大和と平行線の世界
#記憶の夢
美月と蒼空、それぞれから夢の話を聞いた。
実は僕も同じ夢を何回も見ている。
大人になった美月がその夢に出てくる。
夜、美月から電話が来て、今からあの海に連れて行ってと突然お願いされた。
移動中、車の中で蒼空の名前を呟きながらずっと泣いている。
海に着いてからも泣いているから、とりあえずすぐ近くにある駐車場に車を停めた。
しばらくすると、美月は疲れて助手席で眠りについたから、少しだけ眠ろうと思い、僕も運転席で一緒に眠った。
起きると隣に美月はいなくて、心配になって急いで車を降り探した。
海の方へ行くと、美月のスカーフだけが砂浜に落ちていた。
「美月…ごめん……」
満月の光が海に反射してキラキラ輝いている夜だった。
この夢は、夢ではなく平行線の世界で起こった現実。僕があの世界でいちばん強く残っている記憶。
#平行線の世界 蒼空と美月
蒼空と美月が仲良くなったきっかけは、中学2年の時の夏休み。ささいな出来事だった。
蒼空と僕はサッカー部、美月は美術部に所属していた。
この日はとても暑かった。
美術部の先生にアイスを奢ってもらえる事になったらしく、美月と部員数人でアイスを買いに行っていた。
サッカー部も休憩時間になると「何か冷たいもの食べたい」「ほんとだわ」と、そんな会話をしている時に美月がタイミングよく、アイスの入ったコンビニの袋を持って通りすぎようとしていた。
美月に向かって蒼空は言った。
「いいなアイス」
美月は1回何も答えずに無視してそのまま進んで行ったけれど、立ち止まり振り返った。
袋からアイスをひとつ取り出すと「これ食べますか?」って、ふたりで分けれるタイプのアイスを半分にして蒼空に渡した。
「え? いいの?」
「私は半分だけでいいの。全部食べたら、お腹弱いからきっと壊しちゃう」
そう言って美月はぎこちなく照れくさそうにしながら美術室へ戻っていった。
その姿をみて僕は美月の気持ちを悟る。
僕は蒼空からひとくち貰った。暑い時に食べるカフェオレ味の甘いアイスは、ひとくちだけで血液中に染み渡る感覚がして、とても美味しかった。
「あ、お礼言ってない……ちょっと言ってくるわ」
蒼空は走って美術室の窓の方へ行く。
そのアイスがきっかけとなり美月と蒼空は少しずつ話すようになっていった。
#平行線の世界 さんにんで
冬休みに入る前の日。
気温はマイナス20度でじんじんする寒さ。
その日、蒼空は生徒たちが帰った後、美月を誰もいない教室に呼び出し、告白した。
そしてふたりは付き合うことに。
蒼空とはずっと仲が良かったから、3人で遊ぶこともよくあった。
大人になってもそれは続いた。
強く記憶に残っていることはいくつもあるけれど、その中のひとつは、母校に遊びに行った時のこと。
まず先生から校内に入る許可を貰い、蒼空と僕はグラウンドに落ちていたサッカーボールを蹴り始め、サッカーを始めた。久しぶりにしたから楽しかった。学生時代を思い出し、純粋な気持ちになりながら遊んでいた。
美月は部活でよく出入りしていた美術室へ行った。
ふと美月を見ると、指で四角を作り、その手カメラをこっちに向け透明なファインダーを覗き込み、真剣な顔で構図のチェックをしているようだった。
3人で色んな場所にも行った。海や動物園、遊園地、キャンプ、スキー場……。
特に海には何回も行った。
「ネットで見たんだけど満月の日は凄く海がキラキラして綺麗らしい」
蒼空が、その日に行った海について調べていて、そう教えてくれたけれど。それから何回行っても全て曇り空で満月が見えることはなかった。
「満月が見える日、ここに来ようね。いつか必ず! 3人でこの景色を見ることが私の夢……」と、話している美月の瞳が輝いていた。
3人共映画とか漫画が好きだったから、よく蒼空の家に集まりDVDやネットの映画を鑑賞したり、大人買いした漫画をひたすら無言で読んだりもしていた。
それからしばらくして今の世界で何回も見ている夢の出来事が起きるのだけど……。
#平行線の世界 蒼空とのきっかけ
僕と蒼空が仲良くなったきっかけは、小学生の時に入っていたサッカークラブ。
5年生の時、練習が中止になったのに、ふたりだけ来ていた日があった。蒼空はサッカーが大好きで、中止になったのに練習をする為に来ていた。
とりあえず一緒に練習を始めたけれど、途中で蒼空がその日発売する漫画を買いに行くと言うので、練習を辞めて本屋についていき、その流れで蒼空の家へ遊びに行った。
蒼空はよく友達と喧嘩をしたり、先生と言い合いしたり、最初ちょっと怖い雰囲気で近づきずらかった。けれど今思えば、それは媚びたりせず、例えば周りのみんなが笑っていても面白くないと彼自身が思えば一切笑わなかったり、感情に正直に生きているんだと思う。
その部分がかっこよくて、ずっと憧れている。
見た目もすらっとしていて格好良かったし。
元々クラスやクラブの皆と一緒に遊んでいたけれど、それからはふたりで遊ぶことも多くなった。
#平行線の世界 僕の両親
僕はその日、家にいたくなくて練習に来ていた。
家にいたくない理由。それは……。
僕の両親は僕と血が繋がっていない。
僕を産んだ人が赤ちゃんだった僕をひとり家に置いて遊びに行き、その人の姉である僕の母さんが偶然家に来て、外まで聞こえる異常な泣き方をしている僕を発見した。
そのことがきっかけで、僕が育児放棄されていることに気がつき、話し合いをして僕を引き取ってくれた。
小学3年の時、親戚のお葬式があり、僕を産んだ人がそこにはいた。
「おおきくなったね、私があんたを産んだんだよ」と、いきなり話しかけてきた。
それからその女は話を続けた。
「どうせ姉さんも、可哀想な子だからあんたを引き取ったんだろうね。愛されているとでも思っているの?」
その言葉は僕を困惑させた。
話を聞くまでは、育ててくれている母さんが僕を産んだのだと思っていた。
それからは、僕を愛してくれていると思っていた両親の笑顔が仮面に見えてきて、良い子にしてないといけない、そうしないと捨てられるんだと、悪い方向に考えてしまうようになって、家がどんどん居心地悪くなって。
僕はどこにいればいいのか分からなくなった。
#平行線の世界 疎外感
そんな時、蒼空は僕に居心地の良い場所を与えてくれた。
お互いに用事のない日は必ず遊ぶようになっていく。
蒼空が美月と付き合い始めた時は、祝福することが出来なかった。
ずっと蒼空は僕と1番近い存在でいてくれると思っていたのに、ふたりが付き合ってから蒼空と僕の距離がいきなり開いた気がした。
3人でいる時、ふたりの世界は出来上がっていて、いつも僕は疎外感を抱いていた。
ふたりは大人になっても付き合っていたから、その気持ちもずっと続いた。
#平行線の世界 蒼空から相談
ふたりがなんだかギクシャクして少したった頃、蒼空から美月の相談を受ける。
「美月、なんか浮気疑ってるんだよね……」
もちろん僕は、蒼空は浮気なんてしていないし、ふたりがすれ違っているのも、最近蒼空の仕事が忙しくて残業ばかりで、気持ちをぶつけ合うことが出来ていないからだということも分かっていた。けれどもそのことは伝えずにいた。
美月は蒼空と同棲を始めると、すぐに仕事を辞めた。そして特に趣味もなく、人付き合いもしなくなり、蒼空が美月の全てになっていく。
仕事で帰りが遅かったり、他の人とメールをやりとりするたびに疑う質問をするようになっていったらしい。
#平行線の世界 美月から相談
美月からも蒼空の事を聞かれたことがある。
「ちょっと蒼空の事で聞きたいことあるんだけど、彼、浮気してたりしないよね?」
少し意地悪をしたくなり「あっ、それね……」と、呟きながらわざと目を逸らした。そしてわざとらしく話題を変えた。
僕は美月に嫉妬をしていたから、そんなことをしてしまったのだと思う。
ふたりから、それぞれお互いの相談を受けていたから、ふたりの関係が上手くいくように導く行動を自分が起こしていれば、ふたりの関係は修復され、こんな悲劇は起こらなかったのかも知れない。
その方法も分かっていた。
けれどもそれは出来なかった。
#平行線の世界 ふたりは消えてしまった
蒼空は、美月とよく喧嘩をするようになり、そのたびに家を出ていき、ひとり暮らしを始めた僕の家に泊まって行くこともよくあった。
そのたびに、美月は何回も蒼空に電話をかけてきて、電話に出ないと
「好きなご飯作ったから帰ってきて」
「さみしい」
「ごめんね」
「もう疑わないから」
「一緒にいて」
と、まとわり付く内容のメールを沢山入れてきた。
正直僕にとって美月はうっとうしい存在だった。けれども僕はその気持ちを隠して美月と接した。
どんなに喧嘩をしていても、蒼空は美月のことを愛していて、美月も蒼空を愛していることは分かっていた。
愛し合っているはずなのにすれ違いすぎて、ふたりの関係にヒビがはいり、もう修正が出来なくなって、やがて壊れた。
そして美月は海で、消え――。
#平行線の世界 後悔
美月がこの世からいなくなってしまった。
それから蒼空は心が壊れてしまい、この街から静かに消えた。
僕は、ふたりと過ごした良い思い出ばかりを沢山思い出した。
思い出す度に、時と場所を選ばず涙を流した。
自分が今までしてきた言動に後悔ばかりした。
もう一度やり直せる世界があるのなら、ふたりを助けられる世界があるのなら、どんなことでもするから行きたかった。
とにかく守りたいと思った。
美月が消えてしまった海の砂浜に何回も来てみた。
遺体は見つかっていないから、もしかしたらここに来たらまた会えるかも知れない。
来る度にそう思った。
僕は砂浜で横になってみた。
気持ちの良い風が顔にかかる。
目をゆっくりと閉じてみた。
波の音が頭に響いた……。
その音はやがて遠くなり、聞こえなくなった。
#今いる世界へ
僕は暑くて汗をかきながら目が覚めた。実家の自分の部屋のベッドで寝ていた。
ちょっとよれよれに畳んであるユニフォーム
部屋の隅に置いてあるサッカーボール
昔見たことがある表紙の少年漫画の雑誌……。
懐かしい景色。
「え? どういうこと…怖い……」
これって過去?
鏡で自分の姿をみて確信した。
「うわっ!」
中学生の自分。
カレンダーをみた。今日は8月5日。
覚えている。ふたりがアイスをきっかけに近づく日だ。
もしかしてふたりが近づいたからあの結末になったのではないか。
もしも近づくことがなければ……。
この時僕は、漫画でも読んだことのある、過去に戻る現象が起きたのだと思っていた。けれども、実際はもっと複雑な事が起きていた。
そのことは後に知る。
#ふたりの距離を
部活へ行き、休憩時間になった。
僕はすぐに「奢るからアイス買いに行こう!」と言って、美月達が行ったと思われるコンビニとは別の店に無理やり連れていった。
このひとつの行動で、あの時と変わった。ふたりが仲良くなるきっかけがなくなった。
それから美月と蒼空は学校で必要最低限の会話しかせず、仲良くならないまま卒業を迎える。
卒業してからも、僕は蒼空とは仲良くすごし、美月とは関わることもなく、平穏な日々を過ごしていた。
#気持ちの変化
それから大人になって、僕は同級生の集まりで美月と再会した。
最初は美月と近づく予定は全くなかった。けれども実際に再会して話をしてみると、僕の知らないところで生きてきた美月をもっと知りたいという気持ちが強くなって、もういちどゆっくり話をしたいと思い、ご飯に誘ってみた。
それから何回も会った。
彼女のことを知る度に、守ってあげたいと思う気持ちは強くなっていった。
あの時は、美月が消えてしまうまではうっとうしいと感じることも多かったけれど、見えなかった部分を知っていくと、気持ちが変化していった。
なぜそんなことを思ってしまったんだろう……と。
#告白
彼女は、よく寂しそうな顔をしていた。
自分に自信がなくて、自分の世界に閉じこもっている。
ちょっと僕に似ている。
蒼空と美月が付き合う。という運命に逆らって、ふたりを離してしまった自分のせいかもと思った。けれども、別の理由もある気がして、それを探ってみようと思った。
家や仕事の環境のせいでもあるようで、良い方向へ進んで欲しいと願いながらアドバイスもした。
美月は素直に聞き入れてくれた。
そうしていくうちに、ただ純粋な気持ちで美月に惹かれていった。
海に行った日、告白して付き合うことになった。
#美月の絵
美月をみていると、楽しそうにしていることを発見した。それは絵を描いている時。
美月は人の心を動かせる絵を描ける。
そう思える出来事があった。 それは、美月がうちで僕と僕の両親と一緒にご飯を食べた後のこと。家に帰って来てから、美月は色鉛筆でささっと絵を描き始めた。
ご飯を食べていた時の幸せそうな笑顔をしている僕の両親。
凄く優しい色合いで優しい絵。
「観察していたらね、ご両親の大和に対しての笑顔が優しすぎて、素敵な家族っ!て気持ちになって描きたくなったの」
たったそのひとつの出来事で、両親の笑顔の仮面は剥がれていった。
僕だけがみえていた仮面……。
本当に両親が愛してくれているのかはまだ分からなかったけれど、その絵と言葉のおかげで、偽りだと思っていたその笑顔は本物なのかも知れないなって気持ちに変化していった。
もっと美月の絵が広まれば良いのに。
#不安
ある日、大和の家でご飯を食べてから美月におみやげのケーキを買うため、少し遠回りして家に帰った時、玄関前で美月と話をしている蒼空が見えた。
「えっ?」
どうしてそこにいるのか気になったけれど、近づくことは出来ずにこっそりと見ていた。
蒼空が帰ったのを確認し、何食わぬ顔をして家に入っていく。
蒼空の家にスマホを忘れていて、届けに来てくれていたのだった。
付き合ってからも
“ 美月と蒼空、ふたりを合わせてはいけない”
そう思っていたのに、自分のせいでふたりが再会することになった。
再会したことによって、ふたりが不幸なことになってしまうのではないか。と不安になった。
それと同時に、もしも美月と蒼空がまた付き合うことになったら、ふたりが僕から離れてしまうのではないかということも少し考えた。
#美月を守る
それから少したった日、美月が事故にあってしまう。
軽い事故ですんだらしく直接本人から連絡が来た。
事故と聞いたとき、まず自殺を疑った。美月が消えてしまった時期がだいたい同じだったから、運命は変えられないのかと思った。
僕はひとめ生きている姿を確認するまで、パニックになっていた。
本当に生きていて良かった。
目の前から消えずにいてくれて。
あのことを鮮明に思い出した。
もう絶対あの時のような目に合わせない。あのようなことをさせない。
僕が守る。
いつの間にか泣き疲れて僕は眠ってしまった。
起きると毛布がかけてあった。
美月の様子を見に行くと、眠りながらとても辛そうに泣いていた。そっとずっと美月の手を握りしめた。
ついにその姿を見るのが耐えきれなくなって声を掛けてみた。
そして起きた美月は、今まで見てきた全ての夢の話と、蒼空とSNSで連絡をとっていたことを話してくれた。
#平行線の世界を知るきっかけ
美月から夢の話を聞いたとき、本当に僕がただ過去に戻ってやり直しているだけなのか、ちょっと疑問に思った。
多分、美月の見た夢は僕が過去に戻る前、実際に彼女自身に起こった出来事。
ひとりで、そのことを考えながらドライブをしていると、いつの間にかあの時の美月がいなくなってしまった海に来ていた。
そしてスカーフが落ちていた場所でもういちど、なんとなく横になってみることにした。
もう何も起こらない気がするけれど……。
いつの間にか眠っていた。
起きると自分の部屋の机に顔を伏せて寝ていた。しばらくそのまま、ぼーっとしていたけれど、さっきまで海にいたことを思い出して、慌てて顔をあげる。
「また? うそだろ……」
まずは鏡を見る。自分の姿は何も変わっていない。
部屋の様子も特に変わりはない。
日付や今日の天気もそのまま。
「過去には戻っていないのか…もし戻っていたらまた人生やり直さないといけなかったな。今まで積み上げてきたことが……」
そう呟きながらリビングへ。
美月が選んで買ってきた、花柄のクッションやうさぎの置物など、彼女が好きな可愛らしいものが全てなくなっていた。
…………美月と一緒に暮らしていた形跡は何もなかった。
「 えっ?」
リビングはシンプルな家具や雑貨でまとめられて。
この感じ……過去に戻る前そのままだ。
頭の中を整理した。
美月がいなくなってしまった、僕が過去に戻る前にいた世界はここで。
今はさっきまでいた世界、つまり過去からやり直した世界からここに来ている……。
ふたつの世界が同時に過去に戻っていて、今も並行に時が進んでいる?
今回過去に戻らなかったのは何故なのか。
強く願わなかったから?
もう僕にとっては必要ないことだからかもしれない。
「あっ!」
再び日付を確認した。
「ってことは……」
蒼空のアパートへ行くと、もうそこには蒼空は住んでいなかった。もうあの出来事が起きた後だった。
僕は、今一緒に時を過ごしている美月と蒼空のことの方が気になっていたから、もう一度海に行き、再びあの場所で眠りもうひとつの世界へ戻った。
#疑問と答え
蒼空とご飯を食べに行った時、美月の心を傷つけてしまう夢を何回も見て、起きる度に後悔した気持ちになる。という話を彼はしてくれた。
僕は考えた。
蒼空と美月がみる夢の世界が平行線の世界と繋がっているのか。何かメッセージのような、深い意味があるような気がした。
それぞれがお互いの夢の中に出てくる。
今までふたりを合わせないことが、辛い結末を迎えずに、ふたりが幸せになれる。と思っていたけれど、もしもそれが間違っていたら?
家の近くで美月と蒼空、ふたりが抱き合っているのを見てしまった。
その時、確信した。
このふたりは結ばれるべきだと。
タイミングよく、僕がそのことを目撃したということも何か意味がある様な気がした。
もうひとつ気になっていること。
あっちの世界線の蒼空はどこに行ったのか。美月を失ってからの彼は今もどこかで苦しんでいるのだとしたら?
もうこっちの世界の蒼空と美月は大丈夫な気がした。今のふたりなら、きっと幸せになれる。
あと、僕がすべきことは?
僕の答えは見つかった。
#さようならの時
いなくなるということをふたりに伝えた時、多くを語ってしまうと僕の感情のコントロールが出来なくなって、取り乱れることが分かっていたので、必要最低限な言葉だけを伝えた。
蒼空が何度も、いなくなるなって言ってくれた時、これ以上言われたら涙が溢れてきそうだったから、本当にギリギリなところまで耐えたけど。もう無理だと思い「分かったよ!」と嘘をついてしまった。
ごめん……。
家の中の僕のものは少しずつ片付けていたけれど、美月は、美月の広くなった世界の中で忙しくて気がついていない様子だった。
そのことがとても嬉しかった。
美月が完成させた絵をみた。
あっちの世界線で3人でみようと約束した景色だ。
繊細で優しい気持ちになれる絵。
「3人で一緒にこの景色、見たかったなぁ……」
行ったことないけれど小さい頃から頭の中で描かれていた景色なんだってことを美月は教えてくれた。
でも、何でここの景色なのだろう……。
この世界線では美月をここに連れていくことを避けていた。連れていくことが出来なかった。
美月の記憶はなさそうだけど、もしかしたら一緒にこっちの世界に来たのかな。なんてね、ありえない。
僕は蒼空と美月と過ごした最後の日、懐かしくてとても幸せだった。
こっちの世界でいちばん幸せな時間だったのかも。
3人でのんびり過ごした時間をこの世界での、最後の記憶に。
美月、蒼空……。
「さようなら……」
次の日、朝寝たふりをして美月が仕事でいなくなったのを確認した後、行動を開始した。業者に頼んで僕のものを全て処分してもらって、持っていくものをまとめた。
僕のいた跡がひとつも残らず消えた部屋の姿を眺めながら、最後にここで美月と一緒に過ごした日々を思い出し、脳裏に焼きつけた。
笑った顔、怒った顔、泣いた顔。表情、言葉……。全ての美月が僕の心からこぼれてしまわぬように、するりと消えてしまわぬように。強く、強く刻み込んだ。
この世界で、美月を愛したんだ。
そして僕は、家を出た。
#3人の約束、夢叶う
再び海の砂浜で横になった。
毎回、すーっと自分が透明になっていく感じがする。
色んなことを考える。
この世界からいなくなったら、僕の存在はどうなるのだろうか……誰かの心の片隅でも良いから存在していたい。
蒼空、嘘ついたこと怒ってないかな。
美月、もう自分には何もないって言葉、言わないでいてくれるかな。
僕がいなくても、夢のおかげであの出来事は起こらずに、ふたりは幸せに過ごせる運命なのかも知れないけれども。
何かふたりの為になることが出来ていたら良いな。
幸せになってほしい……。
そんなことを考えていたら、ふたりが僕を呼んでいる気がした。
けれど、僕の目はもうぼやけてきて、うっすらと満月の光と、その光の反射でキラキラしている水面しか見えない。
このまま眠ったらまたあっちに戻れるのかな…
戻れなかったらどうしよう……。
ふわふわと雪が降ってきて顔に当たった。
仰向けになり、そっと目を閉じた。
瞼の上に当たって溶けた雪が流れて、頬を伝う感触は涙みたいだった。
耳元で
「大和、長い間ありがとう」
って聞こえた気がしたから僕は
“こちらこそ本当にありがとう”。
と、心の中で答えた。
#平行線の世界に
「ここにいた! こんな寒いところで寝るなよ!」
駅前のベンチで目を覚ました。
寒い中座りながら眠っていた。でも僕はこの雪景色が幻に思えるほど暖かく感じている。
「蒼空……探してた。やっと会えた! これって、もしかして夢なのか」
「何言ってるの? 昨日待ち合わせのメールしたしょ。こっちこそ探したわ。寒いのに何で外にいるの? 売店でコーヒー買ってきたけど飲む? これも半分ずつ食べよ」
温かいコーヒーと肉まんを半分くれた。
僕がこっちの世界に戻ってきてから少し経った日、知らないアドレスからメールが来た。
“ 俺、蒼空だけど。久しぶり! 明日ヒマ? 地元に帰るんだけど、夜に駅で会おう! ”
連絡がつかなくてどうやって探そうかと思っていたら、蒼空本人から連絡がきた。
そして考え事ばかりしていて、寝不足だった僕は、今待ち合わせ場所でうたた寝をしていて、蒼空に起こしてもらった。
「夢だったのかも…長い夢……」
「えっ? 座りながらウトウトしてただけでしょ?ってか肉まん足りない。お腹空いたから何か作って? 早く大和の家に行こう!」
「うん、今日はハンバーグ作るね」
蒼空の大好きなハンバーグを作って、美味しいって言って喜んでくれる顔がとても見たくなった。
#平行線の世界 いちばんの光景
駅前にある雪の結晶の形をしたイルミネーションたちが、キラキラしながらこっちをみている。
街の灯りが反射した雪がふわふわと輝いて舞い降りる。
そして今、ずっと逢いたかった蒼空が隣にいる。
彼は消えずにいてくれた。
生きていてくれた。
その光景は、今まで見てきた中でいちばん綺麗で明るく見えた。
#平行線の世界 蒼空がみた夢
「夢の話なんだけど、夢の中で美月に謝ることが出来たんだ……やっと謝れた。微笑んで許してくれた。罪悪感は一生消えないけど……」
目を細めて、三日月を見ながら蒼空は言った。
蒼空は何もかも忘れようと、こことは真逆な冬もとても暖かい場所に今までいたらしい。
でも、その夢がきっかけで少しずつ気持ちに、変化が起きてきて、このままではダメだと思い、地元に戻ってきたらしい。
その夢のおかげで……。
僕は空を見上げて
「ありがとう」
と呟いた。