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守るべきものがあるからこそ強くなれる

 ガイカクがこのディケスの森に訪れてから一週間後のこと。

 意識を失っていたイータカリーナは、正午ごろに目を覚ましていた。


 ちょうど、ガイカクと砲兵隊、そしてアスピがそろっていた時である。

 病院の個室にいることに気付いた彼女は、体を起こそうとして、まったく動かせなかった。


「あ、イータカリーナ! 目が覚めたのね?」

「お嬢様……わ、私は……あの、リザードマンどもに……」

「体は大丈夫? 痛くない?」

「いえ……痛みは……ただ、力が入らず、だるく……」

「騎士団長殿! イータカリーナは、大丈夫ですか?」


 感動の再会、なんてものではない。

 九死に一生を拾ったかどうかなのだから、アスピは必死だった。


「それでは簡単に検査をさせていただきます。失礼ですがアスピ様はお下がりください」

「はい! イータカリーナをお願いします!」

「……騎士団長?」


 混乱するイータカリーナは、ガイカクを見て驚いていた。

 彼が騎士団長と呼ばれていることにも驚くが、人間がさも医者のようにふるまっていること、頼られていることに驚いたのだ。


「……あ、ああ。エルフの女性に対して、失礼でしたな。砲兵隊、血圧と脈拍。あと体に魔法陣の表面化が起きていないかの確認」

「はい、先生!!」

「……先生? 砲兵隊?」


 さらに混乱を増していく、イータカリーナ。

 医療従事者らしい清潔な服を着ている一方で、何ゆえか砲兵と呼ばれる同族の娘たち。

 その彼女が騎士団長を先生と呼んだりしているので、なお混乱が著しかった。


 そうしていると、砲兵隊がベッドの上についているカーテンで、簡易に仕切りを作った。

 これによってベッドの上で何があっても、外からは見えなくなっている。

 もちろん、人間の異性であるガイカクにも、である。


「混乱なさっているようですので、説明をさせていただきます。私はガイカク・ヒクメ、奇術騎士団の団長です。貴女を検査しているのは、私の部下である奇術騎士団砲兵隊の隊員です。今回リザードマンが人質をとって立てこもったため、ディケス様からの要請を受け、ここに参上しました」

「そ、それはわかりましたが……なぜ砲兵隊の方が、私の検査を? ここは病院では……」

「大変申し上げにくいのですが、貴方がリザードマンから受けた傷はとても深く、この森の医療従事者様があきらめざるを得ないほどでした。緊急事態であると判断し、越権を承知のうえで私が処置を行いました」


 さらりと言っているが、騎士団の団長が専門家以上の技術を持っている、というのは信じがたい。

 しかし正規の病院であることは明らかなので、信じるほかなかった。


「お嬢様、本当ですか?」

「ええ……他のお医者様も驚いておられました。貴方はもう助からないって……無理だって……ううう」

「そ、そうですか……」


 カーテン越しに話をしている間にも、砲兵隊はイータカリーナの体を確認していく。

 血圧や脈拍を触診しつつ、彼女の肌に異常が無いのか、裸にしながら確かめていた。


「先生、正常です!」

「体は弱っていますけど、異常なサインはありません!」

「よし、戻れ」


 彼女が服を着直されるとカーテンが再び開く、そこには頭を下げているガイカクがいた。

 イータカリーナは、情報量の多さに混乱しつつ、しかし彼のシンプルな誠意を感じ取った。


「今回の作戦で、お二人を危険にさらしたことを……立案者として、深くお詫びします」

「そんな、頭をお上げになってください、ガイカク卿!」

「そうです……何も謝ることなどございません! 貴方様のおかげで、お嬢様はご無事だったのですから!」


 先ほどまで寝ていたイータカリーナでさえ、慌てふためいたリザードマンのことは覚えていた。

 ガイカクの策によって、アスピは助かったのだ。

 それで謝られると、逆に申し訳ない。


「私は最善を尽くしましたが、それでもこれがやっと。それはつまり、私が力不足だったということ。今回の件については、ティストリア様へ何も隠さず、抗議をなさっても結構です」

「よ、良いのですか?」

「かまいません……結果論は嫌いますが、結果は結果ですから」


 ガイカクとしては『備えをしたうえで被害が出た』という状況よりも、『備えはしていなかったが被害は出なかった』というのを嫌がる。

 だがそれはガイカクの主観であって、客観はまた違う。


 幸運だろうが何だろうが、成功すればいい。失敗すれば、それは許されないことだ。

 少なくとも、援軍を求めた側はそう思うだろう。


「私の任務は、アスピ様の救助。それ自体は成功しましたので、とがめられるとしても口頭での注意ぐらいでしょう。なのでイータカリーナ様に負担を強いたこと、危機的な状況に陥らせたことも報告なさってください」

「そう、ですか……」

「負担など……」

「……私は」


 ガイカクはあくまでもへりくだることを辞めなかった。


「私は私なりに、責任を取りたかったのです。つまりは保身……罪滅ぼし。あとのことはこの病院の方にお任せしますので、私はこれで失礼を……本当に、失礼しました」


 そういって、砲兵隊を率いて部屋を出ていく。


 その背中に対して、二人はやはり頭を下げていた。

 そして、二人で笑い合う。


「お嬢様、この度は無事でようございました」


 何の罪もない、被害者の二人。

 彼女たちの関係は余りにも美しい。


「……イータカリーナ、本当にありがとう。貴方と私は血がつながっていないけど、大切な家族よ。お父様もそうおっしゃるに違いないわ」



 イータカリーナが意識を取り戻し、復調したことで、ガイカクと砲兵隊は病院を出た。

 湿度の高い森の中を、一行は歩いていく。

 いくらここがエルフの森だとしても、二十人もの同じ服を着た女性たちが、人間の男のあとに続けば、それはもう目立っていた。


「ねえ、アレは奇術騎士団じゃないか?」

「ああ、今回の救出劇の立役者だ……」

「他にも多くの任務をこなしている、新進気鋭の騎士団だって」


 道行く人々は、ガイカクたちに尊敬のまなざしを向けていた。

 それは他の騎士団たちにも向けられるのと同じ、精鋭への尊敬であった。


「森の外には、あんな化け物がわんさかいるんだって……」

「そんな凄い世界で、あの人たちは戦ってるんだ……すごい!」

「いやあ、そんな騎士団に、同じエルフが所属しているってのは凄いなあ!」

「ああ、エルフの誇りだ!」


 老若男女を問わず、ディケスの森のエルフたちは、砲兵隊にも羨望の目を向けている。

 それを受ける彼女たちの顔は、なんとも複雑だった。


「あの、先生……私たちの情緒が、ぐちゃぐちゃになってきているんですけど……」

「マウントを取りたいような、今更すり寄ってくるなって言いたいような……」

「気分がいいのか悪いのかもわからないです……」


「どっちでもいいから、黙ってろ。あと少しだしな」


 ガイカクの元に来た者たちは、底辺奴隷である。

 だが同族への心象については、一様というわけではない。


 まず獣人とドワーフ。彼女たちはコミュニティの中にも居場所があったため、同族全体への悪感情は抱いていない。

 ついで人間やゴブリン。彼女たちは特別落ちこぼれというわけでもないので、やはり種族全体への感情は持っていない。

 ではオーガ、ダークエルフ、エルフはというと……。扱いが底辺だったので、はっきり言って悪い。悪いにも種類はあるが、少なくとも向こうから気軽に接されると複雑な顔をする。


 この森の出身者も、そうでない者も、同族から『同族の誇り』扱いされて、素直に喜べない者ばかりであった。


「何度も言うが、あと少しだ。それで終わるから、それまでは黙れ……ん?」


 堂々と歩くガイカク一行。

 その前に、一人の若者が現れて……。


「失礼します! 奇術騎士団のガイカク・ヒクメ卿ですね?」

「げっ!」


 砲兵隊の一人が、露骨に嫌そうな顔をした。


「どうした」

「兄です。リザードマンどもも、こいつだけでも殺しておけば……使えない奴らだなあ、まったく」

「そうか、でも大声出すなよ」


 シンプルに怒り出しそうな、憎悪をむき出しの砲兵。

 それを抑えつつ、ガイカクは若者の相手をした。


「如何にも、私がガイカク・ヒクメです。どのようなご用件でしょうか?」

「はいっ! ぜひ私も、入団させていただきたく!」

(はあ? 先生、不敬罪でぶっ殺しましょう)

(騎士団は不敬罪の対象じゃねえよ、黙ってろ)


 よほどイヤな関係だったのだろう、彼女の心はとてもシンプルにまとまっていた。

 なんとか口実をつけて、彼を殺そうと画策し始めている。

 ガイカクはそれを抑えつつ、大人の対応をした。


「入団希望ですか、それはとてもありがたい。ですが現在我が騎士団は、入団者の募集をしていないのです。実力に自信があるのなら、他の騎士団へ入団なさるべきかと」

「いえ、私は貴方の元で学びたいのです!」


 若者は、目をキラキラさせていた。


「エルフへの外科手術もそうですが、自走する車にも驚きました! 貴方は表に出ない魔導技術を豊富にお持ちの様子……それを学ばせていただきたい」

「ふむ……騎士団への希望動機としては、少々不純かとおもいますが」

「そうかもしれません、ですが真剣なんです!」

(もうぶっ殺しましょう)

(黙れ)


 若者の相手よりも、部下を抑えることに気を使うガイカク。

 実際、今暴走したらいろいろ台無しである。


「私は貧しい家の出でしたが、なんとか授業料を捻出し、学校に通わせてもらっていました」

(へ~、私を売ったことを美談みたいに言うんだ~~! ぶっ殺す)

「魔力に優れていたこともあり、よい職場にも就けましたが……貴方の元で更なる学びを得られるのなら、惜しくありません!」

(へ~~! へ~~! 私を売った金で手に入れたものを、簡単に捨てちゃうんだ~~! 惜しくないんだ~~! へ~~!)


 美醜を同時に突き付けてくる、この兄妹。

 ガイカクはうんざりしつつ、それを隠しとおした。


「申し上げにくいのですが、私の騎士団はすでに席が埋まっているのです。エルフにつきましても、このように……」


 そういって、ガイカクは砲兵隊を紹介する。


「彼女たちは騎士団設立以前から私を支えてくれた、優秀なスタッフです。彼女たちなくして、私の魔導はあり得ません。また戦闘要員も兼ねており、砲兵として働いてくれております」


 これについては、口調こそ違うものの、普段から言っていることである。

 実際どれだけ優秀な医者でも、使う薬に異物が混入していればどうしようもない。

 とんでもなく地味で面白くない作業だが、それを真面目にやってくれるエルフがいるからこそ、ガイカクは騎士団の長を務められている。


「なので私に不満はなく、これ以上増員する予定が無いのです」

「そこを何とか!」


 ここで、若者は失言をした。

 ガイカクが待っていた、待望の言葉だった。


 周囲には、目撃者もいる。

 自分たちも彼のように志願しようか、と迷っている者たちがいる。

 そんな、言い訳のできない状況で……。


「私はこの森の大学を卒業しており、エリートと呼べないまでも、並以上の魔力を持っております!」


 彼は、言ってはいけないことを言った。


「きっと!! 貴方の部下よりも!! 役に立って見せます!!」


 それを聞いた瞬間、ガイカクの部下たちは純粋に殺意を抱いた。

 一切の迷いがなくなり、単純に『どう殺せば苦しめられるか』を考えるに至った。

 そして、もっとも彼を苦しめられる者へ、それを託すと決めていた。


「そうですか……お名前を、聞かせていただきたい」

「はい! トゥレイスと申します!」

「わかりました、覚えておきましょう」


 ガイカクは、笑っていた。

 実に頼もしい、笑いであった。



 トゥレイスから話をされた後で、ガイカクはそのまま森長の館へ訪れていた。

 リザードマンに占拠されていたこの館だが、既に復旧も終わっている。

 そこには当然ディケスがいて、ガイカクたちを温かく迎えていた。


「ガイカク卿! 病院から連絡がありました、イータカリーナが復調したそうですね?」

「ええ、意識もはっきりしておられます。もう私が出る幕でもありませんので、引継ぎも済ませてきました。当面は体力を回復していただき……時を置いて私が再手術をする、ということになるでしょう。もちろん、希望されればの話ですが」

「そうですな……彼女もエルフの女、異種族の異性へ容易に肌を許したがらないかもしれません。どちらを選ぶとしても、それを尊重しましょう」


 玄関をノックしたガイカクに対して、ディケスは興奮気味に応答をしていた。

 だがいつまでも入り口で立ち話、というのもよくない。

 彼は快く、自分の家へ入るように促していた。


「とはいえ、彼女の意識が戻ったことは吉報です。どうぞ、中で詳しいお話を」

「いえ、結構です」


 ガイカクは、ここで露骨に拒否を示した。


「は?」

「私の任務は、アスピ様の救助。その任務にご協力くださったイータカリーナ様を助けるため、少々滞在させていただきましたが、これ以上は蛇足でしょう。騎士団の本部へ帰らせていただきます」


 何もおかしなことは言っていない。

 むしろ当然のことを言っているだけだ。

 だがしかし、言い方や口調に少々の拒絶が見て取れる。


「そ、そうですか……ですが、せめて一晩、帰ることを伸ばしていただけませんか? 今から出れば、野営をすることに……」

「もうすでに、部下へ撤収の指示を出しております。私の持ち込んだ兵器の残骸の回収も済ませておりますので、なんの憂いもないかと」

「そ、それでは私どもの気が晴れません! 今まではイータカリーナの意識が戻らなかったので、感謝の席も設けられませんでしたが、今晩ならば……」

「元々、私どもに今回の任は重かったのです。それでも回ってきたのは、他の騎士団が任務にあたっているからこそ。この多忙な時期に長く本部を開けていれば、他の任務に支障をきたす可能性も」


 ガイカクは、あくまでも事務的だった。

 そしてその表情も、冷淡なものだった。

 そこから察するものは、大いにある。



「わ、私どもが、なにか失礼なことをしたのでしょうか?!」



 聞くべきだった、あるいは聞くべきではなかった。

 ディケスはガイカクに対して、拒絶の真意を問おうとしたのだ。


「失礼なことなど、何もありません。ただ、私どもは最初から、この森に来ることへ抵抗があったのです」

「それは、なぜ?」


 ここで、ガイカクはためを作る。

 いきなり話を切り替えた。


「……リザードマンどもは、侍女の服へ着替えたアスピ様に気付きませんでしたな」

「は、はあ」

「焦っていたこともそうですが、他種族……あまり接点がなければ、そうなっても不思議ではないのでしょう」

「そう、でしょうな。興味がなければ、そんなものかと」

「ええ……興味が無ければ、同じ種族でも起きることです。違う服を着ているだけで、当人だとわからないことがある。たとえ家族でもね」

「そ、そんなことはないでしょう! 少なくとも我らエルフは、そんなことなど起きません!」


 なまじ、家族愛を確かめていたからであろう。

 ディケスはなかなか強い言葉を使った。


「そうですか……」

「が、ガイカク卿、本当に何があったのですか?」

「シンプルなものですよ、私の配下の中に、この森の出身者がいるのです」

「なんと!!」


 先ほどまで疑問に思っていたことなど忘れて、ディケスは大いに喜んだ。


「そうでしたか……それは誇らしいことです! 奇術騎士団にはエルフが二十人いると聞きましたが、そうでしたか……同族が活躍しているだけでも誇らしいですが、私の治める森の者がいたとは……!」


 しかし、ここで彼は疑問を持つ。

 アヴィオールもそうだったが、騎士団に入団するというのは大騒ぎに値することだ。

 彼が知らないのは、少々不自然である。


「申し訳ない、この森を治める者でありながら……全く知りませんでした。それならば、不愉快に思われても仕方ありませぬな」

「いえいえ、貴方がそれを知らないことの方が、よほど仕方ないのですよ」


 ガイカクは、ここで事実を明かす。


「彼女たちは家族によって、奴隷商へ売られたのですから」

「……は?」

「エルフに生まれながら、魔力に乏しかった。それゆえに家族から冷遇されていた彼女たちは、故郷に対して複雑な思いを持っているのです」


 これには、ディケスもどうしていいのかわからない。

 もちろん彼も、奴隷商については把握している。

 だが考えもしなかったのだ、奴隷として売られたものが、騎士団に入っているなど。


「もちろん、奴隷売買は違法行為ではない。それゆえに私も咎めるつもりはありませぬ。そもそも私自身、彼女たちを買ったものですからな。それに『家族を売るなど非道だ』という言葉は裕福な者の、貧困への無知からくる傲慢。ですが……彼女たちが悪感情を持つことも仕方ないこと」


 そのうえで、ガイカクはただ事実を並べていった。


「それでも彼女たちは、任務へ私情を挟むことなく、全力を尽くしてくれました。それについては、貴方もよくご存じでしょう。ですが私は、これ以上彼女たちに無理をさせたくないのです」

「……」

「疑われるのなら、調べてみるとよろしい。この森を治める貴方なら、真偽はすぐ明らかになるはず」


 だがその事実を並べるタイミングが、完ぺきに過ぎた。

 あまりにも文句のつけどころがなく、あまりにも抵抗の余地がなかった。


「家族が子供を奴隷として売ることは、違法行為ではない。合法(・・)だからこそ、正規の手続きが踏まれている、記録に残っているはずですからね」


 もうディケスの中には、奇術騎士団を引き留める言葉がない。


「ああ、そうそう。一つだけ『失礼なこと』をされました」


 だがそのうえで、ガイカクは追い打ちを怠らない。


「部下の一人の兄が、私どもの前に現れました。彼は妹がいることに気づきもせず、私へ向かってこう言いました。ぜひ入団させてほしい、私の部下になりたい……断るとさらにこう言いました」


 ここでガイカクは、露骨に、不快そうな顔をした。


「私は貴方の部下よりも優秀だ、とね」


 それは、素の怒りだった。


「今回の(つたな)い作戦は、私と貴方の責任の下で行われました。その結果、勇敢な女性が傷を負うことになりました。私自身も、貴方も、糾弾されて当然。ですが……私の部下も、貴方の部下も、命令に反することなく、全力で臨んでくれました。少なくとも今回の任務にあたって、彼ら彼女らに落ち度は一切ない」


 丁寧だからこそ、事実だからこそ、伝わる真意がある。


「この森で、私の部下が侮辱されるなど、到底許容できない。大変不愉快だ、今すぐ帰らせていただく」

「も、もうしわけ……な……」

「謝罪は結構……それでは、今後このようなことが無いように、再発防止に努めていただけると幸いです」


 言うべきことを言ったガイカクは、そのまま背を向けて館から去っていった。

 結局彼は歓待の準備がされている館へ、一歩も足を踏み入れなかった。


 無礼ではあり、失礼でもあった。


「エルフは家族愛に厚いようですが……血がつながっているだけでは、家族として認めないようで」


 だが仕事はきっちりこなしていた。


 ガイカクは困難な任務を達成した。それだけが、騎士団としての結果であった。



 今回襲撃してきたリザードマンたちは、おそらく全員が独身で、守るべき立場や家族などいなかったのだろう。

 だからこそ、無謀な作戦に身を投じられたのであり、多大な被害を出せたのだろう。


 だが彼らは、強かったのだろうか。

 守るべきものがない彼らは、強かったのだろうか。


 彼らの無様な死を見れば、そんなことはないとわかるはずだ。


 そう、結局のところ。

 守るべき立場のある者こそが、強いのである。

 守るべき立場を守りつつ、その上で攻撃してくる者に対しては……。

 反撃することさえ、許されない。


 守るべきものこそが、ヒトを強くするのである。

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