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エリートエルフ討伐依頼

 よく晴れた日のことであった。ボリック伯爵の治める城下町にて、とある催しが行われようとしていた。それを見るために多くの見物人が集まり、人込みを成していた。

 城下町に暮らす人々と言っても、貧富や職種などさまざまである。士農工商を問わず多くの人々が暮らす街で、その様々な人々が集まっていたのだ。

 見物料を取らないのは当然のこと、誰もが興味津々の見物が始まることを意味している。


 わいわいがやがや、という雑踏の中……たいそう、たいそう鼻高々な男が現れた。

 この城下町の長、ボリック伯爵である。その姿を見て、失笑する者も多い。

 なにせお世辞にもやせているとはいいがたく、背も高いとは言えない。そのうえで顔もそこまで良くないのだから、彼が自信ありげに歩いているだけで、道化めいた振る舞いに見える。

 本当に高価な服を着ていて、本当に高貴な人間なのだから、なお面白いのかもしれない。


「うおっほん!」


 観客たちを前にして、ボリック伯爵はとても大げさに咳払いをした。

 それを見て、観客たちもさすがに空気を読む。相手がお偉いさんということもあって、一斉にだまった。


「この度は吾輩の演習を見るべく集まってくれて……とてもありがたい」


 現在彼は、町の中に用意された、大きな囲いの中にいる。

 現在囲いの中には、人間は彼しかいない。他にあるのは、彼が壊す『的』だけだ。

 敷居はかなり広く作られており、なおかつ砂袋なども置かれていて、ある程度の安全措置も取られていた。

 なんとも物々しい雰囲気だが、その本格さがわくわくを誘う。


「今回の的は……この『不動岩』だ。知らぬものもいるのでわかりやすく説明すると……魔法以外では壊れない……魔法以外からの攻撃には非常に頑丈な性質を持っている」


 その不動岩は、一種の水晶に見える。だが異様なほどに透明度が低く、とても黒かった。

 よく知らぬものは『へえ、そんなものがあるのか』という顔をしており、よく知っている者たちは疑いの目を隠せない。


「そうだ……あの不動岩は、とても硬い。魔法以外で壊れた例はそう多く聞かないし……魔法であっても、そう簡単には壊れない」

「あれだけの大きさの不動岩ともなれば、一般的な魔法使い十人が、全力を出し切ってようやく壊せるほどだぞ」

「それを……あの男が、一人で? 魔力の研鑽に体形は関係ないが、到底できるとは……思えない」


 よく知る者たち……つまり魔術師たちは不可解そうな顔をしている。

 正直に言って……専門家でも何でもない、領主が趣味でやっている程度の魔術で、あの不動岩が壊されてたまるか、という気分になっていたのだ。

 もっと言うと、「あのデブにできてたまるかよ」でもあった。


 そんな視線を、嬉しそうに受け止めるボリック伯爵。

 他人から実力を疑われ、それを見返すのは実に気分がいい。


「ではこれより……我が魔術をお見せしよう」


 ボリック伯爵は、前置きもそこそこに、自分の指をその岩に向けた。

 ほどなくして、その不動岩に『赤い点』が灯る。

 もっとも、それに気づいた者はいなかった。巨大な岩に、赤い点がついたところでわかるものはいまい。

 しかし、その点が灯ったあと……。


 ごごごうん。


 すさまじい音を立てて、巨大な岩に魔術が着弾していた。

 衆人の前で実践されたにもかかわらず、誰も伯爵が何時魔術の準備をしていたのかわからなかった。

 いつの間にか魔術が発動し、そのまま巨大な不動岩は壊されたのだ。


「おお……相変わらず、すげえなあ……」


 魔術について詳しくない者は、目のまえで凄いことが起こったとしか思っておらず……。


「バカな……ろくに呪文も唱えず、魔法陣も構築せず……どうやって?!」

「おい、ちゃんと見ていたんだろうな?! 例えば周囲にいる誰が、代わりに魔法をつかったとか……」

「いや、まったくいなかった。というよりも、あれだけの不動岩を粉々にできるほどの魔術、その準備をしていれば誰でも気付けたはずだ……」

「では一体どうやって……どんな手品をつかっているのだ?!」


 そんな視線を浴びながら、ボリック伯爵は悠々と退場していく。

 演習という名の魔術自慢大会は、今回も成功していた。

 貧富の差、知識の差も関係なく、ボリック伯爵の魔術に驚嘆の念を隠せなかった。


「聞いたかよ、魔術の腕が王家の耳にまで届いて……魔術師として騎士団に招き入れるかも、なんて話もあるんだと!」

「おいおい、マジかよ……国家の最精鋭に、あのデブが?」

「いやあ……あれだけの魔術を苦も無く使えるんだから、推薦されても不思議じゃねえさ……」


 周囲から『凄腕の魔術師』として認識され、敬意を抱かれる。

 はっきりいって、とても楽しい。誇らしげに胸をはり、腹を揺らしながらボリック伯爵は囲いの外へ出て、お付きの者たちと一緒に城へと戻っていった。

 もちろんお付きの者たちもボリック伯爵に対して一種の緊張感を持っており、もしも機嫌を損ねれば自分も粉々にされるのではないかと怯えてさえいた。


 だがその恐怖もまた、心地よい。

 彼は自尊心を大いに満たし、城の中、自室へと入っていく。

 そこで彼は全身を、ぜい肉を震わせながら大いに笑っていた。


「くふははははは! 馬鹿どもめ……下民どもめ……この私に対して、ようやく正しい畏敬を向けて来たな!」


 彼の主観において、領主とはえらいもので、伯爵とはえらいものだ。

 だからこそ、その自分に敬意を向けない者たちは間違っている。

 その間違いがようやく正され始めたことに、彼は快感を覚えていたのだ。


「伯爵様……ご機嫌そうで、何よりでございます。伯爵様の喜びは私の喜び……私も嬉しゅうございます」


 伯爵は、この部屋に誰も連れてこなかった。

 にもかかわらずこの部屋に誰かがいたということは、つまり伯爵よりも先に入室していたということである。


 とてもくたびれた布を羽織っている、背の曲がった、縮こまっている男。

 彼はわざとらしいほど卑小に振舞いつつ、伯爵を賛美していた。

 その顔は、まったく見えない。わざとらしいほどに、顔を見せないようにしている。


「お前か……ガイカク」


 やや気恥ずかしそうに、伯爵は咳払いをした。

 とはいえ、他でもない彼に対してはその程度ですむ。

 もしも他の誰かが聞いていれば、それこそ適当な口実で殺していたかもしれない。

 それらしいことは一切言っていないのだが、『とある不都合な真実』へたどり着きかねない者は排除しなければならないのだ。


「いかがでしたか、今回の見世物は」

「上々だな……以前のように、魔術以外の何かを使っているのではないか、という声は小さい。その上……誰もかれもが尻尾をつかもうとしているからこそ『近くに誰かがいて代わりに魔術を使っているのではないか』という声も否定され始めた。疑っているからこそ誰もが確かめ、そして真実だと思い込むのは皮肉だがな」

「それはそうでしょう……とはいえ、そろそろ私ごときの手品ではごまかせぬ『本物』が来るやもしれません。そろそろ示威行為もお控えになった方が……」

「……そうかもしれんな」


 ガイカクという、わざとらしいほど怪しい男。

 彼からの進言を聞いて、ボリック伯爵はやや不満そうだった。

 言いたいことはわかるのだが、どうにも辞められそうにない。


 極論、あんな見世物の実利はさほどでもない。

 伯爵様スゲー、で終わってしまうのだ。

 このボリック伯爵としてはそのスゲーに飢えているのだが、『手品』を見抜かれては元も子もない。

 卑小なものが相手ならまだしも、騎士団のような発言力のある者にバレては口封じのしようもない。


「ま、まあその話はおいておこう……仕事の話だ」


 そういって、ボリック伯爵は数枚の金貨を渡した。

 これは先ほどの『見世物』への報酬であり、実質的なチップに過ぎない。

 そんなことはガイカクもわかっているので、受け取っても帰ることはなく、手元が見えないようにメモを始めた。


「実はな、王家より密命が届いておるのだ。騎士団から抜けたエルフ(・・・)が、私の領地に入り込んでいるとな」

「……それは、尋常ならざる事態ですな」

「その通りだ。騎士団に属していたのならどの種族であれ危険に変わりはない、私の兵では多くの犠牲が出てしまう」


 ボリック伯爵はガイカクの相槌に正しく応じた。

 騎士団のメンバーならば、それこそ精鋭。どんな理由で抜けたのかはわからないが、少なくとも一般兵では勝ち目はない。

 おそらく彼の部下たちも、大いに賛同するはずだ。

 だがそこまで言ったところで、ボリック伯爵は忌々しそうな顔をする。


「騎士団から抜けるなど……考えられん」


 はっきり言って、彼は劣等感を抱えていた。

 それこそ見た目通りに実力の乏しい彼は、実力を持つものをねたんでいた。

 できることなら、殺してやりたいほどに。

 領主であり伯爵であり、とても偉いはずの自分。それよりも称賛される者たち、スゲースゲーと誰もが認められる者たち。

 そんなものが、許せない。


「叶うなら、私の手で、殺してやりたい……!」


 その震えは、小男の震えであった。

 はっきり言って、器の小さい男であった。


「伯爵様……どうか怒りをお鎮めください。私に命じてくだされば、速やかに排除いたしましょう」


 ガイカクは伯爵へ、なんとも甘い言葉をささやいた。


「現役の騎士ならまだしも、抜け出た落伍者など問題ではありませぬ。無様な死体を、ここへお持ちいたしましょう」

「そうか……」


 この言葉を、もしも勇壮なる美男子が口にすれば。

 如何に自分の部下であっても、あるいは息子であったとしても、嫉妬から苛立ちをぶちまけていただろう。

 だが相手は、絵に描いたような怪しい男だ。

 およそ正道からほど遠い、外法の使い手だ。


 卑しいものに、妬ましいものが引きずり降ろされる。

 それはなんとも、愉快な話である。


「潜伏している場所は、ある程度絞り込んでいる。その場所の地図を渡そう」

「おお、ありがたき幸せ……」

「さすがにそこまで任せていれば、いつになるのかわからんのでな」


 実際のところ、伯爵の領地はかなり広い。

 この中に潜伏している者を探るとなれば、普通に伯爵自らが人を使うのが一番だった。

 

「その地図にある山を根城として、そこそこの規模の山賊団が縄張りを作っている。近隣の男たちが集まって立ち向かったが、凄腕の魔術師によって大打撃を受けたとか……おそらくその魔術師こそが、騎士団から抜けたエルフだろう」

「……違ったとしても、討伐せねばなりますまいな」

「うむ、期待しているぞ。それから言うまでもないが……」

「はい……私めは何も知りませぬし、何も口にしませぬ」


 想定が正しいのなら、仮にも騎士だった者が山賊の頭になっている。

 そして周辺へ被害を加えているのなら、それは不祥事に他ならない。

 そうそうに壊滅させ、何もなかったということにするほかない。


「ただ……卑しき山賊が壊滅した……それだけでございます。それを討ち取った『誰か』が武名を謳うことはなく、ただ領主様の民が安寧を取り戻すだけ」

「そうだ、それでよい」


 そこまで言ってから、領主は金貨の詰まった革袋をいくつか机の上に並べた。


「これは手付金だ、頼むぞ」


 その金貨がどれだけの価値があるとしても、命がけの仕事であることに変わりはない。

 仮に伯爵の兵一人一人へこの金貨を渡したとしても、大抵は逃げ出すほどの大仕事だ。

 金で(自分の)命は買えないのだから、いくら出しても請け負わないだろう。


「お任せを」


 それを請け負うこのガイカクは、つまり死なずに成し遂げる自信があるということだった。



 うっそうと木々の茂る山間の道、そこを四頭引きの馬車が一台で進んでいた。

 なんとも怪しい風体の御者が、その四頭の手綱を握っている。

 また馬車は少々立派なことに、布製の屋根がついている。そのため積み荷を遠目で確認することはできず、ますますの怪しさを醸し出している。


 だがしかし、怪しく見えるだけ、と言われればそれまでだ。

 それっぽく見せて山賊を遠ざけよう、という浅はかな考えと言えなくもない。


 だからこそ、その周辺を縄張りとする山賊たちはその馬車を包囲していた。


「おいおっちゃん! その馬車から降りて、どっかに行きな! そうすりゃあ命だけは助けてやるぜ」

「俺たちは慈悲深いんでな……まあ、殺して汚れたら面倒ってだけなんだが……」

「お前は死なずに済む、俺たちは働かずに済む。ウィンウィンの関係だな」

「わかったらとっととどっかに行きな、俺たちの気が変わらねえうちによ」


 山賊たちは、御者などどうでもよかった。

 彼が荷車を置いてどこかへ行くのなら、一々追いかける気はなかった。

 懐を探ってやろうなど思わないし、逃げ延びて自分たちのことを喧伝されてもよかった。


 とはいえ、御者が粘ればその限りではない。

 彼らは遠慮なく暴れるつもりだった。


「……かかったか。お前たち、出番だぞ」


 だがしかし、彼らの期待は根本的に否定された。

 馬車の荷台から、ぞろぞろと『人』が降りてきたのである。

 いやさ、そもそも一見して人ではなかった。


 山賊である人間の男たちをして、見上げるほどの毛むくじゃら。

 それこそ雪男と見まごうほどの、剛毛の巨人。

 およそ二メートルほどの、毛だらけの怪物。

 手足や胴体がやたらと膨らんでいるその姿は、一種肥満体にさえ見えた。


 そしてそれらの最も恐れるべき点は、両腕に盾や剣が縛り付けられているということだろう。

 その装備はどう見ても、兵士であった。


 最も悲惨な点は……その馬車から降りて来た人数からして、他に積み荷が一切ないということだろう。

 とはいえ、その悲惨な事実に気付くよりも先に、その巨大な毛むくじゃらたちは山賊へ襲い掛かった。


「はあ、ああああああ!」


 どすんどすんどすんと、巨大な怪物が歩みを進める。

 それはさながら小さめの象のようですらあり、ただ進むだけでもすべてをなぎ倒していきそうであった。

 それらが体格に見合った剣を振り回しているのだから、一般の人間がどうにかできるとは思えない。

 実際、まったく相手にならなかった。


「ぎゃ、ぎゃあああ!」

「なんだ、こいつ?! 新手の怪物か?!」

「バカ野郎! ぶっ殺しちまえ!」


 山賊たちも、無抵抗ではなかった。

 防具などという立派な物はないが、それでも鉄の剣ぐらいは持っている。

 それを振りかぶって、無防備な背中へ切り込んだ。


「だ、駄目だ、歯が立たねえ!」


 切り込んだ手ごたえで、もう勝てないと諦めてしまった。

 まず、毛皮が分厚過ぎた。全力を込めて斬り込んでも、刃が通る気配がない。

 その上、毛皮の奥には肉が詰まっている。その丈夫さは、見た目通りの怪物である。


「あ、ああああ!」


 そしてその怪物たちは、腕に縛ってある剣を振るった。

 普通の人間なら両手でようやく持てるかという大きさの剣を、片腕で振り回している。

 ただそれだけで、山賊たちが斬り跳んでいく。一振りで大人が三人はまとめて吹き飛んでいく。

 鉄の剣の切れ味どうこうではない、体重と腕力が違い過ぎる。

 接近戦をするには、攻撃力と防御力が違い過ぎた。それこそ、総合して五倍ほどは差があった。

 五倍も差があったら、それこそ五対一でも勝ち目はない。ましてや怪物は十人ほどもいて、山賊たちは二十人ほどしかない。戦う前から勝敗は明らかだった。


「魔術師様に……エルフ様に来てもらわねえと! これはもう、勝ち目がねえ!」

「そうだ、こういう時こそエルフ様に……」


 山賊たちからエルフの名前が出たところで、毛むくじゃらたちもひるんだ。

 分かりきっていることではあったが、それでも緊張する名前である。

 そしてそのひるみを見て、山賊たちは大いに笑った。


「へへへ……てめえらがどんだけバケモンでもなあ……」

「俺たちの御頭は、半端じゃねえんだぜ?」


 我がことのように自慢する山賊たち、その顔は既に勝利を確信していた。


「なにせなあ、御頭は……騎士団に所属していたんだからなぁ!」


 山賊たちが勝ち誇っているところで、静かな足音が近づいてきた。

 とてもおかしなことだが、静かな音なのに存在感がある。

 殺し合いをしていたはずなのに、誰もがだまってその足音のヌシへ視線を集めていた。


「……ふむ、ほのかに保存液の臭いがするな」


 それは、まさにエルフの男性という風体だった。

 背は高く、耳は長く、髪は金色で、肌は白い。

 手足は細く長く、着ている服も極めて軽い。

 所作には気品があり、表情には傲慢さが透けている。


「加えてその怪しい兵隊……そうか、お前は」


 だがその本人よりも目立つのは、彼の周りを守っている光の壁だろう。

 一枚一枚は紙のように薄いのだが、しかしそれが十一枚と重なって分厚い壁を構築している。

 そのマジックバリアを見ただけで、御者は……ガイカクは慄いた。


魔導士(・・・)か」

「……騎士団に所属していたエルフ、というのは間違いではないらしいな。シェルター型のマジックバリアをこうも多重に重ねているとは……」


 お互い、『魔』に対する専門家である。

 ただなんとなく察するのではなく、極めて具体的に互いの存在を見抜いていた。


「なるほど、私への刺客というわけだな? てっきり元同僚が来るかと思ったが、脱落者ごときに高貴なる騎士様はいらっしゃらないということか。ならば……見て見ぬ振りができぬほど、派手にやってやる必要がありそうだ」

「……おとなしく国に帰ればいいものを、なんでまたそんな無謀な真似を」


 エルフは、明らかに怒っていた。

 それこそ、ボリック伯爵と同じように憤慨している。

 体格も才覚も種族もまったく異なる二人だが、その感情は似ている気がした。


「……まず、言っておく。お前の言うように、騎士団を呼ぶなど無謀だ。騎士団には私と同等以上の猛者が大勢いる、私一人で対抗できるわけもない。よって、無謀という表現は適切だ」

「……」

「だが……それを貴様に言われる謂れはない」


 露骨に敵意を向けて、光の壁越しに激怒を伝えてくる。

 見苦しく地団太をふむことはないが、それは暴力を実行する予兆に過ぎない。


「おおかたこの地の領主から派遣されてきたのだろうが……お前の方が無謀だったと知れ」

「……いやあ、そうでもない」


 御者、ガイカクは、その顔が見えないまま笑った。彼がその指先をエルフに向けると、彼の周囲を守る光の壁に小さな赤い点が灯った。


「勝算はあるさ、だから来たんだ」

「何を……」


 直後である。

 それこそ周囲に土煙が吹きかかるほど、強力な魔力攻撃が光の壁に着弾していた。

 エルフの配下である山賊たちをして、何が起こったのかまるでわからない。

 傍から見てもわからないのだから、着弾したエルフはもはや何もわからぬまま死んだ、かと思われた。


「……驚いたな、素直に驚いた。十一層にも重ねたシェルター型のマジックバリアを、一撃で十層までもっていくとは。もしも手抜きをしていれば、今の一撃で倒されていたかもしれないな」


 だがしかし、エルフは生きていた。

 怒りは消えて、驚いてはいるが、それでもまるで傷を負っていなかった。

 彼の周囲にあったマジックバリアのほとんどが破壊されているが、それでも一番奥までは壊れなかったのである。


「す、すげえ! 全然余裕だ! ピンピンしてるぜ!」

「流石騎士様! 何が起きたのかわからねえが、こりゃあ勝った!」


 健在な彼の姿を見て、山賊たちは歓声をあげた。

 逆に、毛むくじゃらの怪物たちは恐怖で一歩下がった。

 その毛むくじゃらたちに隠れるガイカクもまた、耐えきられたことに驚愕している。


「バカな……今の一撃は、一般的な魔術師十人が、全魔力を注ぎ込んだのと同等だぞ?!」

「ああ、それぐらいの威力はあったな。お前の計算は、極めて正しい。私のマジックバリアは、一層につき『一般的な魔術師一人分』の魔力が込められている。それを十層破壊したのだから、お前の見込み違いということはない。ただ……私はエルフだ」


 エルフは、圧倒的な優越感をガイカクに見せていた。

 相手が無知な虫けらではなく……実力差を理解できる程度には物を知ってると判断したからこその優越感だった。


「エルフは魔力に秀でており、どんな底辺でも人間の魔術師二人分、並の者なら五人分は持っている。とはいえ、その程度の輩なら、今の一撃で倒せただろう。たとえすべての魔力を防御に注いだとしても、だ」


 彼は説明をしながらも、優雅に呪文を唱えた。

 それによって彼の前に精密で大きな魔法陣が構築されていき、それが完全となった瞬間に再びマジックバリアが展開された。


「だが私の魔力は、人間の魔術師四十人分(・・・・)を超える……。その私にとって、今の一撃は片手間でも防げる攻撃にすぎん」

「……騎士団に所属していたのは、伊達じゃないな」

「私に及ばないとしても、お前もそれなりだ。本当におどろいたぞ、今のは私でもどうやったのかわからないほどだ。だが……」


 エルフは己の周囲を守るバリアを誇示した。


「今の攻撃、一発撃っただけでも大したものだが……そう何発もは撃てまい。ならばお前の手札は、その野蛮な兵だけ……それで私に勝てるとでも?」


 エルフは再び呪文を詠唱し、魔法陣を構築する。

 するとマジックバリアの外側にいくつもの光の弾丸が生まれ、ガイカクに向かって飛んでいった。

 もちろん怪しげな兵たちがそれをかばうのだが、その兵の持つ革張りの盾はその一発を受けただけで砕ける。


「きゃあああ!」

「だ、大丈夫?!」

「この盾を、一発で……!?」

「あれだけのマジックバリアを展開しながら、この威力の魔力攻撃を……!」

「これが騎士団所属のエルフ……格が違い過ぎる!」


 その兵たちの声を聴いて、山賊もエルフも少し驚いた。

 その声が高く、口調も女びていたからだ。

 いやそもそも、言葉を発したことも驚きであった。

 だがしかし、倒すこと、殺すことに変更はないのだが。


「お前ら、大丈夫か?」

「はい、親分……盾が壊されただけです」

「そうかそうか、ならいいさ。お前たちが無事なら、赤字にはならない」


 ガイカクは周囲の『女子』たちへ気づかうと、改めて指をエルフに向けた。

 すると先ほどのように、赤い点がバリアに灯る。


「……何の真似だ? もう撃てまい」

「いやあ、そうでもないんだ」


 不審がるエルフだが、ガイカクは笑っていた。

 そして、実際にその攻撃は着弾する。

 先ほどとまったく変わらない威力で、マジックバリアの十層目まで破壊していた。


「な、なんだとぉ?!」


 やはり無傷なエルフだが、その顔は驚愕に染まっている。

 その狼狽ぶりを見て、山賊たちも動揺し始めた。


「ば、バカな……こんなこと、できるわけがない! いくらお前が魔導士だとしても、発動に呪文の詠唱を必要としないとしても……魔力の用意ができないはずだ!」


 エルフは慌てて呪文を詠唱し、魔法陣を構築する。

 三度目のバリア構築して、周囲を見渡す。


「この威力の魔力攻撃、近くで誰かが代わりに使っているのなら、すぐに分かるはずだ! 私だけではなく、手下もいる……わからないということはないはずだ!」


 一度目だけなら、ありえなくもないと評価していた。

 だが二度目が来れば、評価どころかおののくしかない。

 そう、三発目への警戒である。


 そしてそれは、正しかった。


「お前は! 一体、何をした?!」

「さあなあ」


 必死なエルフを、ガイカクは嘲った。

 その直後に、三発目の魔力攻撃が着弾する。


 やはり、防ぎきられる。

 最後の一層目まで、威力が達していない。

 これだけの威力の攻撃を、三度も命中させた。にもかからわず、傷一つ負わせることができていない。


「やっぱりアンタは大したエルフだ。こっちが二発目三発目を撃つより先に、これだけのバリアを再構築できるんだからな。それさえなければ、二発目で勝っていたんだが……」


 にもかかわらず、ガイカクの余裕は崩れない。

 彼を守る毛むくじゃらの兵士たちも、驚く一方で逃げる様子もない。

 それはつまり、まだ撃てることの証明だった。


「ひ、ひぃいいいいい!」

「ち、畜生、こんなのどうしようもねえ!」


「ま、待てお前たち! 逃げるな!」


 配下の山賊たちは、旗色が悪いと見るや遁走を始めた。

 なんともみじめでみっともないが、ある意味賢明と言えた。


 エルフは自らを守るバリアを、四度目だがかけ直す。

 それをしつつ山賊たちを引き留めようとするが、声にまるで覇気がない。


「さあて、四度目のバリア、四度目の攻撃だ。これが終わった後、余力が残っているのはどっちかな?」


 ガイカクの言う通りだった。

 もしも四発目があるのなら、エルフはそれを防ぎきることができたとしても、ほぼすべての魔力を使い果たす計算になる。

 いやそもそも、四度目のマジックバリアを構築した時点で、既に攻撃に回す魔力が残っていない。


「ファイア!」


 ガイカクは、なんの意味もない言葉を発した。

 その直後、エルフが残った力のほとんどを使い切って構築したバリアに攻撃がさく裂する。

 それが終わった後には、一層だけになったバリアの中で、地面に倒れているエルフが一人いるだけだった。


「いやあ、アンタ凄いわ。四十人分を越える魔力っていうのも、伊達じゃねえや。実際こっちも今のが最後でね……四発は撃てても、五発は撃てないんだな~~」

「ぐ、ぐうう……!」


 手下は逃げ散り、自分の魔力は枯渇寸前、残っているのはバリアが一層だけ。魔力を使い切ったエルフは、どこまでも無力だった。

 対するガイカクは、今の『正体不明の攻撃』を使い切っても、毛むくじゃらの女兵士たちが健在だった。

 戦力差は、明らかである。


「どんな手品(・・)だ!」


 エルフは残った力で、大きく叫んでいた。


「最後にそれだけ教えろ! これだけの威力を連発するなど……それだけの準備を、どうやって隠した!」

「ふうむ、あの馬車の中に隠してあるとか?」

「そんなわけがあるか! そこの兵士たちを入れたら、それで満杯だろう!」

「そうだなあ……まあぶちゃけ、教える理由もないんだが……」


 ガイカクは悪戯っぽく、頭上を指さした。

 エルフはそれにならって、自分の上を向く。

 這いつくばったまま、木々の生い茂る森の中で見上げた。


「?!」


 そこには、何もなかった。

 いや正しく言えば、木々の枝葉でできた「屋根」に、大きな穴が開いている。

 もしもその穴が『攻撃の軌道』を示すのだとしたら……。


「まさか?!」

「そう、そのまさか。じゃあ死ね」


 毛むくじゃらの兵士たちは、腕に固定されている剣でバリアを叩き始めた。

 最後の守りはあっさりと破られ、中にいたエルフもまた抵抗できずに殺された。


「……みじめなものですね」


 実際に殺した毛むくじゃらの兵士たちは、殺したくせに憐れんだ。

 殺して然るべき相手だと思いつつ、その末路を憐れんだ。


「このエルフは、数万人に一人の天才だとおもいます。それなのに、こんな簡単に死ぬんですね」

「そりゃそうだろう、希少さなんてものは「ありがたみ」以上の価値はない……!」


 今この場において、さほどのこともしていないガイカク。

 彼は全く疲れた様子もなく、ただ品評をする。


「さっきも言ったが、四十人分の魔力を持っているのなら、それだけの魔力をぶつければ力尽きるさ。それに、『簡単』でもない。それはお前たちもわかっているだろう?」


 そう、簡単ではない。

 簡単に勝っているようにみえても、まったくそんなことはない。


「さ、野営地に戻るぞ。その死体は大金に変わるんだ、しっかり詰め込んでおけよ」


 エルフが最後に悟ったように、実態はとんでもない大作戦だったのだ。



 戦闘が行われた山道より、直線距離にして一キロほど先の地点。

 木々のない岩肌の露出した崖に、いくつかのテントが張られていた。

 数人が寝泊まりするためのテントなどではなく、兵士たちが十人も寝泊まりするような、そんな大型のテントばかりであった。

 そのテントを運んできたであろう数台の馬車も留まっており、それこそ『野営地』というほかない場所であった。


「ああ、親分! 戻ってきたんですね!」

「おうよ、こっちは襲撃されなかったみたいだな」

「はい! ここは無事です!」


 そしてそこに、ガイカクの操る馬車が合流する。

 それを迎えたのは、やはり毛むくじゃらの女兵士たちである。

 この野営地にも十人ほど護衛として立っており、襲撃への備えとなっていた。


「あああ……超、喉乾いた……」

「水~~! 塩と砂糖混ぜた水、ちょうだい~~!」

「汗だらだらなの~~! 倒れそうだよ~~!」


 ガイカクの護衛を務めていた毛むくじゃらたちも、馬車から降りてくる。

 誰もがへろへろで、体格に見合わず弱弱しかった。


「親分~~! もう脱いでもいいですよね~~?」

「おう、いいぞ」


 そんな彼女たちは、武器を捨てると『毛皮』を脱ぎ始める。

 そう、一種奇妙だったが、彼女たちは胸の前から毛皮を開いて、着ていた毛皮から飛び出してきたのだ。


 中に入っていた、つまり毛皮を着ていた彼女たちもまた、2メートルほどの大きな女性である。

 顔こそ若々しいが、体つきは普通の人間よりも大きく、筋肉もついている。

 そのうえで頭には短めの角が生えているのだから、人ではないと一目でわかる。


 だが目を惹かれるのは、その彼女たちが脱いだ服のほうだろう。

 その毛皮の内側には、分厚い筋肉と骨格が見える。確かに脈動しており、それこそ生きているかのようだった。

 

「毎度思うんですけど、コレ暑いですよ~~……親分、なんとかなりませんか?」

「現在鋭意改良中だ!」


 目を輝かせつつ、ガイカクは応えていた。

 その輝きぶりが、逆に痛々しかった。


「もういいや、水飲もう……」

「そうだね……」


 彼女たちは早急な解決を諦めて、とりあえず欲求を満たすことにした。

 分厚い『生き物(よろい)』につつまれて戦闘をしたため、ものすごく汗をかいていたのである。

 水分補給塩分補給は、速やかに必要だった。


「お、旦那様だ~~!」

「旦那様~~!」


 そんな彼女たちが野営地に入っていくところで、入れ替わる形で野営地から子供のような集団が出てくる。

 各々の肌の色は人のそれから外れており、やはりよく見れば人間ではない。

 その面々は、やはり十人ほど。彼女(・・)たちもまた、ガイカクの下僕であった。


「おお、お前たち。野営地の運営、ご苦労さん。今回もよくやってくれたぜ~~」


「えへへ! 頑張りました!」

「お料理はもうできてます!」

エルフ(・・・)の子たちも、ちゃんと看病したよ!」


 まるで子供のような、あるいは犬猫のようになついてくる。

 それに対してガイカクもまた、飼い主のように、求められるように相手をしていた。


「大変だったろう、お前たちがいてくれなかったら、こんな作戦はできなかったぜ」


「私たちも大変だったけどさ~~、エルフの子たちが大変だったんだよ?」

「いまみんな寝ているからさあ、見てあげてよね」

「みんな不安そうだったんだよ~~全員倒れちゃったからさ~~」


「ああ、わかってる。もうテントにいるんだろう?」


 ガイカクは彼女たちをねぎらい終えると、そのまま野営地へと入っていく。

 いくつかある大型のテントの内一つに入ると、折り畳み式の簡易なベッドが多く並んでいた。

 そこにはすでに、大勢のエルフが寝ている。誰もが快眠というわけではなく、それこそ疲れ切っていた。


「みんな、お疲れ。よく頑張ってくれたな」


「あ、先生……」


 眠っているのは、若いエルフの少女たち。

 彼女たちはベッドから起き上がる余裕もないまま、ガイカクの方を見ていた。

 それこそ、首を動かすのがやっとという具合である。

 その人数、なんと二十人であった。


「お前たちが頑張ってくれたおかげで、何とか倒せたよ。あのエルフ、騎士団に属していただけに化け物だったぞ。なにせお前たち全員の攻撃を全部受けきったからな」

「はあ?!」

「わ、私たち二十人、全員の魔力をですか?!」

「そ、そんな……せめて最後の一撃で倒せていると思ったのに……」

「いやいや、エリート様を舐めちゃいけないぜ。結局最後は『オーガ』たちに倒してもらった」


 力を振り絞ったにも関わらず、倒しきれなかった。

 自分たち二十人よりも、相手一人の方が上だった。

 その事実に、疲労している彼女たちは打ちのめされている。


「まあへこむなへこむな、結局お前たちだけで削りきれたしな。今回の貢献者は間違いなくお前たちだよ。もう回復用の薬は飲んだよな? ここを離れるのは明後日だから、しっかり寝て休めよ」


 残酷な真実ではあるが、完勝という事実に比べればあまりにも儚い。

 あくまでも機嫌よさそうに、ガイカクはテントの外へ出た。


 そして、野営地の中心にある巨大な砲塔(・・)へと向かった。

 木製の砲塔は煙突のように長く、そして台座に固定されている。

 その台座自体が板の上に置かれており、さらにその板には太い線の魔法陣が精密に描かれていた。


「ふうむ……理論上は成功するものが、実証されたわけだが……知られていたら、通じるものでもない。やっぱり兵士相手に使うもんじゃねえな」


 その魔法陣によって発揮される現象がどんなものかと言えば、以下の通りである。


 1、魔法陣の上に載っている『五人のエルフ』から魔力を吸い上げる。

 2、吸い上げた魔力を砲塔に供給する。

 3、砲塔から誘導性の魔力攻撃を発射する。


 という、文章にすれば陳腐なものだった。

 よって、先ほどの戦闘、および先日の見世物で何が起きていたのかというと……。


 1、現場にいるボリックやガイカクが、誘導の目印となる赤い点を照射する。

 2、とんでもなく遠くに設置された砲台から魔力攻撃が発射される。

 3、目標に着弾する。


 という、手品というにはあまりにも大掛かりな仕掛けがあったのだ。

 とはいえ、この仕組みを見れば納得せざるをえまい。

 先ほど倒した騎士団に属していたエルフも、『上の方に穴が開いている?』『遠くから撃たれたのか?』『遠くに何十人も魔術師が待機していたのか?』と、論理的に正解へ至っていた。


 まあつまり、見世物を見て疑問を抱いていた魔術師たちも、先ほどのエルフも、何か見当違いなことを考えていたわけではない。

 とんでもなく遠くに大掛かりな仕掛けがあって、ガイカクやボリックの代わりに魔力攻撃をしてくれていたのだ。


 なぜ誰もがこれに気付けないかというと、魔力の攻撃が速すぎて上から接近することに気付けなかったことと、近くから目標物だけを凝視していると前置きなく吹き飛んだようにしか見えないということだ。

 もしも遠くから、しかも上の方からくると信じて見ていれば、その仕組みに気付く者が出ないとも限らない。

 だが知らなければ、防ぐことも妨害することもできないだろう。なにせ相手からすれば、一キロ先からの砲撃なのだから。


「……人間の魔術師で言えば四十人分、最底辺のエルフなら二十人分。いや、それさえ超える魔力量か。確かに、最底辺のエルフ二十人の魔力を全部ぶつけても、耐えきられちまったなあ」


 この砲台を作った男、違法魔導士ガイカク・ヒクメ。

 彼は自分の成果に酔いしれていた。


「だがな、お前は一人だった。みんなで力を合わせれば、勝てない方がおかしいんだよ」


 一人対六十一人。

 如何に鍛錬を積んだ天才と言えども、勝てるはずのない『数字』だった。

次の投稿は、12:00予定です。

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