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再評価の流れ

 さて、ボリック卿である。


 ガイカクの以前の雇用主であり、元伯爵である。

 一時とはいえ騎士になった彼の、その近況について軽く語るとしよう。


 彼は現在、酒浸りになっていた。

 息子に爵位を譲り、騎士を辞めることになったため、基本暇だった。

 その時間をほぼすべて、酒を飲むことに費やしていた。


 ガイカクは利き酒に難色を示していたが、一番嫌うのはこういう自滅的な飲酒である。

 大酒飲み大会もそうだが、割と真剣に命の危険がある飲酒を彼は好まない。

 彼の飲酒観からは、甚だしく外れていた。


 とはいえ、飲酒の目的が日常の憂さを晴らすことならば、とがめられることではない。

 彼一人が死ぬだけで済む話なのだから、まあそれもいいのかもしれない。少なくとも、迷惑は及んでいなかった。


 少なくとも周囲の人間は、そう考えていた。

 止めて怒られるのも嫌だし、好きにさせておこう。

 幸いにして今の彼は一種の対人恐怖症であり、若い女性を呼んでセクハラ、なんてこともなかった。

 また無駄に高い酒を飲むこともなかった。

 なにより、気持ちが分からないでもなかった。

 だから好きにさせていたのである。


「……くそが」


 自室にある酒瓶の数が、彼の不摂生の証だった。

 全身が不健康になっている彼は、もはや些細なきっかけで重病になるだろう。

 だがあるいは、それを求めているのかもしれない。


「くそが……!」


 彼の心を救いうるものがあるとすれば、奇術騎士団が失墜したという情報が入ったときだろう。

 だがそれが入ってこないということは、今もガイカクは騎士団長としての輝かしい日々を送っているということだ。


 彼の想像する『なんかすげー格好いい騎士のサクセスストーリー』を、ガイカクが歩んでいると考える。

 本来なら自分が歩んでいた道を、どこの馬の骨とも知れぬ男が歩んでいる。

 本当に、ほんの少しで、そうなれたのだと知っているからこそ……。


「くそが!!」

「あ、あの、父上……」


 その彼の元に、跡取り息子が現れた。

 現在伯爵となっている彼は、まだ日が浅いため、父へ相談に来たのである。

 その内容が内容であるため、彼はとても聞きにくそうだった。


「実は、市民から賊討伐の陳情が……」

「だからなんだ! 手勢を率いて何とかすればいいだろう!」

「し、しかし、その……私の手勢は練度が低く、その……」

「ああ?!」

「荷が重いようなのです……」


 さて、ここで事実を羅列しよう。

 ティストリアもガイカクも、ボリックの働きを認めていた。


 彼は民衆から陳情を受ければ、私兵を派遣して問題を解決していた。

 本来なら多大な犠牲がでるか、あるいは騎士団に依頼しなければならないような案件を、彼は速やかに解決する手腕を持っていた。


 ぶっちゃけた話、市民からすれば彼は名君だったのである。

 部下が優秀でした、引き抜かれました、というのが笑い話になっているのは、彼が善政を敷いていた証拠である。

 そうでなかったら、今頃殺されているか、あるいは市民からの暴動に怯えていただろう。

 酒を飲む自由が許されているのは、そういうことだった。


「だからなんだ! それなら騎士団へ依頼をしろ!」

「しているのですが……その、少々遅くなるようで……その間も、市民から陳情が……」

「だからなんだ!!」


 ボリックは大義名分を得ていた。

 落ち度がある相手なのだから、遠慮なく攻撃できるのである。


「父上は、どうやって、ガイカク卿のような凄腕の使い手を……その、配下に収めたのですか?」

「私の人徳だ!!」


 なんの参考にもならないが、まあ人徳であっている。

 ガイカクはボリックを『そこそこバカだが悪事を命令しねえだろう』と思って取り入って、実際そういう関係に落ち着いていた。

 ティストリアから騎士団の話が来なければ、今でもその関係は維持されていたに違いない。


「私に高い徳があるからこそ、向こうからやってきたのだ!!」

「で、では、私はどうすればいいのですか」

「知るか! お前は伯爵になったのだろう!! それなら自分でなんとかしろ!!」


 そう……これがボリックの息子の、その落ち度だった。

 因果関係から言って、ボリック本人は悪くないのである。


 ボリックが失墜したから息子が引き継いだ、のではない。

 まずボリックが騎士団に入って、その際に息子が引き継いだのだ。

 大差ないかもしれないが、実態は大きく異なる。


「私が騎士団に入ると言ったとき、お前は『あとはお任せください』と引き受けただろう! お前は私が抜けたら、どうするつもりだったのだ!!」

「それは……その、父上に、優先的に来てもらおうかと……」

「それと今に、どんな違いがある!!」


 ボリックは『ガイカクを連れて行けば騎士団の仕事もできるだろう』と考えていた。一応、根拠はあった。

 だがボリックの息子にはそれさえなかったのだ。騎士団に入った後も、父に頼ればいいだろう、などと考えていた。いや、考えがなかった。

 ボリックが騎士になろうがなるまいが、この領地の戦力が抜けることに違いはないのに、何にも考えていなかったのだ。


「今はお前が伯爵だ! どんな手段を使おうが、領地を守るのがお前の仕事だ! なんのイレギュラーも起きていないのに、私を頼るな!」


 ボリック自身アドバイスができないので、とりあえず糾弾することにした。

 非のある者を咎めていると、気分がいい。彼はそういう性根なので、久しぶりにのっていた。


「まったく……それでもこの私の息子か!」

「し、失礼しました……」


 ボリックの息子、現伯爵は部屋を出ていった。

 彼は沈んだ顔のまま、とぼとぼと城を歩いていく。

 その彼を見る、周囲の目は痛い。


「あの父親でさえ、陳情したら何とかしてくれたのにねえ……」

「騎士団をまるまる一つ、領地で独占できていたもの……あの先代、意外とすごかったんじゃ……」

「それに比べて当代様は、どうするつもりだったのか」

「他の領地と変わりないはずなのに、どうしてこうダメなんだろうねえ」


 彼の肩身は狭かった。

 父親に言われていたことは、全部周囲にも言われていたのである。

 

 これが、彼の自尊心を著しく傷つけていた。

 彼はティストリアからの受勲に立ち会っていたので、父親の醜態をすべて見ていた。

 やや安易な言い方だが、父親に幻滅し、ああは成るまいと思っていたのだ。


 だが実際には、その父親以下だった。

 割と客観的に、そうだったのだ。どれ一つとして、彼を誉めるところがなかった。


「ちくしょう……」


 しかし世の中そんなもんである。

 彼はまだまだ若いので、これから頑張って領地を経営していただきたい。

 なまじ先代がよくやっていた分、比較されるのでとんでもなく大変だが……。

 重ねて言うが、仕事を引き継ぐとはそういうもんである。



 さて……戦地に赴いていたティストリアと、その側近たちである。

 彼ら彼女らは、奇術騎士団にかなり遅れる形で、総本部に戻っていた。

 その際にガイカクからの報告書、ディケスからの感謝状なども届いていたので確認したが……。

 内容は、なかなか異様だった。


 ガイカクからの報告書は『現地のエルフ守備隊と協力し、アスピの救助に成功。ただしアスピの侍女が重傷。一命をとりとめたものの、全治一年半』とシンプルなものだった。

 もちろん書式に従っていろいろ書いているが、要点はそれだけである。


「流石はガイカク卿、救助に成功したようですね」

「え、ええ……採点としては?」

「アスピ嬢が無事なのですから、満点でしょう。他については、向こうから文句もないので減点対象になりません」

「そ、そうでしょうね……」


 依頼を振ったティストリアこそが、今回の事件を解決する難しさを理解している。

 もちろん側近のウェズンも、同じような認識だった。

 アスピが無傷で……というか死ななかっただけ、大したもんである。

 なんなら、請け負っただけでも褒めたたえたいくらいだった。


(エルフの救出任務……私なら受ける自信がない。彼本人も嫌がっていたからな……無理もないが、本当に大したお方だ)


 これで『侍女がケガした! 抗議!』とか言われていたら『じゃあお前がやれや、ボケ!』と怒鳴り返したくなる案件である。

 もちろん頼んだ方もわかっているので『さすが騎士団! 凄い!』とシンプルに感謝しているはずだった。

 なのだが……ディケスからの感謝状が、なかなかアレだった。


「ところで、その……森長のディケス殿の感謝状なのですが……感謝状というよりも、御詫び状に近く……」

「そのようですね。聞くところによれば、この書状を届けてくださった使者の方も、平身低頭だったとか」


 これが『娘を助けてくれてありがとう! もう絶対無理だと思ってました!』とかならわかる。

 だが『マジですみませんでした! 本当、マジで、超、すみませんでした!!』とか書いてあるのだ。

 もちろん意訳ではあるが、なぜかやたら謝っている。

 しかも『奇術騎士団は、団長も他の隊員も最高です!! 絶対に彼らを咎めないでください!!』とかも書かれていた。


(世間話風の追記で『トゥレイスという男とその親が失業して、そのうえ大家から家を追い出された』と書かれているが……一体何があったのだろう……)


 ウェズンは純粋に、何が起きたのか気になってきた。

 難易度はともかく、人質を救助するだけというシンプルな作戦だったはずで、侍女一人以外に被害もないはずだった。

 なのになんで、親を殺してしまったかのような謝罪文が届くのか。


 一つはっきりしているのは、今までの依頼者と同じく、肝心なところは濁しているところだろう。

 はっきりと濁している、というのは謎だが、なぜか依頼者側もガイカクの情報隠ぺいに協力していたわけで。


「依頼者が納得しているのなら、いいことです」

「そうですね……」


 ティストリアは、額面通りの判断をしていた。

 依頼者が納得しているのなら何よりだし、文句があるのに言ってこないなら相手が悪い、というスタンスである。

 上の人間というのは、これぐらい大雑把でないと務まらないのだ。


「それにしても……今回の人事は、あまりいいものではありませんでした」


 その一方で彼女は、仕事の割り振り方に問題を感じていた。


「本来であれば、私たちの出動は最後であるべきです。にも拘わらず、私たちの派遣が先に決まり、奇術騎士団がその後、最後となりました」

「先方から、『奇術騎士団などという輩はよこさないでくれ』と言われておりましたから……」

「奇術騎士団はまだ新鋭、仕方のないことです」


 今回の仕事について、ガイカクは『無名の俺たちがいきなり行っても、共同作戦が成立しないんじゃねえの?』と気にしていた。

 実際にはアヴィオールの故郷であったため、その心配は杞憂だったわけだが……。

 他の大抵の場所では『他の騎士団をよこしてくれ』と言ってくるのが当然。

 しかし実績を作るには、地道な仕事が必要なわけで……。


「なので今後は依頼を待つのではなく、積極的に奇術騎士団を戦地へ送りましょう。小さな戦場でも戦果を重ねれば信頼が生まれるはずです」

「そうですな……」


 ティストリアの考えは、間違っていない。

 いきなり重要な戦地へ送るよりも、小競り合いのような戦場へこまめに送って『奇術騎士団は他の騎士団と同じぐらい凄い』と周知していけば、軋轢も減るはずであった。


(問題があるとすれば、ガイカク卿が『ゲヒヒ』とか笑うことだな……)


 全力でうさん臭さをアピールすること、それについてはまったく擁護できないのであった。


「それでは軍部へ、奇術騎士団を推しておきましょう」


 わりとさらっと、戦場に行くことが決まったガイカクであった。

 当人の許可は、とられていないのであった。

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