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リソース

 さて……切り札や隠し玉が勝敗を決する、というのはよくある話である。

 その重要性を説く、というのもよくある話である。


 しかし、勘違いしてはならない。

 正攻法だろうが奥の手だろうが切り札だろうが、リソースを割かなければ十分な結果は得られず、リソースは常に有限だということを。


 リソースとは、時間であり労力であり金銭である。

 国家経営も店舗経営も、ゲームも現実も、どれもリソースの割り振りに他ならない。


 今回のガイカクは戦力をそこまで連れてこなかった。

 これが油断と言われれば仕方ないが、必要かどうかもわからない戦力を、常に運用するのは無理がある。

 長期的に見て、必要な分を見極める。それがリソースの管理であり……これに正解はない。


 そして、もっと言えば。

 エリート獣人が敵にいる、と戦闘直前にわかったところでどうなるか。

 あるいは出発直前にわかったところでどうなるか。


 少なくとも、確実に勝てる手段は用意できまい。



 ガイカクによる、違法食材をふんだんにつかった魔導料理を食べた兵士たちは、その夜ぐっすりと眠ることができていた。

 神経がすり減っていたからこそ眠れなかった彼らは、心地よい満腹とリラックスによって、グースカと眠ることができていた。

 さすがに怪我までは治らないが、大いにリフレッシュして……翌朝の戦闘を迎えたのである。


「やっぱり戦うんだなあ……」

「嫌な現実だぜ……」


 栄養不足と睡眠不足が解消された彼らは、冴えを取り戻した頭で現実と向き合っていた。

 昨日と同じように武装をして、昨日と同じ敵と戦うのである。

 心身ともに回復した彼らは、だからこそ嫌そうな顔をしていた。


 とはいえ、改善したこともある。

 援軍として、新進気鋭の奇術騎士団が参戦してくれたのだ。

 昨日はうまい飯を食わせてくれた彼女たちが、武装をして参戦してくれる。

 正直騎士団というには貧弱な部隊だが……武装したオーガが二十人、というのはこの戦場に置いて劇的であった。


「変な装備をしているオーガだな……だがオーガだ……精鋭じゃなくても、オーガは心強いよなあ!」

「ああ、こりゃあ勝ったも同然だ!!」

「命がけで来たって、返り討ちだよなあ!」


 オーガ二十人の部隊を見て、兵たちの士気は高まっていた。

 オーガは雑に強いのである。それが二十人一塊となってぶつかれば、どんな敵も吹き飛ぶのだ。


 その歓声を聞いて、重歩兵の彼女たちもむずがゆそうである。


「毎度だけど、悪くないよねえ……」

「うんうん……新型のおかげで調子もいいし、今日は盛り上がるかも……」

「気合い入れるぞぉ!」


 見渡しだけはいい荒れ地の平野で、敵味方に分かれて、横に広がり陣を作る。

 その中央に奇術騎士団は位置し、重歩兵を中心とした布陣をしていた。


 真上から見れば、それこそ将棋かチェスに近いだろう。

 そして実際、その動きもチェスや将棋に近かった。


 まず「歩」の動きから、戦いは始まった。

 いくら鍛えているとはいえ、武装している人間同士である。いきなり全力疾走する、なんてことはない。

 雄々しく吠えることはあっても、速足程度。緊張感に耐えながらも、彼らは進んでいく。


 双方が近づくのだから、敵の編成もわかる。

 そしてオーガは、その巨体ゆえに目立った。


「敵中央に、オーガの部隊がいます!! それにあの旗は……新進気鋭の騎士団、奇術騎士団のもの!」

「なんだと?! で、では、その……」


 敵にオーガがいる、しかも騎士団だという。

 それをしって、敵陣営は動揺した。動揺したが、同時にある種の期待が生じていた。

 今までただ味方を無益に殺し続けて、今日来たばかりの補充の兵も使い潰すはずだった、指揮官へ期待の目を向けた。


「……マジで来るとはなあ」


 ジャイアントキリングのアルテルフは、獰猛に笑っていた。

 それは弱いものをイジメたいという残虐な笑いと違って、一種の緊張感がある笑いだった。


「相手は二十人……騎士団所属にしちゃあちょっと多いが、その分質は低いだろう。オーガの里ならともかく、人間の国にそれだけオーガのエリートがいるわけねえ」

「そ、そうでしょうな……ですが……」

「ああ、仮にも騎士団のオーガ……弱いわけはねえ。それに並だったとしても、二十もいればこの程度の軍ならヤバいだろうなあ」


 それでも、アルテルフは動かなかった。

 彼の側近たる獣人たちも、まるで動こうとしなかった。

 彼らは自分の陣後方に立ち、ただ戦局を見守っている。


 それにもどかしさを覚える先任者たちだが、彼らも『わかっている』ので、特に口を出せなかった。


「安心しろ、きっちりと仕事はしてやる。それに騎士団一つ潰せるなら、俺もすぐに戻れるかもしれないしなあ」


 アルテルフがある程度の暴虐を、それなりに許されているのは、ただ強いからではない。

 多くの武勲を積極的に上げているからであり、つまり役に立っているからだ。

 騎士団という獲物を前にして、彼はやる気を出している。


「だが……わかってるだろうな?」

「は、はい! それはもう!! 絶対に、貴方様の存在は漏らしていません!」

「それでいい、それができていれば、俺がお前たちを勝たせてやる」



 オーガは大きいので、その分目立つ。

 それはいい意味でも悪い意味でも作用する。

 敵からすればとんでもなく怖いが、同時にどこにいるのかわかるのだ。


「オーガ部隊が接近してきたな……弓兵部隊!」

「はっ!」


 敵側の兵たちは、オーガに対する定石を行った。

 オーガはお世辞にも器用ではないため、遠距離攻撃ができない。

 また足が速いわけでもなく、持久力が高いわけでもないので、遠くからちくちくと削っていくのが好ましい。

 敵側の弓兵部隊は、中央にいるオーガ部隊へ集中攻撃を行おうとした。


「むう! 敵が弓を射って来たな! 歩兵隊! 防御するぞ!」

「はい!!」


 相手が単独のオーガなら、それはそれで正しかった。

 だが彼女たちの周囲には、奇術騎士団の歩兵部隊がいる。

 きちんと訓練を受けている『普通の兵士』たる彼女たちは、当然初歩的な魔術を使えた。


「防御魔術……展開!」


 遠くから飛んでくる矢の雨を、光の壁が防ぐ。

 エルフたちからすればとんでもなく低レベルの遠距離戦だが、その実とんでもなく有効な手の打ち合いであった。


 二十人のオーガが、まったく削られることなく、疲れることもなく、接近してくる。

 それを最前線の敵は、間近で見ていたのだ。


「ど、どうする? 矢が全然当たってねえぞ?」

「そ、そりゃそうだろ……相手だって人間の兵がいるんだ、それぐらいやる」

「こ、このまま進んだら、俺たちが……!」

「おい、ちょっと横にずれろよ!」


 普通の人間たちからすれば、たまったものではない。

 どう考えたって、ぶつかった者は確実に死ぬ。

 だからこそ近づく足が遅くなり、陣形は乱れていく。


 オーガが接近するだけで、ぶつかることさえなく、敵は乱れていった。


「よおし! 一番槍は我らが行くぞ! オーガ部隊は、我らに続いてくれ!」

「うん、任せた!」


 陣形が乱れている部隊というのは、とんでもなく脆い。

 まず士気が低下しており、おまけに集団戦闘ができる状態にない。

 オーガよりは瞬発力のある歩兵部隊が、その乱れた陣形に突っ込んでいった。


「ひ、ひい!」

「待て、落ち着け! 相手は人間、しかも女だぞ? 逃げずに戦え!」

「そうはいうけどよ! オーガだって近づいてきてるじゃねえか!」

「こいつらと戦ってたら、アイツらが来ちまう!」


 配置と力関係から言えば、まさに虎の威を借るキツネであろう。

 突っ込んでくる歩兵が普通の人間だとしても、その後ろにはオーガがいるのだ。

 歩兵の相手をしているうちにオーガと戦うことになるのだから、そりゃあ戦うのが嫌になる。


「指揮官殿の命令に反するのか!」

「そ、それは……」

「命がけでつっこめ!」

「い、い……ちくしょう!!」


 それでも現場の隊長の命令に従って、兵たちは突っ込んでいく。

 それこそ鉄砲玉のように、破れかぶれの突撃であった。


「むう……いったん下がれ! オーガ部隊に前線を代わってもらう!」

「はい!」


「うんうん、任せて……行くぞぉおおおおお!」

「おおおおおおおお!」


 だがそれこそ、オーガ部隊の望んでいた展開だった。

 人間の歩兵部隊と入れ替わる形で前に躍り出た彼女たちは、手にしていた武器をぶん回し始める。


「おごっ!!」

「へご!!」

「ぶふあ!!」


 武装していた、命がけで突進してきていた、敵兵たちが宙を舞う。

 文字通りの意味で人間ではない彼女たちの怪力で、巨大な武器がうなりを上げていく。

 斬られているとか潰されるとかではなく、交通事故で吹き飛ぶように弾いていく。

 子供の考えた『戦場で大活躍しているボク』みたいな構図が、そのまま現実になっていた。


「ひ、ひいいいい!!」

「やっぱ無茶だ! オーガ相手に接近戦なんてできねえ!!」


 オーガが二十人突っ込んでくるだけなら、何も怖いことはない。

 だが同数の人間の軍に、二十人のオーガが混じっているなど悪夢だ。

 友軍に守られて、弱点を補われている状況では、オーガに対抗する術などない。


 これは人間に限ったことではなく、他の種族でも同じことだ。

 仮に同数のリザードマンがいても、オーガとの真っ向勝負は嫌がるだろう。


 それでも暴れていれば疲れる、という希望がないでもなかったのだが……。


「すごい! 本当に疲れない!」

「いやあ……さすが親分の作った鎧だ! 快適快適!」

「並のオーガより上って、本当かも!!」


 現在新型のフレッシュ・ゴーレムを着ている彼女たちは、その疲れとほぼ無縁だった。

 内側からも外側からも冷却されている彼女たちは、戦闘中でありながら快適な体温を保てていたのである。


 オーガがばてるのは、自らの筋肉が生む熱量による疲労も大きいが、彼女たちはそれが大幅に改善されているのだ。

 であれば、持久力が向上するのは当然だろう。

 加えて……。


「み、水を補充しますね?」

「頭からかけますから、ちょっと止まってください!」


 多めの水を携帯しているダークエルフたちが、彼女たちの背後に控えていた。

 新型フレッシュ・ゴーレムの表面は、リゾートリザードの革に覆われている。

 それは保水性と蒸発力を併せ持っており、これに水を被せると通常以上に気化熱による冷却ができるのだ。


「よおし、まだまだいけるぞお!」

「このままぶっ飛ばしてやるぅ!!」


 彼女たち二十人は、千人の軍からすれば決して多数ではない。

 だが彼女たちが五人ずつ倒せば、一方的に百人の敵が減るということ。

 それは残る九百にとってとんでもないプレッシャーであり、味方の千人にとってとんでもないボーナスとなる。


「相手が崩れ始めたぞ! そりゃそうだろうな!」

「ああ、どんどん崩してやれ! こりゃあ楽勝だな!」


 オーガが敵を討ち崩せば、その分他の敵も崩れる。

 絶対的に優位な箇所があれば、味方はそこを基点にして戦術を練ることができる。

 逆に相手は、敵の基点を潰せず、どんどん追いやられていく。

 もはや激励だけでどうにかなる段階ではない。


「やはり、こちらが押していますな」

「げひひひ……先任の皆様が奮起しておられるからこそ……私が腕を振るった甲斐がありましたなあぁ」

「ええ、おっしゃる通りです。貴方様の料理がなければ、ここまで全軍が奮戦できたか……」


 後方に陣取っている、ガイカクと現場の指揮官。

 彼らは自分たち優位に進む戦場の情報を聞いて、余裕を隠せなかった。

 しかしながら、ガイカクはやや首をひねっていた。


「ですがねえ……少々おかしくありませぬか?」

「な、なにがでしょうか?」

「敵の抵抗が続いている……もう逃走してもおかしくないはず」

「それは……前からのことです。この戦地の敵は、やたらと士気が高くなって……」

「そうでしたな……」


 前任者からすればいまさらだが、実際に初めて戦ったガイカクはやはり不可解に思っていた。


「敵はまだ、根拠がある、勝算がある……伏兵がいる?」


 ガイカクは、正面の戦場ではなく、周囲を見渡した。

 もちろん人が多くいるので、視界はお世辞にもよくない。

 だがそれでも、敵の兵が接近しているかどうかはわかった。


「いや、さすがに本陣への奇襲はないな。これだけ押していたら、指揮系統が多少乱れても意味がない……となると……」


 ガイカクはここで、フードをまくった。

 そしてもっとも押している場所、自分の部下がいる場所をにらんだ。


「ヤバいか……?」


 今の優勢は、オーガ部隊が押しているからこそ。

 もしもそのオーガが全滅すれば、逆にこちらが劣勢になりかねない。

 そしてそれを仕掛けるのは、こちらのオーガがある程度疲れて、なおかつ敵が減りきっていない今ではあるまいか。


「だが……打てる手は……無い」


 予備選力を持ってきていないガイカクは、ただ結果を待つことしかできなかった。

 いや、仮に予備戦力を持ってきていたとしても……。

 二十ものオーガを葬りうる戦力への対処など、できるものではない。



 一方的に攻撃できる状況でのエルフや、無防備な相手へ奇襲するケンタウロス。

 それらと同等に、接近戦のオーガは強い。周囲から適切な協力を得ていれば、なお強い。

 だからこそ周囲は彼らを持ち上げて、彼らを厚遇する。


 そして……討ち取ることに成功すれば、大戦果となる。


「妙な鎧を着ているな……ワニの革を使うとは珍しい。だが騎士団なら、それもありえるか」

「普段以上に切り込まなければなりませんね」

「ああ……間違っても、余裕だと思うな」


 現在アルテルフは、自陣営の兵に紛れていた。

 信頼できる側近とともに、普通の人間だと勘違いするような恰好をしている。

 はっきり言って、セコい。だがそのセコさは、この状況では最善だった。


 獣人はオーガほど大きくないが、そのぶん奇襲に向いている。

 それでもある程度近づけばバレるだろうが、そのある程度の距離をアルテルフたちは間違えなかった。


「もしも失敗してみろ、生き残っても味方に殺されるぞ」

「……」

「俺たちが好き勝手やるには……納得できるだけの武勲がいるんだからな」


 そう、アルテルフは間違えていない。

 彼はこれからやる作戦が、どれだけ危険かわかっている。

 成功する自信はあるし、成功してきた実績もある。

 だが、一度でも失敗すれば死ぬ。そういう、危うい賭けでもある。


「いいか、一気に行くぞ。俺が先行して半分をやる、お前たちは俺に続いて、残る半分をやれ」


 ここでアルテルフたちは、武器である鉈を手にした。

 戦争で使うにはやや小ぶりで、奇襲をするにはやや大きい。

 だがオーガを殺すとなれば、これぐらいでも『ナイフ』みたいなものだった。

 仮にこれで斬っても、武装しているオーガなら元気に暴れそうなものである。


 この鉈で、正確に相手の急所を切り裂く必要があった。


「一気に決める、そしてそのままこの戦場を決める」


 アルテルフは戦場で何人ものエリート、とりわけオーガを殺してきた。

 その方法は、極めてシンプル。味方に紛れて接近し、ある程度の距離から一気に襲い掛かり、急所を切り裂くというもの。


 さながら肉食獣のような狩猟法は、必勝法に思えるかもしれない。

 しかし失敗すれば、死あるのみ。

 現在奇術騎士団がやっているような人間との連携とはわけが違う、単一種族による完全なるスタンドプレー。


 ハイリスクハイリターンの極致たるそれを、彼らは実行する。


「行くぞ!」


 獣人のエリートたるアルテルフは、自分のつぶやきとともに爆発した。

 圧倒的な速力をもって味方の合間を駆け抜けながら、強壮なるオーガの間合いに飛び込む。


「?」


 奇術騎士団のオーガたちは、それに反応できなかった。

 それどころか、なにがあったのか理解もできなかった。


「とった!!」


 狩りの成功を確信したアルテルフは、その鉈で首元に切り込む。

 本来頑丈であるはずのワニ革に、鉈は深々と切り込んだ。

 そしてその奥にある、太い血管を切り裂く。


 彼が鉈を引き抜くと同時に、おびただしい出血がほとばしった。

 だがその出血が、アルテルフの体にかかることはない。

 彼はこの時すでに、次の獲物に躍りかかり、斬り込んでいた。

 それに続く形で、彼の側近たちも他のオーガに切り込み、致命傷を負わせていく。


「ふぅ……」


 一瞬の全力疾走、乾坤一擲の奇襲。

 それを終えたアルテルフは、戦場のただなかで、汗を拭きだしながらも一息を入れた。


 敵味方の誰もが注目する、進行中のオーガ。

 その彼女たちが、いきなり大量の出血をした。


 だからこそ、その瞬間、周囲は沈黙に包まれた。


 一体何が起きたのか、アルテルフを知る敵陣営ですらわからないほどだった。

 それほどアルテルフたちの奇襲が完ぺきであり、鮮やかだったということだ。


「ふん……完璧だな。俺たちの今日の仕事は、ここまでだ」


 心地よい沈黙の中で、アルテルフは引き上げようとする。

 主力を逆に殲滅されて、優勢劣勢が一気に逆転。

 それが彼の闘争法であり……出世してきた理由だった。


「あとはお前たちで好きにしろ」


 そう……アルテルフは完ぺきだった。

 百メートル走を走るスプリンター、アスリートが、百メートルを走る中でペース配分を間違えず、使い切ったところで百メートルを終えるように……。

 アルテルフたちは、二十人のオーガを最速最短で殺していた。


「?」


 そのはずだった。

 オーガたちは何が起きたのかもわからずに首を切り裂かれていた。

 彼女たちの首からは、大量の血が噴き出ていた。

 つい一瞬前まで軽かった体が、一気に重くなっていた。


「……?」


 おびただしい出血が収まりつつある中で、彼女たちはぐるりと周囲を見渡して、疲れた様子の獣人たちを見つける。


「オーガは頑丈だな、だがもう血がないってことは……まともには動けまい」


 余力こそないものの、余裕たっぷりに、アルテルフたちは彼女たちの間を抜けていこうとして。


「こ、このおおお!!」


 慌てた様子のオーガたちに、叩き潰されていた。


「あ、あがぁ……?」


 何が起きたのか、アルテルフたちにはわからなかった。

 首を切り裂いたはずで、大量に血が出たはずのオーガたち。

 彼女らは多少動きが鈍っただけで、普通に攻撃してきた。


 その姿を、敵も味方も見ていた。

 いやむしろ、第三者目線だからこそ、当人たち以上に見えていた。


「薬で痛みを感じない……とかか?」

「バカ言え、あんなに血が抜けていたら即死だ! 痛みがどうとかじゃねえ!」


「ち、血糊(ちのり)か? 首に仕込んでいたのか?」

「あんなドバドバ流れる血糊があるか! しかもあんな鉈で首を斬られたんだぞ?!」


 敵も味方も、何が何だかわからない。

 いくらオーガが頑丈でも、今の出血なら即死、そうでなくとも身動きができるわけがない。

 血液が人体でどのように機能するか知らないとしても、血が流れ過ぎれば死ぬなんてことは、この世界でも常識だった。


「……な、なに、こいつら……どこから出てきたの?」

「っていうか、体が重い……いきなり鎧が壊れた?!」


 混乱しているのは、オーガたちも同じだった。

 敵も味方も静まり返っているし、いきなり獣人が現れるし……。


 なにより、培養骨肉強化鎧(フレッシュ・ゴーレム)が機能を停止していた。


「……首が痛い、もしかして斬られたの?」

「そっか……この鎧じゃなかったら死んでたね」


 だが彼女たちは、すぐに状況を理解した。

 そしてここで、自分たちが危なかったと理解する。


 そう……彼女たちの首は、たしかに斬られていた。

 だが彼女たち自身の首、および血管には鉈が達していなかった。

 アルテルフたちの(やいば)は、フレッシュ・ゴーレム自体の血管を斬るにとどまっていたのである。


 フレッシュ・ゴーレムが筋肉によるパワードスーツである以上、内部には血管がある。

 これも生体であるため、血管が切れれば出血もする。出血すれば、機能が停止する。そうなれば、ただ分厚くて重いだけの肉に成り下がる。

 だが当然ながら、装着者自身が死ぬことはない。


「いや、違うよ……それだけじゃない。新型じゃなかったら、死んでたかも……」


 だがしかし、首の部分にそこまで分厚い装甲も筋肉もない。

 大量出血した理由はフレッシュ・ゴーレムの血液で説明がつくが、首の太い血管(・・・・)が守られた理由はまた別だった。


 そう、太い血管である。

 太い血管という単語が良く出るのは、出血した場合のリスクの高さだけではなく、もう一種類ある。

 体を効率的に冷やす時だ。


 バブバブバオバブ。

 ガイカクが新型フレッシュ・ゴーレムに仕込んだ、体の内部の熱を吸収する樹の肉。

 それは当然、彼女たちの太い血管付近に多く着いており……首筋にもそれがあったのだ。

 その分だけ装甲が厚くなっており、彼女たちの首を守っていたのである。


「首の皮一枚、だね」

「……うん」


「が、あ……な、なんでだ、なんで立てる……何で戦える……? 一体、なんの手品だ?」


 その本来の用途から外れた『構造』、機能ですらないものが、明暗を分けていた。

 オーガたちは立っており、アルテルフたちは瀕死であった。


 そう、アルテルフたちは完ぺきだった。

 完ぺきに体力を使い切ったからこそ、もう余力がない。

 奇襲の成功にリソースのすべてを注ぎ込んだからこそ……予想外の反撃に、対応するだけの何かがない。


 仮に油断していなかったとしても、今のオーガたちにさえ勝てなかっただろう。


「お、オーガたち、大丈夫か?」

「うん、フレッシュ・ゴーレムが壊れただけで……」

「そ、そうか……! あ、でも……じゃあ……」

「うん、超やばい」


 一方で、オーガたちの状況もよくなかった。

 歩兵隊の面々も情報を共有できたが、打てる手がない。


 フレッシュ・ゴーレムが機能を停止した以上、今の彼女たちは最底辺のオーガにすぎず、またフレッシュ・ゴーレムも枷になってしまった。

 これでは先ほどまでのような活躍は、到底望めない。

 もしも今襲われたら、それこそ負けてしまうだろう。


「あ、アルテルフ様が、やられた?」


 だがその彼女たちの耳に、敵の漏らした情報が届いた。


「……まて、もしかしてこいつは……ジャイアントキリングのアルテルフか!」

「よし、オーガたち! 勝ち名乗りだ! 勢いでごまかせ!」


「わ、わかった!! よおし、いくぞおお!!」

「あるてるふ、討ち取ったり~~!!」

「敵のあるてるふは、奇術騎士団、オーガ重歩兵が倒したぞ~~!」


 ここで彼女たちは、勢いでごまかすことにした。

 敵将(?)を討ち取ったという事実を周知させて、なんとか敵を撤退させようとしたのだ。

 その、とってつけたような作戦は……。


「アルテルフがやられた~~!」

「も、もう駄目だ!! 相手のオーガは不死身だ!!」


 周囲の敵が、積極的に協力してくれた。

 ただでさえ劣勢だった彼らを支えていたのは、アルテルフへの恐怖と信頼。

 それが撃ち崩されたことで、敵軍は一気に敗走し始める。


 そうなってしまえば、もう優劣どころではなく、勝敗が決定する。


「つ、追撃しろ~~!」

「敵を壊滅させろ~~!」

「奴らを倒せば、家に帰れるぞ~~!」


 一方で味方側も、それにのっかった。

 何がどうして生き残っているのかはわからないが、どうやら奇術騎士団はもう戦えない様子である。

 ここから元気に暴れられる方が怖いので、むしろ安心した様子で、見て見ぬふりをしつつ突っ込んでいく。


 敵味方に取り残される中で、奇術騎士団は獣人たちを囲んでいた。


「ぐ……くそ……殺せ」

「……え、命乞いをしないの?」

「味方に嫌われている自覚はある……それに、骨がぐしゃぐしゃだ……もう戦えねえよ」


 その中で、アルテルフは自分を殺せと言っていた。他の獣人たちも、それを無言で肯定している。

 いや実際、もう手の施しようがないだろう。


「それにまあ、納得はしている……好きに振舞って、名を上げられたんだからな……」


 そして彼は、呪いを残す。


「お前たちも、そのうちこうなるさ……助かった~~って顔を見るに、死なないわけでもないだろう?」

「……」

「だから、死ぬさ。俺と同じように……」


 戦場で横になっている男は、開き直って笑っていた。


「無様に死ぬのさ、雑兵と変わらずにな」


 彼は、笑って死んだ。彼の仲間も、同様である。


 奇術騎士団は、全員死ぬことなく、生き残っていた。

 それが、結果であった。だがしかし、運がいいだけの結果であった。


 彼女たちは、そう思っていた。



 時間も体力も、リソースである。

 ある意味では、この世のあらゆるものが有限(リソース)と言える。

 仲間との友情でさえ、それを成立させる時間を思えばリソースと言えるだろう。


 忘れてはならないのは、敵も同じだということだ。

 奇術騎士団がアルテルフの存在を察知できなかったのは、それを調べることへリソースを割けなかったことであるように……。

 アルテルフがフレッシュ・ゴーレムを知ることができなかったことも、また同じ理屈だった。


 お互いに相手の情報を完全に知りえないならば、それを含めての実力勝負。

 不慮の事態へ割く余裕(リソース)があった、奇術騎士団に軍配が上がったのだ。


 とはいえ、皮一枚の差であったことも事実である。


 騎士団に属するということは、その皮一枚の差を問われ続けるということだった。

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