プラスとマイナス
かくて、二番目の任務も快調に終わっていた。『最高の対応をしてくださった』と言われているのだから、そうに決まっている。
当人たちも理解していたが、かなり幸運に助けられた面もある。すべてが実力とは、今回は言いにくい。
とはいえ実力が無ければ、準備が無ければああもあっさり決着することはなかっただろう。
一行は帰路に付くが……ドワーフとガイカクだけはナイン・ライヴスに乗り込んで先に帰っている。
他の面々から『乗せてよ』と言われたが、ぶっちゃけそんなに載せたら積載量を越えるので、断固拒否していた。
戦闘中は身軽だったが、帰るときは交換用の部品とか予備の栄養液とかがあるので、余裕はほぼないのである。
「一番近い村が襲われて、マジで運が良かったぜ。襲撃されそうな各村の、その中間地点にいたが……円形に村があるわけでもないし、直線距離でたどり着けるわけもないしな」
「……なあ、棟梁。今回ずいぶんあっさり終わったが……ケンタウロスってのはアレだろ、草原の王様なんだろ? なんで草原でボロ負けしてるんだよ」
現在ガイカクは、操舵をドワーフに任せて、助手席、ともいうべきポジションで立っていた。
その彼へ、操舵をしているドワーフが確認をする。
作戦通りと言えばその通りだが、あっさり終わりすぎて実感がなかったのだ。
「それはそうだろう。奴らの強みは機動力だが……逆に言えば、それだけだ。腕力も耐久力も、お前たちドワーフやオーガには遠く及ばない」
「確かに、このナイン・ライヴスの装甲も抜けなかったな。ドワーフの中では落ちこぼれのアタシたちでも、ぶっ壊せそうなもんなのに……そうか、言われてみりゃそうだな」
種族のエリートだとしても、まんべんなく全数値が高くなるのは人間だけだ。
ケンタウロスのエリートであっても、機動力以外は並のケンタウロスと大差がない。
「ケンタウロスの機動力が活かされるのは、無防備な拠点を攻撃するときと、互いに遮蔽物のない野戦だ。それ以外の状況だと、地形が草原でもそこまでではない。まあ多少の被害は出ただろうがな」
この『多少の被害』を、現地の者は恐れていた。
ガイカクはそれが分かっていたので、配慮していたのである。
ガイカクたちにとっては単なる依頼人でも、現地の者からすれば自分や家族、友人なのだから。
「……なあ、今回はナイン・ライヴスが間に合ったが、それがだめならどうした?」
「ん? まあ、結局今回と同じだろうな。各地に防衛を配備しつつ、罠を仕掛けていただろう。今回ほど上首尾にはいかないだろうが、それでも成果は出せていた」
「じゃあ……他の騎士団なら?」
「各村に一人ずつ正騎士を配備して、近づき次第殺してるんじゃないか? 種族にもよると思うが、正騎士ならそれぐらいできるだろう」
今回ガイカクは、あっさりと問題を解決していた。それは他の騎士団相当のはたらきであると、誰もが認めるところである。
だが逆に言えば、他の騎士団でもできた、ということだ。
「大体考えてみろよ、みんなの憧れる騎士様がだぜ? 草原でケンタウロスのエリートに勝てるわけないじゃ~~ん! とか泣き出したらがっかりだろ」
「それもそうか……」
ガイカクの大雑把な説明にドワーフは納得する。
自種族のエリートが騎士になっていたとして、それがあんな賊相手に負けるなんて、信じたくないところだ。
「でだ……ナイン・ライヴスだが、不満点はあるか?」
「とりあえず、名前長いんだよ。もっとシンプルにしてくれ」
「ええ~~?」
「あと、いつまでも立っていると、結構きつい。舵輪の前だけでも、座れる椅子を作ってくれ」
「そうか……じゃあ座ったままでも動かせる舵輪と、揺れても椅子から落ちないように固定用のベルトも……」
ここで、二人は今乗っている車の、その改良点について話し始めた。
「あとさ、ちょっとした坂道でも
「それはまあ、たしかにな。だけど草原以外じゃあ、コレが通れる道がないし……」
「だとしてもさあ、今後は小型化するかもしれないんだろ? 今は整備性を最優先で作ってるから幅広だけども、そのうちもっと小さいのにすることもあるし……」
「それはそれで別のを考えているんだが……まあアリかもな」
「ギア比を変える機能をつけるのはどうだ?」
「構造が複雑になりすぎないか?」
「だったら、心臓の系統ごとにギア比を変えるとか……」
「それだと全部一斉に動かせないし、ローテーションの意味が……」
「じゃあ、じゃあ……ああああああ!」
ここでドワーフは、思わず絶叫した。
「楽しい!」
短い脚をバタバタさせて、興奮を顕にしていた。
「すげえ楽しい! 研究とか開発とか、超楽しい! 改良点を見つけて意見を出すのって、超楽しい!」
操舵を担当している彼女に続いて、他の面々も声を出し始めた。
「私も! 組み立てるときとかに、自分が作った部品がどこについてて、どういう働きをするのか知るのが楽しい!」
「あたしはね、あたしはね! うまく動かなかった時、どこが壊れているのか調べて、それを直して、ちゃんと動いた時が楽しい!」
「自分たちの作った車が、活躍するのがすごく快感! 鉱山の技師になったみたいで、凄く幸せ!」
五人のドワーフたちは、一斉に叫び始めた。
「おっ、お前たちも魔導の楽しさに気付いたようだな……だが魔導の道は深く険しいぞ。今のお前たちでは、意見を出すことはできても形にすること……具体的にどうすれば成功するのかがわかるまい」
「棟梁はできるんだろ? でなかったら、こんなすぐに成功するわけがねえ!」
「あたぼうよ、俺は天才魔導士にして騎士団長、ガイカク・ヒクメ様だぜ? 帰ったらお前たちの出した意見をもとに、図面を描いてやるさ」
「いいなあ~~! すげえなあ~~! アタシもそれやりたいな~~! 自分で考えてつくりたいな~~!」
ある意味では、ドワーフたちはエルフと同じ境地に達していた。
ものづくりの達人、ガイカク・ヒクメを尊敬するに至ったのだ。
「教えてくれよ、棟梁!」
「暇がねえからイヤだ!」
そして同じように、その尊敬を持て余す結果になったのだった。
「設計開発ってあれだぜ? 前段階の前段階として、『さんすう』から始まって『算術』、『数学』ができないといけないんだぜ? そこまで教えるのが手間過ぎてだるい」
「そりゃないぜ、棟梁!」
「それにお前たちも、帰ったら部品を生産する仕事があるんだし……勉強している場合じゃないぜ?」
「いやだ~~! 勉強するんだ~~! 自分で考えた車を作って、それに乗るんだ~~!」
この車両に乗っている、すべてのドワーフたちが抗議し始める。
「とても素敵な夢だよ、いつか叶うといいね」
ガイカクは、温かい言葉を送った。
ドワーフたちに向ける、最高の笑顔だった。
※
こうしてガイカクとドワーフは、先行して拠点へ帰ってきた。
発明が活躍して任務完了して、ガイカク
「おかえりなさい、先生。どうでしたか、任務は」
「おう、大成功だったぜ」
「旦那様、おかえりなさい~~!」
「みんな元気にやってたか? よしよし、いい子だな~~!」
エルフとゴブリンたちが、ガイカクを迎える。
ガイカクがナイン・ライヴスに搭乗して帰ってきたのでわかっていたが、それでも首尾よく終わったことを確認してエルフたちも安心している。
ゴブリンたちも、ガイカクになでてもらって嬉しそうだった。
「で、頼んでいた焙烙玉や煙玉、薬液の補充は?」
「頼まれていた分は、もう終わっています」
「よしよし! 何よりだ!」
留守を預かっていたエルフたちは、ガイカクが喜んでいるのにいささか不満そうである。
「……先生、もっと高度なことがしたいです」
「清く正しくつつましく頑張ろうぜ!」
「うう……」
天才であることを自負するガイカクは、助手が必要であっても共同開発者は必要としていない。
そのため基本的な知識や技術を授けはするが、難しいことは自分でこなすようにしている。
そして実際、それで全く問題がなかった。
「エルフ……アタシたちもその気持ちがよくわかるぜ」
「ドワーフ……いつか私たちも立派な魔導士になりましょうね……」
分かり合う、二つの種族。
今この瞬間、心が一つになっていた。
「いやあそれにしても……今回はエルフとゴブリン以外、全員投入したからな。おかげで拠点の開発がさっぱりだ」
なお、ガイカクの心は自由だった模様。
「またしばらくはお休みをもらえるだろうし、そうでなくてもドワーフだけ先に着いたし……建築だな!」
ガイカクは広々とした拠点に、夢の地図を描き始める。
「各種族の娯楽施設も建築して、より一層福利厚生を向上させよう。ドワーフは酒場、エルフは香の小屋とかだな……。そうすればストレス値が減少して、より一層面倒できつくてしんどくて楽しくない仕事にも耐えられるようになるはず……!」
聞いている彼女たちにとっては、地獄絵図だった。
「『種族に適合した娯楽施設がある……+3』ぐらいの価値はあるはず! うぉおお! プラス3かああ! マイナス3分もいやなことをさせられるのか~~!」
「……勉強を教えてくだされば、プラス5くらいになりますよ」
「アタシらもそうだよ……多分」
物凄く大雑把な数値で管理される、自分たちの生活環境。
彼女たちの明日は、ガイカクが決めるのだった。望むとか望まないとか、そういうのとは関係ないのだった。
「真面目な話、俺にちゃんと勉強を教わるって、国内最高の大学に通う並の金をとってもいいレベルなんだが」
「……世の中って、クソね」
「うん……」
世の中は、クソなのだった。