お世話になった、奴隷商人。どれいしょ~にん
違法魔導士ガイカク・ヒクメの拠点には、本当にご法度品が多い。
様々な理由で禁制品となったものが研究所にあり、その中でも『保管することも危険』という理由で所持が違法になったものもある。
だからこそガイカクはそれらを自分の手で安全な状態へ梱包し、他の荷物と分けて特別な馬車に乗せた。
そのほかの荷物にもある程度の指示をしてから、彼は一旦拠点を出た。
もうこの地に戻ってくることもなさそうなので、縁のあったものへ挨拶に向かったのである。
とはいえ、もちろんボリックではない。
もしも彼のところへ挨拶に行ったら、殺人事件か殺人未遂が起こりかねない。
いくら違法魔導士のガイカクとはいえ、何の旨みもない相手と争う気はなかった。
では誰のところへ行くのかと言えば、割と世話になっていた奴隷商人のところへだった。
逆に言うと他のものとは特に縁がなかったのだから、彼の性根が知れるところである。
「よう、店長。やってるかい」
「あ、あああ! お、お客様!!」
奴隷市場のすみっこにある、格安訳あり弱小奴隷商店。
そこにガイカク・ヒクメが現れたことで、店長は大いに慄いていた。
なにせ彼は奇術騎士団が発足される前から、目の前の客がガイカク・ヒクメだと知っていた。
また先日、ボリックが騎士になって、即日に解雇されたことも知っている。
一応領民である彼は、いろいろと察していた。
察していたからこそ、おののいていた。
「き、騎士団長への就任、おめでとうございます」
「ん? あ、ああ……まあな」
「よろしければ、今後ともごひいきに……」
騎士団の団長になる前から関係があった、というのは本当に強い。
今後の付き合いが持続すれば、彼の未来は明るかった。
「え?」
「え?」
暗雲が漂い始めた。
「……騎士団長になるから、もうここに来る予定ないんだけど」
「はあ?!」
「逆に聞くが、騎士団長が奴隷市場へ頻繁に来るってどうよ」
「……」
明るい未来なんて、最初からなかった。
「そんな~~~!」
「そもそもお前、期待するほど俺に貢献してたか? 俺がお前の在庫引き取ってただけで、むしろ俺が感謝されたいぐらいなんだが……」
例えばガイカクがものすごい貧乏で、この奴隷商人がなにがしかの形で援助していたとしよう。
そりゃあガイカクも、それなりには恩を返そうとするはずだ。
だが実態は、奴隷商人の売れ残りをガイカクが『適正価格』で引き取っていただけである。
むしろガイカクが、この弱小奴隷商人へ援助していたようなものだ。
「よくご利用くださったじゃないですか~~!」
「お前は安売りの弁当屋に通っていたとして、出世したら恩を返そうと思うか?」
「……思わないっす」
この店が格安で最高の奴隷を扱っていた、ということはない。底辺奴隷を、相場通りの値段で売っていただけである。
ガイカクは奴隷に金をかける気がないので、一番安い店に来ていただけである。
特に思い入れもないので、なんなら挨拶に来たのだってかなり気を使っているほうだ。
「騎士団長サマ~~! どうか今後とも御贔屓に~~!」
今度は必死で、ごひいきに~~、と訴えてくる。
最高裁レベルの訴えだった。
「うるせえなあ! そもそも騎士団長御用達の奴隷商人ってなんだよ!」
「甘い汁とはいいませんから、私が食うに困らないぐらいの売り上げが~~!」
「おいお前! まさか本当に俺以外客がいなかったのか?!」
「……はい」
「辞めちまえ!」
あまりにも悲しい店である。
ただでさえ奴隷商人というのは悲しいのに、扱っているのが底辺奴隷で、しかも店主まで首を吊る寸前だった。
これでは奴隷の食事代はおろか、店長だって明日の飯が怪しいだろう。
「どっかの商店で丁稚奉公するほうが、まだ安定して生活できるぞ?! お前ごときが店長なんて、百年早かったんだ!」
「わかってますけども~~! それならせめて、雇ってください~~!」
「お前絶対なんの取り柄もねえだろう!」
このままではらちが明かない、ガイカクは溜息をついた。
「はあ……まあいい、今日までの付き合いだ。お情けで、お前が店をたたむカネぐらいはくれてやる。今日残ってる奴隷全部のお代としてな」
「よ、よろしいのですか?」
「どうせそんなに必要ないだろう? まあ、もうマジでこれっきりだしな。その代わり無一文になるが、そこは自力で何とかしろよ」
「……ゼロから再出発できるなら、ありがたいですね」
泣いてありがたがる奴隷商人(最終日)。その涙は、諦めの味がしていた。
「で、今日の品ぞろえは?」
「ドワーフが二十人、獣人が十人、ダークエルフが十人です」
「……ドワーフが、二十人?」
「目玉ですよ!」
「目玉過ぎるんだが……」
ドワーフ。
身長は低いが屈強で、筋力があり頑丈。
鉱山での採掘や金属加工に秀で、狭い場所での作業も得意。
もちろん個体差も激しいが、後方での仕事ができる分、程度が低くても雇用されやすい。
そんなお役立ちがこの場末に流れてきて、しかも売れないなど普通ではない。
「……お客様は俗世に関わっている場合じゃなかったんでしょうが、最近大きめの鉱山が枯れましてね。そこで働いていたドワーフどもが、一斉に市井へ流れてきたんですよ。なんで別の店でも、ドワーフは多いはずです」
「ああ……ドワーフが飽和しているのか」
鉱山が枯れれば、さすがのドワーフたちも別の職場を探すしかない。
質のいいドワーフが溢れれば、程度の低いドワーフなど見向きもされまい。
「まあちょうどいい、全員買おう」
「ありがとうございます!」
在庫が全部はけるという、歓喜の閉店セールであった。
「お前はこれから、人生をやり直すんだ。もう二度と、奴隷商人になるなよ?」
「はい!」
涙を流して感謝する元奴隷商人。
彼もこれにこりて、新しい人生を歩んでほしいところである。
※
店なんてものは、すぐ潰れるものである。大不況が無くても、なんなら好景気であっても、つぶれるときはつぶれる。
週刊誌の連載と同じで、浮かんでは消える儚いものだ。
(明日は我が身だな……)
ガイカクは購入した奴隷を引き連れて、とぼとぼと町の中を歩いていく。
その彼の後ろを、奴隷たちはついてきていた。
例によって、全員女である。
かの赤毛の美少女もそうだったが、労働力という点では男が買われがちなのだった。
「……」
ガイカクはぞろぞろと連れている中で、後ろですすりなく声に気付いた。
最初はよくわからん男に買われたことを嘆いているのかとも思ったが、そんな繊細な理由ではなかった。
「おいお前たち、怒らないから答えろ。何日食ってない」
「……二日」
「よし、わかった。一旦食事にしよう」
飯抜きにされていた奴隷というと店主が悪いような気がしてくる。
いや実際店主が悪いのだが、性格が悪いのではなく稼ぎが悪かったのだ。
店主のやせ具合から言って、おそらく店主の健康状態が一番悪かったと思われる。
「ダークエルフは脂っこいものがダメで、ドワーフや獣人は逆に脂身が好きだったな。ちょっとまってろ、露店で買ってやる」
「い、いいんですか?」
「餓死されたら丸損だからな……あ、一応だが、飢餓状態ってほどでもないよな? もしもそうなら、ショック状態を警戒しないといけないんだが」
「い、いえ、そこまでは……」
「ならいい、食っておけ。結構歩くし、帰ってからも仕事だからな」
街中にある露店、そのいくつかを回って料理を買うガイカク。
ぶっちゃけ四十人分も買うので、いくつかの店を品切れにさせてしまった。
一度に運べる量でもないので、なんどもなんども往復する羽目になる。
奴隷の主なのに、もはやパシリの域であった。
「はあ……お、お、美味しいです」
「む、むぐぐ、むぐぐぐ!」
(やっぱアイツ、奴隷商向いてなかったな……)
気が向いて入ったペットショップのペットが、激やせしているようないたたまれなさがあった。
ガイカクが買ってきた露店のファーストフード……惣菜パン的な軽食を必死に食べる奴隷たちを見て、ガイカクはあらためて『ああはなるまい』と思うのであった。
「あのさあ、ガイカク、だっけ?」
「ん?」
一方でもうぺろりと平らげたドワーフたちは、ガイカクを見上げながら聞いてくる。
上目遣いのような媚びを売るものではなく、どちらかというと疑惑の目線だった。
「騎士団長って、あれ本当?」
「嘘だぜ」
「……」
ガイカクは、嘘だよ、と言った。
だがあまりにも軽く言い過ぎて、一周回って『本当だよ』と言っているに等しかった。
「ガイカク・ヒクメ……奇術騎士団の団長。エリートでないにも関わらず、ティストリアが直接スカウトして、部下ごと新しい騎士団として召し抱えられた、何もかも異例の男」
「お、噂になってるのか」
「ここの領主、ボリック伯爵の元に居て、彼の功績は全部そのガイカクがやっていたとか」
「……噂って怖いなあ」
時系列順で整理すると……。
ボリック伯爵が、ある日を境にすげえ魔術を披露し始める。
なんか武勲を上げて、周辺の治安もよくなる。
ティストリアがボリック伯爵のところに来る。
ボリック伯爵がボリック卿に、領主から騎士になったと発表される。
ボリック卿が即日クビになったと発表される。
ガイカク・ヒクメとその一党が奇術騎士団として、ティストリアに召し抱えられる。
とまあ、公表されている範囲でも『ああ……』と察せられるところがあった。
とはいえ……悪事を働いていたわけでもないので、領民たちは特に怒らなかった。
ティストリアも言っていたが、私兵で領民の生活を守っていたことは事実なので、ああそういうことだったのかと納得するばかりである。
だからこそかえって噂になっている。口をつぐむ必要もないし、笑い話としては極上だからだ。
それこそ場末の奴隷商人の店にまで聞こえるほどである。
「あの奴隷商人、ずっとぶつぶつ言っていた。ガイカク・ヒクメなんて名前、他にいるわけがないって」
「……」
「本当に、騎士団になるの? なれるの?」
「ティストリア様にみつかっちまってなあ……まあ、イケるところまで行くだけだ」
ガイカクは、野望のある笑みを見せた。
それははっきり言って、悪い意味で男らしい顔だった。
そして、悪い意味での男らしさというのは、時としてヒトを動かすものである。
「ふん、鉱山を首になったアタシたちが、今度は騎士様か……手に武器をもって戦うとはねえ」
「あ、仕事の内容はほとんど変わらないと思うぞ」
「え?」
「お前は知らないと思うが、奇術も魔術も準備がほとんどだからな」
ガイカクは、割と普通の意味で、奴隷の主の顔をしていた。
「奴隷労働、しようね」
「……はい」
見えないところで努力をしている、というと格好がいい。
辛く苦しい日々を隠して、華々しく活躍する。
なんとも偉いではないか……。
楽しくはない。
※
総騎士団長ティストリアは、騎士団を一つ増やした。
再三いうが、それは彼女にとってリスクを抱えることになる。
騎士団一つ分の予算を要求することになるのだから、それ相応の働きを彼女自身に要求される。
その彼女の元に『難しい案件』が来ていた。
はっきり言って、嫌がらせのような案件である。
「アルヘナ伯爵とワサト伯爵の領地間に山賊が現れる……アルヘナ伯爵と、結託している可能性があり……ですか」
これもガイカクが聞いたら苦笑いするような案件だった。
つい先日までのガイカクは、まさにこれそのものだったのだ。
領主に抱え込まれた無法者は、それこそ無敵である。
どれだけ悪事を働いても、幾分かの上納金を納めることで見逃してもらえるのだ。
それでも被害が出るので陳情は上がり、こうして騎士団の元へ依頼が上がってくるのだが……。
その騎士団でも、こうした案件を解決することは難しい。
なにせ現地の有力者からの協力が得られないどころか、全力でもみ消してくるのだ。
いくら精鋭ぞろいとはいえ、解決に時間がかかるのは当然である。
それでも解決するのが、騎士団の騎士団たるゆえんだが……。
「この案件、いっそ奇術騎士団に任せたほうがいいかもしれませんね……」
ティストリアもバカではない、奇術騎士団が普通の騎士団ほど正攻法が得意ではないと把握している。
そしてだからこそ、搦め手に関しては他の騎士団よりも得意ではないかと考えていた。
「彼は元々、ボリック伯爵の元で働いていました。であれば、貴族相手の対応も上手でしょう」
いやむしろ……。
そういう案件、暗件をまかせるために奇術騎士団のような『色物』を混ぜたのかもしれない。
「ガイカク・ヒクメ。期待に応えてくださいね」
彼女の眼には、一分の感情も挟まっていなかった。