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ドワーフのうっぷん

 ガイカク・ヒクメはその才覚を発揮して、山賊退治を二日で終わらせた。

 その結果彼には多大な時間が与えられ、その間部下を拠点開発に回すことができていた。


 人間とオーガが全面協力し、残る種族の住居を建築。

 これによって各種族は快適な住居とプライベートエリアを獲得し、労働への意欲と忠誠心が増した(データ的には)。

 まあ新築の住居で個室をもらえれば、そりゃあやる気も出るだろう。

 なんか機械的に「これでやる気出るだろ」感を押し付けられている気もするが、まあ実際上がっていた。


 だがそれぐらいで意気が上がらない者たちがいる。

 ドワーフであった。


 彼女たちはひたすら奴隷労働を、全体像の見えない新兵器の部品を作る作業に従事させられる一方で、オーガたちが新型のフレッシュ・ゴーレムを着用して訓練を積むところも見ていた。


「いいね、新型! 最高! 全然暑くない! 試験品が思ったほどじゃなかったから、もっと改良したって言ってたけど……凄いね!」

「今までは一番外側は毛皮だったけど、これからはリゾートリザードっていうワニの皮を使うんだって! なんかよくわかんないけど、保水力だとか気化熱だとかで涼しくなるんだって!」

「内側にはバブバブバオバブで、熱吸収。外側にはリゾートリザードで、熱放出……なんかそんな感じだって!」

「できるんならもっと早くしろよ、クソがっ!」


 底辺の実力しかないオーガたちが、並のオーガの力を得て、盾や武器を手に試合をしている。

 その雄々しい姿、オーガらしい姿、戦士らしい姿に嫉妬を禁じえなかった。


 対する自分たちは、よくわからん部品を作るだけ。

 正直に言って、不満はたまっていた。


 ちょっといい家をもらったぐらいでは、とてもではないが我慢できない。そもそも自作だし。

 彼女たち二十人は相談し……一人の代表を選んで、ガイカクの元へ送り込んだのだった。



 ガイカクは今日も元気に実験をしていた。

 ついに小型の車両(ゴブリンが乗れる程度の大きさの玩具)へ、培養心臓を含めた動力機構を搭載させ、自走させることに成功した。

 それこそただ自走するだけの、まっすぐ進むこともままならない、すぐ倒れて壊れるような代物ではあった。ゼンマイ仕掛けのおもちゃとどっこいどっこいの、程度の低い代物であった。


 だがそれは、ガイカクにとってどうでもいいことである。

 このオモチャで実験したかったのは、『動力機構を搭載して自走すること』だけである。

 栄養(ねんりょう)タンクを含めて車両に搭載できるようにして、それで走ったのだから十分成功だ。

 まっすぐ走らせるのは操舵手(うんてんしゅ)に任せればいいし、安定性についてはまた別の配慮をすればいい。


 とりあえず最大の問題だった『動力機構の重さ』を『動力機構の出力』が上回るかどうか、が解決したのだ。

 もちろん大きくなればその分重量も増していくが、計算上十分なはずである。


「いやあ……さすが俺の作った心臓(エンジン)だ! 思った以上に血圧(しゅつりょく)が出せて嬉しい限りだ! ドワーフに作らせた歯車やシャフトも強度十分……これで馬や牛のような外部動力に頼らない、内部動力車が出来上がる! 違法でなければ、人類史に刻めるレベルの大発明だ! ……ん?」


 夕飯を食べてさあ寝るか、というタイミングで自室に戻ろうとしたガイカク。

 誰もいないはずの部屋から、気配を感じた。いや、威圧感を覚えた。だが邪気や殺気は感じないので、彼は興味さえ覚えつつ部屋に入る。


 するとそこには、ほぼ裸で椅子に座っている、ドワーフの女がいた。


「よう、棟梁。待ってたぜ」

「……なるほど、抗議か」


 おそらくだが……ドワーフの男なら「おもしれえ、勝負だ!」とぶつかっていくだろう。

 だが普通の人間の男なら「え……いや、ちょっと」としり込みするに違いない。

 なにせ、人間の価値観だと、美醜以前に女性として見れない。

 すごく毛深くてムキムキの女の子、というのは相当難しいところだ。


 なお、それを言った場合、ドワーフの女はすごく怒る。

 オーガほどではないにしても、人間よりも屈強なドワーフである。

 それこそ相手の骨をへし折ったり、『男』をぶっ壊したりもする。

 これは有名な話であり、多くの事例が報告されている。


「意外と穏当だな、不満があるなら即暴力かとも思ったが」


 そんなドワーフが、一人でここにいる。

 それに対してガイカクは『穏当』と表現した。


「そこまでじゃあない」


 やはりドワーフも、それなりに穏当だった。

 怒った顔はしているが、いきなり殴りかかるほどではなかった。


「実際んところ、前の職場よりも待遇はいいからねえ」

「そりゃそうだな」

「仕事の内容も、まあ……前とそんなに変わらない。アタシらに回ってくる仕事なんざ、たいそうなもんでもないしね」

「ははは、まあドワーフ同士だと優劣が出るよな」

「ただ……オーガの女どもが、自信満々ではつらつとしてるのが、気に食わねえ」


 ガイカクの職場環境は、かなりホワイトである。

 魔導士であり医学にも精通している彼は『結局普通に休憩させた方が効率がいい』と知っているので、彼女たちの健康を害さない範囲でしか仕事をさせていない。

 もちろん戦場に立つときはそれなりのリスクを背負っているのだが、それはそれで充実につながっている。


「あいつら……めちゃくちゃ楽しそうで、自慢げなんだよ……」


 苛立たしそうでいて、嫉妬を押し殺しているようでもあった。

 あるいは、理不尽への嘆きをこらえているようでもある。


「あんな奴らをみればさあ、アタシらも期待をしちまう。実際それを狙ってるだろう」

「まあ、な」

「そういうところが、気に入らねえんだ」


 領地経営系のシミュレーションでは、質のいい住居があり料理の種類が多く睡眠時間が十分だと、住民に士気や忠誠心のボーナスが入る。その分効率的に労働や戦闘をしてくれる。

 まあ実際、そうなれば大抵の人はやる気を出すだろう。少なくとも、雇用主へ反発して暴動を起こす、ということはない。


 それはこの状況でも機能していた。

 本当にドワーフが怒れば、なにもかもを投げ出して暴れているはずである。

 そうなっていないということは、ガイカクの待遇は成功しているということだ。


 が、それはそれとして、不満点は口にする。


「アンタ、肝心なことをアタシらに隠してやがる。それで一喜一憂しているアタシらを見て笑ってやがる。驚かせたい? アタシらは一応チームだろうが!」

「ううむ、一理ある。確かに誠実性に欠けるなあ」


 それでもガイカクは笑っていた。


「だがな、これは俺の性分だ。変える気はねえよ」

「ああそうかい、まあここまできたからにゃあ、アタシもすんなり帰る気はねえさ!」


 そのガイカクに彼女は組み付き、そのままベッドに運んで倒した。


「さあて、獣人やらオーガやら、エルフやらゴブリンやら……いろいろな女を相手に好き放題している自慢の男が……ドワーフ一人に負けて、それを言えるかねえ? 威厳を保てるかねえ?」

「俺をベッドで負かせて、弱みにしようかってか?」

「薬抜きでどこまでやれるか……さあ男前ぶりを見せてもらおうか!!」


 ずっしりと重い体重で、のしかかってくるドワーフ。

 その彼女に対して、ガイカクは……。


「しょうがねえなあ」


 一対一の決闘を受けたのだった。



 翌朝。

 ガイカクは普通に目を覚まして、朝の体操をしていた。

 一方でドワーフは、毛布にくるまっていた。


「なんで一対一なら勝てると思ったんだ、お前」

「いや……まあ……おう」

「悪いが俺は、ドワーフの体については骨の数から筋肉の密度から、味蕾の数まで把握しているんだ。一対一なら負ける要素がねえ」


 呆れているガイカクと、屈辱に震えているドワーフ。

 雌雄を決する戦いは、ガイカクの圧勝だったようである。


「負けたんだからグダグダ言うのはナシだぜ」

「おう……わかった、アンタに従う……」


 当たり前だが……。

 夜の戦いで負けたら相手に惚れる、というのは幻想か、あるいは妄想に過ぎない。

 ガイカクがいかに圧倒したとはいえ、ドワーフは彼に惚れてなどいない。


 彼女が彼に従うと決めたのは、自分が勝負を吹っ掛けたのに、完敗して文句を言うのはダサすぎるからだった。

 そのあたり、ドワーフらしいと言える。


「安心しろ、開発は順調だ。次の任務が来るまでには、訓練を含めて実戦投入できるだろうよ」

「わかった……信じる」



 さて、その後しばらくしてのことである。



 国内にある、牧草地帯。

 酪農が盛んにおこなわれているこの地域には、当然多くの牛や馬、羊などが飼われている。

 なだらかなこの地帯は見晴らしもよく、風を遮るものもなく、開放的で気分のいいところであろう。

 

 もちろん暮らしている人間からすれば当たり前の光景で、特に楽しいこともない退屈な地域なのだろうが……。

 それでも、過酷とは程遠い土地。人々は家畜とともに、牧歌的な暮らしをしていた。


 とある羊飼いの青年も、その一人だった。

 地球の先進国ではまだ学校に通う年齢の子供だが、この世界においては立派な大人である。

 彼は親と共に羊飼いの仕事をし、日々の糧を得ていた。

 実に善良で、実に健全で、実に模範的な若者だった。


 彼は今日も相棒の牧羊犬とともに羊の世話をしていた。

 まともに学校へ通っていない彼だが、羊の数だけは数えられる。一頭も見失うまいと、その眼を皿のようにしていた。


 彼の師匠でもある父は、よく言っていた。

 この仕事で大事なのは、几帳面であることだと。

 毎日同じ仕事の繰り返しだからこそ、惰性になりかける。

 それゆえに、毎日同じことをしていても、失敗してしまうのだと。


 その教えを生真面目に守る若者は、だからこそ気付かなかった。

 自分の羊たちが耳を立てるその時まで、異変に気付かなかった。


「……な、なんだ?」


 彼はそこでようやく、音の接近に気付いた。

 どこどこという、恐ろしい足音。

 それがどんどん接近してくる。


「あ、ああああ!」


 彼は父から昔聞いた話を思い出した。

 大昔、おじいさんの代に……。

 この地帯に、とても強い賊が現れたと。

 そいつらは人間の賊ではなく……。



「ケンタウロスだあああああああ!」



 彼は絶叫し、羊と共に逃げようとする。

 しかし悲しいかな、既に相手に捕捉されていた。


 邪悪に笑う、恐るべき半人半馬の怪物たち。

 彼らはその見た目に反さぬ健脚であっという間に羊の群れに突入し、その剛腕で軽々と羊を抱えていく。


「ははは! こりゃあいい! つかみ取り放題だ!」

「や、やめろよ! やめろよ~~!!」

「はっ、こんなにいるんだからいいだろうがよおおお!」


 ふざけた調子で、ケンタウロスたちは小ばかにする。

 自分たちに比べれば圧倒的にのろまな人間に舌を見せ、そのまま悠々と、暴れる羊を抱えて去っていく。

 その数は、二十人ほどだろう。

 彼らが一頭や二頭抱えて去っていったところで、まだまだ羊は多くいる。

 しかしこの羊は、この若者と家族にとって全財産なのだ。その幾割かをかくもあっさり盗まれては、彼の未来はとても暗い。


「ふざけ……!!」


 必然的に、彼は敵の背を目で追った。

 そしてそこで、見てしまったのだ。

 逆にこちらをにらむ、恐ろしい敵の姿を。


「ふん」


 ありとあらゆる意味で、こちらを見下してくるケンタウロスの大男、つまりはエリート。

 その眼光に射すくめられ、若者は悲鳴を上げて、残った羊と共に逃げていく。


「命があるだけ、ありがたいと思うことだな」


 ケンタウロスのエリートにして、この盗賊の頭、サジッタ。彼はそう吐き捨てると、仲間とともに羊を抱えて逃げていく。


 もちろん若者は、ケンタウロスの賊が現れたと、すぐさまに親や近隣の者へ叫んだ。

 彼らは現地へ向かい、その蹄の跡を見て、本当だと理解する。

 その報告は、領主へ届くのだが……。


「無理だ……逃げ回られては、普通の兵では追えない。待ち構えるしかないが……それでもエリートが混じっていればそれまでだ」


 草原地帯において、ケンタウロスは無類の強さを発揮する。

 圧倒的な機動力を誇る彼らは、草原における頂点と言っていい。



「おそらく、奴らはまたくる……騎士団に依頼せねば!」

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