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オーガ討伐依頼

 ボリック伯爵の元には、多くの陳情が届く。

 大抵はどうでもいいもの(伯爵目線)だが、時には緊急を要するものもある(伯爵目線でさえ)。


 現在彼が読んでいる報告は、誰が読んでもヤバいものだった。


「山中の農村に、並のオーガが十人も現れ、占拠しているのか」

「ええ、しかも武装しており、明らかに山賊です。このまま放置することはできません!」


 報告を持ってきた者は、明らかに興奮していた。

 まあ、わからないでもない。


種族 オーガ

装備 鉄の剣、鉄の槍、木の盾、革の鎧。

能力 並

人数 十人

戦場 山の村


 とまあ、こんな『敵編成』では、大抵の村民も兵士もしり込みするだろう。

 だがそれを聞いて、伯爵は内心笑っていた。


(相手は槍と剣しかないのだから、前衛を盾にしつつ魔法や弓矢で攻めればいいものを……)


 彼の脳内では自分の率いる兵士が勇敢かつ忠実に戦い、十人のオーガを壊走させる想像できていた。

 まあそこまでおかしな戦法ではないのだが、オーガも弓矢で攻撃されれば突っ込んでくるし、突っ込んできたら前衛が持ちこたえられるとも思えないし、接近されたら弓矢部隊も魔術師たちも逃げると思われる。

 よってその戦術は机上の空論に過ぎないのだが、彼には『金さえ払えば何でもやる怪しい男』がいるのだから結果だけは得られるだろう。


「わかった、私の手の者を向かわせよう。その村の地図と、周辺の地図を持ってこい」

「は、ありがとうございます!」

(元騎士のエルフに比べればたやすい相手だ……すぐ終わって帰ってくるだろう。報酬も、まあ安めでいいな)


 彼は既に解決した前提で考えを進めており、いくら払うかさえ考えていた。


(私は奴に指示を出すだけで、領民から強い支持を得る。そして奴には安い報酬を支払うだけでいい。まったくこの世は、立場が上の者が勝つようになっているな……くくく)



 山の奥にある、山村。

 そこでは農民たちがつつましく生活をしていたのだが、突如としてオーガの集団が現れた。

 これが一人二人なら農民たちも協力して追い返そうという気になっていたが、十人のオーガというのはお手上げだった。

 農民たちは速やかに荷物をまとめ、近隣の村へ逃げ出したのである。


 戦力差が大きければ、争いは発生しない。

 一応は昔の偉い人の、『戦わずして勝つことが最善』という言葉の通りだが、農村を襲ってつつましく貯めていた食料を貪るのは『善』とは程遠いだろう。


「ははは! いやあ、人間の国はいいなあ。なんでもある!」

「ちょっと脅かしただけで、どいつもこいつも逃げるからなあ……」

「夢みたいだぜ、故郷だったらこんなことできねえよ!」


 山村の、一番大きな家。

 そこに陣取った、オーガの山賊たち。

 彼らは村に貯めこまれた食料や酒を、たったの十人で食いつくそうとしていた。


 もちろん、この土地を奪おうなどとは考えていない。

 食いつくしてしまったら、次の村に行く。

 それをずっと続けるつもりだった。


 平均的なオーガである彼らは、故郷においては凡庸に過ぎない。

 誰もかれもがオーガなのだから、オーガであることはなんの自慢にもならない。

 だが人間の国に来てみれば、誰もが雑魚。さすがに大きな町へは仕掛けないが、小さな村でも彼らの胃袋や自尊心を満たすには十分だった。


 オーガの男たち。

 彼らはそれこそ、絵に描いたようなオーガだった。

 不潔で、不衛生で、野蛮で、乱暴で、食べ方が汚くて、そして頭が悪かった。

 小さな村を襲い続ける分には、軍隊に襲われることはないと本気で信じていた。


 そんな一行の耳に、低い角笛の音が届いてきた。

 人間の世界に詳しくない彼らは、なんだなんだと家の外に向かう。

 角笛のなる方を向くと、そこには大きな馬車が来ていた。

 その周囲にはダークエルフ、獣人の女たちが護衛のように並んでいる。

 誰もがみすぼらしい格好をしており、なおかつ手には武器を持たされていた。


「ぷ! ふぁ!」

「おいおいみろよ、あの貧相な護衛を!」

「あんなんじゃあ、人間相手にだって意味がねえぜ!」

「奴隷に武器を持たせて兵隊ごっこ……なんだあいつ!」

「もしかして、俺たちがここにいるって知らないんじゃねえか?」

「ああそうかもなあ、よし驚かしてやるか」


 数だけはそこそこにいるが、奴隷に落ちた者たちなど脅威ではない。

 オーガたちはゲラゲラ笑いながら、家を出てくる。

 最悪、逃げられてもよかったのだろう。自分たちが強いのだと、それを誇示できればよかったのだ。


「一応言っておくが、お前らは退散してもいいからな。それはそれで、こっちへ近づける意味はある」


 一方で、御者台に乗っているガイカクは実に余裕だった。

 とてもではないが、逃げる気配がない。


 何が何だかわからぬうちにこの山奥まで連れてこられた奴隷たち、ダークエルフと獣人たちは、戸惑いつつも逃げようとはしなかった。

 ダークエルフからすれば、逃げても行く先がなかった。諦めたからこその、指示待ちであった。

 同族から迫害されてきた彼女たちに、逃げようという自意識はない。


 一方で獣人たちは、何かを感じ取っていた。

 一族からある程度認められ、仕事を任されていた彼女たちは、この状況に懐かしい雰囲気を覚えたのだ。

 そう、これは……狩りだ。

 これから始まるのは狩りだと、感じ取っていたのだ。


「山村というのは、村の中でも高低差がある。山の斜面にあるから、当たり前だな。それが何を意味するかと言えば、ルートが分かりやすいってことだ。そのうえ、一か所に集まりやすいってことでもある」


 ガイカクは、大きな姿で脅しながら近づいてくるオーガに恐怖は覚えない。

 むしろ、格好の獲物だと笑ってさえいた。

 彼らの道筋、歩く速さ、『着弾までの時間』などを考えて、光の点を打つ。


「前回は一点集中の徹甲弾だったが……今回は散弾だ!」


 彼がそういった時である。

 この山村から離れた河原で、砲撃の最終シークエンスが始まった。


 河原に敷かれた魔法陣の上には、五人のエルフと砲塔が設置されている。

 ガイカクが村で赤い光をともした瞬間、魔法陣が起動して五人のエルフたちから魔力を吸い上げていった。


「あ、あああ!」

「く、うううう!」

「な、並の、お、オーガごときに……撃ちたくないわよ……!」


 魔力を吸われていく同胞を、他の十五人は心配そうに見守っている。

 そのさなかも、魔法陣は正常に起動し、台に乗っている砲塔へ魔力を注いでいった。

 そして、魔法陣の上に座っているエルフたちが倒れると同時に、勢いよく魔力攻撃が発射される。


 魔法陣の名前は『移動式五エルフ(りき)魔導砲台』。

 砲塔の名前は『灯点誘導式五エルフ(りき)魔導散弾砲塔』。

 この組み合わせによって放たれる砲撃は、一旦上空へ飛んでいく。

 一番上に達したところで誘導された先、ガイカクが狙いを定めた着弾地点へと向かっていく。


 人間の魔術師に換算して十人分もの威力を持つその魔力攻撃は、しかし空中でバラバラになり始めた。

 これは不測の事態ではなく、むしろ設計通りの攻撃。

 大量の敵へ大量の弾丸をばらまく、散弾攻撃。


 突如として上空から降り注ぐ、雨あられの魔力攻撃。

 一発一発の威力は、頑丈なオーガにとって脅威ではない。

 だが何十発、何百発と降り注ぎ続ければ、その限りではなかった。


「あ、あがああああ?!」

「な、なんだ?! どこかに魔術師が隠れていやがったのか?!」

「上からだ! 盾を傘にしろ!」


 かなり、痛い。

 即死することはあり得ないし、体が穴だらけになることもない。

 投石をくらいまくるようなもので、耐えられないこともなかった。

 攻撃が十秒以上続いたこともあって、彼らはなんとか対処することができた。


「や、やってくれたな、てめえら……!」

「許さねえ、ただ殺されるだけで済むと思うなよ!」

「いたぶりまくってから、獣の餌にしてやる!」


 攻撃が終わった後、そこにいたのは手負いのオーガだった。

 奇襲を耐えきったオーガたちは、怒りに燃えている。

 手抜きなどありえない、全力で戦うコンディションになっていた。


 頭から血を流しつつも、弱気など一切ない。

 むしろ攻撃をくらう前よりも手ごわくなった彼らは、馬車にいたガイカクたちに襲い掛かろうとして……。


「今だああああ!」


 十人のオーガの女たちに、襲い掛かられた。

 十数秒間攻撃をくらい続けた男オーガたちは、その間に包囲を完了した女オーガたちに気付けなかったのだ。


 そう、今の散弾の雨も、結局は目くらまし。

 ある程度ダメージを与えることよりも、十数秒という長い時間相手を封じるためにあった。

 それまで近くの物陰に潜んでいた彼女たちは、全力で叩き始める。


「あ、あお、おごぉ?!」


 いきなり同種に襲われ始めて、男たちはなんの対応もできなかった。

 とはいえ、相手が同数で女で落ちこぼれなら、反撃の余地はあるはずだった。


 しかしながら、彼女たちが着ている鎧は普通ではない。違法魔導士であるガイカクが生み出した培養骨肉強化鎧(フレッシュ・ゴーレム)は、落ちこぼれである彼女たちへ『並のオーガ』と同等の筋力を授ける。

 今この瞬間において彼女たちの戦闘能力は、落ちこぼれではない平均値ぐらいには上がっていたのだ。


 少々の防具を身に着けていたとはいえ、同等の相手から強振の攻撃を受ければ、もうその時点で戦う力はない。

 この村で猛威を振るっていたオーガの男たちは、何もできないまま地面に転がされた。


「きれいにはまったわね……ああもう、一周って面白いぐらいに!」

「さあ楽しい弱い者いじめの時間よ……本当、楽しいわ!」


 白々しいほどに、彼女たちは笑っていた。

 口を大きく開けて、よだれをたらして、暴力に酔いしれている。


 その姿をみて、男のオーガたちは慄いた。

 もうこれっぽっちも、戦おうという気はない。


「お、おい待てよ! お前たち、同種だろ?」

「同じオーガじゃねえか! それに、全員女……なあ、どうだ? サービスしてやるから見逃してくれ!」

「同じように人間の国で暮らす者のよしみだ、なあ!」

 

 彼らは立ち上がれなくなり、武器も持てなくなり、ただ命乞いをする。

 にやにやとへらへらと笑って、なんとかこの場をしのごうとする。

 如何に見苦しいとしても、間違ってはいない。

 この場をしのげないということは、死ぬということだ。


「うふふ……あのね、私たちはね、故郷で役立たずだって言われて売られてきたの」

「人間の国に来てからも辛かったけど、故郷でもいい思い出なんて一つもないわ」

「その私たちが、特に嫌いなものが何だかわかる?」


 なぜなら武器を振りかぶる彼女たちの顔は、笑いと憎しみに染め上がっていたのだから。


「同種の男よ」


「ぎゃああああああ!」


 徹底して、何度も何度も武器を叩きつけていく女のオーガたち。

 それによって、男のオーガたち、山賊たちは絶叫を上げることしかできない。

 

 一応念のため明記させてもらうと、彼女たちは確かに迫害されていたが、今叩きのめされている者たちは無関係である。おそらく今日が初対面であり、怨敵でも何でもない。

 もちろん山賊であり悪党である彼らは何をされても文句を言えない立場ではあるが、憎悪を向けられる謂れはない。

 だがしかしかなしいかな、誰も助けない。

 彼女たちを止められる立場のガイカクは、この結果を満足げに見つめつつ、近くにいる新参者たちへと語り掛けた。


「この結果を、どう思う?」

「……凄いです、あの人たちは本当に落ちこぼれなんですか?」


 感嘆して確認をするのは、ダークエルフたちだった。

 落ちこぼれが凡人に勝つ、そんな夢のような状況にびっくりしていたのだ。


「ああそうだ。俺の作った培養骨肉強化鎧(フレッシュ・ゴーレム)で強くなってはいるが、中身は落ちこぼれだ。もちろん遠くからこっちまで砲撃をしてくれたエルフたちも、残らず落ちこぼれだ」

「そんな……落ちこぼれが集まって、普通の人に勝つなんて……」

「……ずれてるなあ、そんなのは当たり前だろうが」


 勝ったことが信じられない彼女たちへ、ガイカクは呆れていた。


「いいか、みんなで力を合わせれば勝つなんて当たり前だ。普通に戦ったって、奴らは負けていたさ。俺の開発した兵器さえ必要ない」

「え……」

「落ちこぼれのオーガ二十人を、前列に配置。落ちこぼれのエルフ二十人を、後方に配置。それで魔法で援護しつつ前線を支えれば、まあ勝つだろ。四十対十なんだから」

「……それはそうですね」


 四十対十に持ち込んだ時点で、もう負ける余地はない。

 落ちこぼれといえども四倍の数を用意すれば、凡人ごとき倒すなど簡単だ。

 勝つことだけが目的なら、違法に製造された魔導兵器など必要ないのだ。

 ではなぜ違法製造された魔導兵器を使うのか。わざわざ開発して、使わせているのか。


「重要なのはな……犠牲が出ずに勝ったってことだ」


 相手に攻撃もさせずに勝った、その真価をダークエルフたちは理解する。

 普通に戦っても勝てはしただろうが、まず間違いなく犠牲は出ていた。

 死者が出た可能性も高いし、そうでなくとも大けがをすることだってあるだろう。

 そうなっていれば、こうも感嘆することはなかったはずだ。


「伯爵様が俺へ命じたのも、あるいはこのあたりの奴が伯爵様にお願いしたのも、突き詰めれば『犠牲が嫌』だからだ。手間暇かけて育てた健康な男子を、あんなチンピラ相手に消耗したくないからだ。そうなるかもしれないってだけで、指揮官も兵士もしり込みしちまう」


 ガイカクはロマンチストではあるが、現実を見ていないわけではない。

 結局相手より戦力をそろえて叩くのが、最善だとはわかってるし否定する気もない。


「だからこそ、俺の開発した兵器が、その運用が、戦術が生きる。数を揃えた上で、犠牲を出さずに、スムーズに勝つ! 状況を想定して兵器を作り、それを組み合わせて戦術を構築し、兵士へ訓練を施す。そして与えられた状況の中で計画をたて、実証する!」


 スマートに、クールに、計画的に勝つ。

 相手の戦力を把握し、相手の動きを予測し、その上で何もさせずに勝つ。

 相手が犯罪者とはいえ『人殺し』であるにも関わらず、実に楽しそうである。


「現実での詰将棋……これが俺のライフワークだ」

「……私たちにも、ああやって武器を与えて戦わせるのですか?」


 楽しそうに演説をしているガイカクへ、獣人が問う。

 その眼には、一種の野心が燃えていた。


「ああ、お前たちにどんな武器を持たせて、どんな兵として運用するのか。最近はそればっかり考えているよ」


 その野心を感じ取ったうえで、ガイカクはあえて問う。


「嫌か?」

「いえ……むしろ、期待しています」

「そうかそうか」


 今回購入された、十人のダークエルフたち。

 彼女たちは、ある意味一般的だ。


 部族から厄介扱いされた落ちこぼれであり、真っ先に捨てられた者たち。

 ガイカク・ヒクメの元にいる面々と、ほぼ同じ生まれである。

 だがもう片方のグループについては、少々普通ではなかった。


 獣人たちは、寒冷地帯の生まれだった。

 彼女たちの生まれた一族は、比較的温厚で温和で、落ちこぼれでも迫害しない気風があった。

 そんな一族に生まれたのだから、彼女たちは自尊心を持っていた。

 他のものより劣っているが、それでも誇りを持っていると。家族も認めてくれていると。


 そう思っていたが、他の部族との争いによって、一族は崩壊した。

 大人たちは全員殺され、男子も殺され、女たちは奪われた。

 そして、役立たずである自分たちは売られた。


 彼女たちが不幸だったのは、ただ一族が負けたことだけではない。

 彼女たちの自尊心を、世界が徹底的に否定してきたことだ。


 どこに行っても役立たず扱いで、脅威とも思われなかった。

 それがとても悲しかったのだ。


「貴方の元で訓練を積めば、私たちは『脅威』になれるのですね」

「ああ、少なくとも……凡人どもから恐れられる程度にはな」


 獣人たちの身分は、あくまでも戦奴となる。

 本来の戦奴は、粗末な武器を渡されての捨て駒だ。

 ただの数合わせとして、雑に補充されて、雑に消費されて、そのまま忘れられる存在でしかない。

 そんな立場なら、誇りを持っていた彼女たちは受け入れなかっただろう。


 だがもしも、脅威の存在として、恐るべき兵士になれるのなら。

 それが奴隷という身分であっても、かまわなかった。


「わかりました……族長(・・)。どうかお願いします」

「……奴隷のくせに、一丁前のことを。で、お前たちは?」

「わ、私たちですか?」


 さて、ダークエルフたちである。

 それこそ一般的な落ちこぼれである彼女たちは、そもそも自分で何かを決めることがない。

 今までそんなことをすれば、徹底して否定されてきたからだ。


「ご、ご命令なら……」

「ははは! 今はそれでいいさ、他の奴らもそうだったしな」


 ガイカクの言葉を真に受ければ、今まさに死体を嬲っている女オーガたちもまた、同じように自主性のない奴隷だったということになる。

 ダークエルフたちからすれば、とても信じられないことだった。



 さて、今回の任務は完了した。

 首から上は伯爵へ献上することになり、首から下は村に置いていくこととなる。

 これで村の者たちも安心して暮らせるだろう。


 ガイカク一行は村から早々に退散し、河原に置かれた野営地へと合流した。

 そこで待機していた半数の女オーガたちへ、攻撃に参加していた女オーガは誇らしげに首級を掲げていた。

 どうやら彼女たちは本気で同種の男が嫌いであるらしく、残っていた面々もやっぱり私たちが行けばよかったと言う始末。


 獣人たちはドン引きしていたが、ダークエルフたちは一定の理解を示した。

 落ちこぼれだとて、反発心がないわけではない。自分は劣っているから仕方ないのだと、必死に言い聞かせているだけだ。

 反発すれば、鞭で打たれるだけなのだから。


 もしも抵抗する力が、攻撃する機会があれば、あるいは別の相手だったとしても……。

 八つ当たりと知ったうえで、加虐の限りを尽くしたかもしれない。


 そう思えばこそ、不思議な好奇心がわく。

 なんとも楽しそうに暴力を振るっていたが、あの楽しさはどれだけのものなのだろうか。

 生まれてこの方、ろくに楽しいこともなかった彼女たちには想像もできない。


 彼女たちは、野営地に戻った後も悩んでいた。

 悩んでいると、だんだん日が暮れて、夜になっていた。


「……はあ」


 落ちこぼれのダークエルフたちは、夜が嫌いだった。

 まさにまざまざと、自分たちの落ちこぼれ振りを知るからだ。


 ダークエルフは俊敏で、夜目が効く。

 落ちこぼれである彼女たちでさえ、人間よりはるかに夜の闇を見通せる。

 しかしながらそれも、種族の中では大いに劣る。

 お前たちはダークエルフなのにこの程度の闇も見えないのかと、さんざん罵倒されたものだ。


 それは人間の国に来てからも同じで、ダークエルフなのに、ダークエルフなのに、と貶められてきた。

 悲しいことに、それは事実だった。なんなら、ガイカクだってそう思っている。


 だがガイカクは、何の意図があってか、その落ちこぼれ達をわざわざ集めている。

 そして戦う力を与え、普通の者たちと戦わせている。

 それもただの捨て駒ではなく、犠牲のない戦いの参加者として。


「……」


 正直に言って、戸惑いが隠せなかった。

 そして彼女たちは、その戸惑いが、希望だとか期待だとか、そういうものであることを知らなかった。


「……寝よう」

「そうだね、寝ないと怒られるもんね……」


 とりあえず、寝ることにした。

 彼女たちは自分たちに割り当てられたテントへ向かおうとして……。

 ちょうど、今回の作戦で攻撃側に参加したオーガたちが、ガイカクのテントに入っていくところを見てしまった。


 ダークエルフは、耳もいい。

 そのテントの中で、どんな会話が行われているのか聞こえてしまう。


『なんだお前たち、今日も来たのか』

『同族の男を殺すと……興奮してしまって……!』

『厄介な生態だな……まあいい、ほら、いつもの薬だ』

『ありがとうございます』


 なんとなく、察するものはあった。

 種族が異なるとはいえ、十人の女が一人の男のテントへ入る。これの意味が分からないほど、彼女たちは世間知らずではない。

 そしてそれは、恋慕だとかそういう温いものではなく……。


『さて、俺も飲むか。毎度だが、しんどいなあ……』


 本当にただ、オーガたちが興奮しているだけだった。

 これから始まるのは、それを静めるだけの行為に過ぎない。


 女オーガたちの、よだれがこぼれる音さえ聞こえてくる。

 彼女たちが、あわてて自分の服を脱ぐ音も聞こえてくる。


 誰かへ襲い掛かる、重量感のある音も……。

 肌と肌がぶつかる音、水気のある音も……。


 ダークエルフたちもなかなか寝付けなかった。



 翌朝、普通にガイカクは起きてきた。

 特に疲れた様子もない。


 一方でオーガの内半数、彼のテントに入っていった者たちは、朝になっても目を覚まさずにいる。

 つまりこの男は、自分の倍以上の体重を持つ女性十人と戦い、勝利したということだった。


 その姿を見て、ダークエルフたちは質問をした。


「あの、……御殿様(・・・)……お体は大丈夫ですか?」

「ん、ああ……」


 ガイカクはおおむねを察して、説明をする。


「この世にはな、『強くなる薬』と『弱くなる薬』があるんだ」

「へ、へえ……」

「弱くなる薬は犯罪に使われやすいし、強くなる薬も乱用すると肉体へ甚大なダメージを負う。だからどっちも違法……禁制品だ」

「そうなんですか……」

「だから兵隊さんには内緒だぜ」

次回は明日6:00投稿予定です

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