ドワーフ用新兵器開発開始
被害を直接受けた領民は、高い補償金をもらって『得』。
風評被害を受けていた領主たちは、その汚名をぬぐえて『得』。
ガイカクは一日で問題を解決できて、功績となって『得』。
山賊が全部の損を請け負うことで成立した、三方一両の得という結末を、ガイカクは総騎士団長へ報告した。
それを受け取ったティストリアは、配下であるウェズンと共にそれを確認している。
「任務は成功したようですね、素晴らしいことです。彼以外に任せていれば、この十倍は時間がかかったでしょう」
「……そうですな」
さらっと他の騎士団をバカにするようなことを言ったティストリアだが、ウェズンをして認めざるを得ない。
なんせ二日で全員捕縛である。
どこにいるのかもわからない山賊十五人を全員逮捕するなど、それこそ二十日でも早い方だ。
「しかしこうなると、アルヘナ伯爵が事件に関与していたことはほぼ確定ですね。彼が山賊の隠れた場所を把握しており、それをガイカク卿へ教えていなければ……こうもあっさりとは」
「それを含めて、彼の実力です。どうやったのかはわかりませんが、彼はこの手の任務に適性が高いようですね。他の騎士団を煩わせないためにも、今後も彼へ優先して回しましょう」
すう、と。
ティストリアは、両伯爵が支払った補償金の額を撫でた。
その所作をみて、ウェズンは察する。
(釘は刺したようだな……)
ただ汚く終わらせただけなら、再発があり得る。
何なら、袖の下を期待して、自作自演さえありうる。
だが彼らは他でもない、自分の懐から出血サービスをした。
ものすごくわかりやすく、領民へお詫びをしている証拠だった。
彼らも懲りたようである。
「それで、次の任務は?」
「あまり押し付けすぎるのもよくないでしょう。それに彼の手際が『手品』によるものなら、準備は必要なはず」
「……そうですな、彼や配下にも時間は必要でしょう。少しの間は、他の騎士団に頑張ってもらいましょうか」
ガイカクは短い期間で、いくつもの任務を成していた。
それは簡単に解決しているようで、タネや仕掛けを消費していると二人は見ている。
実際その通りであり、あまりにも連続すると対応が間に合わない可能性が高かった。
前回は二十個のフレッシュ・ゴーレムをすべて使い潰し、今回も『そんなにたくさんはない酒』を消費している。また同じ依頼をしても『え、もうないっす』となるだろう。
「彼には英気を養っていただき、さらなる躍進を期待したいところですね」
「はっ、おっしゃる通りかと」
※
さて、ガイカクは任務にあたって、人間歩兵、獣人擲弾兵、ダークエルフ偵察兵を同行させた。
その結果、エルフ砲兵、オーガ重歩兵、ゴブリン工兵、ドワーフが残ることとなった。
与えられた拠点の発展は、彼女たちにゆだねられていた。
ガイカクは出発前にある程度の計画を伝えていたが、果たしてどれぐらい進んでいるのか。
戻ったガイカクたちを迎えたのは、完成している三つの建物であった。
「おおお! 俺の設計通り、三軒の宿舎が建っているな!」
「ああ、ご注文通り、ゴブリンとアタシたちドワーフ、それからオーガを優先して建てたよ」
「いやあ、ドワーフたちがいると楽できました~~!」
さすがはドワーフとオーガ、二種族が二十人ずつもいれば建築は楽勝である。
人間とはサイズの異なる種族の為に、建造された新築の宿舎。
しかしながら、オーガが少々大きいだけで、他の二軒もそこまで小さくはない。
「でもなあ、棟梁。なんでゴブリンとアタシたちの宿舎まで、結構大きくしておいたんだ?」
「お前たちが暮らすとしても、俺たちが入りにくいと面倒だろう? 天井の高さとかはオーガ基準にしてある」
「……まあ建てた後で大きくするのも難しいし、しょうがないか」
せっかくパーソナルスペースができたのに、他の種族も入ってくる可能性がある。
それはあまり愉快なことではないが、実務的には必要性も高いので仕方ない。
ドワーフたちは、不承不承納得した。
「旦那様! 旦那様! 私たちの家もできたんだよ!」
「後で見に来てね! 拾ったものとか、飾ってるんだ!」
「おうおう、内装は好きにしていいからな。ただし、汚くしすぎるなよ」
「うん!」
じゃれてくるゴブリンたちへ、ガイカクは子供と接するように丁寧だった。
特別バカというわけでもないゴブリンだが、精神年齢は高くないので扱いには気を使わなければならなかった。
「オーガはどうだ、狭くないか?」
「親分……いえまあ、狭くはないんですけど……やっぱりまだ内装が……」
「ドワーフたちもやりたがってるんですけど、先に残りの宿舎を建てないといけないんで……」
「まあそれはのんびり構えればいいさ、計画建てるのも楽しいだろ」
一方でオーガたちは、ちょっと残念そうに文句を言っている。
なんだかんだ言って自室は嬉しいようで、楽しい不満を言いたいだけのようだ。
「で、エルフ。お前たちの成果はどうだ」
「はい、先生。ご指示いただいていたものを、製造できました」
「正直、前の奴とどう違うのかはわからないんですが、指示通りのものができたと思います」
「よし、よくやった! 最終工程は俺がやるから、安心しておけ!」
力仕事、建築作業はドワーフやオーガが担当し、エルフたちはガイカクの補佐として魔導士見習いの仕事をしている。
ガイカクの留守中に、彼女たちは新しい違法兵器の試作機……に必要な部位を製造していたのだった。
「ちょうどいい! オーガ一人来てくれ! ちょっと確かめてもらう!」
「あ、はい……わかりました、親分」
ガイカクが呼んだのがオーガということで、エルフ以外の面々は『新兵器』がオーガ用だと理解する。
その新兵器が披露されるということで、一同は……特にドワーフは期待している様子だった。
およそ十分ほどで、フレッシュ・ゴーレムを装備したオーガと、得意満面なガイカクが現れた。
ぱっと見た限り、以前のフレッシュ・ゴーレムと大差がないように見える。
「これが新型フレッシュ・ゴーレム……耐熱仕様だ! 内部にバブバブバオバブの樹肉を仕込んだことで熱の蓄積を遅らせることができている! これによって、搭乗者とフレッシュ・ゴーレムそのものの稼働時間を大幅に上げられる……はずだ!」
「はずっていうか……いえ、本当に、ずいぶん涼しくなってますよ? 凄いですよ、親分!」
「課題は解決しないとな!」
バブバブバオバブ。
サバンナ地帯で自生している、非常に幹の太い樹木である。
この地域は夜が寒く、昼は熱いという性質を持っているのだが、この樹の幹は昼に熱を吸収し、夜に放出するという性質を持っている。
この幹は樹肉……アロエやサボテンのように水分を多く含んでおり、それをガイカクはこのフレッシュゴーレムに仕込んだのである。
吸収できる熱には限度があるが、それでもないよりはずいぶんマシなはずだった。
「筋肉は熱を生み、その熱で自らのたんぱく質が破壊されてしまう。フレッシュ・ゴーレムそのものの筋肉も駄目になるし、着ているオーガたちも放熱ができなくてすぐにばてる。今までは対症療法的に、水分や塩分を多めに摂取させてきたが、結局フレッシュ・ゴーレムのほうはどうにもならないしな」
極端に熱がこもると、肉体のパフォーマンスを著しく下げる。
我慢すればいいとか、塩分水分補給をすればいい、という単純な問題ではない。
頭も回らなくなるし、運動能力も下がってしまう。
仮に薬で熱を感じないようにしても、なんのごまかしも効かないのだ。
「お前がこれを着て、しばらく運動してみてくれ。終わったら温度を確認するから、それまでは水分塩分の補給は駄目だぞ」
「は~~い! 活動テストですね~~!」
オーガの中では落ちこぼれに当たる彼女だが、それでも人間の倍は力がある。
フレッシュ・ゴーレムの着用によって五倍まで上がるわけだが、その分肉体からの発熱量も多い。
それをバブバブバオバブでどこまで吸収できるのか、どれだけ活動時間が伸ばせるのか。
ガイカクは研究者の目で、彼女の動きを見ていた。
「……なあ棟梁」
「なんだ、どうした」
「ああ、そのなんだ……あいつらオーガは、アレを着て戦場に出てるんだよな?」
「ああ」
「軽く聞いたところだと、あの外付け筋肉に薬をぶち込んで、ちょっとの間はエリート様並に強くなれるとか……」
「ああ、それがどうかしたか?」
「アタシたちも、期待していいんだよな?」
オーガは
エルフは
獣人は
人間の歩兵は人数が多いのでちょっといい武器防具を外注しているだけだし、ダークエルフやゴブリンは非戦闘員なのでさほど気の利いたものはない。
その上で、ドワーフはいったい何を支給されるのかと言ったら……。
やはり接近戦で活躍できる、フレッシュ・ゴーレムであろう。
「アタシたちも、アレ着て戦うんだよな?」
「え?」
「え?」
ガイカクは、むしろ戸惑っていた。
この時ドワーフは彼を見上げ、ガイカクは彼女たちを見下ろしていたわけだが……。
それはただ姿勢の話であって、深い意味はない。
だがそれが、次の言葉で悪い意味を持った。
「お前たちの手足の長さだと、なんの意味もないぞ?」
「はあ?! ふざけんな!」
ガイカクに悪気はないが、ドワーフたちは怒った。
その言い方は、彼女たちとしてはとても傷つくのである。
「いやだって、考えてみろよ。お前たちってただでさえ関節の可動域が狭いんだぞ? この上あんなの着たら、それこそ動けなくなる」
オーガもドワーフも、共に屈強な体を持っている。
その最大の違いは、体の大きさ、手足の長さだろう。
それこそ真逆と言っていい。
「この間、薬で筋肉を強化した人間の男たちと戦ったが……ありゃあひどいもんだった。お前たちはそれより酷くなるぞ」
「うぐぐぐぐ!」
ガイカクはそれこそ嫌味がない。
生物学的な特徴を述べているだけで、バカにしているわけではないのだ。
「それじゃあ私たちは、工兵一択なのか?!」
「一応でも騎士になったのに?!」
「家建てて武器作って、オーガの支援ってわけかよ!」
「いやいや、お前たちにも前線で戦う役目はあるから安心しろって」
意味ありげに、彼はにやりと笑った。
「最新違法兵器は、既に俺の脳内にある! あとは研究して開発して実験して戦場に投入して検証して実用化するだけだ! ダメだったらその時は新しいのを考えるだけだ!」
「……ぜんぜん、あとは、じゃないが、まあ安心しとく」
色々言いたいことはあるが、いきなり完成品を作って戦場で失敗するよりは良かった。
「まあそれだけ画期的な兵器ってことだ、まずは基礎研究をしないとなんもできん」
「で、それまでアタシたちは建築ってわけかい……はあ」
「いや、それは人間に任せる。これから君たちには……もっと地道でちっとも面白くない仕事が待っているのだ! わはははははは!」
大いにガイカクは笑った。
彼の脳内には完成図があるのだが、それまでの苦難を想像すると笑うしかない。
「ひたすら歯車と車軸を作るんだ!」
「……なんだ、水車でも作るのか」
「八十点!」
(だいたいあってるのか……)
※
さて、ガイカクである。
現在彼は、楽しい楽しい基礎研究に没頭していた。
元からあった巨大な建物内部に作った研究施設で、いくつかの『心臓』を見ている。
透明な容器に入れられ、紫色の液体に浸されている、鼓動している生きた心臓。
ガイカクはそれの心拍数や血圧を計測し、こまかくメモを取っていた。
もちろん助手であるエルフたちも参加しているが、彼女たちは少々困惑していた。
「あの、先生。この『心臓』は何に使うんですか?」
「心臓に使う」
「……もうちょっとわかりやすく」
「見てからのお楽しみだ!」
エルフたちは困っていた。
なにせその心臓、とんでもなくデカい。
心臓と一口に言っても、生物の種類によって大きさは異なるし形も異なる。
もちろんそれは解剖学に精通しなければ、どれがどれかは見分けられない。
しかしエルフたちのような初心者が見てもわかるほど、デカかった。
こんなに心臓が大きかったら、他の臓器が体内に収まりきらないだろう。
「手足、臓器を作っているのはわかるんですよ。想像したくないですけど、怪我をしたらアレと交換するんですよね?」
「筋肉の培養もわかります、あれはフレッシュゴーレムに使いますから……」
「それで、この心臓も、そういうのに使うんですよね?」
「内緒だ!!」
目を輝かせているガイカク、その姿を見てエルフたちは思った。
(先生は、普通に手品師だと思う……)
人をびっくりさせるのが好きで、そのためには手間を惜しまない。
相手はおろか、仲間さえもびっくりさせようとする。
その姿勢は、まさに手品師であった。
「みんなびっくりするぞ~~!」
(こうやって脈動している心臓を見せたら、それだけでびっくりすると思う……)
驚かせたいわけではあるが、怖がらせたいわけではない、真面目なガイカクであった。
※
心臓。
それは血液を体内へ循環させる機能をもったポンプである。
とはいえ、一般に想像されるポンプとちがって、心臓から供給される血液の圧力が動力になるわけではない。
血液は栄養や酸素を運ぶ役割を持っており、実際の動力は筋肉などの細胞内部で生まれている。
心拍数を上げることで戦闘能力を上げる……というのは一種の幻想にすぎない。
しかし、心臓がポンプである、というのは事実である。
静脈から流れて来た血液に、圧力を加えて動脈側へ流す。
これが心臓の機能であり、ポンプ以外の何物でもない。
よって、まあ、ポンプとして使うこともできる。
「みろ、エルフたち! この回転している車軸、シャフトを! 実験は成功だ!」
「……あの、だからなんですか?」
「わからないのか?! 人工培養した心臓が内部の『水』に圧力をかけて送り出し、それを工業寒天の内部を通過して、その先にある水車を回転させ、その動力を車軸に伝えているんだぞ?!」
「……それは、まあ、ええ、見ればわかりますが」
「すごいだろ?! これが違法研究じゃなかったら、人類の歴史に刻んでいいぐらいだ!」
ガイカクは実験室内部で、動力の実験を行っていた。
培養した心臓をポンプとして、内部の水を送り出し、それをもって車軸を回転させているのである。
ちなみに工業寒天というのは、『弁天草』という海藻から作る透明な素材である。
最初は液体なのだが、型に流して冷やして固めれば、一定の強度と柔軟性を持った透明な容器となる。
それをもって透明なチューブを作り、わかりやすく模型にしているのだった。
「……いやまあ、水車ですよね?」
「そうだ!」
「心臓で水車を回しているんですよね?」
「まあそうだ!」
「これで、何をすると……」
ガイカクは大騒ぎしているが、エルフたちは冷ややかだった。
なにせ回っている車軸、シャフトが小さいのである。
動いている心臓もそこまで大きいものではなく、回っている水車も手に乗る程度の大きさで、車軸も揚げ物用の箸ぐらいの長さと太さである。
そして、その回転はしょぼかった。
「……これだから、初心者は嫌いなんだ。実験の意義が分かってない!」
「それはそうですけど、言ってくれないからわからないんですよ」
「逆に聞くがな、でっかいのを作って失敗したら、その時はどうするんだ。予算がとんでもないことになるだろうが、まったく……」
ガイカクの説明は、実にもっともだった。
「いいか、どんなに壮大な実験や建造も……まず小さい模型作りから始めるんだ。その方が試験回数もこなせるし、失敗した場合の事故も小さい。それに小さくでも精巧なら、完成した場合に期待できる数値も予測可能だ」
「……そういうものですか」
「ああ。実験とはな、成功するためのデータ作りであり……どうやったら失敗するか、を試すためでもある。これからこの心臓の血圧や脈拍を上げて、どこまでいったら壊れるか、シャフトの回転数はどうなるか、などを確かめるんだ」
「地味ですねえ……」
「研究ってのは、そういうもんだ。これを怠ると、スポンサーの前でびくとも動かなかったり、あるいは実戦に投入したら破損、なんてことになる」
違法魔導士のわりに、魔導については堅実なガイカク。
いやさ、天才魔導士なのだから、基本はしっかりしているのだろう。
魔導ほど『基礎』が重要なものはない。
「……その記録を手伝うのはいいんですが、具体的に何を作るんですか?」
「もう作っているだろう? 心臓とその動力を伝える機構だ」
「いや、それは……最終的にどんな兵器になるんですか」
エルフたちは、大いに困っていた。
自分たちの実験が、何に至るのか。
それがよくわからないのだ。
「……程度が低いな。実利や実用化でしか物が見れない奴は、俗物としか言いようがないが……まあそれは楽しさを知った後のことだしな」
ガイカクは、もったいぶった後話した。
「この機構を馬車に組み込んで、心臓の力で動かすんだよ」
ガイカクがドワーフに課す兵科。
それはこの世界初の、戦車兵であった。
「そう、奴らドワーフは、ドワーフ初の騎兵……動力騎兵になるのさ!」