リソース
さて……切り札や隠し玉が勝敗を決する、というのはよくある話である。
その重要性を説く、というのもよくある話である。
しかし、勘違いしてはならない。
正攻法だろうが奥の手だろうが切り札だろうが、リソースを割かなければ十分な結果は得られず、リソースは常に有限だということを。
リソースとは、時間であり労力であり金銭である。
国家経営も店舗経営も、ゲームも現実も、どれもリソースの割り振りに他ならない。
今回のガイカクは戦力をそこまで連れてこなかった。
これが油断と言われれば仕方ないが、必要かどうかもわからない戦力を、常に運用するのは無理がある。
長期的に見て、必要な分を見極める。それがリソースの管理であり……これに正解はない。
そして、もっと言えば。
エリート獣人が敵にいる、と戦闘直前にわかったところでどうなるか。
あるいは出発直前にわかったところでどうなるか。
少なくとも、確実に勝てる手段は用意できまい。
※
ガイカクによる、違法食材をふんだんにつかった魔導料理を食べた兵士たちは、その夜ぐっすりと眠ることができていた。
神経がすり減っていたからこそ眠れなかった彼らは、心地よい満腹とリラックスによって、グースカと眠ることができていた。
さすがに怪我までは治らないが、大いにリフレッシュして……翌朝の戦闘を迎えたのである。
「やっぱり戦うんだなあ……」
「嫌な現実だぜ……」
栄養不足と睡眠不足が解消された彼らは、冴えを取り戻した頭で現実と向き合っていた。
昨日と同じように武装をして、昨日と同じ敵と戦うのである。
心身ともに回復した彼らは、だからこそ嫌そうな顔をしていた。
とはいえ、改善したこともある。
援軍として、新進気鋭の奇術騎士団が参戦してくれたのだ。
昨日はうまい飯を食わせてくれた彼女たちが、武装をして参戦してくれる。
正直騎士団というには貧弱な部隊だが……武装したオーガが二十人、というのはこの戦場に置いて劇的であった。
「変な装備をしているオーガだな……だがオーガだ……精鋭じゃなくても、オーガは心強いよなあ!」
「ああ、こりゃあ勝ったも同然だ!!」
「命がけで来たって、返り討ちだよなあ!」
オーガ二十人の部隊を見て、兵たちの士気は高まっていた。
オーガは雑に強いのである。それが二十人一塊となってぶつかれば、どんな敵も吹き飛ぶのだ。
その歓声を聞いて、重歩兵の彼女たちもむずがゆそうである。
「毎度だけど、悪くないよねえ……」
「うんうん……新型のおかげで調子もいいし、今日は盛り上がるかも……」
「気合い入れるぞぉ!」
見渡しだけはいい荒れ地の平野で、敵味方に分かれて、横に広がり陣を作る。
その中央に奇術騎士団は位置し、重歩兵を中心とした布陣をしていた。
真上から見れば、それこそ将棋かチェスに近いだろう。
そして実際、その動きもチェスや将棋に近かった。
まず「歩」の動きから、戦いは始まった。
いくら鍛えているとはいえ、武装している人間同士である。いきなり全力疾走する、なんてことはない。
雄々しく吠えることはあっても、速足程度。緊張感に耐えながらも、彼らは進んでいく。
双方が近づくのだから、敵の編成もわかる。
そしてオーガは、その巨体ゆえに目立った。
「敵中央に、オーガの部隊がいます!! それにあの旗は……新進気鋭の騎士団、奇術騎士団のもの!」
「なんだと?! で、では、その……」
敵にオーガがいる、しかも騎士団だという。
それをしって、敵陣営は動揺した。動揺したが、同時にある種の期待が生じていた。
今までただ味方を無益に殺し続けて、今日来たばかりの補充の兵も使い潰すはずだった、指揮官へ期待の目を向けた。
「……マジで来るとはなあ」
ジャイアントキリングのアルテルフは、獰猛に笑っていた。
それは弱いものをイジメたいという残虐な笑いと違って、一種の緊張感がある笑いだった。
「相手は二十人……騎士団所属にしちゃあちょっと多いが、その分質は低いだろう。オーガの里ならともかく、人間の国にそれだけオーガのエリートがいるわけねえ」
「そ、そうでしょうな……ですが……」
「ああ、仮にも騎士団のオーガ……弱いわけはねえ。それに並だったとしても、二十もいればこの程度の軍ならヤバいだろうなあ」
それでも、アルテルフは動かなかった。
彼の側近たる獣人たちも、まるで動こうとしなかった。
彼らは自分の陣後方に立ち、ただ戦局を見守っている。
それにもどかしさを覚える先任者たちだが、彼らも『わかっている』ので、特に口を出せなかった。
「安心しろ、きっちりと仕事はしてやる。それに騎士団一つ潰せるなら、俺もすぐに戻れるかもしれないしなあ」
アルテルフがある程度の暴虐を、それなりに許されているのは、ただ強いからではない。
多くの武勲を積極的に上げているからであり、つまり役に立っているからだ。
騎士団という獲物を前にして、彼はやる気を出している。
「だが……わかってるだろうな?」
「は、はい! それはもう!! 絶対に、貴方様の存在は漏らしていません!」
「それでいい、それができていれば、俺がお前たちを勝たせてやる」
※
オーガは大きいので、その分目立つ。
それはいい意味でも悪い意味でも作用する。
敵からすればとんでもなく怖いが、同時にどこにいるのかわかるのだ。
「オーガ部隊が接近してきたな……弓兵部隊!」
「はっ!」
敵側の兵たちは、オーガに対する定石を行った。
オーガはお世辞にも器用ではないため、遠距離攻撃ができない。
また足が速いわけでもなく、持久力が高いわけでもないので、遠くからちくちくと削っていくのが好ましい。
敵側の弓兵部隊は、中央にいるオーガ部隊へ集中攻撃を行おうとした。
「むう! 敵が弓を射って来たな! 歩兵隊! 防御するぞ!」
「はい!!」
相手が単独のオーガなら、それはそれで正しかった。
だが彼女たちの周囲には、奇術騎士団の歩兵部隊がいる。
きちんと訓練を受けている『普通の兵士』たる彼女たちは、当然初歩的な魔術を使えた。
「防御魔術……展開!」
遠くから飛んでくる矢の雨を、光の壁が防ぐ。
エルフたちからすればとんでもなく低レベルの遠距離戦だが、その実とんでもなく有効な手の打ち合いであった。
二十人のオーガが、まったく削られることなく、疲れることもなく、接近してくる。
それを最前線の敵は、間近で見ていたのだ。
「ど、どうする? 矢が全然当たってねえぞ?」
「そ、そりゃそうだろ……相手だって人間の兵がいるんだ、それぐらいやる」
「こ、このまま進んだら、俺たちが……!」
「おい、ちょっと横にずれろよ!」
普通の人間たちからすれば、たまったものではない。
どう考えたって、ぶつかった者は確実に死ぬ。
だからこそ近づく足が遅くなり、陣形は乱れていく。
オーガが接近するだけで、ぶつかることさえなく、敵は乱れていった。
「よおし! 一番槍は我らが行くぞ! オーガ部隊は、我らに続いてくれ!」
「うん、任せた!」
陣形が乱れている部隊というのは、とんでもなく脆い。
まず士気が低下しており、おまけに集団戦闘ができる状態にない。
オーガよりは瞬発力のある歩兵部隊が、その乱れた陣形に突っ込んでいった。
「ひ、ひい!」
「待て、落ち着け! 相手は人間、しかも女だぞ? 逃げずに戦え!」
「そうはいうけどよ! オーガだって近づいてきてるじゃねえか!」
「こいつらと戦ってたら、アイツらが来ちまう!」
配置と力関係から言えば、まさに虎の威を借るキツネであろう。
突っ込んでくる歩兵が普通の人間だとしても、その後ろにはオーガがいるのだ。
歩兵の相手をしているうちにオーガと戦うことになるのだから、そりゃあ戦うのが嫌になる。
「指揮官殿の命令に反するのか!」
「そ、それは……」
「命がけでつっこめ!」
「い、い……ちくしょう!!」
それでも現場の隊長の命令に従って、兵たちは突っ込んでいく。
それこそ鉄砲玉のように、破れかぶれの突撃であった。
「むう……いったん下がれ! オーガ部隊に前線を代わってもらう!」
「はい!」
「うんうん、任せて……行くぞぉおおおおお!」
「おおおおおおおお!」
だがそれこそ、オーガ部隊の望んでいた展開だった。
人間の歩兵部隊と入れ替わる形で前に躍り出た彼女たちは、手にしていた武器をぶん回し始める。
「おごっ!!」
「へご!!」
「ぶふあ!!」
武装していた、命がけで突進してきていた、敵兵たちが宙を舞う。
文字通りの意味で人間ではない彼女たちの怪力で、巨大な武器がうなりを上げていく。
斬られているとか潰されるとかではなく、交通事故で吹き飛ぶように弾いていく。
子供の考えた『戦場で大活躍しているボク』みたいな構図が、そのまま現実になっていた。
「ひ、ひいいいい!!」
「やっぱ無茶だ! オーガ相手に接近戦なんてできねえ!!」
オーガが二十人突っ込んでくるだけなら、何も怖いことはない。
だが同数の人間の軍に、二十人のオーガが混じっているなど悪夢だ。
友軍に守られて、弱点を補われている状況では、オーガに対抗する術などない。
これは人間に限ったことではなく、他の種族でも同じことだ。
仮に同数のリザードマンがいても、オーガとの真っ向勝負は嫌がるだろう。
それでも暴れていれば疲れる、という希望がないでもなかったのだが……。
「すごい! 本当に疲れない!」
「いやあ……さすが親分の作った鎧だ! 快適快適!」
「並のオーガより上って、本当かも!!」
現在新型のフレッシュ・ゴーレムを着ている彼女たちは、その疲れとほぼ無縁だった。
内側からも外側からも冷却されている彼女たちは、戦闘中でありながら快適な体温を保てていたのである。
オーガがばてるのは、自らの筋肉が生む熱量による疲労も大きいが、彼女たちはそれが大幅に改善されているのだ。
であれば、持久力が向上するのは当然だろう。
加えて……。
「み、水を補充しますね?」
「頭からかけますから、ちょっと止まってください!」
多めの水を携帯しているダークエルフたちが、彼女たちの背後に控えていた。
新型フレッシュ・ゴーレムの表面は、リゾートリザードの革に覆われている。
それは保水性と蒸発力を併せ持っており、これに水を被せると通常以上に気化熱による冷却ができるのだ。
「よおし、まだまだいけるぞお!」
「このままぶっ飛ばしてやるぅ!!」
彼女たち二十人は、千人の軍からすれば決して多数ではない。
だが彼女たちが五人ずつ倒せば、一方的に百人の敵が減るということ。
それは残る九百にとってとんでもないプレッシャーであり、味方の千人にとってとんでもないボーナスとなる。
「相手が崩れ始めたぞ! そりゃそうだろうな!」
「ああ、どんどん崩してやれ! こりゃあ楽勝だな!」
オーガが敵を討ち崩せば、その分他の敵も崩れる。
絶対的に優位な箇所があれば、味方はそこを基点にして戦術を練ることができる。
逆に相手は、敵の基点を潰せず、どんどん追いやられていく。
もはや激励だけでどうにかなる段階ではない。
「やはり、こちらが押していますな」
「げひひひ……先任の皆様が奮起しておられるからこそ……私が腕を振るった甲斐がありましたなあぁ」
「ええ、おっしゃる通りです。貴方様の料理がなければ、ここまで全軍が奮戦できたか……」
後方に陣取っている、ガイカクと現場の指揮官。
彼らは自分たち優位に進む戦場の情報を聞いて、余裕を隠せなかった。
しかしながら、ガイカクはやや首をひねっていた。
「ですがねえ……少々おかしくありませぬか?」
「な、なにがでしょうか?」
「敵の抵抗が続いている……もう逃走してもおかしくないはず」
「それは……前からのことです。この戦地の敵は、やたらと士気が高くなって……」
「そうでしたな……」
前任者からすればいまさらだが、実際に初めて戦ったガイカクはやはり不可解に思っていた。
「敵はまだ、根拠がある、勝算がある……伏兵がいる?」
ガイカクは、正面の戦場ではなく、周囲を見渡した。
もちろん人が多くいるので、視界はお世辞にもよくない。
だがそれでも、敵の兵が接近しているかどうかはわかった。
「いや、さすがに本陣への奇襲はないな。これだけ押していたら、指揮系統が多少乱れても意味がない……となると……」
ガイカクはここで、フードをまくった。
そしてもっとも押している場所、自分の部下がいる場所をにらんだ。
「ヤバいか……?」
今の優勢は、オーガ部隊が押しているからこそ。
もしもそのオーガが全滅すれば、逆にこちらが劣勢になりかねない。
そしてそれを仕掛けるのは、こちらのオーガがある程度疲れて、なおかつ敵が減りきっていない今ではあるまいか。
「だが……打てる手は……無い」
予備選力を持ってきていないガイカクは、ただ結果を待つことしかできなかった。
いや、仮に予備戦力を持ってきていたとしても……。
二十ものオーガを葬りうる戦力への対処など、できるものではない。
※
一方的に攻撃できる状況でのエルフや、無防備な相手へ奇襲するケンタウロス。
それらと同等に、接近戦のオーガは強い。周囲から適切な協力を得ていれば、なお強い。
だからこそ周囲は彼らを持ち上げて、彼らを厚遇する。
そして……討ち取ることに成功すれば、大戦果となる。
「妙な鎧を着ているな……ワニの革を使うとは珍しい。だが騎士団なら、それもありえるか」
「普段以上に切り込まなければなりませんね」
「ああ……間違っても、余裕だと思うな」
現在アルテルフは、自陣営の兵に紛れていた。
信頼できる側近とともに、普通の人間だと勘違いするような恰好をしている。
はっきり言って、セコい。だがそのセコさは、この状況では最善だった。
獣人はオーガほど大きくないが、そのぶん奇襲に向いている。
それでもある程度近づけばバレるだろうが、そのある程度の距離をアルテルフたちは間違えなかった。
「もしも失敗してみろ、生き残っても味方に殺されるぞ」
「……」
「俺たちが好き勝手やるには……納得できるだけの武勲がいるんだからな」
そう、アルテルフは間違えていない。
彼はこれからやる作戦が、どれだけ危険かわかっている。
成功する自信はあるし、成功してきた実績もある。
だが、一度でも失敗すれば死ぬ。そういう、危うい賭けでもある。
「いいか、一気に行くぞ。俺が先行して半分をやる、お前たちは俺に続いて、残る半分をやれ」
ここでアルテルフたちは、武器である鉈を手にした。
戦争で使うにはやや小ぶりで、奇襲をするにはやや大きい。
だがオーガを殺すとなれば、これぐらいでも『ナイフ』みたいなものだった。
仮にこれで斬っても、武装しているオーガなら元気に暴れそうなものである。
この鉈で、正確に相手の急所を切り裂く必要があった。
「一気に決める、そしてそのままこの戦場を決める」
アルテルフは戦場で何人ものエリート、とりわけオーガを殺してきた。
その方法は、極めてシンプル。味方に紛れて接近し、ある程度の距離から一気に襲い掛かり、急所を切り裂くというもの。
さながら肉食獣のような狩猟法は、必勝法に思えるかもしれない。
しかし失敗すれば、死あるのみ。
現在奇術騎士団がやっているような人間との連携とはわけが違う、単一種族による完全なるスタンドプレー。
ハイリスクハイリターンの極致たるそれを、彼らは実行する。
「行くぞ!」
獣人のエリートたるアルテルフは、自分のつぶやきとともに爆発した。
圧倒的な速力をもって味方の合間を駆け抜けながら、強壮なるオーガの間合いに飛び込む。
「?」
奇術騎士団のオーガたちは、それに反応できなかった。
それどころか、なにがあったのか理解もできなかった。
「とった!!」
狩りの成功を確信したアルテルフは、その鉈で首元に切り込む。
本来頑丈であるはずのワニ革に、鉈は深々と切り込んだ。
そしてその奥にある、太い血管を切り裂く。
彼が鉈を引き抜くと同時に、おびただしい出血がほとばしった。
だがその出血が、アルテルフの体にかかることはない。
彼はこの時すでに、次の獲物に躍りかかり、斬り込んでいた。
それに続く形で、彼の側近たちも他のオーガに切り込み、致命傷を負わせていく。
「ふぅ……」
一瞬の全力疾走、乾坤一擲の奇襲。
それを終えたアルテルフは、戦場のただなかで、汗を拭きだしながらも一息を入れた。
敵味方の誰もが注目する、進行中のオーガ。
その彼女たちが、いきなり大量の出血をした。
だからこそ、その瞬間、周囲は沈黙に包まれた。
一体何が起きたのか、アルテルフを知る敵陣営ですらわからないほどだった。
それほどアルテルフたちの奇襲が完ぺきであり、鮮やかだったということだ。
「ふん……完璧だな。俺たちの今日の仕事は、ここまでだ」
心地よい沈黙の中で、アルテルフは引き上げようとする。
主力を逆に殲滅されて、優勢劣勢が一気に逆転。
それが彼の闘争法であり……出世してきた理由だった。
「あとはお前たちで好きにしろ」
そう……アルテルフは完ぺきだった。
百メートル走を走るスプリンター、アスリートが、百メートルを走る中でペース配分を間違えず、使い切ったところで百メートルを終えるように……。
アルテルフたちは、二十人のオーガを最速最短で殺していた。
「?」
そのはずだった。
オーガたちは何が起きたのかもわからずに首を切り裂かれていた。
彼女たちの首からは、大量の血が噴き出ていた。
つい一瞬前まで軽かった体が、一気に重くなっていた。
「……?」
おびただしい出血が収まりつつある中で、彼女たちはぐるりと周囲を見渡して、疲れた様子の獣人たちを見つける。
「オーガは頑丈だな、だがもう血がないってことは……まともには動けまい」
余力こそないものの、余裕たっぷりに、アルテルフたちは彼女たちの間を抜けていこうとして。
「こ、このおおお!!」
慌てた様子のオーガたちに、叩き潰されていた。
「あ、あがぁ……?」
何が起きたのか、アルテルフたちにはわからなかった。
首を切り裂いたはずで、大量に血が出たはずのオーガたち。
彼女らは多少動きが鈍っただけで、普通に攻撃してきた。
その姿を、敵も味方も見ていた。
いやむしろ、第三者目線だからこそ、当人たち以上に見えていた。
「薬で痛みを感じない……とかか?」
「バカ言え、あんなに血が抜けていたら即死だ! 痛みがどうとかじゃねえ!」
「ち、
「あんなドバドバ流れる血糊があるか! しかもあんな鉈で首を斬られたんだぞ?!」
敵も味方も、何が何だかわからない。
いくらオーガが頑丈でも、今の出血なら即死、そうでなくとも身動きができるわけがない。
血液が人体でどのように機能するか知らないとしても、血が流れ過ぎれば死ぬなんてことは、この世界でも常識だった。
「……な、なに、こいつら……どこから出てきたの?」
「っていうか、体が重い……いきなり鎧が壊れた?!」
混乱しているのは、オーガたちも同じだった。
敵も味方も静まり返っているし、いきなり獣人が現れるし……。
なにより、
「……首が痛い、もしかして斬られたの?」
「そっか……この鎧じゃなかったら死んでたね」
だが彼女たちは、すぐに状況を理解した。
そしてここで、自分たちが危なかったと理解する。
そう……彼女たちの首は、たしかに斬られていた。
だが彼女たち自身の首、および血管には鉈が達していなかった。
アルテルフたちの
フレッシュ・ゴーレムが筋肉によるパワードスーツである以上、内部には血管がある。
これも生体であるため、血管が切れれば出血もする。出血すれば、機能が停止する。そうなれば、ただ分厚くて重いだけの肉に成り下がる。
だが当然ながら、装着者自身が死ぬことはない。
「いや、違うよ……それだけじゃない。新型じゃなかったら、死んでたかも……」
だがしかし、首の部分にそこまで分厚い装甲も筋肉もない。
大量出血した理由はフレッシュ・ゴーレムの血液で説明がつくが、首の
そう、太い血管である。
太い血管という単語が良く出るのは、出血した場合のリスクの高さだけではなく、もう一種類ある。
体を効率的に冷やす時だ。
バブバブバオバブ。
ガイカクが新型フレッシュ・ゴーレムに仕込んだ、体の内部の熱を吸収する樹の肉。
それは当然、彼女たちの太い血管付近に多く着いており……首筋にもそれがあったのだ。
その分だけ装甲が厚くなっており、彼女たちの首を守っていたのである。
「首の皮一枚、だね」
「……うん」
「が、あ……な、なんでだ、なんで立てる……何で戦える……? 一体、なんの手品だ?」
その本来の用途から外れた『構造』、機能ですらないものが、明暗を分けていた。
オーガたちは立っており、アルテルフたちは瀕死であった。
そう、アルテルフたちは完ぺきだった。
完ぺきに体力を使い切ったからこそ、もう余力がない。
奇襲の成功にリソースのすべてを注ぎ込んだからこそ……予想外の反撃に、対応するだけの何かがない。
仮に油断していなかったとしても、今のオーガたちにさえ勝てなかっただろう。
「お、オーガたち、大丈夫か?」
「うん、フレッシュ・ゴーレムが壊れただけで……」
「そ、そうか……! あ、でも……じゃあ……」
「うん、超やばい」
一方で、オーガたちの状況もよくなかった。
歩兵隊の面々も情報を共有できたが、打てる手がない。
フレッシュ・ゴーレムが機能を停止した以上、今の彼女たちは最底辺のオーガにすぎず、またフレッシュ・ゴーレムも枷になってしまった。
これでは先ほどまでのような活躍は、到底望めない。
もしも今襲われたら、それこそ負けてしまうだろう。
「あ、アルテルフ様が、やられた?」
だがその彼女たちの耳に、敵の漏らした情報が届いた。
「……まて、もしかしてこいつは……ジャイアントキリングのアルテルフか!」
「よし、オーガたち! 勝ち名乗りだ! 勢いでごまかせ!」
「わ、わかった!! よおし、いくぞおお!!」
「あるてるふ、討ち取ったり~~!!」
「敵のあるてるふは、奇術騎士団、オーガ重歩兵が倒したぞ~~!」
ここで彼女たちは、勢いでごまかすことにした。
敵将(?)を討ち取ったという事実を周知させて、なんとか敵を撤退させようとしたのだ。
その、とってつけたような作戦は……。
「アルテルフがやられた~~!」
「も、もう駄目だ!! 相手のオーガは不死身だ!!」
周囲の敵が、積極的に協力してくれた。
ただでさえ劣勢だった彼らを支えていたのは、アルテルフへの恐怖と信頼。
それが撃ち崩されたことで、敵軍は一気に敗走し始める。
そうなってしまえば、もう優劣どころではなく、勝敗が決定する。
「つ、追撃しろ~~!」
「敵を壊滅させろ~~!」
「奴らを倒せば、家に帰れるぞ~~!」
一方で味方側も、それにのっかった。
何がどうして生き残っているのかはわからないが、どうやら奇術騎士団はもう戦えない様子である。
ここから元気に暴れられる方が怖いので、むしろ安心した様子で、見て見ぬふりをしつつ突っ込んでいく。
敵味方に取り残される中で、奇術騎士団は獣人たちを囲んでいた。
「ぐ……くそ……殺せ」
「……え、命乞いをしないの?」
「味方に嫌われている自覚はある……それに、骨がぐしゃぐしゃだ……もう戦えねえよ」
その中で、アルテルフは自分を殺せと言っていた。他の獣人たちも、それを無言で肯定している。
いや実際、もう手の施しようがないだろう。
「それにまあ、納得はしている……好きに振舞って、名を上げられたんだからな……」
そして彼は、呪いを残す。
「お前たちも、そのうちこうなるさ……助かった~~って顔を見るに、死なないわけでもないだろう?」
「……」
「だから、死ぬさ。俺と同じように……」
戦場で横になっている男は、開き直って笑っていた。
「無様に死ぬのさ、雑兵と変わらずにな」
彼は、笑って死んだ。彼の仲間も、同様である。
奇術騎士団は、全員死ぬことなく、生き残っていた。
それが、結果であった。だがしかし、運がいいだけの結果であった。
彼女たちは、そう思っていた。
※
時間も体力も、リソースである。
ある意味では、この世のあらゆるものが
仲間との友情でさえ、それを成立させる時間を思えばリソースと言えるだろう。
忘れてはならないのは、敵も同じだということだ。
奇術騎士団がアルテルフの存在を察知できなかったのは、それを調べることへリソースを割けなかったことであるように……。
アルテルフがフレッシュ・ゴーレムを知ることができなかったことも、また同じ理屈だった。
お互いに相手の情報を完全に知りえないならば、それを含めての実力勝負。
不慮の事態へ割く
とはいえ、皮一枚の差であったことも事実である。
騎士団に属するということは、その皮一枚の差を問われ続けるということだった。