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獣人とダークエルフ購入

 ボリック伯爵がガイカクへ討伐を命じてから半月後、ガイカクは棺とともに城へ入った。

 誰にもバレぬようガイカクの元へ訪れたボリック伯爵の目の前には、保存液に浸されたエルフの死体が置かれている。


「ほう、顔が見えるな。これをお渡しすれば、『うその報告を上げているのではあるまいな』などとは言われないだろう。大したものだな……それとも、相手が思ったよりも弱かったのか?」

「いえいえ、あくまでも幸運によるものでございます。こちらの攻撃はすべて防がれてしまい、万策尽き果てたかというところで、相手も魔力が尽きたのです。さすがは騎士団に属していた者、恐るべき力量でした」


 ここで重要なのは『俺天才です、楽勝でした』と言わないことだろう。

 もしもそんなことを言えば、この伯爵から不興を買い、この場で打ち首になりかねない。


 さりとて『とんでもない強敵でした』と言えば、それはそれで伯爵は不機嫌になる。

 自分の実力という物を持たぬ彼は、本当に強いものへ嫉妬を抱かずにいられない。

 そしてそもそも、山賊に堕した騎士団の裏切り者である。普通に考えて、褒めていいわけがない。


「とはいえ、その末路は惨めなものでございました。手下にしていた山賊からは見捨てられ、助けを求めるも振り返られることもなく……しょせん一人の犯罪者、才気の割には下らぬ最期でございました」

「そうだろうとも! 正道から脱落したものなど、どれだけ力があろうと無様に死ぬだけだ」


 げし、とボリック伯爵はぜい肉で丸くなった足で棺を蹴る。

 まさしく死体蹴りであった。


「力など、大して重要ではない。なあ、ガイカクよ」

「おっしゃる通りでございます、伯爵様。貴方様は自らの『手』で、正義を成したのですから……力の有無などささいです」

「いうではないか、お前のような怪しいものが私の手の者など……おこがましい」


 言葉でこそガイカクをバカにしているが、本気で怒っているわけではない。

 もしも怒っているのなら、こんな軽口は叩かないだろう。

 俺の部下になりたいの? 仕方ないな~、まあ夢ぐらいは見させてやるよ~~的なアレである。


「これはこれは、申し訳ありませぬ。それで伯爵様、報酬ですが……」

「うむ、うけとっておけ」


 それはもうどっさりと、金貨の袋をいくつも積んでやっていた。

 それを見たガイカクは、相変わらず顔も見えないようにしているのに、わざとらしいほど感動していた。


「おおお、伯爵様、こんなによろしいのですか?」

「無論だ……まあよく働いてくれているからな。それにしてもお前は、金が大好きだなあ……恥という物はないのか?」

「ええ、私は俗物ですので……金以外に欲しいものなどありませぬ」


 わかりやすい下衆ぶりに、伯爵は見下して笑う。

 見た目通りの卑しさに、滑稽ささえ感じるのだ。


「伯爵様、どうぞ今後も私をごひいきに……」

「うむ……まあ用事があれば呼んでやろう」


 ガイカクはどっさりとした金貨を、なんとか苦労しながら袋に詰めて、よろめきつつも去っていく。

 その姿を見送った伯爵は、大いに笑い始めた。


「は、はははは! 金が好きな割に、勘定のできん男だ! この死体を王家へ引き渡せば、その十倍ものカネが入るのになあ! 十分の一の報酬で満足するとは、さすがは大金に目のない俗世の阿呆よ!」


 実際、今回の仕事は重要だった。

 今回のことが明るみに出れば、それこそ王家の威信に傷がつく。

 それが明るみに出る前に対処され、なおかつ証拠の死体も納められる。

 これならば、さきほど渡した金貨の十倍はもらえるだろう。

 それを成した本人は、小銭で満足して帰っていったのだ。笑わずにいられない。


「とはいえ、これが世の習い……真に尊いのは、血筋であり職務。奴が一体どんな手口で悪を討ったのか知らんが……そのうまみは貴人の物よ」


 今後も体よく利用してやろう。

 伯爵はぜい肉を揺らして大いに笑っていた。



 ガイカクは裏口から城の外に出ると、そこに待っていたオーガの娘に金貨の袋を預けた。

 顔を隠していたフードをとって、意気揚々と歩きだす。

 その姿に対して、オーガの娘はなんとも複雑そうだった。


「親分~~いつまであのデブに従うんですか~~? 私嫌ですよ、あんなのの部下なんて~~」


 なんとも正直、もとい馬鹿な発言である。

 もしも誰かが聞いていれば、同意……あるいは不敬だと怒るだろう。

 特に本人に聞かれれば、殺される可能性もあった。


「おいおい、デブとか言うもんじゃねえぞ? かわいそうじゃねえか」

「でもねえ……エルフちゃんたちが一生懸命頑張ってまほー(・・・)を使ってるのに、あのデブが褒められているなんて……私嫌だなあ……」

「いいじゃねえか、それぐらいの見栄。かわいいもんさ、あの落ちぶれたエルフに比べればな」

「でもぉ……本当は報酬だって、もっとたくさんもらえるんじゃないですか?」

「お前はわかってねえなあ……」


 ガイカクは肩をすぼめて、露骨に呆れていた。


「じゃあお前、俺たちがあのエルフの死体をもって王家に行って、それで報酬をもらえると思うか?」

「……殺されると思います」

「なんだよ、わかってるじゃねえか。公布されてる賞金首ならいざ知らず、あんなヤバいネタ俺たちが関われる案件じゃねえよ。お高貴な生まれであらせられる、ボリック伯爵様だからこそ仕事を受けられるんだよ」


 隠したい相手のことなのに、どこの馬の骨とも知れぬ輩が死体を持ってきたら、それだけで不安になるだろう。

 国家側が一応殺しておくか、という気分になっても不思議ではない。


「でも……それでも中抜きって奴をされているんじゃ?」

「いいのいいの。赤字になるんならともかく、十分以上に黒字だしな。それに、金づる(・・・)様にはもっと太ってもらわないとこまる。パトロンを破産させたら、こっちも共倒れだろうが」


 今回の報酬は、何もしていない伯爵が9で、頑張りまくったガイカクたちが1という酷い割合である。

 だがそれは『今回の仕事』の話であって、今までの仕事を考えれば大幅にガイカクたちが潤っている。

 それに今までガイカクたちに払われた報酬も、元をただせば領地の金である。使い過ぎて破産されたら、ガイカクたちも路頭に迷うことになる。


「お互いシメシメって思いながらの関係って素敵じゃね?」

「……あの、親分。なんで親分は、自分の名前を売らないんですか? 親分は凄いまじゅつし(・・・・・)様じゃないですか」

「いつも言っているが、俺は魔導士だぞ。で、その疑問だが……いろいろ理由はあるが、俺のやっていることが完全に違法行為だからだ」


 そういって、にやりと笑うガイカク。


「お前たちが着ている培養骨肉強化鎧(フレッシュ・ゴーレム)も、エルフたちを動力源にしている複合魔力式砲塔(デモンタワー)も、魔導士の掟に反しまくっている」

「え、そうなんですか?」

「ああ……違法の理由もいろいろある。まず俺が作ったフレッシュ・ゴーレムは、培養した筋肉の上に毛皮を張り付けている。だが効率だけ考えれば、生きている人間やオーガの筋肉を……」

「ひ、ひいい!」

「な、怖いだろ? 技術的に可能だから、禁止されているのさ。それにデモンタワーも、俺の場合は魔力を使い切ったエルフたちに回復用の薬を飲ませているが……やろうと思えば人間やエルフを縛り付けて『弾』にして、そのまま放置して使い捨てることもできる。むしろ薬のコストを考えれば、そっちの方が簡単だ」


 怖い話を聞かされて、オーガの乙女は震えあがった。

 どう考えても、猟奇的にしかならない。


「俺は兵器開発が生きがいではあるし、実戦投入して成果を調べるのも好きだが……そんな未来が来てほしいわけでもない。だから今ぐらいがちょうどいいのさ、わかってくれたなら行くぞ」

「……あの、正直あんまり行きたくないんですよね。あそこにはいい思い出が無くて……」

「ははは! あそこが好きな奴なんてそうそういねぇよ」


 この世には、倫理にもとるという理由で、法律上禁止されていることがある。

 だがしかし、合法とされていることの中にも、倫理に反することはある。


 奴隷やそれを売る場所など、その最たる例であろう。



 奴隷制度。

 それの是非については、慎重な議論が必要だ。

 そもそも『奴隷』という身分自体が、国や地域ごとによって扱いが異なる。

 ひとくくりにして議論をするのは、余りいいことではない。


 とはいえ、奴隷からすれば『奴隷になってよかった』などと思うことはないだろう。

 社会の不都合を引き受けることになった彼ら彼女らは、奴隷でなければと身分を呪って生きていくのだ。


 そして……たいていの場合、奴隷となった者に価値はない。

 身を立てる技術や能力があるのなら、普通に雇って働かせるだろう。

 それができない者たちが、奴隷に落とされてしまうのだ。


「はあ……活気がありますねえ」

「まあ嫌な活気ではあるな」


 伯爵領地に公然と存在する、奴隷市場。

 ここは複数の奴隷商人が連合を組んで領主から借りている土地であり、そこには多くの人身売買が行われている。

 人間はもちろんのこと、オーガやゴブリン、ハーピーに人魚。様々な種族がここで展示されており、希望者たちへ売られるのだ。


 中小の奴隷商人は小さめのテントをいくつも並べている程度だが、『大企業』ともなればオペラ劇場のようなオークション会場を持っていたりもする。

 なんとも悪質な、公共市場と言えるだろう。


 ある意味当たり前だが、一般人が見に来るような場所ではない。

 善良な市民たちは『こんな施設が近くにあるなんて』とまゆをひそめており、子供たちを決して近づけることはない。

 それこそ、近づいたら浚われて働かせて、家に帰れなくなりますよと言って教えるのだ。


「長居が嫌なら、さっさと用件を終わらせるぞ」

「はい……」


 そして、ガイカクと一緒のオーガもまた、ここでガイカクに購入された身である。

 ここに長くいたら、浚われてしまうのではないかと怖くなるのだ。

 ならば彼女をここに連れてくるべきではないと思うが、そもそもガイカクの配下は全員ここから買われた身である。


「で、いつものところですか?」

「ああ、行きつけだ。笑えるだろう、行きつけの奴隷商人なんてな」


 非合法の魔導士が領主から得た報酬で、公共市場で奴隷を合法的に購入する。

 なんとも、なんとも嫌な話であった。


「……行きたくないなあ」

「俺がさらわれたらどうしてくれるんだ、ついてこい」


 そして、ガイカクの行く店は一つだけである。

 本人も言うように、一種の行きつけであった。

 相手側からすれば、お得意様である。


 テントの中に、大勢の押し込められた大きな檻が一つ。

 なんとも雑な管理をしている、奴隷の中でも底辺層の店であった。


「よう店主、景気はどうだい」

「ははは! これはこれは、貴方様ですか……お待ちしておりましたよ、もう! 貴方だけですよ、うちで何度も買ってくださるのは!」

「それを客全員に言っているんだろう?」

「またまた……閑古鳥が鳴いています。見てくださいよ、貴方しかお客がいない!」


 そして、その店主もまた奴隷寸前、という男だった。

 とてもやせており、服もぼろぼろ。はっきり言って、奴隷と言われてもわかるほどであった。


「そうかそうか……正直アンタのところがつぶれたら困るなあ。他の店を探す手間がかかる」

「そうなら買っていってください……正直このままだと、奴隷どころか私の食事代も出せない!」

(転職すればいいのに……)


 奴隷商人がやっていると考えなければ、軽妙な商売トークであった。

 飼われているオーガからすれば、どっちも大悪党で、悪行の真っ最中である。

 なのに、野菜でも買いに来たかのような雰囲気であった。


「で、今日のおすすめは?」

「ダークエルフですね、お好みのようにお安いですよ」


 一つしかない檻の中にいる、なんとも哀れな姿の娘たち。

 黒い肌のエルフという姿の、そのままダークエルフであった。

 そして、全員女性である。


 ある意味当たり前だが、『夜』関係の仕事を抜きにすれば、男子の方が奴隷の価値がある。

 なにせ奴隷の用途と言えば、基本的に肉体労働。体力があるものが好まれるのは、当たり前のことだった。

 そしてダークエルフの女子と言えば、それこそ『値段がつかない』ほどに安物である。


「へえ……」

「一応説明しておきますがね……ダークエルフはエルフと違って、魔力が多いなんてことはないんです。まあ人並みにはあるそうですが、奴らの得意分野は俊敏性と目や耳の良さだとか……」

「おいおい、商品に対して情報が乏しいなあ」

「何分、檻の中にいるところしか見たことがないんで」


 オーガの彼女は、そんなダークエルフたちを見て憐れんでいた。

 十人ほどの娘たちは、誰もが希望のない目をしている。

 きっと彼女たちは誰かにさらわれたとかではなく、家族に売られたのだ。

 それも、役にたたないからという理由で。


「いいぜ、全員買おう」

「へい、毎度アリ!」


 言い値での購入であり、余り上手な買い物とは言えなかった。

 だがしかし、十人のダークエルフの代金は、それでも大いに安かった。

 おそらく他の店に行って買い物をしようとすれば、一人だって買えないだろう。

 自分もそうだったと思いながら、オーガは溜息を吐いた。 


「あとですねえ……これはおすすめじゃないんですが……。獣人の子供が十人ほど……」

「おすすめじゃない?」

「へい……どうにも全員反抗的でして」


 獣人といえば、手足が深い毛におおわれている、頭に獣の耳を持つ種族である。

 オーガと同様に優れた身体能力があり、魔力に乏しい性質を持つ。

 ただオーガの場合は力に秀でており、獣人はスピードに優れている。

 とはいえ持久力はそこまででもないので、はっきり言って単純な労働力としてはオーガの方が上である。

 それでも役に立ちそうだが、従順ならの話だ。


「部族同士の抗争で負けた一族らしくて、勝った側が人間に売ったらしいんですが……いうことを聞きやしねえんで、ここまで流れて来たってわけで」

「それを客に売るのか?」

「だから、おすすめじゃないんですって。お安くしますし、助けると思って買ってくれませんかねえ」


 改めて檻の中を見れば、なかなか骨のありそうな、毛深い子供がこちらをにらんでいる。

 その姿を見て、ガイカクはしばらく考えた。


「まあ、アリかもな」

「本当ですかい、お客様?!」

「ちょうどやる気のあるやつが欲しかったんだ。適正価格で買ってやろう」

「ありがてぇ……」

「どうせ安くする気もなかったくせに」

「こっちは貧乏なんで……てへ」


 あらためて、ガイカクはダークエルフと獣人を見る。

 飾りのない、自信満々の笑みだった。


「俺はガイカク・ヒクメ、魔導士だ」


 選択の自由を持たない奴隷にとっての希望は、良き主に恵まれることだけだ。

 果たして良き主なのかどうなのかはわからないが、少なくとも普通ではないと感じるには十分だった。

次回は18:00投稿です

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