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真実を一つにする努力

 公爵といえば、大貴族である。

 その屋敷は今までガイカクが巡ってきたどの屋敷よりも立派で、とんでもなく大きい。

 その中にはたくさんの著名人と、もっと多くの使用人がいる。


 その中で殺人事件が起きたということで、大勢の容疑者が浮上した。

 というか、その屋敷にいるほぼ全員が容疑者になっていた。


 ラサル・ハグェ前公爵が希少本を寄付するということで、美術館やオークションの重役が大勢来ていたこともあって、それはもう大変なことになっていた。

 公爵家で殺人事件が起きただけでも大問題なのに、ここで事態をさらにややこしくしたのは、ラサル・ハグェ本人が『殺された司書は私の非嫡出子だ』と公言してしまったことだろう。

 彼はでっちあげの犯人や、真犯人が画策した身代わりなどを一切許容せず、真犯人が分かるまで一人も出さないと言い切った。

 しかも自分以外の誰も信じない、屋敷にいた人間全員を疑うと言って、外から兵を呼んで監視下に置いた。


 そして……真実を明らかにしうる者を呼ぶことにしたのである。



 事件開始から、十日ほど経過していた。

 使用人や招待された客、あるいは公爵家の人々は、全員がうんざりする状況に追いやられていた。

 当たり前だが、ほとんどの者は殺人事件と無関係なのである。各々で自分は犯人ではないとわかっているので、とんでもないことに巻き込まれた、さっさと解放してほしい……などと考えていた。

 だが先代の公爵に逆らえるわけもないし、なにより現公爵もそれを止めなかった。

 なんなら、連名で奇術騎士団へ依頼をしたほどである。


 もうこうなったら『俺は犯人じゃないから帰る!』なんて言っていられる状態ではない。

 仮にそれをしたら公爵を敵に回すことになって、村八分どころではなくなるだろう。


 だが文句を言える立場の者からすれば、そりゃあ文句を言いたくなる。

 現公爵たるサビク・ハグェの妻は、彼に対して文句を言っていた。


「あなた……もうこんなみっともないことはおよしください。お父様を説得なさって!」

「……お前はそう思うか?」

「ええ! こんなの大恥です! 適当な下手人を仕立てて、解決ということでいいじゃありませんか。本のほうも、本気で探せば見つかるでしょう!」

「……そうか」


 サビク・ハグェは、三十代の男性である。

 その妻も同じ年であり、はっきり言って関係は良好だった。

 だからこそ、割ときついことも言えていた。


「だがな、それはもう手遅れだ。一旦こういう形になった以上、見つけなければ我らの沽券にかかわる。それに……私としても、解決してほしいしな」

「なぜ?」

「決まっているだろう、私がやったと思っている者がいるからだ」


 サビクは、それはもう憤慨していた。


「実のところ、殺された司書が私の腹違いの兄弟であることは、この屋敷内ではそれなりに有名だった。それでこの事件だ、『公爵様が犯人だと面白い』と思うものが出るのは自然だろう」

「は? なぜ? 貴方はもう五年以上前に公爵の座を継いでいて……非嫡出子にその座を奪われる、なんてことを心配しなくていいのでは」


 どの家でも言えることだが、家督争いで兄弟骨肉の争いが起きるのは自然だ。

 また非嫡出子であっても、父親がバカをこじらせて『この子を跡取りにする!』と言いだすこともないではない。

 だからこそ、家督争いのさなかでなら、非嫡出子も一応殺しておくか、となってもなくはない。

 だがその争いは、とっくに終わっている。というか当時でも、ラサル・ハグェは司書を候補の一人に数えなかった。


 つまり……サビクが司書を殺す理由がないのである。


「逆だ。私としても、『跡目争いで腹違いの弟を殺した』という噂が流れる分には我慢できる。実際それぐらいのことはどこでも起きているし、私も場合によっては実行したからな」

「?」

「私が嫌なのは『ラサルが本当に愛していたのは司書の方』『サビクはそれに嫉妬して弟を殺した』なんて噂がながれることだ」

「……ええ?」

「噂に真偽は関係ない。そうだったら面白い、ということを口にする輩はいつでも現れる」


 そしてサビクは、正統な理由があるのなら、その風聞にも耐えられた。

 だが世間から『現公爵はファザコン』とか言われるのは耐えられなかったのだ。


「それに……使用人たちからしても、他人事ではない。真面目に仕事をしていた司書が……しかも先代の息子が殺されたのに、誰も真面目に犯人を捜さない。それをどう受け止める?」

「……たしかに不信を買うわね」

「あまり長引かせれば使用人たちも嫌がるが、早く諦めると嫌われる。そうなってみろ、私たちも使用人を信用できなくなるぞ」


 真実にたどり着けるのなら、それが一番ではあるのだ。

 とはいえ、公爵家が関わっている以上、真実はとても難しい。

 公爵夫人が言ったように、いくらでもでっち上げられるのだから。


 そう思っていると、二人の前に兵士が現れた。

 殺人鬼がいるかもしれないということで、彼も武装している。


「失礼します、公爵夫妻。先代様が、皆を広間に集めろと……奇術騎士団の団長が、到着なさったと」

「そうか……」


 新進気鋭の騎士団長、ガイカク・ヒクメ。

 どんな難事件も手品のように解決するという、とんでもない知恵者とのうわさだ。

 容疑者の多すぎるこの事件も、あっさり解決できるかもしれない。

 そう期待して、二人は大広間に向かって歩いて行った。



 噂には、裏付けなど必要ない。常に無責任でいい加減で、適当で大雑把。

 ただ、楽しければそれでいい。妄想して面白くて、人に話して面白くて、面白がってくれればそれでいい。

 噂なんてそんなものである、だって真実なんてほとんどの者にとってはどうでもいいのだから。


 公爵邸の大広間に集められた、容疑者たち。

 この大広間にふさわしい紳士淑女と、そうではない使用人たちがごっちゃになっている。


 先代公爵本人さえも容疑者扱いとして、その場に混じっていた。

 既に五十代を過ぎている彼は、それでも毅然とした態度で『探偵役』を待っている。


 その堂々たる姿を見れば、ひとりの父親が息子の死について真実を待っているようにしか見えないだろう。

 だがそれも悪意を持っていれば『いやむしろ怪しい』『彼が呼んだ探偵は、こじつけをするだけではないか』ととらえてしまう。

 それこそ、恣意的に。


 だがしかし、それでも探偵役を待つのは、一同もまたそのショーを期待しているからこそ。

 この閉塞を打ち破りうる者の登場を、誰もが待っていた。



「どうも、紳士淑女の皆様。この度は集まってくださり、まことにありがとうございます」



 まさに満を持して、如何にも探偵っぽい振る舞いの男が現れた。

 今回はシルクハットにタキシード、いかにも手品師という服装のガイカク・ヒクメ。

 彼はまるでショーやミュージカルのように、大げさに歩きながら現れた。


 その姿を見て、これ騎士団長? と思いかける一同。

 しかし公爵が呼んだのだから疑うことも許されず、ただただ黙って見守っていた。

 

 現公爵も、先代公爵も、それをただ見つめている。


「私はティストリア様の忠実なるしもべ……奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメにございます。この度はラサル・ハグェ様とサビク・ハグェ様からの要請に従い、参上仕りました」


 彼は声量もなかなかで、部屋の隅にいる者にも聞こえる一方で、彼の傍にいる者も耳が痛くなることはなかった。


「まずは……今回の犠牲者、職務中に命を落とした司書様について……お悔やみ申し上げます」


 あくまでも礼儀正しくふるまいながら、彼は事件のあらましを話し始めた。


「今回の事件は、絶版された長編空想魔導小説、『大渦』(ボルテックス)のⅤ巻をラサル・ハグェ様がご購入されたところから始まりました。政治的な理由によって発売が中止され、一冊だけ残った本を、ラサル様がご購入あそばされた。その本はこの邸宅の蔵書室に、鍵付きの硝子のケースに入れられた状態で保管されていました。そのカギは被害者であった司書殿が管理なさっており、これについては屋敷にいらっしゃる方の中では、それなりに有名でした」


 まさに探偵、推理ショーという具合である。

 だがしかし、聞いている面々は誰もが顔をしかめていた。

 彼がここに来たのはついさっきであるらしい、にもかかわらずいきなり全員集めてどうするのか。

 まさかここから本当に推理ショーでも開くのか。


「およそ十日前。国立美術館へ寄贈される直前に、司書殿が殺され、鍵が奪われ、硝子のケースから『大渦』(ボルテックス)のⅤ巻は奪われました。それは現在見つかっておりません。まして犯人の手掛かりは、まったくわかっていない。しかし……『素直』に考えてみれば、犯人の狙いは明らかです」


 ここで、素直に考えたくなかった者たちは、すこし背筋が冷たくなった。

 うかつなことを言うなよ、と釘を刺された気分になったのだ。

 実際のところ、素直に考えれば、目的ははっきりしている。


『大渦』(ボルテックス)のⅤ巻は、たしかに希少品。売ることができれば、かなりの額になるでしょう。ラサル様が高額で競り落としたことからも、それは明らかです。しかし、希少すぎる品です。おそらくこの世に、一冊しかない本です。これを盗んでも、誰も買いません。盗品であることが明らか、それも公爵家から盗んだものですからね」


 ガイカクは、露骨に肩をすくめた。


「加えて言えば、この時期に盗もうとした、というのも論外です。明日にも寄贈される品を盗むよりも、蔵にしまわれている品をちょろまかした方が露見しにくい。であれば、売るつもりがあったとは考えにくい」


 そう、素直に考えるのなら、犯人の動機は明らかである。


「犯人は、本が欲しかった。いえ、本を読みたかったのです。それも、誰かに頼まれて盗もうとしたのではなく、自分が読みたかったから」


 この大広間にいる中には、『大渦』(ボルテックス)のⅤ巻を読みたい、という者が一定数いる。

 長編傑作小説の最終巻というだけでも興味をそそられるのに、それが発禁になっていたのだからなおそそられる。

 当時ⅠからⅣ巻を読んでいた者なら、なおさらだろう。


「私はさきほど、『大渦』(ボルテックス)のⅤ巻が収められていたケースを拝見させていただきました。こういう言い方はどうかと思いますが、お世辞にも頑丈ではありません。おそらくその気になれば、硝子を叩き破って盗むこともできました。それはそれで大問題ですが、ヒトを殺すよりは軽くすむでしょう。つまり……事件当時の状況はこうです」


 ガイカクが語ることは、ほぼ全員が分かっていることだった。

 あまり面白くないし、正直ありきたりだが、自然な流れである。


「犯人は以前から『大渦』(ボルテックス)のⅤ巻を読みたくてしょうがなかったが、公爵様が購入されたとしってなお読みたくなった。だが保存状態が悪かったこともあって、読みたいと口に出すことも難しかった。ですが、そうこうしているうちに寄贈することが決まった。このままでは、美術館の職員でもなければ読むことができなくなる。そう焦った犯人は、ここで行動に移った」


 この推理が正しいなら、購入した本人や、美術館の職員は犯人の候補から外れる。

 とはいえ、何百人もいるうちの、その数人が外れるだけではある。


「公爵様には、うかつに声をかけられない。そこでカギを管理していた司書殿へ、『盗んだり写したりしないから、読ませてほしい』とでも言ったのでしょう。ですが司書殿は断った、そりゃあ断ります。バレたら職を失いますし、そうでなくても本がダメになれば管理責任を問われますから。しかしそんなことは、切羽詰まっている犯人には関係ない。彼はその場で何度も頼み、それでも聞き入れてくれないのでかっとして……殺した」


 ここまで聞いて、ラサルは拳を強く握っていた。

 だがしかし、まだ黙って聞いている。


「殺してしまってから我に返った犯人は、しかし慌てるままに、本来の目的を果たそうとした。司書のもつ鍵束を使って蔵書室のなかのガラスケースを開けて、目当ての本を盗んだ。しかし状態が悪いので、すぐには読めなかった。また騒ぎになったこともあって、彼はとりあえず自分だけが知る場所へ隠した。ここが現在の時点ですが……ほとぼりが冷めたころに回収して屋敷の外に持ち出し、心安らかに読むつもりでしょう」


 一々もったいぶるような話ではなかった。

 素直に考えれば、誰でもそれに行きつく。

 問題なのは、犯人をどうやって特定するかであろう。


「ここで私が推理ショーなどできればいいのですが、あいにくそんなことはできませんね」


 できない、と彼は笑った。

 だがしかし、どこか不敵な自信を感じる。


「私にできることは、これをお出しすることぐらい」


 そういって彼は、一冊の本を背中から取り出した。

 分厚い装丁の本を見て、先代公爵へ本を売った、オークションの関係者は声を上げた。


「そ、それは『大渦』(ボルテックス)のⅤ巻?!」

「ええ、本物です」


 それを聞いて、いよいよ誰もが驚いた。

 なぜかいきなり、事件の発端になった本がお出しされた。

 先代公爵にとってはもうどうでもいい代物だが、希少で高価で、犯人の手掛かりには違いない。

 それをいつどうやって、どこから見つけたというのか。


「ですが、これは公爵様がご購入されたものではありません。また焚書された物でもございません。これは遠い国……ヤパンで発行された原文版です」


 表紙の絵は同じなので勘違いされたが、文字がすでに違う。

 どう見てもこの国の言語とは異なる文字が、びっしりと書かれている。


「な、なんですと?! そ、それはそれで希少品ではありませんか! 少なくとも私は、それを見たのは初めてです! 本物ならば、とんでもない値段が……!」

「ここで値段を言うのは野暮ですが、少なくとも『本』としては本物です。字は読めないでしょうが、中身の挿絵は同じでしょう?」


 この国ではごく少数の人間しか知らない、『大渦』(ボルテックス)Ⅴ巻の挿絵。

 その少数に入っているオークションの関係者たちは、それを食い入るように見ていた。


「挿絵は本物だ……状態もずっといい!」

「正式に鑑定すれば……」

「ガイカク卿、これをどこで?」


「私物です、今回は自宅から持ってきました」


 微妙にずれた返答をするガイカク。

 しかし私物ということで、オークションの者たちが色めきだつ。

 彼らからすれば、希少な本物を売れればそれでいいのだろう。


「まあ買おうと思えば、手間暇さえ惜しまなければ買えますよ。この国で発禁というだけで、出版された国ではちょっとした古本ぐらいのものですから。ただまあ、遠い国なもんで実際に行くのは難しい。それにもっと言えば……買っても読めない。なにせこの原文の言語は、表音文字が二種類あって、表意文字が何十万個もあるものですからね。この国でこの本が読める者は、私を含めて数人しかいないでしょう」


 手に入れるのが難しい、読むのが難しい。

 自分は持っているし、しかも読める。

 彼がそう言った瞬間、『大渦』(ボルテックス)のⅤ巻を読みたがっていた者たちは思わず生唾を呑んだ。


「もちろん私は読んだことがあります。最後まで、何度も何度もね」


 そしてその彼らを、ガイカクは地獄に落とす。


「私はこの本の内容を、可能な限りつまらない形で、正確に、なにもかも明かします。仮にこの本を読みたがっている犯人が聞けば、いざ読むときに白けてしまうほどに」


 ざわざわと、何百人といる容疑者たちは騒ぎ出した。

 ここまでくれば、ガイカクの狙いは明らかである。


 ヒトを殺してまで、公爵から盗んでまで読みたかった、楽しみにしていた本。

 あと少しで体験できる読書を、根こそぎ台無しにするネタバレ。

 犯人は、犯人だからこそ、それを止めたいはずだった。


 であれば、今まさに、犯人は青ざめているはず。

 今周囲を見渡してみれば、案外見つかるかも。

 と、思って……。


「あ、あああ……!!」


 多くの者が、一人の男性に注目していた。

 その男性はすっかり青ざめて、震えている。

 それは演技でも何でもなく、彼の心のままの震えだった。


「……」


 その彼を、先代公爵はにらんでいた。

 この部屋に集められた容疑者の中で、彼だけが明らかに浮いている。


「それでは、まず結末から……」


「おやめください!」


 ガイカクの説明を遮ったのは、使用人の一人。

 厨房を担当している、中年の料理人だった。


「お、おやめください、おやめください! そんな、名作を冒涜するような真似は!」

「ふうむ、そうおっしゃりますか。どうやら貴方は、この本がお好きな様子。しかし、私は先代公爵様、現公爵様の依頼で、事件解決のためにネタバラシをするつもりです。それを止める権利があるのは、お二人だけですが……」


「かまわん、つづけろ」

「犯人捜しの妨害をするな」


 その彼は、本当に『大渦』(ボルテックス)が好きなのだろう。

 それはわかるが、今はっきりしているのは、それだけだ。

 ただそれだけの人間、ただの料理人が、公爵に逆らえるわけもない。

 他の本好きたちも、口を挟めずにいた。


(つまらなくてもいいから、結末を知れるのなら、それはそれで……)


 いや、永遠に読む機会がない彼らにとっては、ネタバレでもよかったのかもしれない。

 彼らはただ、沈黙を守っていた。


「わ、私が犯人です!!」


 自分以外に誰も止めないことで絶望した料理人は、ついに自供した。

 それはそれこそ、この場の全員がはっきりとわかる、真実の犯人であった。


「一応確認いたしますが、犯人だという証拠は?」

「わ、私が本を隠しました……食糧庫の、奥の奥に……小麦の袋に詰めてあります」

「だ、そうです。兵の方、確認を」


 ガイカクの指示に従って、この部屋から誰も出さないようにしていた兵たちが動き出した。


 しばらくの間、大広間は沈黙に包まれる。

 しかし、それは本当に短い間だった。


「ありました、自供したとおりの場所です!」

「本は無事です!」


 慌てた様子の兵が戻ってきた。

 それを聞いて、容疑者たちは息を呑む。


「ふむ……いかがでしょうか、ラサル・ハグェ様、サビク・ハグェ様」


 ガイカクは、二人の依頼人に確認を求める。


「この真実、ご納得いただけましたか?」


「満足だ、ガイカク卿。よくぞ明らかにしてくださった」

「うむ、これならば想像の余地など残るまい……それでは引っ立てろ」


 数多いた容疑者の中から、見事に一人があぶりだされた。

 その手腕に誰もが感嘆し、公爵たちでさえ満点の感謝を伝える。

 しかし……。


「ま、待ってくれ! せめて、読ませてくれ!」


 犯人である料理人は、最後の抵抗をしていた。


「わ、私はずっと、あの本を待っていたんだ! 最終巻が出ると聞いた時は、本当にうれしかったんだ。なのに発禁になって、それで……絶望していた。ずっと夢に描いていた! それで……それなのに!」


 共感できる面が、ないでもない発言だった。

 一部の者は、彼の苦しみを理解してしまう。


 物語の終わりを知りたい、最高の一冊を読みたい。

 その切ない思いを、ガイカクは……。


「いろいろ言いたいことはあるが、これだけは言える」


 ガイカクは、公爵たちに代わってこういった。



「殺すなよ」



 それは軽蔑と拒絶を含んだものであり、実際のところ彼にたいして他に言うべき言葉はなかった。

 返す言葉を失った犯人は、そのまま兵に連れていかれる。


 人一人殺したこと、公爵の財産を盗んだこと。

 それの罪は軽くなく、彼は今後辛い罰を受けるだろう。

 だが……彼にとっては、結局読めなかった、という事実こそが最大の罰なのかもしれない。

次回で一応の最終回、とさせていただきます。

およそ一か月、お付き合いいただきありがとうございました。

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