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ややこしいけどわかりやすいなまえ

 驥尾(きび)に付す、という言葉がある。

 これはまあ、細かく説明すると酷い言葉なのだが、意味としては『優れている人についていけば、凡人でも活躍できる』ということである。

 これは逆に言って、『成果が出ているとしても、自分の力を過信するな』ともとれる。


 結局ガイカクが凄いのであって、他の面々はまったく大したものではないのだ。

 本物の騎士団を見て痛感した彼女たちは、行軍中ずっとテンションが低かった。

 最初こそ『しゃあねえか』と思っていたガイカクも、いよいよメドゥーサ遺跡の戦線に近づく段階になれば怒り出した。


「お前らなあ! 自分たちが底辺だってことはわかってただろうが! 今更思い知って、打ちのめされてるんじゃねえ!!」


「……いえ、マジでおこがましかったです。私たち、騎士にふさわしくないです」

「あんな歴戦の雄たちと、同じ名前を冠せません……」

「底辺奴隷騎士団に戻りませんか……?」


「はあ……」


 そろそろ友軍との合流というタイミングで、この士気の低さは困る。

 ガイカクは自軍へ活を入れた。


「元気は出さなくていいから、体裁は保て!」


 うわべを取り繕え、と叫ぶ大人の鑑。

 それを聞いた部下たちは、露骨に嫌そうな顔をした。

 なにせ元気を出せ、ですらないのだ。そりゃあ嫌にもなる。

 だがそれでも頑張るのが大人だと、彼は語るのだ。


「いいか、お前ら。これから向かう先にいるのは、劣勢の友軍だ。俺たちが行くことも、上から聞いているだろう。敵に圧されていて、今にも負けそう。そんな状況で、騎士団が来るという……それで、このテンションだ!!」


「……」


「戦う前からやる気がないとか、友軍の側にもなってみろ!!」


 想像してみると、なるほど嫌な話である。

 ただでさえ弱いのに、やる気もない援軍とか最悪だ。


「いいか! もしもお前たちにやる気がなくて、そのせいで劣勢になったらな、俺が責任を取るんだぞ!!」

「どう責任をとるんですか?」

「友軍の怪我人、全員面倒見る羽目になる!!」

「……できるんだ」

「一応医療備蓄は持ってきたからな! でも砲兵隊がいないから、助手も無しだ! しかも赤字確実だ!」


 ガイカクは医療従事者ではないので、患者の選り好みをする。

 だが逆に言って、治さないといけない、という責任感が生じればやるのだ。

 嫌々でも、きっちり頑張るのだ。別に、やりたいわけではない。


「はあ……まあとにかくだ、ティストリア様も言ってただろ。騎士団の仕事ができていたんなら、立派な騎士団だって。この戦場で大活躍すれば、誰も怒らねえよ」


「できますかねえ? 今回の魔導兵器は、私たちのフレッシュ・ゴーレムだけですし……」


「大丈夫、大丈夫。新型フレッシュ・ゴーレムは、実戦で使う機会に恵まれなかったが……その分改修を重ねられたからな。はっきり言って、並のオーガより強いぞ」


 今までのフレッシュ・ゴーレムは、着ていても『並のオーガ』に追いつくのがやっとという代物だった。

 非常手段として薬物強化もあるが、使い捨て前提のため、めったに使えるものではない。


 だが新型のフレッシュ・ゴーレムは、筋力こそそのままだが、戦闘能力は上がっていると彼は言う。

 ガイカクがいうのだから、本当にそうなのだろう。


「実際に戦場で戦ってみれば、それは明らかなはずだ。ダークエルフたちも支援するし、大活躍間違いなし!」


「親分が言うなら、そうですね……!」


 結局のところ、結果は大事なのだ。

 助けられる方からすれば、助けられ方など重要ではない。

 最初こそ不安に思っても、騎士団並に活躍して『ありがとう』というのが定番の流れだった。


「まあとにかくだ、騎士になったつもりとは言わないまでも、まともな兵士になったつもりで行軍するぞ!」


 外面を取り繕え、と言われた一行。

 これも仕事だと思って、いよいよ友軍の待つ野営地へと近づく。

 

 そして接近していくと……なかなか凄惨な現場であった。

 多くの怪我をした兵士たちが、半端な治療をされたまま、希望もない目をしている。

 一応騎士団が到着したのに、誰も沸いてこなかった。


 さっきまでの奇術騎士団がハイテンションにおもえるほど、この野営地はダウナーであった。


「……お、おお、奇術騎士団ですな。お待ちしておりました……そ、その、この軍の指揮官であります」

「げ、げひっひひひひ! これはどうもご丁寧に! 奇術騎士団の団長、ガイカク・ヒクメにございます!」

「折角援軍としていらっしゃったのに、大した歓迎もできず……」


 自分も傷を負っている指揮官だが、彼はかろうじてガイカクたちに会いに来た。

 しかしながら、ものすごく疲れていた。

 心身ともにぼろぼろ、という具合である。


「むぅ……話に聞いたよりも悪いですなあ。何か動きがあったので?」

「それが、その……ついさきほどまでも戦闘がありまして……」

「……しかしそれにしても、この士気で逆によく生き残れましたな」

「相手は犠牲をいとわずに突っ込んでくるので……その、相手の数は減り気味なのです。とはいえ、そろそろ相手にも援軍が来るそうで……」

(まずいな、こっちの主力はあくまでも前任の軍……このままだと戦えん)


 道化めいていたガイカクは、この状況に危機感を覚えた。


「げひひひひ! どうやら皆さんお疲れの様子……歓迎していただけないようならば、我らが気を使うべきでしょうなあ!」

「え?」

「本当は戦勝の時にふるまおうかとも思っていたのですが……ここはひとつ、前祝ということで!」


 ガイカクは、もう一手を打つことにした。


「元気の出る魔導をお見せしましょう!」



 メドゥーサ前線の兵たちは、疲れていた。

 敵がやたら必死になって攻めてきて、その分多めに殺すことになっていた。

 そんな激戦に耐える日々が、しばらく続いていた。

 まともな神経を持っている一般兵なら、耐えられるわけがない。


 敵が来れば戦わざるを得ないが、そうでないときは何もできなかった。

 食欲もなく、あまり眠れなかった。生命力が、どんどん削られていくのを感じていた。

 今自分が生きているのか、死んでいるのか。起きているのか、寝ているのかもわからなかった。


 援軍が来るとか言われていたような気もするし、今日だったような気もする。

 だが誰もが疲れていて、それどころではなかった。


「ん?」

「な、なんだ?」


 地べたに体育座りをしていた兵士たちは、何かに気付いた。

 もはや生きるしかばねと化していた者たちは、鼻から脳に届く情報に興味を持ったのである。


「おい、聞けよ! なんか奇術騎士団っていう騎士団が来たんだと!」

「で、その騎士団の団長が料理を作ってて、それを俺たちに食わせてくれるらしいぜ!」


「なんで?」

「なんでだろうな」


 なぜ騎士団の団長が料理を作っているのか。

 それがさっぱりわからないが、とにかくいい匂いだった。

 頭をがつんと殴られるような、食欲をかりたてる匂い。

 自分が空腹だと思い出させるような、そんな暴力的な匂い。

 誰もがその匂いに期待をして、空腹が加速していくなかで。


 ほどなくして、配給が始まった。


「さあ皆さん! ガイカク・ヒクメ特製の『謎のオートミール』ですよぉ!! 全員分ありますから、押さないで食べてくださいねえ!! いひひひひひ!」


 如何にも怪しそうな男が、如何にも普通じゃない匂いの、名前からして怪しい料理を出してきた。

 大きな鍋にはオートミールが入っており、それを小皿によそってくる。

 千人規模の軍のために、どんどん追加も作られている様子が、遠くからでもわかった。


「……ん、んん!!」


 その謎のオートミールをよそわれた兵士たちは、配給所から離れるまで我慢できず、歩きながら食べ始めた。

 それはもう、無言でバクバク食べている。


(甘い! それになんかこう、濃い! なんか、濃い!)


 エナジードリンクめいた味の、オートミール。

 それを夢中で食べていく兵士たちは、お代わりをもとめて並び直していく。

 それは整然としているが、一方で活気に満ちていた。


「あの、親分……なんか変なものでも食べさせているんですか?」

「そうですよ、団長。なんか怖いんですけど……」

「御殿様、おくすりを混ぜていませんか? なんか、体に悪そうなのを……」


 料理を続けている部下たちは、一様に困った顔をしていた。

 自分たちのご主人様が、士気を向上させるため、ケミカルな危険物を投与したのではないかと疑っているのだ。


 それに対して、ガイカクは手を横に振る。


「いや、そういうのは使ってない」


(作れはするんだろうなあ……)


「違法な食品を使ってはいるが、体には悪くない。まあ常食すれば、その限りじゃねえが」


 なんにでも適量があり、食べ過ぎれば毒になるのは道理。

 ただ今回食べてもらっているのはよく効く分、毎日食べるのには向いていないものだった。


「今回使ったのは、ダークエルフたちに栽培してもらっている、『ニセカエンダケ』と『ニセカエンダケモドキマガイ』と『ドクナシドクドク』と『ムドクドクアリドクナシドクドク』っていうキノコを使った調味料だ」


「……?」

「……?」

「あの、すみません。私たちが冷暗所で栽培していたキノコって、そんな名前だったんですか?」


 名前を聞いても、部下たちはよくわからなかった。

 というか、名前がよくわからなかった。


「ややこしいが、ちゃんと由緒のある名前だ。まず猛毒のキノコの『カエンダケ』ってのがあって、それによく似た『ニセカエンダケ』ってのがあって、さらにそれによく似た『ニセカエンダケモドキ』があって、さらにさらにそれによく似た『ニセカエンダケモドキマガイ』ってのがあるわけだな」

「わかるけどわかりません……」

「あと『ドクドク』っていう毒キノコがあって、その仲間に無害な『ドクナシドクドク』があって、その仲間で有害な『ドクアリドクナシドクドク』ってのがあって、さらにその仲間で有益な『ムドクドクアリドクナシドクドク』があるわけだな」

「……よく言えますね」


 文章ならよくわかるが、言葉にされるとよくわからなかった。

 丁寧に説明されているとわかるのに、煙に巻かれているようだった。


「名前もややこしいが、見た目はもっとややこしい。無毒で有益な種と猛毒で有害な種の見分けが、専門家でも難しくてな。その結果全部の採集が違法になっちまったんだ」

「そういうケースもあるんですね……」

「まあ俺の場合は、キノコを栽培する技術があるから問題ない」


 無我夢中で食べている兵士たちを見るに、よほど美味しいとわかる。

 それゆえ昔の人は大いに食べようとして、間違えて食べてしまったりしたのだろう。

 なるほど、違法になるわけである。


「こういう疲れている時は、味が濃いのをがっつり食べて、ぐっすり寝るのがいいんだ。一晩寝れば、味方のやる気も戻るだろう。ちなみに『ニセカエンダケ』と『ニセカエンダケモドキマガイ』と『ドクナシドクドク』と『ムドクドクアリドクナシドクドク』のそれぞれにどんな薬効があるかというと……」

「あ、いいです……」


 奇術騎士団は、調理に戻ることにした。

 ガイカクは質問をされたから説明をしているだけで悪くないのだが、彼女たちには難しすぎたようである。

 いや難しくはないのだが、わかりにくいようだった。


 もとより作る量が多いので、無駄話の時間が惜しい。

 そしてもっと言うと、調理中はしゃべらないことが望ましい。

 ガイカクの部下たちは、レシピ通りに調理を続けた。


「しかし……」


 そろそろ暗くなるころ合いに、ガイカクは敵のいる方向を向いた。

 さすがに敵が攻めてくる気配はないが、不穏な空気が近づいてきているようでもある。


「部下を無駄に死なせている指揮官が、続投しているってのは……腑に落ちないな。部下が反抗しないのもおかしいし……」


 ガイカクは、一番あり得ることを口にする。


「ぼんぼんが指揮ごっこでもしてるのかなあ」


 天才魔導士ガイカク・ヒクメも、根拠なく強敵がいるとは認められないのだった。

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