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正義のショータイム

 アルヘナ伯爵の領地……その市街地である。

 住宅地の端にある、比較的人通りの少ない地帯にある、庭付き一軒家。

 一階建てながらもそれなりの広さを持つそこに、山賊一味が五人ほど潜伏していた。

 つまり、その家で暮らしていた。


 屈強な男たちが五人、出歩くこともなく同居している。

 はっきり言ってこの五人が辛い状態だが、仕方ないともいえる。

 この国の最精鋭である騎士団が来ているのだ、身を隠すほかない。

 彼ら五人は窮屈な思いに耐えつつ、騎士団が帰る日まで待つ構えだった。


「はあ……奇術騎士団、だったか? そいつら、いつ帰るんだろうなあ」

「騎士団も暇じゃねえだろ、何なら最初からちょっと来てそのまま帰るつもりだった、ってこともある」

「違いねえ、すげえしょっぱい悪事しかしてねえもんなあ」

「そもそも騎士団様が出張ってくるような話かねえ?」


 さて、この山賊たちである。

 彼らは雇われの山賊であり、はっきり言ってかなり適当に山賊をしていた。

 アルヘナ伯爵に雇われる前から悪党ではあったが、彼ら的には『ガチ勢』ではなかった。


 少なくとも彼らは、殺人はしなかった。

 恐喝も窃盗も器物損壊もしていたが、殺人をしていないのだからそこまで罪はないと思っていた。


 自分たちが荷物を奪ったせいや、あるいは怪我をさせたせいで、人生を台無しにされたり自殺した者はいるかもしれない。

 だが彼らはそれを知っても、『俺たちに悪戯をされたぐらいで死ぬんならそれまでだろう』などと思うに違いない。


 つまり彼らは、立派に悪党というわけだ。

 現に彼らは今も、悪だくみをしている。


「まあ、伯爵様も騎士団が出れば懲りるだろ。俺たちもお役御免だな」

「で、いくら引っ張れると思う? 伯爵様、けっこう儲けてるらしいしなあ」

「伯爵様からもらった金も、獲物から奪ったもんも、もう全部つかいはたしまったしな」

「俺たちは弱みそのもんなんだ、いくらでもせびれるだろうぜ」


 彼らは幸せだった。

 志を同じくする仲間がいて、保護してくれる上に金までくれる権力者がいる。

 これで何を恐れるのか、誰もが未来を明るく描いていた。


 だがしかし、幸せな未来を見ていると、足元が見えないものである。



 先日ドワーフと一緒に、獣人とダークエルフが十人ずつ追加された。

 すでに同種、しかも自分たちと同じ落ちこぼれがいたことで、彼女たちは少しだけ安心していた。

 なにせ先輩たちは結構健康そうだったのである。

 少なくとも飲食や睡眠に関しては、ケチられることがない。そう思っていたのだ。

 まあ、それは正解だった、正解だったのだが……。


 あれやこれやという間に騎士団本部近くに移動して、さらに怪しげな武器の使用方法をレクチャーされ、これを使って戦うんだぞ、とまで言われた。

 怪しげな宗教団体の先兵にされたのではないか、と彼女たちは畏れていた。

 実際、だいたいあっていた。


 その彼女たちも先輩たちと一緒に、山賊五人が潜伏しているという家の包囲に参加している。


(なんかすごいことになってる……)

(なんで明日食べるものもない奴隷商人のところから、いきなり騎士団に入れられてるんだろう……)


 自分たちをまとめ買いするなんて変な奴だなあ、とは思っていた。

 想像をはるかに超える変な奴だった。そして今の彼女たちは、その一員になっている。

 もちろん、心の準備なんてできてないわけで。


「いい、みんな。今のところは私たちだけでやるから、よく見ているのよ。次は貴方たちも参加して、三回目は貴方たちだけでやるのよ」


 山賊は三か所に分かれて潜伏しているというので、襲撃を三回繰り返すという。

 それを演習に利用するというのだが、新入り達は先輩の染まりぶりにドン引きするしかない。

 だが社会人になるとはそういうことなので、彼女たちも染まっていただきたい。でなければ役立たずである。


「はい……」


 彼女たちは底辺奴隷なので、従順だった。よかったのか悪かったのかで言えば、よかったのかもしれない。しかし、素晴らしいことではない。


「それじゃあ手はず通りに……」


 十人のダークエルフたちがこそこそと、大きなシートをもって庭を進んでいく。

 彼女たちはできるだけ足音を出さないようにしているが、それだけでは十人が歩く音を消すことはできない。

 彼女たちの靴は、軍用ゴム足袋(たび)であった。本当にそうとしか言いようのない、隠密性に優れた靴である。

 この靴を履いているうえで、できるだけ静かに進んでいることで、十人が歩いているとは思えない静かな接近が可能だった。


(私たちはドアの前で広げるよ)

(私たちは窓の前だね)


 彼女たちはできるだけ音をたてないように、そのシートを家の出入り口や、窓の外に置いていく。

 それこそ、家を出た者たちが、出た瞬間にそれを踏むように。

 それの設置を終えると、ダークエルフたちはこそこそと撤収してきた。


 それを見届けると、獣人たちが投擲物をつかんで前へ出た。


「みんな、訓練はしてきたはず。よく見ていなさい……奇術騎士団の戦い方を」


 底辺奴隷騎士団じゃないよ、奇術騎士団だよ。

 獣人たちは仮名を振り払うように、誇り高い顔をしていた。


「全員、投擲!」


 擲弾兵である獣人たちは、今回も『爆発物』を投げ込んでいた。

 だがしかし、今回は手りゅう弾、焙烙玉ではない。かといって、焼夷弾のような危険物でもない。

 もっと安全な、煙玉である。熱を出すことはなく、ただ煙が出るだけの代物。逃走の際に目くらましとして使うこともあるが、今回はちょっと違う。


「そろそろ、出てくるはず……」


 がしゃんがしゃんと、窓が割れて中へ煙玉が入っていく。

 当然煙玉はかなりの量の煙を室内にまき散らし、割れた窓からそれが溢れてきている。


 この煙に、さほどの毒性はない。

 しいて言えば、ちょっとせき込むぐらいだろう。

 だがそんなことは、内部にいる者にはわからないわけで……。


「け、煙?! なんだ、火事か?!」

「畜生、なんか外から投げ込まれてたぞ?!」

「俺たちを焼き殺す気か?!」


 恨まれていると自覚している山賊たちは、あわてて家を脱出しようとする。

 自分たちが長年暮らした家でもあるまいし、どこに出入り口があるのかもわからない。

 煙の中を右往左往して、壁にぶつかりもつれながらも……。

 彼らは、何とか家を脱出した。

 新鮮な空気のある方へ飛び出た彼ら、その一歩目で踏んだのは……。


 粘着性のシートだった。


「あ、ああああ?!」


 見事にずっこけた彼らは、そのままシートにへばりついていた。それこそ、ネズミのように。

 全身がべっとりと粘着シートにくっついた彼らは、何事かわからぬままもがく。

 そりゃそうだ、潜伏していたところが火事になったと思って逃げ出そうとしたら、いきなりネズミ捕りにかかったのだから。

 なまじ体がほとんど痛くないせいで、どんどんもがいてドツボにはまっていく。


「な、なんだ、てめえら?!」

「くそ、こりゃあいったい……?!」

「トリモチか?! くそ、人間様につかうもんじゃねえぞ!!」


「族長特製、軍用粘着シート……一般的な人間の男ならこれだけで無力化できるな」

「御殿様が持たせてくれたものですからね。立って踏んだだけならともかく、転がって寝そべってしまえばどうしようもない」


 倒れてる山賊たちに、ダークエルフや獣人の先輩たちが近づいていく。

 彼女たちの手には、縄やさるぐつわがあった。


「だ、ダークエルフに獣人か?! わけのわからねえ道具を使いやがって、家に火を投げ入れたのもお前たちだな……」

「いいか?! 俺たちは人間だ、エルフほどじゃないが魔術が使える! この姿勢からでもお前たちを吹き飛ばせるぞ!!」

「命が惜しいなら、とっとと逃げるんだな!!」


 シートに顔まで貼りついて、それでも虚勢を張る五人の山賊たち。

 何とか脱出の時間を稼ごうとする彼らだが、彼女たちにそれは通じない。


「獣人だからといって、魔術に無知だと思われては困るな。一人前の魔術師ならともかく、魔術をかじっているだけの人間では、地面に転がった状態で魔術など使えない」

「御殿様がそうおっしゃっていたので、そういうことなんでしょうね」


「……!」


 さて、人間は覚えが良く、魔術も体術もつかえる。

 だが魔術師、という職業があることも事実だ。


 これは雑に言うと、英語の初心者と英会話ができる人、ぐらいの差がある。

 初級魔術を使えるだけの人間は、呪文や魔法陣の意味もよくわからぬまま丸暗記して、それをそのまま使っているだけだ。

 だからこそ『手の先から出る、まっすぐ飛ぶ、弾』という呪文を覚えているが、その応用として『頭の上から出る、まっすぐ飛ぶ、弾』とかができないのだ。

 よって、ちょっとかじっている相手なら、腕を縛るだけで無力化できる。


 そして仮に魔術師が相手でも、無力化する方法はある。


「さ、口を縛るぞ」


「や、やめ、ふごおおおお!」


 口に布でも噛ませて、ちゃんと発音できないようにする。

 ただそれだけでも、魔術は使えなくなるのだ。

 魔術の仕組みを知っていれば、あるいは教わっていれば、対策など簡単である。


「さあみんな、ちゃんと見ていた? 次は私たちも協力するけど、貴方たちもやるんだよ!」

「大丈夫! 御殿様とエルフの砲兵隊が作ってくれた武器があれば、こんな奴ら一ひねりだから!」


「……が、がんばります」


 その手際を見ていた新入り達は、本当に自分たちでもできそうな作戦を見て、一周回ってぞっとしていた。

 こんな簡単に、人間五人を拘束できるものなのか、と。


 非殺傷の兵器(・・)、その恐ろしさを痛感していた。



 さて、アルヘナ伯爵領を訪れた奇術騎士団である。

 如何にも正体不明を装う集団が、領民たちを町の中心部に集めて、スピーチをしていた。


「アルヘナ伯爵領の、善良なる市民諸君! 私が……そう、私が! あのお美しく聡明で勇猛な、総騎士団長ティストリア様から推薦を受けて騎士団長となった……奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメにございます!」


 本当に騎士団長なのだが、全力でうさん臭かった。

 善良なる市民たちの脳内では、警戒心が警報を鳴らしていた。


「この度は善良なる市民の皆様からの熱い民意にお応えして、この私が馳せ参じた次第! 皆様の安寧のため、粉骨砕身の覚悟で山賊討伐に乗り出すことをお約束いたしましょう!」


 確かに市民たちが騎士団へ依頼を上げたのだが、それさえも疑ってしまうほどだった。

 市民たちの中には無学な者もいるが、それでもわかるほど胡散臭い。


「では善良なる市民の皆さま! こちらの檻をご覧ください!」


 ガイカクが袖で隠されたままの腕で示したのは、大きな檻だった。

 それこそ二十人ぐらい入りそうな、大きめの、木製の檻である。

 屋外に置かれているので、とても目立っている。


「この私が! ティストリア様からヘッドハンティングされるほど優秀で有能なこの私が! 皆様の安全を脅かした山賊たちを全員この檻にぶち込み! 皆様の前に晒上げることをお約束します!」


 なんとも大言だった。

 まあ騎士団なのだから、それぐらいしてくれないと困る。

 むしろそういう期待をされているのが、騎士団という組織なのだ。


「では! 幕をかけます!」


 なぜかその木の檻に、ばさっと布が被せられた。

 まるで手品でも始まりそうな演出である。


「3,2,1!」


 ばさあああ、と、ガイカクはその布をはいでいた。

 すると木製の檻の中に、十五人の、簀巻きにされた男たちが現れていたのである。


「?!」

「は、この通り! 宣言を守るのが、この私、ガイカク・ヒクメにございます!」


 あまりにも唐突に『犯人』をお出しされたことで、領民たちは驚愕して何も言えなくなった。


 もちろん、檻の中に人が出現する、という手品はそこそこに有名である。

 二枚底になっていて、そこから出てきた。

 布を被せる時に、横から突っ込んだ。

 などなど、様々なトリックが考えられる。


 だがこの場合、どうやって人間の中に入れたのかは、さほど重要ではない。

 昨日この領地に着いたばかりの男が、なぜ犯人たちを捕まえられたのか。

 いやそもそも、本当に犯人なのか。


 疑う領民たちは、その檻へ近づく。


「……こ、こいつだ! 私の馬車を奪ったのは、この男だ! 間違いない!」

「あ、ああ! そうだ! 私はこの男に殴られて、骨を折られたのだ!」

「間違いない、夢に見た顔だ!!!」


 その領民たちの中には、山賊の被害者も混じっていた。

 彼らは口をそろえて、自分たちを襲った山賊だと証言する。


 つまりガイカクは、本当に即日で山賊たちを全員捕まえて見せたのだ。

 こうなると、証言をしている者たちの方が現実を疑う。

 一体この男は、何をどうやったというのか。


「へ、へへへ……な、何が奇術騎士団だ! これはお笑いだぜ!」


 それに対して回答を示したのは、他でもない捕らえられた山賊たちだった。

 町の中に潜伏していた彼らは、自分たちの居場所を知っていた……否、用意した男を知っている。

 彼がガイカクに全面協力をしたのなら、この捕り物は簡単に説明がつく。


「お前! ここの領主、アルヘナ伯爵と取引をしたな?!」

「町でも噂になっていただろ? アルヘナ伯爵が山賊を保護していたってなあ!」

「アレは本当だ! 俺たちはアルヘナ伯爵に命じられて、お隣のワサト伯爵様へ嫌がらせをしていたんだよ!」

「俺たちの居場所を知っていたのは、アルへナ伯爵だけだ! その伯爵が俺たちを切り捨てただけのことを、自分の手柄のように語りやがって!!」


 山賊たちの言葉には、信ぴょう性があった。

 実際真実なのだから、そりゃあ齟齬はない。

 だがしかし、ガイカクはそれを聞いていても、まったく気にしていなかった。


(別にこのままでも、俺はそこまで困らねえ。それに……もうすぐ、ド本命がくる)


 さるぐつわを軽くかまされて、少し発音がおかしくなっている山賊たち。

 その罵詈雑言を切り裂くように、二人の男が現れた。


「やれやれ、我らの噂が山賊にまで届いているとはな」

「訂正するのも馬鹿馬鹿しい話でしたが、騎士団長殿にまでご迷惑をかけるとあらば、否定しなければなりますまい」


 その二人の登場に、山賊も、領民たちも恐れおののく。

 ここの領主アルヘナ伯爵と、隣の領主ワサト伯爵だった。

 二人が並び立って現れたことで、場は一気に切り替わる。


「私とワサト伯爵の不仲は、たしかに噂になっていた。それを軸にして私や団長殿を陥れようとしたのだろうが、私たち自らが否定しよう。この通り、我らの友情は変わっていない」

「アルヘナ伯爵が私へ嫌がらせなど、ありえないことだ。この方がそんなことをしないと、私が誰よりも知っている」


 実に政治家であった。

 この二人は威風堂々と現れ、身の潔白を語りだした。


「ガイカク卿がこうして犯人たちを一斉に捕らえることができたのは、我らの作戦が功を奏したからこそ」

「領地の間に潜伏する山賊を捕らえることは、とても難しい。だからこそ私とアルヘナ伯爵、そしてガイカク卿は協力し、一芝居を打った。我ら二人がやる気を出さぬふりをしつつ、ひそかにこ奴らの拠点を探る。そしてガイカク殿が現れたと聞いた彼らがそこへ逃げ込むように誘導し……ガイカク卿の配下がこれを捕らえたのだ」


 これはこれで、筋の通る話だった。

 少なくとも、論理的に破綻はない。

 だがしかし、切り捨てられた山賊たちは、それどころではない。


「ふ、ふざけんな! アンタが確かに、俺たちへ命じただろうが!!」

「ほう、私はお前など初めて見たが。大体嫌がらせを命じたというが、なぜ私がワサト伯爵へそんなことをしなければならん」

「はっ……俺たちにも恨みを漏らしていただろうが……!」


 山賊は、真実を暴露した。



「利き酒大会で負けたのが悔しいってな!」


「そんな子供じみた理由で山賊を雇うか、馬鹿馬鹿しい」



 アルヘナ伯爵は、厚顔無恥というスキルを使った。

 周囲の領民たちは、まあ、うん、そうだね、と納得した。

 山賊たちは、それはまあ、そうだけど、アンタそう言ってたじゃん、と絶句する。


「しかし、確実に捕えるためとはいえ……被害が増えることを見過ごしてきたことも事実」

「今回の件で被害を報告してきた者たちには、私たち二人から補償をさせてもらう。もちろん予算からではなく、我らの財布からだ」


 二人はそろって、この場にいる被害者たちに頭を下げた。


 その姿を見て『善良なる市民』たちは頭の中で計算をする。


「そうですね! そんなくだらない理由で山賊を雇うとかないですよね!」

「いや~~、アルヘナ伯爵とワサト伯爵は、仲がよろしいですなあ!」


 真偽はともかく、伯爵二人の味方をしたほうが得だと思ったのだ。

 実際どっちでも筋は通るので、利益のある方を選んだのである。


 そして、伯爵たちの言葉が嘘だったとしても……どうせ死ぬのは、山賊たちだけだ。

 そう、山賊たち自身も、この公衆の場で『私は山賊です』と自供している。

 これはもう、殺していいだろう。こいつらが全部悪いかどうかはともかく、悪いことをしていることだけは確実だ。


「な、な、な……」


「げひひひ! 山賊ども、よく覚えておけ」


 檻に入れられ、縛られたまま絶望する山賊たちに、ガイカクは勝ち誇った。



「これが、正義だ!!」

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