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原始的な狩猟

 車両というのは、故障するものである。

 戦地を、舗装されていない道を走るのならなおさらだ。

 ましてこの世界のこの時代、自動車なんてものが走ることは想定していないため、道の整備はさっぱりである。

 だからこそ、このナイン・ライヴスには怪力と器用さを併せ持つドワーフが最適、ということだ。いざとなれば、彼女たちが修理するのである。


「ははは! いやあ、本番で故障したらどうしようかと思って四台持ってきたが……まさか全部快調とはな! 部品の精度が高い証拠だ、いい仕事するじゃないかドワーフども!」

「まあね! しかしこんなもんができるとは、アタシらも驚きだよ!」


 このナイン・ライヴスは、四台とも試作機である。

 本当にひな形もいいところだが、実戦投入段階としての試作機だ。

 人を乗せて走る、という点だけは今のところクリアしている。


「しかも意外と揺れなくて乗り心地がいいし……」

「コレの前段階から、振動のせいで栄養タンクや心臓のケースが壊れまくってな……振動をある程度殺さないと使い物にならないってわかったんだ。だからタイヤをゴム製にしたり、スプリングをつけたりして、なんとか完成させたわけだな」


 天才を自称するだけのことはある。

 ガイカクの試作機は、走り出して数分で故障、ということもなく走れている。

 訓練を積んだこと、五人態勢で操縦していることもあって、どう運転していいのかわからない、なんてこともなかった。


「で、ここからはどうするんだい?」

「相手次第だな! だが安心しろ……まず負けん!」


 ガイカクは大いに自信をもって、操舵を行っていた。


「機関部、わかってるな! 心臓は一組ずつしか動かすなよ!」

「了解!」


 このナイン・ライヴス、九つの心臓(エンジン)を搭載しているわけだが、常に九つすべてを動かしているわけではない。

 始動時及び最高速を出すとき以外は、三つずつしか動かしていない。

 三つ一組で、計三組。それらで機構が独立しており、心臓六つが故障してもそれなりに走れるようになっている。

 現在巡航速度で走っているため、動いているのは三つだけだった。


 ちなみに……このナイン・ライヴス、アクセルもブレーキもクラッチもギアチェンジもないため、実質この心臓操作だけで速度の変更を行っている。

 よって、地上をタイヤで走る車ではあるのだが、操縦で言えば海上のモーターボートに近い。


「こちら側面! 敵が接近してきます!」

「よし!」


 ちなみにサイドミラーもバックミラーもないので、専属の監視員がのぞき窓から外の様子を確認するようになっている。


「ぜ、全車両が包囲されました! ほ、本当に大丈夫ですか?」

「問題ない! 相手がエリートだとしてもなあ!」


 さて……この世界の常識で言えば、木の外壁を厚くした馬車の荷台が、勝手に走っているようにしか見えない。

 若きケンタウロスたちはそれに気づくと、脅威とも思わずに、物珍しさから接近していく。


「なんだこれ……なんで馬も牛もないのに、車が走ってるんだ?」


 この世界における車とは、基本的に動物やヒトが牽引するものである。

 内部に動力を搭載して自走する、というのはこのナイン・ライヴスが初めてであるため、当然ケンタウロスたちも見るのは初めてである。

 彼らは興味深そうに、速度を合わせて並走を始めた。


「なんかすげえどっこんどっこん言ってるし……」

「あんまり近づきすぎるなよ、中から撃たれるかもしれん」

「はっ、そんな間抜けなことになるかよ!」


 一般人が全速疾走しているような速度を維持しているナイン・ライヴスだが、ケンタウロスたちからすればとろとろと散歩をしているような速度である。

 それゆえにナイン・ライヴスを舐め腐っており、その手で外壁をバンバンと叩いてさえいた。


 これが世に言う、『あおり運転』である。

 この世界初の自動車であるナイン・ライヴスは、初の実戦投入で、そのまま初の煽り運転を受けることになったのだった。


「た、叩いてきたぞ!」

「良し、じゃあぶつかっていくか! 全員近くの手すりに掴まれよ、揺れるぞ!」


 ちなみにこのナイン・ライヴス、シートベルトがない。

 なんなら、まず座る椅子がない。それこそ船のように、全員立っている。


「はい!」

「面舵一杯!」


 面舵一杯、とは『右に曲がります』という意味である。

 ガイカクは舵輪(ハンドル)を右に切る。


 右側面にいたケンタウロスへ、豪快にぶつかりに行った。

 これを専門用語で、カーチェイス、危険運転という。


「う、うぉおおお?!」


 自分の何倍も重そうな車が、いきなりぶつかってこようとしてきた。

 側面を叩いていたケンタウロスは、あわてて距離をとる。


「バカが! さっさと離れろ!」

「わ、わかったよ……ったく! 馬鹿にしやがって!」


 普通にぶつかられれば、それだけで大事故だ。

 それが分かっているからこそ、サジッタはふざけている仲間へ注意を喚起する。


「こんなオモチャ、穴だらけにしてやるよ!」


 槍が届きそうな距離で、ケンタウロスの一人が弓を引き絞った。

 遊牧民が使いそうな、小さめの弓。

 それの射程は通常の弓より短いが、それでもこの距離なら絶対に外れることはなく、威力も十分以上だろう。

 それこそ、弱いものをイジメてやろう、という程度の調子で、彼は矢を放った。


 勢いよく放たれた矢は、失速する前に命中し、ずぶ、と木の装甲にめり込んだ。

 いや、軽く刺さっただけだった。切っ先のごく一部が、軽く刺さっただけで、車の振動と風圧だけで抜けて、落ちていく。


 まさに歯が立たない状況を見て、若きケンタウロスたちは、はあ? と憤った。


「おい、何だよコレ! ふざけやがって!」


「落ち着け……俺がやってみる!」


 この仲間のエリートである、サジッタ。

 彼は仲間よりも数段強い弓を構え、それを大きく引き絞り、極めて近い距離で矢を放った。

 すると今度は、刺さるどころか矢が砕けていた。

 それだけの威力があったということだが、単純に鏃より装甲の方が強いのである。


「……なるほどな、中に鉄板でも仕込んでいるんだろう」


 サジッタは不愉快そうに吐き捨てた。

 実際には鉄のような重いものを装甲には使っていないが、別の手段で装甲を堅牢にしているので、そう的外れでもない。


「どうする? お前が通じないなら、俺らが何やっても駄目だぜ?」

「とろとろ走ってる、頑丈なだけの車……もう放っておかないか?」

「つまんねえよ、こんなの! もう村を襲おうぜ!」

「そうだな、これを壊してもいいことないしな」


「……いや、退くぞ」


 ここでサジッタは『賢明』な判断を下した。


「考えてみろ、このままトロトロ追いかけられつつ、武装している人間どもと戦えるか?」

「それは……うっとうしいな」

「奪ったとしてもその後は荷物が増えるから、俺たちも鈍くなる。場合によってはひき殺されるぞ」

「面白くない話だ……が、まあ、あれだけ準備して、これだけのものを作って、俺たちが逃げ始めたら追いかけられない、というのは奴らも悔しがるだろうな」


 その気になれば追いつかれることはないが、こちらの攻撃が通じない車。

 それはそれなりに面倒で厄介で、相手にしたくない敵だ。

 サジッタは合理的に判断し、仲間を率いて去っていく。


 そう、死ななければまた襲える。

 相手が万全の体制を整えているのなら、さっさと帰るのが正しい。


 サジッタ一行は、一気に加速する。

 草原最強を誇るケンタウロスの、全力疾走。

 それは並走していたナイン・ライヴスを置き去りにして、一気に地の果てへと消えていく。


「敵、逃走を開始しました! アタシたち……じゃなかった、車両から離れて、そのまま村からも遠ざかっていきます! 結構速いです! 追いかけますか?」

「もちろんだ!」


 被害が出る前に相手を追い返せたのだから、そう悪い話ではない。

 だが何の痛手も与えずに追い返しただけでは、また別の村が襲われかねない。

 なんとしても追撃し、二度と盗賊ができないようにしなければならないのだ。


「それじゃあ全部の心臓(エンジン)を……」

「いや、あくまでも作戦通りだ! 観測手、屋根に上って望遠鏡で敵を追跡しろ! 地図手も一緒に上がって、現在地の確認! 相手の進行方向からルートを想定しろ! 通れない道を確認だ!」


 ケンタウロスが真面目に走り出せば、三分の一の動力しか使っていない現在のナイン・ライヴスでは追いつくことなどできない。

 並のケンタウロスが相手でも、一気に突き放されてしまう。


「さあ……ケンタウロスども……お前たちの体に教育してやるよ! 人間の狩猟をなあ!!」


 だがそんなことは、ガイカクにとって想定内。

 彼はあくまでも、獰猛に笑っていた。



 全力疾走によって奇妙な車を振り切った後、若いケンタウロスたちは不満そうに走っていた。

 元々彼らは、ただ暴れたいから略奪をしていたのだ。

 気分よく略奪し、気分良く逃げ出して、相手を困らせてやりたかっただけだ。

 それができなかったのだから、それはもう不満たらたらである。


「まったく、なんなんだ、アレ。なんで走ってたんだ?」

「そうだよなあ……装甲が厚いのは、まあわかるが……」

「中にオーガでも入ってて、押してるんじゃないか?」

「……想像したら笑えるな!」


 だがそれでも、すぐに気を取り直した。

 何のことはない、また暴れればいいだけのことだった。

 もう逃げ切ったのだから、もう過ぎた話なのだ。

 そう、思っていた。


 一気に全力疾走をして、振り切って、今はもうとことこと走るだけ。

 気を抜いていた彼らだが、サジッタだけは何かに気付いた。


「……おい、お前たち。後ろを見てみろ」

「は? あ……おいおい、アイツらまだこっちに向かって走ってるぞ」

「とろとろとろとろ……うっとうしい奴らだなあ」


 なだらかな草原地帯であるがゆえに、追跡する方もされる方も丸見えである。

 四台のナイン・ライヴスが後方から迫ってくることは、望遠鏡を持っているわけでもない彼らにも丸わかりだった。


「仕方ない、もう一度走って振り切るぞ」

「は? おいおい、まだ走るのか? こっちはくたくただぞ」

「このままアジトに案内してみろ、それこそアジトを潰される」


 このケンタウロスたちは、草原のとある場所にテントを張って、そこを拠点としている。

 もちろん今もそこに帰る途中なのだが、このままでは相手も案内することになる。

 それでは、今度はこちらが拠点を潰されるだろう。


「奴にはこっちの矢が通らない、おそらく刀もな。それでどうやって、アレを止める」

「それは、まあそうだけどよお……」

「走って振り切るしかないんだ、続け!」

「いや、待てよ!」


 サジッタは加速しようとしたが、誰もそれについてこない。

 いや、違う。ついていくことができない。


「だから! もう走れないんだよ!」

「……しまった!!」


 サジッタは、己の若さを恥じた。

 改めて後方を見れば、そこには速度を一切緩めない敵がいる。

 一定の早さを保って、確実に追跡してくる、こちらの攻撃が通らない敵がいる。


「おいおい、そんなに慌てることか? まだまだ距離はあるだろ?」

「そうだ、それに奴らだって疲れる、ここに来るまでに止まるさ」


「もしも……もしも!」


 のんきな仲間へ、サジッタは最悪の事態を伝えた。


「もしも、疲れなかったら、どうするんだ!」



 さて……地球の、地上最速の動物と言えば、チーターであろう。

 このネコ科の猛獣は、地上において誰よりも速く走ることができる。

 そのスピードをもって、獲物に食らいつくのだ。


 ではチーターの狩りが絶対に成功するか、と言えば否である。

 最速の獣であるチーターだが、狩りの成功確率は決して高くない。


 草食獣たちは自分より速い敵からどう逃げるのか、というと……。

 持久力で勝負をする。

 チーターは確かに速いが、その最高速度を維持できる時間は極めて短い。

 その短い時間で捕らえられなければ、チーターは疲れ切って追跡できなくなる。

 草食獣が逃げ続けていれば、逃げ続けることができれば、なんとか撒くことはできるのだ。


 これは多くの獣に共通することで、肉食獣は短距離走、草食獣は長距離走に向いている、ということになっている。


 では、人間はどうなのか。

 雑食性であり、草食獣も襲う人間。

 この獣は、どうやって狩猟をするのか。


 弓矢や吹き矢を使う、投石機を使う……など、遠距離攻撃をする。

 それも確かに、人間らしい。


 だがもう一つ、人間の強みを活かした狩猟法がある。

 それは、持久狩猟。

 持久力に秀でているはずの草食獣を、それ以上の持久力で追いかけて弱らせて、最後には狩るのだ。


 そう……実のところ人間以上の持久力を持った動物はそういない。

 ちょっと訓練すれば42.195kmさえ走れる人間は、逆にそれが当然だと思うだろう。だがそんなに長い距離を、草食獣……例えば馬は走ることができない。

 馬は人間よりも遠くへ走れる、というのは思い込みに過ぎない。


 馬などの草食動物が持久力に秀でているというのは、肉食獣と比べてのことだ。

 人間に比べれば、ほとんどの動物は体力に乏しいのである。


 半分馬のケンタウロスたちも、それと同じだ。

 一定の距離までは人間よりも数段速く走れるが、それを超えると疲れ切ってしまう。


 仮に時速六十キロで走れるとしても、一時間その速さを維持できるわけではない。まして一日中維持するなど、絶対にありえない。


「普通の騎兵なら、馬を変えることができる……だがお前たちはどうかな? 人馬一体のお前たちは、切っても切れないもんなあ……」


 ガイカクは、獰猛に笑っていた。


「それに対してこのナイン・ライヴスは今、搭載している九個の心臓(エンジン)の内、三つずつしか動かしていない。その間、残る六つの心臓は休憩できる。三個、三個、三個のローテーションを組めば、栄養タンクが尽きるまで走り続けられる!」

「運転してるだけでも疲れるけどね……」

「それでも『自分の脚』で走っている奴らよりは疲れない! もちろんエリートなら基本となる速度が違う分、まだまだ余裕はあるだろうが……他の連中は、もう走れないだろう?」


 今のケンタウロスたちは、たとえるのならフルマラソンを走ったすぐ後の状態だ。

 しばらくクールダウンを挟んだとしても、少なくとも今日一日は走れない。

 歩くのもやっと、というコンディションだ。


「今からバラバラに逃げるとしても、疲れた体じゃさほどの距離を逃げられまい。そもそもこっちは四台いる、捕まえるんじゃなくてひき殺していくのなら流れ作業だ!」

「本当に作戦通りに進んだねえ」

「結局一台も壊れなかったからな! いやあ、ドワーフ様々だ! マジで部品の精度が良かったんだな!」

「全部巡航速度だったからね……最大速度を出していれば、壊れてたかもね」


 一方でガイカクはハイテンションだった、作戦が想定通りに進むと気分がいいものである。


「まあとにかくだ……奴らと俺たちには、まだ距離がある。このまま詰めていくのなら、相手には時間を、猶予を与えることになるな」

「まだ何かするかもって?」

「ああ……まあもっとも」


 ガイカクは邪悪の極みのような、害そのもののような笑みを浮かべた。


「その、打てる手さえも……こっちは抑えてあるわけだがな」



 ケンタウロスの若きエリートたるサジッタは、この状況に憤慨していた。

 遮蔽物がない、なだらかな平原。

 本来ケンタウロスにとって有利な地形が、自分たちの首を絞めている。


「忌々しい……!!」


 これが戦闘なら、まだ相手に敬意を持てる。

 だがこれは、明らかに狩猟だ。

 こちらの武器が通らない装甲を固めて、疲れるまで追い回す。

 これは本当に、狩猟以外の何物でもない。


「我らケンタウロスを、獣扱いしてくるとは……!」


 だが忌々しく思う余裕があるのは、サジッタだけだった。

 他の面々は、だんだん近づいてくる四台の化け物に、もはや諦めさえ感じつつあった。


「サジッタ……お前だけでも逃げろ!」

「なんだと?」

「俺たちは、もう、無理だ……走れねえ……」

「お前だけなら逃げられるだろう、俺たちを置いていくんだ」


 なるほど、賢明な判断である。

 というよりも、もう他に思いつく手がない。

 弓矢が効かず、走って逃げられない相手に対して、ケンタウロスはできることがない。


「……そんなことをして、どう生きろというんだ!」


 だがしかし、皮肉にも、サジッタにはまだ余裕があった。

 余裕があったからこそ、自分だけ逃げるという選択ができなかった。


「で、でもよ……あいつら、どんどん近づいてくるぜ……」

「アレがどういう手品で動いているのかわからんが、我らより先に疲れることを期待することはできない。もう我らは駄目だ……」


「……!」


 屈辱だった。

 こんな狩りみたいな方法で追い詰められて、その挙句味方を見捨てるなど。


(俺があいつらに突っ込んで……いや、無理だ。一台ぐらいなら突っ込んで壊せるかもしれないが、四台は無理だ!)


 ケンタウロスのエリートであるサジッタは、通常のケンタウロスより数段強力な脚を持っている。

 その蹴りならば、あの装甲を壊せるかもしれない。

 だが馬の骨格上、走っている相手に蹴りかかる、というのは簡単ではない。

 場合によっては足をひねって、そのまま骨折しかねない。そうなれば、もう戦えないだろう。


 というよりも、そんな簡単に壊せるのなら、さっきの段階でやっている。


(何かないか、何か……!)


 サジッタは、必死で考えを巡らせた。

 そして、その視界に『地形』が映った。


「あそこに逃げるぞ!」


 彼が仲間へ指さしたのは、草原の中にそびえる岩山である。


「相手がどんなカラクリで動いているかは知らんが、車なのは明らかだ。岩山を登ることはできない! 無理に登ってきても、その時は俺が蹴り落してやる!」


 ケンタウロスたちは岩山もそこそこに登れる。

 もちろん平原に比べれば苦手だが、車輪に比べれば強い方だろう。


「なるほど……その手があったか」

「けどよ、まだ結構距離が……」


「何とか走れ! こんな獣みたいな死に方を、お前たちは受け入れるのか!」


 サジッタは仲間を激励して、遠くに見える岩山へ走らせる。

 もうよたよたのよれよれだったが、それでもまだ歩けている。


 幸い四台の車は、まだ遠い。

 一定の速度を保ったまま、先回りしようともしない。


(アレが精いっぱいの早さなのか? それとも侮っているのか? だがどっちでもいい、とにかく活路はある!)

 

 余裕をもって追い詰めてくる、四台の車。

 その追跡を背に感じながら、ケンタウロスたちは前へ進む。

 岩山まで行けば休める、その一心で、這うような遅さで進んでいく。


(本当に来たね……)

(さすがお殿様、作戦がうまい)


(まだだ、まだだぞ?)

(族長が弱らせてくれたのだ、逃がすわけにはいかない……!)


 だがしかし、彼らは考えてみるべきだった。

 これが狩りだというのなら、この広い草原に一つだけある岩山に……。

 唯一の活路に、罠を仕掛けるのは当然だ。


「今だ……いこう!」

「うん!」


 岩山の物陰に潜んでいた、二十人のダークエルフたち。

 彼女たちは手に持っていたクロスボウを、ふらふらのケンタウロスたちに向けて構える。


「な?!」

「ああ?!」


 あと少しで足を止められる、そう思っていたケンタウロスたちは、待ち構えていた敵を見ても何もできない。


「な……!」


 サジッタでさえも、思考が停止してしまう。

 仲間を助けられると思っていた彼は、その希望がふさがれていたことを受け入れかねていた。

 そしてそれを、ダークエルフたちは待たなかった。

 

 無慈悲に放たれる、二十発の矢。

 それはそこまでの命中率はなく、半分ほどが外れていた。

 一人に複数刺さることもあり……つまりは、五人ぐらいしか倒せなかった。


「お、あ……」

「み、みんな!」


 だがしかし、仲間が撃たれたことで、ケンタウロスたちの脚は更に止まる。

 この窮地では、絶望を加速させるだけだ。


「いくぞ!」


 ダメ押しとばかりに、獣人部隊が焙烙玉を投げる。

 ただでさえ疲れ、仲間の死に直面していたケンタウロスたち。

 彼らの体に、破片が降り注いだ。

 決して頑丈ではなく、ちゃんとした防具も身に着けていないケンタウロスたちにとっては、まさに致命の雨であった。

 これによって、ほとんどのケンタウロスが行動不能に陥る。例外と言えば、サジッタぐらいであった。


「……貴様ら」


 自分たちは、本当に獣だった。

 狩りの獲物に過ぎなかった。

 破片をくらって血まみれになったサジッタは、その事実を確信してさらに激怒する。


「きさまらあああああああ!」


 張り巡らされた罠に、自分たちを躍らせた策謀に、彼は激憤する。

 自分の目の前にいる、飛び道具を使い切った獣人やダークエルフへ、背負っていた弓で射かける。


「きゃ!」

「か、隠れて!」


 なかなかの一撃だったが、所詮は弓矢。

 元々物陰に隠れていた彼女たちは、すぐに身を隠す。


 その岩に矢が当たることはあっても、貫くなんてことはなかった。

 そして彼女たちは、そのまま隠れて出てこようとしない。


「おおおお!」


 このままここから射かけても意味がない、サジッタは吠えて前進し、彼女たちを引きずり出そうとする。

 その彼は、やはり考えが足りなかった。

 ここが罠だというのなら……文字通りの罠ぐらい用意していると。


「?!」


 前に出たところで、足元が滑った。

 まるでぬかるみにはまったかのように、草原に足を取られたのである。


 雑に言って、潤滑油を地面に撒いていたのだ。

 落とし穴と同レベルの間抜けな罠だが、想定していなかった相手を転ばせるには十分すぎる。


 全力疾走しているところで転ぶというのは、その体重や速さに比例してダメージを負うのだが、さらに恐るべき罠が設置されていた。


「あ、ああああああ!」


 忍者の武器として有名な、『まきびし』である。


 踏むと足の裏に刺さる金属製のトゲ、と言えば分かるだろう。

 シンプルな罠がばらまかれていたところへ、彼は全体重を込めて転んだのだ。


 それはもう、悲惨であった。


「うわあ……」

「ああ……」


 ガイカクの指示通りに設置した彼女たちをして、見たくない凄惨な姿である。

 ケンタウロスのエリートであるはずのサジッタは、もはや抵抗もできなくなっていた。



「が、があああああああああ!」



 本当に獣のように倒された。

 それを完全に自覚したサジッタは、ただ怨嗟の声を発することしかできなかった。


「おうおう、見事に全滅……」


 そしてそれを喜ぶ形で、ガイカクはこの岩山にたどり着いた。

 ナイン・ライヴスから降りてきて、戦況を黙視する。

 満足げに確認すると、この場にいる全員へ、いろんな意味で、一つの言葉をかけた。



「みんな、おつかれさま♡」



 もちろん、奇術騎士団はそんなに疲れていない。

 基本的に待っていただけで、動いたのは一瞬だけだ。


 疲れていたのは……ケンタウロスであった。


 奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメ。

 この地で猛威を振るっていたケンタウロスの盗賊団は、彼の主導した作戦によって手品のように壊滅していた。

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