第九十九夜 おっちゃんと『油壺』盗賊団
六日を掛けて準備をする。金塊を運び出す前日に、フルカンがやって来て険しい顔でおっちゃんを密談スペースに呼んだ。
「おっちゃん、まずい事態になった。金塊の輸送情報がどこからか漏れたらしい。盗賊団の『油壺』が金塊を狙っている情報をキャッチした」
「具体的な襲撃計画とかは、わかるの」
「こちらの輸送計画が漏れているとしかわからない。どうする、取引を延期するか」
すでに注文は出している。ここで無理をいえば、グラニの顔を潰す。
「取引の延期はしない。おっちゃんに考えがある。うまくいけば、金塊を運んだうえ、『油壺』を壊滅させられるかもしれん。従いてきてくれ」
おっちゃんは行きがけにレンガをいくつか購入する。おっちゃんはフルカンを連れて、ドミニクの家に行った。
ドミニクはおっちゃんを機嫌よく迎えてくれた。
「今日はどうしたんだ」
「例の部屋に入れてくれるか」
ドミニクは水瓶のある部屋に、おっちゃんとフルカンを入れてくれた。
おっちゃんはレンガを綺麗に洗って、水瓶に沈めた。
「とくと戻れ」と魔法の絨毯に命ずる。石の入った水瓶は絨毯の中に沈んだ。水瓶と石が一緒に沈んだ状況を確認する。
絨毯を持ち上げるが、重さは変わっていなかった。
「とくと湧け」と口にすると、水瓶が絨毯から浮き上がった。水瓶の中に手を突っ込んで、レンガを取り出す。レンガに異変はなかった。
「よし、思った通りや、フルカンはん。金塊の輸送にはこの魔法の絨毯を使う。絨毯の中に金塊を入れて運ぶんや。そんでもって、金塊を積む予定になっている箱には眠り草を入れる」
フルカンは、すぐに合点が行った顔をした。
「なるほど、おっちゃんのやりたい内容は理解した。眠り草は没薬と並ぶバサラカンドの特産品だ。集める作業は難しくない。明日までに準備してこの家に運んでおこう」
おっちゃんは、ドミニクに向き直った。
「明日はこの絨毯を使うから、貸してや。あと、水瓶は空にするから、中の水を空ける用意を頼むよ。それと今、聞いた話と見た内容は明後日になるまで誰にも言ったらあかんよ」
ドミニクは神妙な顔で発言した。
「わかった。おっちゃんのやる仕事だ。余計な口は出さない。秘密も守るよ。商売と信義の神に懸けて誓うよ」
翌日、おっちゃんはドミニクの家で金塊が届くのを待った。商隊に偽装したフルカンたちが馬車を引いてやって来た。
フルカンの命令で、金塊が入った箱が魔法の絨毯のある部屋に運び込まれた。
部屋におっちゃん、フルカン、ドミニクと、ドミニクの妻を残して人を退去させる。
「とくと湧け」と、おっちゃんは唱える。水瓶が浮き出る。四人で水を汲み出して、代わりに金塊を入れる。
「とくと戻れ」と声を掛けて、金塊の入った水瓶を絨毯に沈めた。次に、金塊が入っていた箱に乾燥した眠り草をぎっしりと詰め、油を掛けて蓋をする。
フルカンが部下に命じて、眠り草の入った箱を馬車に積ませた。
魔法の絨毯は畳まれて、フルカンの馬の背に載せた。
おっちゃんは用意された馬に乗る。おっちゃんとフルカンを先頭に、二十人からなる商隊が出発した。
おっちゃんは尋ねる。
「二十人は、ちと少なくないか」
「大丈夫だ。あとからもう二十人、『月下の刃』の精鋭が続いている。精鋭部隊には、こちらを尾行している集団をこっそり追尾するように命じている」
「二重尾行の作戦やな」と聞くと「そうだ」と返事が来た。
フルカンは馬車を最後尾に置いて縦に長い隊列を取った。
街から出て二時間が経過した。
「おい、あれはなんだ」と誰かが叫ぶ。
後方から馬に乗った四十人近い盗賊の一団が迫っていた。
「弓で応戦しろ」
フルカンの合図に全員が弓で応戦する。だが、瞬く間に盗賊団が迫ってきた。
「ダメだ。退却だ。荷物を捨てて逃げろ」
フルカンの声を聞いた副官が笛を吹いた。御者の男が馬車の荷に火をつける。
御者の男が、馬と馬車を切り離した。二十人が一団となって前に進んだ。
盗賊は追ってこなかった。おっちゃんは振り返った。
盗賊は荷物に火が着いているとわかると、消そうとした。火の勢いが強く無理だとわかると、中身だけでも取り出そうと悪戦苦闘する。
フルカンが馬の速度を落とした。全員が倣って馬を減速させる。
馬車からは濛々と煙が上がっていた。フルカンの声が響く。
「全員反転、弓で盗賊を蹴散らせ」
フルカンの声が飛ぶと、副官が笛を吹いた。
二十人が反転して盗賊に矢を射掛ける。盗賊は眠り草の放つ煙を吸い、朦朧となって、半分以上がろくに動けない状態だった。
「後退して態勢を立て直せ」と盗賊の誰かが叫んだ。
だが、後方に逃げようとした盗賊は、さらに後方から現れた『月下の刃』の精鋭二十人から矢を浴びせられ、バタバタと倒れる。勝敗は決した。
盗賊団の『油壺』のメンバーの大半は戦闘で亡くなった。五名を取り逃がしたが、残りの十名は降伏した。対するフルカン側は、怪我をした人間はいたものの、死んだ者はいなかった。
フルカンが合流した精鋭部隊に、捕虜にした『油壺』盗賊団十名の移送を命じた。
出発時のメンバー二十人でグラニの待つサドン村を目指し到着した。
フルカンから絨毯を受け取って、おっちゃんだけが村に入った。
グラニが大きな箱を持って立っていた。グラニは心配そうな顔をしていた。
「予定時刻より少し遅れたが、何かトラブルでもあったか」
「すんまへんな、ちょっと柄の悪いのに絡まれてな」
グラニの顔が曇った。
「でも、心配せんといて、金塊は無事や」
おっちゃんは魔法の絨毯を広げる。
「とくと湧け」おっちゃんが命じると金塊の詰まった水瓶が浮き出る。
「さあ、金塊を取り出すのを手伝ってや」
グラニと蠍人の協力を得て金塊を水瓶から運び出した。グラニが金塊の数と純度を確認していく。
金塊の確認が終わると、グラニが大きな箱を渡してくれた。中には淡く光る真新しい砂避けの宝珠が入っていた。
グラニが緊張を解くように息を吐いた。
「おっちゃんを信用していたが、ここまで大きい取引だとさすがに重責を感じる」
「おっちゃんもや。ほな、品物を貰っていくで」
「ああ。また何かあったら、言ってくれ」
グラニと別れてフルカンに砂避けの宝珠を渡した。
「確かに受け取った」とフルカンは箱の中身を確認した。
帰路は問題なかった。おっちゃんは街の入口でフルカンと別れた。
ドミニクの家に寄って魔法の絨毯を渡した。
冒険者の酒場に戻って、エールを一杯だけ引っ掛けて、宿屋のベッドに寝転がる。
「上手くいった。これで一安心や」
おっちゃんがごろりとなると、外からは砂嵐が吹き荒れる音がしていた。