前へ次へ
100/118

手遅れ

最新2巻、2月20日発売!


あと一日!

 ガイカクを辱めてやろうと思ったら、普通に芸が出てきた。

 先代当主も最初こそ大いに笑ったが、冷静になると他の大勢と同じ感想を抱くに至った。

 果たしてこの男に、できないことはあるのか。


 ふざけ半分、興味半分のつもりで、先代当主はガイカクにそんな質問をした。


「まったく、お前は騎士団長とは思えない技の使い手だな。なぜあんな芸を身に着けている?」

「芸と呼べる水準じゃねえよ、アレは。というか、俺の大抵の『技能』は専門家には大きく劣る。それこそ奇術もできるが、魔導技術でごまかしているだけで、本職の奇術師からすれば見習いレベルだしな」

「それはそうだろうが、多芸であることに変わりはあるまい。これはできない、ということもあるだろう」


 その質問自体がかなりの侮辱であったのだが、ガイカクはイヤそうな顔をしつつ『真実』を明かした。


「お前にできることは、俺には無理だな」


 そしてそれは、奇しくも先代を大いに喜ばせる真実であった。


「具体的に言え」

「食いつきがいいなあ……これは俺の欠点というか騎士団長全員の欠点なんだが……大勢を率いることができねえんだ」


 先代伯爵は、伯爵としての教育をきちんと受けていたし、現役時代は真面目に伯爵の仕事をしていた。

 だからこそ、ガイカクの言葉がおべっかだとかではなく、真実であると納得できていた。


「く、くくく……そうだな、そうだろうな。民を導き、兵を率いる。それには品格と知性、なにより英才教育が必要だ。お前ごときにできるわけがない」

「ああ~、そうだよ。わかってくれてよかったよ」


 結果から言えば、先代にとってこれはいいことだった。

 これでもしもガイカクが、先代以上に領地経営や軍隊指揮能力を持っていたら、それこそ嫉妬で扱いを悪くしていたかもしれない。

 しかしガイカクにできないことが自分にはできる、ということで……先代はガイカクを見下し、それ故に関係が安定していた。

 この場合の関係とは、コミュニケーションが成立していた、ということである。



 先代がガイカクを確保してしばらくした時である。

 城の中の一室で、先代はガイカクからのリハビリを受けていた。

 机の上に軽いボールを置き、先代はそれを負傷している腕で掴もうとしている。


「ん……お、おお……」


 まだ感覚は弱いが、指はしっかりと曲がり、丸いボールに沿って曲がっていた。

 まったく動かなかった腕が、手や指がちゃんと回復しつつあったのである。


「感動しているところ悪いが、持ち上げて見てくれ」

「わ、わかった……む」

「ああ、やっぱまだ無理だな」


 先代の手は『掴む』まではできるようになっていた。

 だが掴んで持ち上げる、となるとできていない。握力が回復していなかったのである。


「今すぐ何とかできるか」

「だから無理だって何度も言ってるだろ? 確実に治りつつあるんだから我慢しろよ」

「……以前も言っていたが、お前は手足を新しく作って、それをくっつけることもできるらしいな」

「培養した四肢を接合するって話か? 技術的には可能だが、設備がないから無理だ。それこそ騎士団本部に戻って、いろいろと作業しないといけない。もちろん嫌だろ」

「当然だ……ここでその設備を整えることは可能か?」

「ん~~……いくつか問題がある。それを解決してもらえば、できるな」


 ガイカクは一種異様なほど、真面目に要求にこたえていた。

 態度こそ反抗的だが、相手の求めるものへ導こうとしている。


「まずカネだな。設備の規模にもよるが、最低でも『このぐらい』は必要になる。お前の部下の分も揃えるとなると、『こんぐらい』は必要だな」

「……直視したくない金額だな」

「次は人材だな。流石に俺一人で維持するのは無理だから、それなりの魔導士を用意しないと難しいぞ」

「……私がお前を余人と接触させたくないと知ったうえでか?」

「なら諦めろ」

「ぐ……」

「最後に……違法な植物を結構な種類で、結構な量栽培する必要がある。奇術騎士団の本部になら量も種類も揃っているが、お前絶対行かせないだろ?」

「当たり前だ……しかしそれについては、モノさえ手に入れば可能だな」

「まあお前は領主みたいなもんだしな。でも手に入れるのも簡単じゃないぞ」


 これがあればできる、という返答。

 今までの医者ではできなかったことであり、それだけでもガイカクの有能さはわかる。

 また実質的な領主である彼にとって、絶対に不可能と言い切れるものでもなかった。


「ガイカク、お前に『金を生む』提案はあるか?」

「……まああるけども、お前遠慮ねえな」

「あるなら早く言え」

「今まで使い道のなかった金属の活用法とか、農業の生産量を上げる方法とか、名物になりそうな建造物の設計とかでいいか?」

「……!」


 まさに、打ち出の小づちだった。

 まだ詳しいことは聞いていないが、現時点でもどれだけの富を生むのか想像できてしまう。


「ただなあ……これはこれで初期投資、イニシャルコストがかかるぞ? もちろん維持費用、ランニングコストもな。いきなり実用化して、いきなり収益黒字になるとは思うなよ」

「そこをなんとかできないか?」

「あのなあ、何から何まで全部俺がやるわけじゃないだろ。どっかから誰かを連れてきて、いきなり新しいことをさせるんだぞ? いきなり上手くいくわけねえだろ。それこそ領主ならわかるだろ」

「むぅ……」


 その上ガイカク自身が、それなりには経営をわかっていた。

 だからこそ先代が自滅しかねない暴走をすることもなく、冷静になるよう促すことができていた。

 またその『できない理由』が、ガイカク側でも先代側でもないことが大きかった。


「確かに、才ある者ならまだしも、そうではない者には難しいだろうな。まったく、無能はいつも足を引っ張る」

「ああ、はいはい……わかってくれてよかったぜ」

「で、お前のおすすめはなんだ」

「最初からそう言ってくれれば、俺も提案しやすかったんだがな。まあいい……『流れ橋』なんてどうだ? この国の建築基準だと違法なんだが、お前が自分の領地で作る分なら問題ないだろ」


 先代は、万能感に酔いしれていた。

 この男と話せば話すほど、自分の正しさが増していく気がする。


(やはりこの男は、私に仕えるべきだった! 騎士団などに置くなどもったいない、私のような領主にこそ仕えるべきだったのだ! そうしてこそ、この男の力は最大に活かされる! いや……私だけだ、私にこそふさわしい! ティストリアとやらのところに居ても、ただ腐らせるだけ、好き放題させるだけだったのだ!)


 だがそんな万能感は、すぐに終わりを迎える。


「俺も正直作ってみたかったんだが……」


 二人のいる部屋に、足音が近づいてきていた。


「どうやら時間切れみたいだな」

「た、大変です、先代様!」


 先代の側近である猛者が、騎士団からの手紙をもって部屋に入ってくる。


「き、騎士団から、宣戦布告の文書が! 奇術騎士団を不当に拘束していることへに報復として、全騎士団を集めて、カーリーストス伯爵領に侵攻するとのことです!」

「な、なんだと!?」


 宣戦布告されるだけの心当たりはあるが、それはありえないはずだった。

 電撃的な情報の封鎖は成功しており、騎士団に悟られるようなことはありえないはずだった。


(バカな……いくらなんでも早すぎる!)

「うわあ……思ったより早いな」


 そしてその驚きは、ガイカクも同じだった。

 一切の余裕をなくした先代伯爵は、その両手でガイカクの胸ぐらをつかむ。


「貴様……私との約束を破り、外に救援を要請したな! だが貴様は常に監視下にあった……なんの手品を使った!」

「おいおい、勘弁してくれよ。お前さんもわかってるだろ? いくら何でも早すぎるって」


 不敵なガイカクの言うとおりである。


 このカーリーストス伯爵領と騎士団総本部の位置関係からして、宣戦布告の文書が届くまでの時間を逆算すると……。


「私が送った『奇術騎士団が全員死んだ』という文書が届いてから疑ったのではない……早すぎる!」

「だが俺たちが捕まった後、救援を要請しても間に合わない。もっと早い段階で報告が行ってないと、今には間に合わない。そうだろ?」

「……そうだ。認めたくないが、私たちがお前たちを拘束するより先に……拘束の準備を始めた段階で報告を始めていなければ、間に合わない。だが……」

「それを俺たちがしていたのなら……俺たちはアンタの策謀に途中で気付いていたってことになる。それなら別動隊に、少し違う動きをさせているはずだ」

「そうだ、それならば……!! 気球か、噂の気球を使ったのだな!? それなら報告も速いし、こちらへの送信も早くなる!」

「ん……まあ言いたいことはわかるが、違うぜ」


 ガイカクはあけすけに、トリックとも言えない真相を明かした。


「知っての通り、俺たちは違法技術をいくつも抱えている。それを悪用、濫用しないか、常に監視されているのさ。その監視員がお前らの動きに気付いて、ティストリア様に報告していたんだよ」

「な……!」

「な? 俺も、俺の部下も、何もしてないだろ?」


 筋が通りすぎる発言だった。

 それが余裕の根幹、希望の源だと今更理解したのだ。

 だがだとすれば、本当に……。


「つまりお前達は、ずっと私たちを笑っていたのか? お前たちを監視しても、隔離しても意味がないと……お前たちを拘束したときには、もう手遅れだったのか?」

「ああそうだぞ、手遅れに周回遅れで気付けたわけだな」

「~~~!」


 確かにガイカクもガイカクの部下も、約束は破っていない。

 だが先代伯爵が破滅に向かっていることを、あえて教えていなかったのだ。

 それは自己中心的な性格をしている彼にとって、裏切りに他ならない。


「貴様……!」

「おっと、俺を殺すか? 傷めつけて、仕事をできなくさせるか?」


 だがガイカクの言葉で、彼は我に返る。

 今の先代伯爵は、両手でガイカクの胸ぐらをつかんでいる。

 しかし左右の腕には明らかに差があり、完治には程遠い。


(もしもこの男を傷つければ……私の手はもう治らないし、部下も同じだ……。殺してしまえば、この男の生み出す富は消えてなくなる……!)


 致命的な裏切りを受けてなお、先代伯爵は決断ができなかった。

 そしてそれこそが、ガイカクの主になる資格なのである。


「出来ないだろ? それがアンタの限界だ。これがティストリア様なら、一瞬もためらわずに俺を殺すだろうな」


 それは、先代伯爵でも理解できる理屈だ。

 いやむしろ、彼の価値観にそぐうものだ。


(この男は、私を舐めている……どうせ殴れない、どうせ殺せないと思っている! そして……私は、それができない……!)


 実行できない暴力に、なんの権威も宿らない。

 だが有用性を知ったうえで、なぜこの男を殺せるのか。


 それでも彼は、負けを認められなかった。

 もう手遅れであり、無意味であると知りながら、ガイカクを脅そうとする。


「……忘れているのか、こちらにはお前の部下という人質がいるのだぞ。それも、豪華に200人もな! まず見せしめに、お前の前で半分殺してやる! お前は私を出し抜いたつもりだろうが、結局部下を守れなかったのだ!」

「おいおい、気は確かか? 俺たちの動きは監視されていたんだぞ?」


 ガイカクは、それこそ全身を舐め回すように舐めていた。


「今頃、俺の部下たちは……」

「……! 野城に連絡をしろ! 全員を……いや、一人でもいいからここに連れてこい!」

「ははは! もう遅いって!」

「あそこには私直属の猛者が多くいる! 救助部隊が来ても、持ちこたえているはずだ!」

「そうだろうな。でもまあ……相手が騎士団じゃなかったら、の話だぜ?」


 害悪、邪悪、醜悪の極み。

 そんな笑みを、ガイカクはあらわにしていた。


 ここで先代伯爵は、ようやく理解した。


(私は……なんという怪物を懐に入れてしまったのだ……!)


 色々な意味で……この男を拘束しようとした時点で、既に詰んでいたのだった。

本日も公式Xが更新される予定です、チェックお願いします!

前へ次へ目次