回転した掌に、ガイカクもウェズンもびっくりであった。
次回は15時、18時に予約投稿済みです。