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最高の対応をしてくださった

 かくて、ケンタウロスの盗賊団は壊滅した。

 まだ生きている者もいたが、全員が捕縛され、死んでいる者と一緒にナイン・ライヴズの屋上に縛り付けられ、そのまま領主のところまで運搬されていった。

 その際には被害を受けた酪農家たちも集められ、犯人たちの確認が行われていた。


「いいっひっひっ……こ奴らで間違いありませぬかな?」


「こ、こいつだ……こいつが盗人の親玉だ!」

「ああ、この姿は間違いない! このエリートが、リーダーだった!」


 酪農家たちは、口をそろえてサジッタを指さした。

 体中がボロボロで、四つの脚がすべて駄目にされていて、それでもなお勇壮な姿をしているサジッタ。

 彼は苦々し気に、訴えてくる農民たちをにらんでいる。

 もちろん、それ以上にガイカクのことも、である。


「……が、ガイカク卿。見事なお手並みでございます、まさか被害を出さずに拘束なさるとは」

「ひひひ! いえいえ、被害なら出ているでしょう。私が無駄に武器を配って警戒を促した結果……皆様の日常生活に支障をきたしたのでは?」

「いえ……それは結果論です。守りを万全にしてから攻めてくださらなければ、私も民も心配でならなかった。もしもそれを怠っていれば、うまくいっても『運が良かっただけだ』だとか『俺たちの命で博打をした』と思われかねません」


 ルクバト子爵は民の気持ちを代弁していたが、それを近くにいた民たちは無言で頷いて肯定する。

 ガイカクはすべての作戦を全員へ周知していなかったが、それでも許されているのは守りの定石だけはしっかり打っていたことだ。

 文字通り最善は尽くしていたので、反発も少ないのである。


「そういっていただけるとありがたいですなあ、せっかくティストリア様に無理をお願いして、何とか借りて来たのに……使いませんでした、ですからねえ!」

「……使わずに済んだのなら、それでよいでしょう。何であれば、借りた分については私が出しても構いませぬ」

「おお、それはありがたい。ですがそれでは経費の二重取り……ティストリア様へ『最高の対応をしてくださった』と報告をしてくだされば……私はそれ以上願いませぬ」

「もちろんです」


 妙なうさん臭ささえなければ、満点の出来だった。

 なぜこうもうさん臭さを演出するのか、そっちの方が分からない。


「さて……ではサジッタとやら、お前たちが奪った財産はどうした?」

「食ったり売ったりだ」

「……なるほど、もう残っていないと」

「そういうものだろう? 奪ったものをどうしようが、俺たちの勝手だ」


 彼の言葉を聞いて、酪農家たちははらわたが煮えくり返った。


「違うだろう! アレはうちのもんだった!」

「どんな道理があって、お前たちの物になるんだ!」

「この盗人め、ふてぶてしいにもほどがある!」


「ふん、奪い返す度胸もない輩が、よく言ったものだ」


 もうどうにでもなれと、サジッタは開き直っている。

 どう考えても助からない状況だからこそ、周囲へ嘲っていた。


「自分のものだと思うのなら、なぜ俺たちに立ち向かわなかった? こいつらのような、まったく関係のない者に頼むとは……みっともないにもほどがある」


 思わずひるむ、農民たち。

 確かに彼らも、それに思うところはあった。

 自分たちに力があればと、夜に枕を濡らしていた。


「みっともない? そんなことは、断じてない」


 だがしかし、ルクバト子爵がそれを遮った。


「彼らは決して多くない収入の幾割かを、私や国へ治めている。その対価として、我らが保護を約束しているのだ。彼らは無償で施しを受けるような、哀れな浮浪者とは違う。誇りある仕事に就く、模範的な民だ」


 彼は自嘲しつつ、言葉をしめる。


「情けないとすれば、私の方だ。騎士団に頼ることとなり、救援が遅くなってしまった。そのことには申し訳なく思う……だが民に落ち度はない」


 民の前での、政治家トークではあった。

 だがしかし、偽りはない。その言葉に、民たちは心を動かされていた。


「ふん、わかっているようだな。結局誰かに助けてもらおう、などという姿勢の限界だ。自分の身を、自分の財産を、自分の力で守れないから……こうして失うことになる! それが現実だ!」


 サジッタは、あくまでも吠える。

 負け犬の遠吠えならぬ、負け馬の遠吠え。

 それを聞く民たちは、悔しかった。

 これからこいつらは殺されるのだろうが、開き直って死ぬのだとしたら、なんとも悔しい話だ。

 自分の悪行を心から悔いて、泣き叫びながら死んでほしい。


「りょ、領主様! お、お、俺、悔しいです! クロスボウ、ありましたよね? 俺が、あれで殺したいです!」


 そういったのは、被害者の一人である若者だった。

 彼は激怒に震えながら、自分が殺したいと申し出た。

 それに応じる形で、民たちが大いに叫びだす。


「そうだ、俺たちが殺してやる!」

「こいつらのせいで、俺のところは今年の分が駄目になったんだからな!」

「うちなんて結婚話がダメになった!」

「ぶち殺したぐらいじゃあ、割に合わねえ!」


 絶叫する民たちの気勢に、ルクバト子爵がひるむほどだった。

 だがしかし、それでもサジッタは嘲る。


「何もかも他人任せにして、抵抗できない状態でようやく復讐? ははは! まったく、根性無しどもが! お前たちなど、どうせ何の価値もない人生を送るんだろうよ!」


 場の空気が、さらに熱狂へ包まれていく。

 もはや収束不能かと思ったとき、ガイカクが口を開いた。


「まあまあ、皆さん。落ち着いて」


 この場で誰よりも異質な怪物、ガイカク・ヒクメ。

 彼が穏やかな、だからこそ恐ろしい声を出した。

 それによって、場が鎮まる。


「私も領主様と意見を同じくする身……清く正しくつつましく生きておられる皆様が、『汚いこと』をなさるのはよろしくない」


 フードを被っていてもわかるほど、ガイカクは邪悪な瘴気を放っていた。


「如何でしょうか、ルクバト子爵。ここは私に任せてくださいませんか? 皆様が納得してくださるように、汚く片づけますので」

「う、うむ……」


 悪魔との取引、という言葉が領主の脳内によぎった。

 だがしかし、この場には悪魔が必要だと思い直す。


「で、ではお願いしたい」

「ありがたく……ああ、それから」

「な、なんでしょうか?」


 ルクバト子爵は、そして領民たちは、思わず引いた。


「先ほどお約束頂いた、ティストリア様へ『最高の対応をしてくださった』と報告をしてくださる件を、変更なさるということはないですよねえ?」


 最高どころか、最低の所業をするのだ。

 そう暗に言ってくる男に、誰も返事も、頷くこともできない。

 ただ沈黙をもって、彼の動きを見守っていた。


「な、なんだ……何をするつもりだ?」

「この世には、処刑に毒を用いる文化がある」

「……毒殺する気か?」

「だがそれは、大抵安楽死……苦しまずに死なせる、優しい処刑法だ」


 サジッタからの、毒で殺す気か、という質問に、ガイカクは応えない。

 だがそれは、毒殺すら生ぬるい、もっとおぞましいことをするということだった。


「そして地方によっては、処刑は公開されている。できるだけ惨たらしく殺すことで、権力を強めることや、被害者の心を慰めること。また日々退屈な暮らしをしている者たちの娯楽にもなる」


 道化めいた振る舞いが無いのだが、今まで以上に胡散臭い……否、恐ろしい。


「そんな中で……『あまりにもかわいそうだ』という理由で、使用が法で禁止された『毒』がある」


 そういって、ガイカクは袖の中から手袋に包まれた手を出した。

 彼は仰々しい袋に手を突っ込むと、一枚の葉っぱを取り出す。

 それは広葉であり、表面に薄い毛のようなものが生えている。


「……まさか、銀尾(ギンビ)の葉か?!」

「おや、ルクバト子爵。ご存じとは驚きですな」

「し、知っているが……知っているだけだが……!」


 ルクバト子爵は、その葉っぱを知っているようだった。

 すっかり青ざめて、大いに離れた。

 その姿を見て、農民たちも離れる。


「この銀尾(ギンビ)……毒草の一種でしてね。まあ死ぬような毒ではないのですが、ただ痛い。とんでもなく痛くて、適切な処置をしても後遺症が残り、痛みが再発することもある」


 ガイカクはそれを、サジッタ以外の、まだ息のあるケンタウロスに当てた。

 すると、そのケンタウロスの肌が変色し、気絶していたケンタウロスが絶叫を始める。


「ああああああああああああ?!」

「効能は今言った通り、とんでもなく痛い。葉っぱに触れた部位は、この世のあらゆる痛みを合わせた分の傷みを味わうとか……」

「あああああああああ!!!」


 サジッタはもとより、領民も、ルクバト子爵も引いている。

 まさに、『あまりにもかわいそうだ』。


「まあ、死なないんですけどね」


 その絶叫に全く動じることなく、ガイカクは説明を続けていた。

 そして、その葉っぱを持ったまま、サジッタへ近づいていく。


「ま、待て……やめろ!」

「昔の人は恐ろしいものでして、この葉っぱで傷をつけたうえで、自殺するための毒を渡し……死を選ぶまで観察したとか」

「やめろ、やめてくれ!」

「重罪人や政治犯のための処刑法でしたが、やはり非人道的ということで……」


 ガイカクは、これ見よがしにその葉っぱを見せびらかす。

 それを前にして、サジッタは必死で身をよじらせていた。


処刑での使用が(・・・・・・・)、法律で禁止されたのですよ」

「~~~~!」


 ガイカクは、その葉っぱを。

 表面に毒のある葉っぱを……。


 サジッタの目の前で、自分のフードの中に突っ込んだ。


「は?」


 触れた部位に激痛をもたらす猛毒の葉っぱを、口に突っ込んだのである。

 そしてそのまま、もしゃもしゃと噛み始めた。

 もちろん、まったく痛そうではない。


 これには、サジッタだけではなく、周りの者たちも驚いている。

 実際に薬効を見せたうえで、なぜこんなことをするのか。そして、なんでできるのか。

 一体なんの真似かと思っていると……。


「ぶふううう!」


 ガイカクは、なんとも汚いことに、口の中で噛んだそれを唾液ごと噴出して、サジッタの顔に浴びせたのである。



「ぎ、ぎゃあああああああああああああ!」



 サジッタの絶叫たるや、まさに地獄の業火で焼かれるがごとし。

 必死で身をよじるが、のどが裂けるほど叫んでいるが、まったくそれがとどまらない。

 死を選ぶほどの激痛が、彼の顔を襲っているのだ。


「ふう……まっず」


 ガイカクはなんでもなさそうに、懐から水筒を取り出して、中身を口に含んだ。

 くちゅくちゅとうがいをしてから飲み干し、一息を入れる。


「汚いところを見せて、申し訳ない」


 その所作もそうだが、実際に唾液まみれの葉っぱが浴びせられていることもあって、ガイカクがその葉っぱを実際に噛んで吐き出したとしか思えない。


(なんで?!)


 これには、領民も領主も、意味が分からないと目を丸くしていた。


「さて、サジッタ」

「ああ、ああああああ!!」

「まあ聞け、まだ耳は聞こえるだろう?」


 それを置き去りにして、ガイカクは話を続ける。


「殺してほしかったら、あの人たちに謝れ。誠心誠意、心から、私が間違っていました、と謝れ」

「!!!!!」


 サジッタは、涙を流しながら、頭を地面にたたきつけた。


「すみませんでした! 俺が悪かったです! 殺してください! お願いします!」


 これに誠意があるのかと言えば、怪しい。

 だが自分の行いを後悔していることだけは、全力で伝わってくる。


「どうです?」

「……誠意は、伝わったかと」


 ルクバト子爵は、なんとか、返事をした。

 なるほど、法律で禁止されるのも納得である。


「こ、こ、ころせええええ!」

「ああ、待て。他の連中からも話をしないとな」


 もう一人の毒を受けている者、また、言葉を失っている者たちへ声をかける。


「謝れ……な?」


「すみませんでしたああああ!」

「俺が悪かったです!」

「死んでお詫びします!」

「し、死なせてください!」


 生き残った者たちは、自分の命を投げ捨てようとする。

 勇壮なサジッタを知っているからこそ、その彼の醜態を見て絶望したのだ。


「……さて、これで皆さんもわかったでしょう? ヒトを傷つけるのは楽しいことではない、汚いことです。だからこそ、私のようなものにお任せください」


 ガイカクはここで、死を望む声を背に、道化の振る舞いをする。



「ゲヒヒヒヒヒヒ!!」



 酪農家たちは、領主は、自分たちの幸運に感謝した。

 この男の敵でなくてよかった、彼が味方でよかったと。


 この後、処刑は速やかに、人道的に行われた。

 これにてガイカクは、二度目の任務を滞りなく終わらせたのである。


 そして、ルクバト子爵はこの後に、ティストリアへ報告書を送った。

 もちろんその文面は、『最高の対応をしてくださった』であったという。



 銀尾という、猛毒を持つ植物。

 この毒は元々、葉っぱを食べる虫や動物から身を守るためのものだ。

 身動きできない植物の、防衛策というわけである。


 だがしかし、銀尾を食べる方向で進化した虫や動物も多い。

 彼らは体の中に抗体をもつがゆえに、猛毒がまったく効かないのだ。


 ガイカクは危険な毒を扱うがゆえに、解毒剤や抗体の開発を行っている。

 それはエルフたちにも使っているし、自分にも使っている。

 彼は自分の体を改良し、自分の持つ毒が効かないようにしている。


 よってガイカクは、銀尾を口に含んで噛んでも、まったく影響を受けない。

 非常にシンプルだが、だからこそ見破れない『手品』であった。

ちなみに、作中で使用された銀尾ですが、現実に同じような植物があります。

犯罪行為を推奨するものではありませんので、その点にはご注意願います。

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