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身の程

 当たり前だが……。

 ガイカクが騎士団長になるということは、騎士団学校とかに入って一から勉強するとかではない。

 もう十分に騎士団長が勤まる、という実績を示してもらわなければならない。


 その意味で、今回の案件は十分すぎるものだった。

 救援要請を出したボレアリス男爵は、ガイカクの働きへ『亡き父と母に代わって、最大級の感謝を』と最上の感謝を示している。


 これによってティストリアは正式に、ガイカクを新設する騎士団の長として任命することとなった。

 国内ではその報せが各地を巡り、『そんな実力者集団が野に隠れていたのか?』『今から近づくべきか?』などの声もあったが、ほぼすべての者が様子見をすることにしていた。


 彼らは賢いからこそ、知っているのだ。

 騎士団に所属し各地を巡れば、否応なく真実が明らかになると。

 近づくのは、それからでも遅くない。



 ガイカク・ヒクメはボレアリス男爵領を後にして、ティストリアの職場、騎士団本部に訪れていた。

 本来なら正体不明の男など招き入れないが、今回は話が違う。


 この国には騎士団が五つしかなく、団長も当然五人しかいない。ティストリアを含めても六人であり……ガイカクはそれに新しく加わる、七人目の騎士団長なのだ。


 騎士団に属していた者たちのほとんどをぶち抜いて、一気に昇進した男。

 彼は彼女の執務室に入ると、フードをかぶったまま挨拶をした。


「総騎士団長殿……ガイカク・ヒクメ、参上仕りました」

「よく来てくれました、ガイカク・ヒクメ卿」


 相変わらず、というべきだろう。

 ティストリアは、眉一つ動かさないままの笑顔だった。

 まさに営業用(ビジネス)スマイル、笑っているが喜んでいるように見えない。


 そのうえで、尋常ならざるほど美しい。

 人間以外の生き物がいる世界では不適当かもしれないが、人間離れして美しかった。

 人間だとわかる容姿であるのに、人間を越えているようにしか見えない。

 それこそ、人間の上位種族と言われても信じるだろう。


 少なくとも、ボリックの隣に並べれば、同じ種族だと思う者はおるまい。


(この細い腕の細い指で、あの薬物強化された荒くれ者たちと互角かそれ以上だっていうんだから、ふざけた話だ……)


 ガイカクは卑小な振る舞いをしているが、内心でもおののいていた。

 それこそ、生物としての格が違う。相手に危害をくわえるつもりが無くても、怖いものは怖いのだ。


「まず……この度の任務、よくぞこなしてくれました。貴方を、貴方たちを推薦した私の面目も、これで保たれます」

(ごもっともな話だが……ちっとも安心している雰囲気じゃねえ……! この女、自分に興味が無いのか?)

「貴方は私の課題を二つこなしました。であれば私も、貴方に対して約束を果たすべきでしょう」


 この国の男子、女子。あるいは異種族に聞いても夢だというであろう、騎士の地位。

 それを束ねる騎士団長の任命が、これから始まろうとしている。


(まさか俺がこうなるとはな……だがもう腹はくくった、イケるところまで行く!)


 違法魔導士であるガイカクは、その技術を所持していると知られれば、当然罰せられる。

 だが一定以上の地位に就き、一定以上のコネを得れば、なんとかなるだろう(多分)。

 そんなあいまいな目標を立てなければならないほど、ガイカクは追い詰められ、なおかつ好機を得ていた。


「本来なら豪華なセレモニーをするところですが……貴方の都合も考えて、今回は略式とします。とはいえ、貴方たちが騎士団として任務をこなせば、おのずと大規模なセレモニーの主役になるでしょう。そうでなければなりません」

「き、期待にこたえてみせます」

「ええ、期待しています」


 さらっと、とんでもない武勲を上げて当たり前、と言われた。

 しかしエリートを集めた騎士団と同等の働きをしなければならないのだから、たしかにそれぐらいしなければなるまい。


「また騎士団へと昇格したことによって、貴方たちの拠点を移してもらいます。現在はボリック伯爵の元にいるはずですが、この本部の近くに土地を用意しますので、そこに移動してください。もちろん費用は請求してかまいませんので」

「承知しました」


 正直に言えば、ありがたい話だった。

 今まで使っていたボリック伯爵の土地も、そろそろ手狭になってきたころである。

 もっと大きな土地を堂々と使えるのなら、さらにいろいろとできるだろう。


「加えて、騎士団長、正騎士、従騎士について話しましょう。これらについては存じていますか?」

「人並みには……エリートだけで構成された真の騎士が、騎士団長と正騎士。これは一つの団に五人から六人。それに劣るものの精鋭と呼んでいい者たちで構成された従騎士。これは百人ほどと聞いています」

「それについては、気にしなくて構いません」

「……は、はあ?」

「貴方に騎士団長の地位を与えたのは、組織内を自由にさせるため。よって正騎士や従騎士の枠組み、人数を気にしなくて構いません」


 なんとも型破りな話だが、とても事務的に話していた。

 それこそ『型破りな俺カッコイイ!!』みたいな陶酔は一切ない。

 ただ必要な武器を支給しました、かのような業務連絡である。


「むしろ貴方の組織に合った役職名を考えたほうがいいでしょう、その方が周囲との衝突も少ないはず」

「……ご配慮いただき、ありがたき幸せ」

「通常の騎士団を維持するのに足る予算内なら、編成や報酬は好きなように。それでも足りないのなら、自分で出資者を募ることです」

(まあ、予算は大事だからな……そもそも予算に枠を作らなかったら、物量押しで事足りるし……)


 そして、ここで彼女は命名を行った。


「注意事項は聞きましたね? それでは……貴方を任命します」

「はっ……」

「ガイカク・ヒクメ。これより貴方は……『奇術騎士団』の団長となり、国家へ奉仕してもらいます」

「奇術、騎士団……」

「ええ、貴方たちにふさわしい名前かと」


 今までは底辺奴隷騎士団という仮名だったが、ティストリアによって『奇術騎士団』という名前を授かった。

 なるほど、もっともなネーミングである。


「ちなみに、騎士団の旗はこれになります」


 ティストリアが取り出した旗は、シルクハットに紳士杖、そして白い手袋があしらわれたものだった。

 それこそ、ちょっとポップな手品ショーのマークだった。


「デザインは私、旗も私の手作りです」


 今までにないほど、彼女は感情を出していた

 おそらく、彼女の自信作だと思われる。


「……」

「どうしましたか?」

「い、いえ! 感銘を受けまして……」

「そうですか、気に入ってくださって嬉しいです」


 ちょっとだけどうかと思ったガイカクだったが、まあ騒ぐほどでもなかった。


(……この旗を掲げて戦うのか)


 騒がないだけで、割とイヤではあった。



 さて、ガイカクは一旦自分の拠点へ戻った。

 既に仲間は戻っているため、彼女たちを集めて今後の予定を話すこととなった。


「ということで、俺たちはこれから『奇術騎士団』を名乗る……『底辺奴隷騎士団』は卒業だ!」


「やった~~!」


 底辺奴隷騎士団というのは、実にわかりやすく彼女たちを説明していた。

 だが現実を直視したくない彼女たちは、如何に売れ残りの底辺奴隷とはいえ、底辺奴隷騎士団ですと名乗るのは嫌だったのである。


「また正式に騎士団となった関係で、騎士団本部の近くに引っ越すことになった。俺も指示を出すから、もっていけるものは片っ端から運んでいく……」


「あ、ちょっといいですか?」


 ガイカクが指示を出していると、質問をするものが出た。

 元アマゾネス、現歩兵隊の人間女性である。


「ん、なんだ?」

「正騎士、従騎士についてはどうなるんですか?」

「あ、ああ、それか。確かに言っておかないとな」


 ガイカクが騎士団長であることは、どうあがいても変えようがないし、変えようとも思わない。

 だが『正騎士』については、なれる可能性があった。もちろん従騎士でも十分すぎるほど名誉なことだが、どうせなら正騎士を目指したい。


「ティストリア様曰く……その手の枠組みは、この奇術騎士団では気にしなくていいらしい。実際もうすでに、騎士団の規定人数を大きく超えているしな」


 普通の騎士団は、団長と正騎士で五人ほど。これに従騎士百人を加えた、百五人ほど。

 もちろん少々の誤差はあるだろうが、これが普通の騎士団の人数である。


 現在奇術騎士団は、オーガ二十人、エルフ二十人、ゴブリン二十人、獣人十人、ダークエルフ十人、人間百一人となっている。

 もう現時点で百八十一人なのだが、今後も少しは増える予定だった。


「だからお前たちを正騎士やら従騎士で分けるつもりはない、まあ別の呼び方を考えるつもりだ」

「そ、そうですか……で、でも!」

「なんだ、ずいぶん食いついてくるな……」

「でも、実際には、同じような役職の者はいりますよね? セレモニーとかで、団長の従者って感じで!」


 他の騎士団長は、セレモニーに正騎士を連れていくのだろう。

 その時にガイカクだけ一人、というのはやや絵面が悪い。

 ガイカクと同じように顔を隠すとしても、騎士団の代表として社交界に出席、というのは夢があった。


「まあそうかもしれないな」

「各種族から一名ずつ連れていくんじゃないか? もちろん人間の歩兵からは、アマゾネスの元傭兵団長のこの私が……」


 ガイカクはそこまで深く考えていなかったが、元傭兵団長は鼻高々に腹案を出した。

 まあ実際、人間の歩兵代表は彼女が妥当だろう。


「よし、元団長を潰す!」

「なんで?!」

「私だって……私だって! 正騎士みたいに凄いねって言われたい~~!」


 だがしかし、実力で選ばれたわけでもない。

 誰が代表でも問題ないので、歩兵の一人は異を唱えた。


「あ、私も! 従騎士たちから羨ましいと思われたい!」

「こんな形でも正騎士になれるかもしれない……この好機は逃せない!」

「私もティストリア様にお目通り願いたい! なんなら頻繁に会いたい!」

「はあ……人間最強の女傑、ティストリア様……目がつぶれるほどの美しさと、万人を圧倒する武勇の持ち主……!」

「お近づきになりたいわ! 実力は無理でも、せめて立場ぐらいは!」


 自分たちが分不相応であることは、彼女たちも把握している。

 だがそれはそれとして、一度は夢見た立場になりたい。


 そしてその空気は、他の種族たちにも伝播していた。

 わいわいがやがやと、誰が代表になるのかと議論を始めていた。(よくわかっていないゴブリンたちを除く)


「はあ……お前らみたいな底辺を正騎士扱いとして出席させたら、正騎士の株が落ちるっつうの」


 冷静で的確な、ガイカクのつっこみ。

 それを聞いた女戦士たちは、一様に落ち込んだ。


「力試しとか持ちかけられたらどうするんだ、それこそあのデブと同じ末路をたどりかねないぞ。というか、お前たちの言っていることはそのまんまあのデブと同じだしな」


 ガイカクは団長としての頭角を示していた。

 浮かれる団員たちを引き締める、これぞ長の威光であろう。


「でも、それを言ったら団長も同じでは?」

「俺は見栄を張らない! 弱いですと正直に言う!」

「強い……!」


 人間正直が一番というが、弱いと言えるのは強いのではなかろうか。


「俺は、あのデブとは違う!」


 違うように心がけよう、という意気込みを感じさせる強弁であった。



 さて、そのボリックである。

 現在彼は、居城で医者にかかっていた。


 机仕事ばかりだったため、運動不足となり、それが原因で病気になった……というわけではない。

 意外にも彼は、足の指を骨折したのである。

 日常生活でもありえなくはない範囲の骨折ではあるため、普通なら『なんか落としたんだな』とか『箪笥の角にぶつけたんだな』とか思うだろう。


 だがしかし、城の中にいる住人たちはほぼすべて把握している。

 もちろん、処置をした医者も察していた。


「せ、先代様。これで処置は終わりました……しばらくは歩くことをお控えください」

「……ふん」


 ベッドに、椅子のように座っているボリック。

 彼は包帯で固定されている自分の足をみて、忌々しそうにしていた。

 普通でも怪我をすれば嫌な気分になるだろうが、彼の不機嫌さはそれどころではない。


「で、ではこれで……」


 医者はそそくさと去っていった。

 彼がドアから出たところで、ボリックはその丸い手でベッドを叩いた。


「クソ! クソ! クソ!」


 息子に伯爵の座を譲った彼だが、その耳にも『奇術騎士団』の噂は入っていた。

 その騎士団長が、ガイカク・ヒクメという謎の男であることも。


「ああああああああああああ!」


 いよいよ正式に、ガイカク・ヒクメが騎士団長になってしまった。

 それも、ティストリア推薦という最悪(さいこう)の形で。


「おおおおおおお!!!!」


 現在彼は、当たり散らしていた。

 当たり散らして近くの何かを蹴っ飛ばしたところ、足の指が折れたのだ。


「がああああああ!!」


 彼が当たり散らしても、まさに自分を傷つけるだけ。なにも壊すことができない、この現実。

 怒りをぶちまける以外に、なにがあろうか。


「……!!」


 今彼の中には、表裏一体で一つの言葉が反響している。


『本来なら、お前を騎士団の長にしてやってもよかったのだ。お前が正直に実情を明かしていればな。そのチャンスを不意にしたのは、お前自身の愚かさだ』


 この言葉は、あまりにも刺激が強かった。

 自分が騎士団長になれたと、ティストリア本人が認めていたこと。自分の見栄が、それを台無しにしたこと。

 それがはがれることなく、不可分で、彼の体を焦がしている。


 二つの文章に分かれていれば、都合のいい方だけを思い出して『自分は悪くない』と言える。

 だが完全に一つのため、自分が悪いと突き付け続けてくる。


 ガイカクが理不尽に奪ったとかではなく、自分の行動でどうにかできた範囲だと教えてくる。


「くそがあああああああ!」


 それを認められないからこそ、彼は当たり散らす。

 柔らかいはずのベッドの、その骨組みとなっている木の感触が伝わるほど殴っている。


 そしてその怒りが頂点に達したとき……。


「ぎゃあああああ!」


 今度は、手の骨が折れた。


「ぎゃああああ!」


 慌ててベッドから立ち上がろうとして、今度は骨折した足の指に負担がかかった。


「あああああああ! だ、誰か来てくれええええええ!」 

 

 彼は痛みに悶絶し、叫びに叫んだ。

 今この瞬間だけは、自暴自棄にならず、素直に助けを呼べる。


 悲しいかな、彼の心をごまかせるのは、彼の自爆だけであった。

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