予算の使い道
奇術騎士団は脅威の頭脳を持ったガイカク・ヒクメによる、ものすごく大雑把な経営戦略に則って運営されている。
なに、不満がある? ストレスを下げる効果を持った何かを配給して解決しよう!
という、適当でいい加減な福利厚生方針がある。
そのため一周回って、福利厚生は充実していた。
今回も『これを作ったなら、こいつらは多少無茶をしても我慢するだろうな! どんな無茶をさせよっかな!』とか言って、ノリノリで建築されたのが……。
エルフのための憩いの場所、『香りの豊かな茶室』であった。
エルフが好む木材で建築され、エルフの好きな匂いの出る草の香りが満ちており、なおかつエルフの好きなお茶がたくさん置かれている室内カフェ的スペースである。
自然派でお洒落な喫茶店といえば、だいたいわかってもらえるだろう。
下心が透けて見える、粗雑な配慮ではあった。
だが用意されたからには、まあ利用しないでもなかった。
エルフってこういうのが好きなんだろ? 的なスペースは、たしかに憩いの場になっていたのである。
「はああ……なんか、故郷の上流階級みたいな生活ができてるわ~~……」
「わかる~~……憧れの生活が手に入ったわ~~……」
エルフたちは、椅子……というか、丸太の上に座っていた。
あるいは丸太の上で寝そべっていた。
机もあるのでそこにお茶を置いていたりするのだが、お茶菓子の類は特になく、むしろごろごろする合間にお茶を飲む、という雰囲気であった。
「無いのは従業員ぐらいよね~~。あと演奏してくれる音楽家」
「まあまあ、お茶を入れるぐらいは自分でやりましょうよ」
「そうそう、音楽については先生がオルゴールを作ってくれたし」
この『香りの豊かな茶室』内部には、かなり大きな『木製の紙オルゴール』が設置されている。
ガイカクがドワーフと協力して製造したこれは、穴の開いている紙を『ソフト』として、さまざま音楽を奏でられるようになっている。
もちろん使用できる音源は接続されている木琴だけなのだが、エルフたちからは十分好評をもらっている。
「そのうち木管楽器とか竪琴とかも使えるようにしてくれるってさ~~……」
「はあ、先生すごい……本当に天才……」
「いうだけのことはあるわよね~~、本当」
優しい木琴の音楽が奏でられる中、エルフたちはだらだらしていた。
刺激的からは程遠い、むしろ退屈で何も面白いことがない空間。
だがそれは、彼女たちの精神を急激に回復させていく。
「あああああ~~~~~」
エルフたちは、人間から見ると美形である。
彼女たちも当然、そうとしか見えないわけで。
もしもこの空間を絵にすれば、それなりに幻想的になりそうである。
だがしかし、彼女たちの口から出るのは、人間と大して変わらないものだった。
「ああああ~~~~~………ああああああああああああ……」
とんでもなくリラックスしていくエルフたちの口からは、高貴さがみじんも感じられない、情けない音が漏れるばかり。
しかも一人二人ではなく、二十人全員がこうなのだから笑えない。
もはやただの忙しいオフィスレディと化している彼女たちは、日ごろの鬱憤を忘れてだらけていた。
※
さて、エルフたちは憩いの場を片付けて外に出ると、完全に仕事モードである。
本部である研究所に向かって、指定された薬剤の製造に取り掛からなければならない。
魔導士であるガイカクを支える、もっとも大事な仕事といっていいだろう。
そう思っている一方で、ちらっと別の方向を向く。
そこには実験用の小型車両がとろとろと走っていた。
かと思ったら、ほどなくして止まってしまった。
「ん~~……やっぱりある程度の装甲を維持しつつ、兵員の輸送をするとなると、重くてしょうがないな。これじゃあ
新兵器、ナイン・ライヴス。
名前が長いということで『
あらゆるところを走破する、など望めないこのライヴスなのだが、それでも平地なら大体走れる。
目標地点付近の走れるところまで行って停車して、帰りはそれに乗って帰る……ということができれば兵員の輸送は画期的なものになる。
地球で言うところの機械化歩兵になるだろう。なお機械化歩兵というのはサイボーグ的な意味ではなく、装甲車に乗って移動する歩兵ぐらいの認識で構わない。
確かに強いだろうが、それだけに難航していた。
それだけの荷物を載せて走るとなると、かなりの改良が必要である。
「もういっそ開き直って、兵員輸送限定の車両を作るか。それなら装甲を薄めにしても問題ないし、上部に浮力を発生させるガスを溜めて軽く……いや、でもなあ……整備兵のドワーフが二十人しかいないからなあ……車両をいたずらに増やすのは避けたい……」
「それなんだけどよ、棟梁。荷台専用の車を作るってのはどうだい?」
発明に苦心しているガイカクに対して、傍にいたドワーフが意見を出した。
「ライヴスは馬がいなくても走る車だろ? で、それを馬代わりにして、動力を積まない普通の荷車を引っ張るんだよ。もちろんそれだけじゃあ重量の問題は解決しないけど、荷台の方に軽量化のガスを入れれば……」
「なるほど、戦闘時には外しておいていくこともできるな。兵員の輸送なら、それでどうにかなるな」
「まあ、そんなには乗せられる人数は増えないけどね」
「オーガやエルフを乗せられるだけでもいいさ、それに整備用の資材もそれに積める……いいな」
なんとも楽し気に研究開発をしている面々だが、それを見ているエルフたちはややうんざりしている。
「オーガはさ、ほら……重いわよね。だから長く歩くと本人も疲れるし……馬車に乗せるのも大変でしょう」
「私たちは……アレでしょうね、弾にした後運ぶのが大変、ってことよね……」
どんどん戦力が強化されていくのはいいのだが、彼女たちは少々の不満を抱えていた。
「で、最大の問題は……予算よね」
「……具体的には、私たちへの給料」
「騎士団長は、騎士団のことを自由に決めていいって言うけども……」
実のところ、この奇術騎士団で働く者たちは、ガイカクを含めてほぼ無給である。
ガイカクは割り当てられた予算のほとんどを、設備投資に充てている。
その結果新兵器や新設備をどんどん作れるのだが、人件費……給料は全員ゼロとなっている。
もちろん福利厚生施設や宿舎の建設、および食費なども全部騎士団の運営費で賄っているので、それが実質的な給料と言えなくもない。
衣食住の面倒は全部見てもらっているし、望める範囲において最高級なのだから不満を言いにくいが……。
自由に使える金がない、というのはマイナス1ぐらいの不満点だった。
「とはいっても、私たち奇術騎士団って、設備投資全振りでなんとかなってるものね……」
「人間の歩兵を除いて、全員底辺の奴隷……先生の作った違法兵器が無かったら、何にもできないわ」
「少なくとも騎士団の仕事はできないわよね……つくづく有能だわ」
これでガイカクが騎士団の仕事と関係ないことへ公金を流用していたら、それこそ彼女たちも怒っていただろう。
だがガイカクの趣味と実利が一致しているというだけで、不必要なことは何一つしていない。
それは彼と一緒に居る騎士団の者が、誰よりもわかっていることだ。
「……ま、自由に使えるお金で、何を買うのかって話よね」
「実力相応のお給料じゃあ、私たちの場合は程度が知れるし……」
「その場合、団長が大分持っていくでしょうしねえ……」
「自分を買って奴隷から抜けても、ここよりいい職場はないし……」
そしてここにいる誰もが、奇術騎士団よりも待遇の良い職場が無いと知っている。
逃げるなり自分を買うなりしてここを去っても、また底辺に戻るだけだ。
いや、今でも底辺のままなのだが。
「そうそう、何のかんの言って騎士だものね!」
「故郷でもみんな憧れていた、騎士団の一員……」
「儀礼とかには出られないけど、それでも各地を巡っていると感謝されたり尊敬されると思うし……」
「……ねえ、みんな。もしかしてなんだけど……」
騎士団のエルフたちも、最初からこの国に、人間の国にいたわけではない。
当初はエルフの生息域、エルフたちの支配域たる湿地の森林地帯で生活していた。
当然そこには、エルフたちが大勢住んでいるわけだが……。
「私たちって、故郷に派遣される可能性もあるのかしら?」
「それは……この国と同盟関係にある森なら、そうなんじゃないの?」
人間はなんでも大抵こなせるが、他の種族はそうでもない。
もちろん人間以外のほとんどの種族と交流を持てば、人間がいなくても何とかなるが……。
まあぶっちゃけ面倒なので、なんでもそろう人間の国と交流する種族は多い。
森で暮らすエルフたちも同じで、人間の国と交流があり、いざという時は支援要請を出すこともある。
それに騎士団が派遣されることも、ままあるのだ。
「……もしも家族に会ったらどうしよう」
「何を言われるのか、想像もできないわ……」
「碌な思い出がない……」
もちろん前々回や前回のように、自分たちが投入されないこともあり得る。
だがもしも行くことになれば、それこそ地獄だ。
どうか故郷が無事であってほしい、そんな願いは……。
※
『救援要請、至急騎士団を派遣されたし!』
「エルフの森からの、救援要請……今動けるのは、奇術騎士団だけですね……」
※
専門用語で、フラグというのだった。