出征前
軍部からの許可を受けて、前線へ向かうことになったガイカク。
彼はティストリアから総本部へ呼び出され、そこで概要を聞くこととなった。
「貴方たち奇術騎士団には、前線に出てもらいます」
「いよいよ軍部と連携を? ひひひひ! いよいよ本格参戦というわけですなあ!」
「ええ、そうなります。しかし軍部も貴方がたの実力を疑っているので、まずは小規模な戦場で実力を披露してもらいます」
「ティストリア様のご命令とあらば、どこへでも向かいます。それで……場所は?」
「メドゥーサ遺跡近辺です」
「……ああ、あの」
「ご存じでしたか」
「ええ……ラミアと無関係な土地にある、ラミアを神格化した宗教の神殿ですね。いやあ……見に行ったことがあるのですが、何も言えませんでしたなあ」
(学のある御仁だな……)
ドマイナーな、滅びて久しい宗教。
それについても知っているのだから、ガイカクはかなり博識であった。
ティストリアの傍に控えているウェズンは、少々驚いていた。
「あのあたりには何もありませんでしたし、なにか役に立ちそうなものがあったとは思えませんが……古い情報でしたかな?」
「いいえ、間違っていません。農業などの食糧生産に適さず、物流などの視点からも無価値。ただ戦線が広がった結果、ぶつかることになっただけです」
「なるほど……しからば小規模でしょうなあ」
「ええ。とはいえ千対千ほどであり、今まで奇術騎士団が経験した中では最大級でしょう。貴方自身はともかく、部下が浮足立つのでは」
「きひひひひ! 御手厳しい! たしかにある意味初陣……よく締め付けておきましょう!!」
小物ぶるガイカクだが、相変わらず楽しそうである。
それがどういう理由での楽しさなのかわからないが、前向きなのはいいことだった。
「それから……その戦地に向かうこととなったのは、救援要請があったからです。どうやら現場では、敵の士気が高くなり、押されているとか」
「ほお。まあどんなバカでも士気を上げるだけなら可能ですからなあ……」
同数同士の戦いで、相手の士気が高くなって押されている。
そんなことは、一々驚くようなことではない。
なんなら味方側が無能で士気が下がり、相対的に押されている、という可能性さえある。
「それだけで何かを察知するなど、予言や迷信の域ですな」
「ええ、違いありません。一つ言えることがあるとすれば、指揮官が無能だということ」
いささか以上に汚い話だが、世の中には勝っても負けても意味がない戦場がある。
敵味方双方の上層部が『重要度は低いが、一応念のため配置しておくか』という認識で配備し、面子もあって一応戦う。
そんな状況で兵を奮い立たせて勝っても、誰からも何の評価も得られない。
何なら『こんなところで本気出すなよ』と思われかねないのだ。
「先日貴方と戦ったトリマンという砦の責任者は、その点を弁えてはいました。ですが今回の敵は、そうではないようです」
「軍という組織の都合上、タダのバカという可能性が捨てきれないのも……ひひひひひ!」
「ええ、実際その可能性が高いでしょう」
ティストリアはあくまでも、可能性が高いと言った。
世の中には能力を持ったバカよりも、能力もないのに出世したバカの方が多い。
可能性で論ずるならば、後者だと考えるべきだ。
「しかし」
だがティストリアは、ここではっきり言った。
「不測の事態が起きたとしても、解決するのが騎士団です。不測の事態だったので対応できなかった、などとは言わせません。貴方に裁量を預けているのですから、その分責任は重いと知りなさい」
「ええ、おっしゃる通りでございます。げひひひひ!」
「私は責任者である以上、貴方が失敗をすれば私が失脚しかねません。私が失脚すれば、そのまま貴方も失脚する、ということを忘れずに」
(それが一番怖いのだがな……)
ティストリアが釘を刺しているのは、あくまでもガイカクである。
だが一緒に聞いているウェズンの方が、ずっとその事態を恐れていた。
「もちろん心得ておりますとも……ティストリア様あっての私でございます……ひひひひひひひ!!」
ある意味ではティストリアと同じように『ビジネス』の振る舞いをしているガイカク。
彼の振る舞いからは、なんの感情もうかがい知ることはできない。
「では、可能な限り迅速に、出立の準備を。それが終わり次第、私へ声をかけてください」
「……なにか?」
「総騎士団長として、貴方の配下へ出征前の激励を行います」
※
戦場に向かう、というのは余りいいことではあるまい。
なにせ死ぬかもしれないのだ、そりゃあ怖いに決まっている。
だがしかし、騎士団に属している以上は、ある程度覚悟もできる。
少なくとも昨日まで畑を耕していた者たちが『ほら、武器やるから戦場に行け』と言われるのよりは、ずっと気楽だった。
なにせガイカク・ヒクメの奇術騎士団には、ガイカクの作った違法魔導兵器がある。
テクノロジー格差と情報格差で一方的にボコれるのだから、かなり気楽だろう。
もちろん、それだけではない。
ガイカクが割と現実を見ている、ということだ。
「ということで、俺たちはメドゥーサ遺跡近辺の戦場に向かうことになった。連れていくのは人間歩兵、オーガ重歩兵、ダークエルフ偵察兵だ」
「ああ? アタシたちドワーフはいいのかよ。ライヴスの整備はどうするんだい、棟梁」
「私ども獣人をお連れしない理由は何ですか、族長」
「あ、私たちエルフは説明いりません。野戦だからですよね」
「今回は向かう先が結構遠いんでな。ライヴスが途中で壊れる可能性を考えると、持っていくのはきつい。それに前の作戦で一台ぶっ壊したからなあ。今回ドワーフたちには残ってもらって、次のライヴスの部品を作っておいてほしい。獣人を連れて行かないのは、最近焙烙玉や煙玉に頼りすぎて俺が飽きてきたってのと、費用がかさんでいるのが原因だ。アレの材料は自作してねえから、高いんだよ」
ガイカクはただ研究開発だけではなく、運用も含めて兵器が好きなのである。
そのため運用上の問題もよく考えており、余計なトラブルはある程度抑えられていた。
「さすがは団長! いろいろ考えてますね! あのタンロウとはえらい違いだ!」
「ああ、お前とも違うぞ」
「……はい」
部下を巻き込んで破産した女が、違法薬物を販売していた男をバカにしたので、釘を刺しておく違法魔導士。
やはり天才を自称するだけのことはあるのだろう。
「ええ~~!! 最近私たちが出番ない~~! 旦那様、連れてってくれないの~~?」
「今度海の方に演習へ行く予定がある。その時は一緒に遊ぼうな」
「ええ!! 海? やった~~!」
ゴブリンたちには優しいガイカク。
子ども扱いなのはわかるが、見ている他の種族は少し複雑である。
「今回の主役はオーガだ。そろそろ新型フレッシュ・ゴーレムの性能を確認したいし、他の軍と連携をとるのならそれが望ましい。なんだかんだ言って、普通のオーガ兵と変わらない分、周囲が慣れているからな」
「むふ……こういうシンプルな作戦なら、私たちの独壇場ですね!」
「オーガらしく戦いますよ、オーガらしくね!」
再三いうが、エリートで構成された騎士団といえども、疲れ知らずでもなければ死なないわけでもない。
千人規模の軍隊を相手にすれば、普通に負ける。
だがだからこそ、味方との連携が重要。ガイカクはそれを見越しての編成をしていた。
実際オーガたちも、こういう正面からの戦いを好む。
敵兵を蹴散らして味方から頼られる、というのが好き、というのは理解できるであろう。
「残っていてもやることは奴隷作業だけど、まあ仕方ないわよね」
「戦場に行ったら、倒れるまで魔力を吸われるだけだものね」
「ああ、それから……今回は出陣前に総騎士団長からお言葉をもらう。出陣準備が整ったら、出陣組は総本部へ行くぞ」
「は、はああ?!」
「ちょ、ちょ! 聞いてないですよ、先生!!」
さらっと、ティストリアに会えると言われてしまった。
出撃予定のないエルフたちは、大いに慌てる。
「ええ?! 騎士を束ねる、最強の人間に会えるんですかぁ!」
「実は、まえからちょっと会いたかったというか……興味ありました」
「そうかそうか……ついに我らアマゾネスも、ティストリア様にお目通り願えるのか……というか、お言葉をもらえるんだなあ……凄い、本当に凄い!」
オーガ、ダークエルフ、人間たちは嬉しそうにしている。
騎士と言えば全種族の憧れ、その頂点はまさに憧れオブ憧れ。
それに会える、なんなら激励の言葉までもらえる。
だがそれはおかしなことでも幸運なことでもない。
なぜなら彼女たちは、騎士団なのだから。
総騎士団長の部下だから、会うのも言葉をもらうのも当然である。
何であれば、名前だって覚えてもらえるし、親しくなっても不思議ではない。
そんな夢心地になっている部下たちを見て、ガイカクはやや呆れていた。
「タンロウと同じ顔してやがる……もしかして、アイツみたいなのって、いくらでもいるのか?」
世界の常識を疑い始めるガイカク。
その彼こそが、この場では一番ティストリアと面識があるわけだが……。
「あ、あの先生……ティストリア様って、どんな人ですか?」
「……とりあえず、私的な感情が感じられない人だな。いろいろな意味で、大きな組織の長って感じだ」
エルフたちの質問に、ガイカクは応えていた。
「俺の場合は会う奴だけが部下だが、あの人はそうもいかんからな。わかりやすく基準を設けて、それを守ればいいってスタンスだ。有能集団にしか通じない手だが……騎士団だからな」
ガイカクは基本的に嘘は言わないので、ティストリアを褒めているということはそういうことだろう。
自他ともに認める天才が称賛するのだから、それこそ凄いに違いない。
「仕事的にはそんな感じで、見た目的には……人間の頂点に立つ人だが、その一方で人間の上位種みたいな雰囲気があるぞ」
「そんな凄いヒトからお言葉が……!!」
自分に自信のないものほど、何かを崇めてしまうのかもしれない。
そういう危うさを感じるガイカクは、ちょっとだけティストリアが可愛そうに思えた。
「なあ棟梁。アタシとしては物珍しさっていうか、アンタが仕えている人に興味があるだけなんだが……アタシらも出席しちゃダメかい?」
「出征前の激励なのに、居残り組が聞いてどうするんだよ。うぉおお、って盛り上がって、そのままここに戻ってきて仕事すんのか?」
「……」
ドワーフをはじめとした、出撃しない面々。
彼女たちは自分たちも会いたいと言い出しているが、ガイカクはそれを止めていた。
止められた面々は、ものすごくしらけている。
「はぁ……何度も言うが、お前たちはもう騎士団なんだ。出撃前の激励なんてケチなもんにのっからねえで、武勲を上げてどかんと称賛してもらえ。それを目指すのが筋ってもんだ」
「はぁ~~い……」
露骨にマイナス2ぐらいのやる気ダウンをしている、居残り組達。
その姿を見て、少々呆れるガイカクであった。
※
かくて、オーガ、ダークエルフ、人間たちは出征の準備をして、総本部へと向かった。
羨ましそうな同僚たちをしり目に、にやにやと笑っていたのだが……。
総本部に着くと、その笑みは一瞬で凍り付いていた。
ざ、ざざざ。
奇術騎士団が総本部の前に立つと、中から五人の正騎士たちが現れた。
全員が屈強な大男たちであり、なおかつ厳めしい顔をしている。
装備はどれも輝かんばかりであり、装着している者たちの強さをひきたてている。
彼らは威圧することなく、ただ整然と並んでいるだけ。
これから試合をするとか、戦争をするとか、懲罰を行うとか、そんなことはない。
あくまでも儀礼的なものを行うだけ。
わかっているのに、怖くて仕方がない。
(これが、総騎士団長直属の正騎士……)
(わかっていたけど……質の差がエグい……!)
(才能の差だけじゃない……鍛錬とか場数が違う! 違い過ぎる!)
そこにいるのは『ザ・騎士団』であった。
自分たちのような色物ではない、本来の意味での騎士たち。
それと向き合っていると、己が恥ずかしくて仕方ない。
(こんな凄い人たちと、一緒の組織にいていいの?!)
(私たちみたいな底辺奴隷が、こんな凄い人たちの仲間扱いなの?!)
(わ、私たちは、今まで騎士団の恥をさらしていたんだわ!!)
一般人の、あるいは自分たちの想像する通りの騎士たちがいる。
だからこそ、比べ物にならない自分たちが恥ずかしい。
自分たちがいることで、彼らの地位が落ちるのならば、それは耐えがたいことだ。
「総騎士団長の、おなりである!」
その緊張を穿つように、騎士たちは吠えた。
全員がびくりと威圧され、思わず硬直する。
そして現れたのは、人類の最高値。
総騎士団長、ティストリアであった。
何もしゃべらぬ彼女の姿を見たとたん、奇術騎士団の面々は呆けた。
まさに噂にたがわぬ、女神のごとき姿だった。
彼女がただ歩いている姿を見るだけで、全員が『満足』をしかけてしまう。
彼女の姿を見れただけでも、今日はいいことがあった、生きていてよかったと思うほどだった。
だが彼女がこちらを見たことで、今度は期待を思い出した。
そう彼女が、あろうことか、自分たちに話しかけるのだ。
その他大勢としてではなく、民衆に話しかけるとかではなく、上司として部下に話しかけるのだ。
胸のときめきが、収まらない。
「奇術騎士団の皆さん、初めまして。総騎士団長の、ティストリアです」
美しい声だった、丁寧な発音だった。
その程度のことでも、彼女たちを失神させかけるほどに興奮させた。
「今まではガイカク卿以外に、お会いすることはありませんでしたね。お互い忙しい身とはいえ、申し訳ありませんでした」
その一方で、ガイカクが言っていた通りのことにも気づく。
顔は笑っているが嬉しそうではなく、話しているのだが意志が感じられない。
それこそ、台本を読んでいるだけのようだった。
「さて……改めまして皆さんには、戦場に赴いていただきます。軍との協力作戦であり、様々な衝突が予想されます」
(そうでしょうね!!)
改めて、普通の騎士との違いを理解した彼女たち。
ガイカクが『お前が騎士名乗ったらひんしゅく買うぞ』と言ってきたが、それをものすごく痛感していた。
騎士団を呼んで期待していたら、自分たちが来る……なんて腹立たしいだろう。
「しかし、気にすることはありません。貴方たちは私が認めた正式な騎士団の一員です。騎士を名乗ろうが名乗るまいが、そんなことを気にする必要はありません。私が決めたのですから」
その自棄を見抜いたかのように、いやさ、自棄になると事前にわかっていたかのように、彼女はつづけた。
「貴方たちの仕事ぶりは、報告書によって聞いております。どの依頼者も、最高の仕事をしてくれた、と評価をしてくれています」
(……いや、実態は……その)
「依頼者の評価がすべてです、依頼者がそういっているのなら『最高の仕事』に違いありません」
実に、大人であった。
報告書に漏れがあった、意図して書かないことがあったなら、書いたやつが悪い。
その精神を発揮する彼女は、やはり人間味がない。
「特に、エルフの森における人質救出に関しては……本当によくやってくださいました。状況は非常にシンプルでしたが、だからこそ難易度が高かった。果たして私が出向いていたところで、成功できたかどうか……」
感嘆しているようではあるが、やはり感情がない。
もちろん誉めているのだろうし、嘘も言わないだろうが、感動しているようには聞こえない。
「他の騎士団とそん色ない働きをしている貴方たちは、間違いなく騎士団です。その自覚をもって、節度を保ち、礼節を忘れず、任務に邁進してください」
(多分親分と同じことを言ってる……)
(きっと騎士団長と同じように、なんかあったら上の人に抗議しろっていうアレね……)
(この人、こういうところだけお殿様と一緒だ……!)
社会人の常識を知った彼女たちは、自分たちの主がわりと一般的ではないかと思い始めるのだった。
実際、その方が効くのだった。