真実を求めて
アルテルフは、決して相手を侮らなかった。
侮らなかったからこそ、全力を尽くした。だからこそ、力が尽きた。
全力を尽くして、力尽きたのだ。
油断していた方が勝った、というのは皮肉というほかあるまい。
奇術騎士団の活躍、あるいは幸運によって、味方陣営は勝利した。
敵は完全に敗走し、この戦線は完全に勝敗が決した。
この結果にさほどの意味があった、とは言えない。
本来ならどうでもいい戦場であり、双方ともに侵攻さえ防げればよかったのだ。
だが、アルテルフが死んだ、という事実は残った。
良くも悪くも武勲を上げていた彼である、その死は決して軽くない。
山賊に落ちて、ほぼ孤立状態だったアヴィオールが死んだ時とはわけが違う。
アルテルフは自分の能力を最大限に活かせる状況であり、奇術騎士団は圧倒的に不利だった。
にも拘わらず勝ったのだから、彼女たちの武名は大いにとどろくだろう。
だがしかし、勝ったその瞬間、奇術騎士団の面々は震えていた。
一応は勝ったのだが、勝った気がしなかった。
本物のエリートからの襲撃に、彼女たちは何の反応もできなかった。
何であれば、ガイカクの魔導兵器も、想定通りの結果に至ったわけではないのだ。
自分たちは、騎士ではない。
その事実が、現実が前にある。
「大丈夫か、お前ら。ここにアルテルフが来たって話だが……けが人は?」
敵や味方の争いから取り残されている彼女たちの元へ、今でも不世出の天才だと言い切れる男が現れた。
応急処置用の道具を背負ってきており、さながら衛生兵である。
「け、怪我って程は……ただ、フレッシュ・ゴーレムが壊れました」
「ん? あ、ああ……なるほどな、そういうことだったか」
ガイカクは彼女たちのショック状態を見て、情況を把握していた。
彼はしばらく黙ると、全員に顔を見せる。
「すまなかった」
彼は素直に謝った。
「敵の情報封鎖は完ぺきだったが、それでも甘く見積もりすぎていた。これは指揮官である俺の失態だ」
そういって彼は、一旦戻るように促した。
「もはや大勢は決した、もうもどって休もう」
指揮官からの優しい指示は、今の彼女たちには有難かった。
九死に一生を拾った彼女たちは、どうしていいのかもわからなかったのだ。
彼の指示に従って、ふらふらと歩いていく。
その中で、歩兵隊の一人は訊ねた。
「あ、あの、団長!」
「なんだ?」
「私たちは、その……今後も騎士団が勤まるんでしょうか」
率直な疑問だった。
それは全員の疑問だった。
「事実だけ述べてやる、お前たちが倒したアルテルフは、騎士だって殺したことのある強者だ。逆に言って、お前たちが普通の騎士だったとしても、何も反応できずに殺されていた」
「……!」
「運が良かった、のは事実だな」
とんでもない強者と、最悪のタイミングで遭遇し、辛くも装備に救われた。
運が悪かったら、死んでいた。
それを正しく認識して、さらに青ざめる。
「これから戦い続ければ、こういうのとも戦うだろうな」
「生き残れ、ますか」
「これだけは言える」
ガイカクは、誠実だった。
「どんな手段を使ってでも、勝つ」
彼の勝つという言葉には、多くの意味が込められていた。
それを知っているからこそ、彼女たちは甘えのない回答だと理解した。
(コレが、優れている者……)
現実を直視してなお、最善を尽くせる者。
打ちのめされることがあっても、すぐに立ち直れる者。
改めて、強く思った。
奇術騎士団にあって彼だけは、ティストリアや正騎士と変わらない、本物の傑物だと。
才能もさることながら、精神的にも強い。
こんな自分たちのように、ショックで身動きが取れない、なんてことがない。
「わかってくれたみたいだな……さあ、戻ろう」
彼に続いて、歩いていく。
ああそうだ、彼女たちは疲れていたのだから。
(これは……当分仕事は受けないほうがいいな)
ガイカクは今後の方針に、思いを馳せていた。
(可能な限り、他の騎士団と連携したほうがいいな。幸い技術はいくらでもある、なんとでもできる。いや、構想していた『アレ』も作れば接近戦の必要性も落ちる……ライヴスの強化もすれば……)
自己の技術に絶対的な自信を持つ彼は、できることとできないことを理解している。
そして、彼はいよいよ大きな問題にぶつかろうとしていた。
(金がねえ……)
人件費を極限まで削っていた経営も、いよいよ限界。
新兵器を製造するためにも、パトロンが必要だった。
(っていってもなあ……バカをパトロンにするわけにもいかない。変に契約をしても、騎士団の仕事に差し障る。なんかいい仕事が舞い込んでこないかねえ……)
どうしたものか、と悩むガイカク。
しかしながら、そこまで深刻に悩んではいなかった。
なにせ彼は、新進気鋭の騎士団。
今回も運が良かっただけとはいえ、アルテルフを討ち取った。
これについては、想定外の大手柄であり……。
(いよいよ大物が、俺に近づいてくるはずだ。それこそ、バカでも無能でもない大物が……)
※
ガイカクの想定したとおり新進気鋭の騎士団へ、多くのアプローチがされ始めた。
奇術騎士団が拠点へ戻るころには、多くの有力者から声がかかり始める。
それだけではなく、他の騎士団からも接触が始まったのだが……。
それらさえ押しのける、最大級の有力者から、声がかかった。
それこそ、ティストリアでさえ反発できない、大物の大物である。
「ガイカク卿、この度はよくやってくれました。アルテルフに討ち取られた私の部下は多く、その仇を討ってくれたことには、他の騎士団からも感謝が届いています」
「武運に恵まれただけでございます、ヒヒヒヒ……」
ガイカクは戻って早々に、ティストリアに呼び出された。
その彼を見る他の正騎士たちも、大いに緊張している。
それほどの大物を討ち取った、というだけではない。もう一つの理由があったのだ。
「しかし強敵との遭遇に、我が配下たちは疲弊しております。しばらくの間は、お休みを……」
「騎士団としては、それで構いません。ですがガイカク卿、貴方へ至急の要請が届いています」
「……私、個人へでございますか」
「ええ、本来騎士団としては受ける仕事ではないのですが……殺人事件の解決です」
騎士団には難易度の高い仕事がいくつも来るが『殺人事件の解決』というのは、まったく普通ではない。
だがそれでも断れないのだから、相当な大物だと予想される。
「ラサル・ハグェ様とサビク・ハグェ様の、連名の依頼です」
「ハグェ……!」
「ええ、当代の公爵様と、先代の公爵様です」
公爵と言えば、貴族の最上位である。
たとえ国王であっても、無視できない地位の人間である。
その彼からの依頼とあれば、受けないわけにはいかなかった。
「そのお二人から依頼された事件の解決……並のものでは勤まりませんか?」
「ええ、お二人が望んでいるのは『真実』のようです」
「……それは、また、難しいものを」
真実。
それはこの世で最も尊く、同時に証明の難しいものである。
「事件のあらましは……貴方ならご存じでしょうが……長編空想魔導小説、『大渦』の最終巻です」
「……は? アレは発禁、ご禁制の品では?」
『大渦』。
およそ四十年前から三十年前にかけて発売された、傑作空想魔導小説である。
とても面白いことは当然なのだが、発売期間が長いことでも有名だった。
「ええ、『大渦』は遠い国で発行された本であり、だからこそこの国にたどり着くにも時間がかかり、遠い国の言語であるため翻訳にも時間を要しましたが……単純に作者が一冊を書くにも多くの時間をかけました。元の国でも、一巻が発売されてから四巻が出るまで、八年はかかったとか」
「そして最終巻であるはずの五巻は……翻訳こそされたものの、検閲にひっかかり、発禁……惜しまれつつも、焚書されたはず」
「ええ、『大渦』のⅤ巻はこの国において発売できず、結果として完結しているはずなのに未完の大作になっていました。ですが……一冊だけ、燃え残った本が有ったのです」
政治的都合で違法となった、悲劇の名作。
それはコレクター魂を大いに駆り立て、プレミアム価格が高騰した。
「非常に状態は悪いものの、なんとか読むことは可能。そんな状態の本がオークションに出ており、それをラサル・ハグェ……先代公爵様が競り落としました。それについては、知らなかったのですか?」
「ええ、まったく。そうですか、そんなことになっていたのですか……」
「彼はその一冊を国立の美術館へ寄贈する、とおっしゃいました。既に発禁されてから久しい品ですし、そもそも発売しない分には問題ありませんからね。美術館も大いに喜んで、それを受けようとしたのです。しかし……公爵邸から盗まれました」
とんでもなく高い価値のある、発禁本。
それが盗まれたとあれば、なるほど大騒ぎだろう。
だがしかし、依頼はあくまでも殺人事件の解決だという。
「『大渦』のⅤ巻は蔵書室に、鍵付きの箱に保管されていました。ですがそのカギを管理していた司書が殺され、鍵を奪われ、その中身も盗まれました」
「……本を見つけることが目的ではなく、その司書を誰が殺したのか調べろと?」
「はい。おそらく公爵様がたも、本気で探せば本を見つけることはできると考えています。しかしそれでは、犯人が特定できない」
如何に高額で希少でも、公爵からすれば大したものではない。
そもそも無料で寄贈するつもりだったのだから、金額に頓着はあるまい。
それに司書が一人殺されているとしても、大勢の部下の一人であろうし、そこまで真実にこだわる意味が分からない。
「司書は、先代公爵の非嫡出子だったようです」
「……そうですか」
いわゆる、御手付きをした女が産んだ子供、であろう。
先代公爵の隠し子のようなものであり、当代公爵にとって腹違いの兄弟、ということになる。
あくまでも血縁上、生物学的な話であって、政治的には全く違うのだが。
「爵位を与えず、『一応の養子』としても迎えることはありませんでしたが、それでも手元に置いていたのですから、先代様はかなり可愛がっていたようです。それを殺されたのですから、先代様はお怒りの様子。そのうえで当代様からすれば、あらぬ誤解を受けかねぬ状況。それゆえに、真実を求めているようです」
「……つまり、誰が見ても明らかな、殺人犯の立証をせよと」
「普通では無理でしょう。ですが貴方ならば、と……」
普通ならば、到底引き受けられない案件だ。
だがガイカクは、それを聞いて笑っていた。
「確約は致しかねますが、最善を尽くしましょう。うまくいけば公爵様からお気に入りに……いひひひひ!」
「ええ、お願いします。私ですらかないませんが、貴方ならばと、私も思っています」
ガイカクは、不敵にお辞儀をする。
「ええ、手品のように解決してみせましょう」
次のエピソードで、一つの区切りとさせていただきます。