手遅れ
最新2巻、2月20日発売!
あと一日!
ガイカクを辱めてやろうと思ったら、普通に芸が出てきた。
先代当主も最初こそ大いに笑ったが、冷静になると他の大勢と同じ感想を抱くに至った。
果たしてこの男に、できないことはあるのか。
ふざけ半分、興味半分のつもりで、先代当主はガイカクにそんな質問をした。
「まったく、お前は騎士団長とは思えない技の使い手だな。なぜあんな芸を身に着けている?」
「芸と呼べる水準じゃねえよ、アレは。というか、俺の大抵の『技能』は専門家には大きく劣る。それこそ奇術もできるが、魔導技術でごまかしているだけで、本職の奇術師からすれば見習いレベルだしな」
「それはそうだろうが、多芸であることに変わりはあるまい。これはできない、ということもあるだろう」
その質問自体がかなりの侮辱であったのだが、ガイカクはイヤそうな顔をしつつ『真実』を明かした。
「お前にできることは、俺には無理だな」
そしてそれは、奇しくも先代を大いに喜ばせる真実であった。
「具体的に言え」
「食いつきがいいなあ……これは俺の欠点というか騎士団長全員の欠点なんだが……大勢を率いることができねえんだ」
先代伯爵は、伯爵としての教育をきちんと受けていたし、現役時代は真面目に伯爵の仕事をしていた。
だからこそ、ガイカクの言葉がおべっかだとかではなく、真実であると納得できていた。
「く、くくく……そうだな、そうだろうな。民を導き、兵を率いる。それには品格と知性、なにより英才教育が必要だ。お前ごときにできるわけがない」
「ああ~、そうだよ。わかってくれてよかったよ」
結果から言えば、先代にとってこれはいいことだった。
これでもしもガイカクが、先代以上に領地経営や軍隊指揮能力を持っていたら、それこそ嫉妬で扱いを悪くしていたかもしれない。
しかしガイカクにできないことが自分にはできる、ということで……先代はガイカクを見下し、それ故に関係が安定していた。
この場合の関係とは、コミュニケーションが成立していた、ということである。
※
先代がガイカクを確保してしばらくした時である。
城の中の一室で、先代はガイカクからのリハビリを受けていた。
机の上に軽いボールを置き、先代はそれを負傷している腕で掴もうとしている。
「ん……お、おお……」
まだ感覚は弱いが、指はしっかりと曲がり、丸いボールに沿って曲がっていた。
まったく動かなかった腕が、手や指がちゃんと回復しつつあったのである。
「感動しているところ悪いが、持ち上げて見てくれ」
「わ、わかった……む」
「ああ、やっぱまだ無理だな」
先代の手は『掴む』まではできるようになっていた。
だが掴んで持ち上げる、となるとできていない。握力が回復していなかったのである。
「今すぐ何とかできるか」
「だから無理だって何度も言ってるだろ? 確実に治りつつあるんだから我慢しろよ」
「……以前も言っていたが、お前は手足を新しく作って、それをくっつけることもできるらしいな」
「培養した四肢を接合するって話か? 技術的には可能だが、設備がないから無理だ。それこそ騎士団本部に戻って、いろいろと作業しないといけない。もちろん嫌だろ」
「当然だ……ここでその設備を整えることは可能か?」
「ん~~……いくつか問題がある。それを解決してもらえば、できるな」
ガイカクは一種異様なほど、真面目に要求にこたえていた。
態度こそ反抗的だが、相手の求めるものへ導こうとしている。
「まずカネだな。設備の規模にもよるが、最低でも『このぐらい』は必要になる。お前の部下の分も揃えるとなると、『こんぐらい』は必要だな」
「……直視したくない金額だな」
「次は人材だな。流石に俺一人で維持するのは無理だから、それなりの魔導士を用意しないと難しいぞ」
「……私がお前を余人と接触させたくないと知ったうえでか?」
「なら諦めろ」
「ぐ……」
「最後に……違法な植物を結構な種類で、結構な量栽培する必要がある。奇術騎士団の本部になら量も種類も揃っているが、お前絶対行かせないだろ?」
「当たり前だ……しかしそれについては、モノさえ手に入れば可能だな」
「まあお前は領主みたいなもんだしな。でも手に入れるのも簡単じゃないぞ」
これがあればできる、という返答。
今までの医者ではできなかったことであり、それだけでもガイカクの有能さはわかる。
また実質的な領主である彼にとって、絶対に不可能と言い切れるものでもなかった。
「ガイカク、お前に『金を生む』提案はあるか?」
「……まああるけども、お前遠慮ねえな」
「あるなら早く言え」
「今まで使い道のなかった金属の活用法とか、農業の生産量を上げる方法とか、名物になりそうな建造物の設計とかでいいか?」
「……!」
まさに、打ち出の小づちだった。
まだ詳しいことは聞いていないが、現時点でもどれだけの富を生むのか想像できてしまう。
「ただなあ……これはこれで初期投資、イニシャルコストがかかるぞ? もちろん維持費用、ランニングコストもな。いきなり実用化して、いきなり収益黒字になるとは思うなよ」
「そこをなんとかできないか?」
「あのなあ、何から何まで全部俺がやるわけじゃないだろ。どっかから誰かを連れてきて、いきなり新しいことをさせるんだぞ? いきなり上手くいくわけねえだろ。それこそ領主ならわかるだろ」
「むぅ……」
その上ガイカク自身が、それなりには経営をわかっていた。
だからこそ先代が自滅しかねない暴走をすることもなく、冷静になるよう促すことができていた。
またその『できない理由』が、ガイカク側でも先代側でもないことが大きかった。
「確かに、才ある者ならまだしも、そうではない者には難しいだろうな。まったく、無能はいつも足を引っ張る」
「ああ、はいはい……わかってくれてよかったぜ」
「で、お前のおすすめはなんだ」
「最初からそう言ってくれれば、俺も提案しやすかったんだがな。まあいい……『流れ橋』なんてどうだ? この国の建築基準だと違法なんだが、お前が自分の領地で作る分なら問題ないだろ」
先代は、万能感に酔いしれていた。
この男と話せば話すほど、自分の正しさが増していく気がする。
(やはりこの男は、私に仕えるべきだった! 騎士団などに置くなどもったいない、私のような領主にこそ仕えるべきだったのだ! そうしてこそ、この男の力は最大に活かされる! いや……私だけだ、私にこそふさわしい! ティストリアとやらのところに居ても、ただ腐らせるだけ、好き放題させるだけだったのだ!)
だがそんな万能感は、すぐに終わりを迎える。
「俺も正直作ってみたかったんだが……」
二人のいる部屋に、足音が近づいてきていた。
「どうやら時間切れみたいだな」
「た、大変です、先代様!」
先代の側近である猛者が、騎士団からの手紙をもって部屋に入ってくる。
「き、騎士団から、宣戦布告の文書が! 奇術騎士団を不当に拘束していることへに報復として、全騎士団を集めて、カーリーストス伯爵領に侵攻するとのことです!」
「な、なんだと!?」
宣戦布告されるだけの心当たりはあるが、それはありえないはずだった。
電撃的な情報の封鎖は成功しており、騎士団に悟られるようなことはありえないはずだった。
(バカな……いくらなんでも早すぎる!)
「うわあ……思ったより早いな」
そしてその驚きは、ガイカクも同じだった。
一切の余裕をなくした先代伯爵は、その両手でガイカクの胸ぐらをつかむ。
「貴様……私との約束を破り、外に救援を要請したな! だが貴様は常に監視下にあった……なんの手品を使った!」
「おいおい、勘弁してくれよ。お前さんもわかってるだろ? いくら何でも早すぎるって」
不敵なガイカクの言うとおりである。
このカーリーストス伯爵領と騎士団総本部の位置関係からして、宣戦布告の文書が届くまでの時間を逆算すると……。
「私が送った『奇術騎士団が全員死んだ』という文書が届いてから疑ったのではない……早すぎる!」
「だが俺たちが捕まった後、救援を要請しても間に合わない。もっと早い段階で報告が行ってないと、今には間に合わない。そうだろ?」
「……そうだ。認めたくないが、私たちがお前たちを拘束するより先に……拘束の準備を始めた段階で報告を始めていなければ、間に合わない。だが……」
「それを俺たちがしていたのなら……俺たちはアンタの策謀に途中で気付いていたってことになる。それなら別動隊に、少し違う動きをさせているはずだ」
「そうだ、それならば……!! 気球か、噂の気球を使ったのだな!? それなら報告も速いし、こちらへの送信も早くなる!」
「ん……まあ言いたいことはわかるが、違うぜ」
ガイカクはあけすけに、トリックとも言えない真相を明かした。
「知っての通り、俺たちは違法技術をいくつも抱えている。それを悪用、濫用しないか、常に監視されているのさ。その監視員がお前らの動きに気付いて、ティストリア様に報告していたんだよ」
「な……!」
「な? 俺も、俺の部下も、何もしてないだろ?」
筋が通りすぎる発言だった。
それが余裕の根幹、希望の源だと今更理解したのだ。
だがだとすれば、本当に……。
「つまりお前達は、ずっと私たちを笑っていたのか? お前たちを監視しても、隔離しても意味がないと……お前たちを拘束したときには、もう手遅れだったのか?」
「ああそうだぞ、手遅れに周回遅れで気付けたわけだな」
「~~~!」
確かにガイカクもガイカクの部下も、約束は破っていない。
だが先代伯爵が破滅に向かっていることを、あえて教えていなかったのだ。
それは自己中心的な性格をしている彼にとって、裏切りに他ならない。
「貴様……!」
「おっと、俺を殺すか? 傷めつけて、仕事をできなくさせるか?」
だがガイカクの言葉で、彼は我に返る。
今の先代伯爵は、両手でガイカクの胸ぐらをつかんでいる。
しかし左右の腕には明らかに差があり、完治には程遠い。
(もしもこの男を傷つければ……私の手はもう治らないし、部下も同じだ……。殺してしまえば、この男の生み出す富は消えてなくなる……!)
致命的な裏切りを受けてなお、先代伯爵は決断ができなかった。
そしてそれこそが、ガイカクの主になる資格なのである。
「出来ないだろ? それがアンタの限界だ。これがティストリア様なら、一瞬もためらわずに俺を殺すだろうな」
それは、先代伯爵でも理解できる理屈だ。
いやむしろ、彼の価値観にそぐうものだ。
(この男は、私を舐めている……どうせ殴れない、どうせ殺せないと思っている! そして……私は、それができない……!)
実行できない暴力に、なんの権威も宿らない。
だが有用性を知ったうえで、なぜこの男を殺せるのか。
それでも彼は、負けを認められなかった。
もう手遅れであり、無意味であると知りながら、ガイカクを脅そうとする。
「……忘れているのか、こちらにはお前の部下という人質がいるのだぞ。それも、豪華に200人もな! まず見せしめに、お前の前で半分殺してやる! お前は私を出し抜いたつもりだろうが、結局部下を守れなかったのだ!」
「おいおい、気は確かか? 俺たちの動きは監視されていたんだぞ?」
ガイカクは、それこそ全身を舐め回すように舐めていた。
「今頃、俺の部下たちは……」
「……! 野城に連絡をしろ! 全員を……いや、一人でもいいからここに連れてこい!」
「ははは! もう遅いって!」
「あそこには私直属の猛者が多くいる! 救助部隊が来ても、持ちこたえているはずだ!」
「そうだろうな。でもまあ……相手が騎士団じゃなかったら、の話だぜ?」
害悪、邪悪、醜悪の極み。
そんな笑みを、ガイカクはあらわにしていた。
ここで先代伯爵は、ようやく理解した。
(私は……なんという怪物を懐に入れてしまったのだ……!)
色々な意味で……この男を拘束しようとした時点で、既に詰んでいたのだった。
本日も公式Xが更新される予定です、チェックお願いします!