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第九十六夜 おっちゃんと砂嵐

 一日の休息を取った。おっちゃんは魔法の絨毯を持って、ドミニクの家を訪ねた。

 ドミニクの家は民家にしては大きいが、商家にしては小さな家だった。ドミニクが明るい顔で歓迎してくれた。


「どうした。おっちゃんから家に来てくれるなんて、珍しいな」

「飲料の価格ってどれくらいか、わかる?」


 ドミニクがうんざりした顔で、恨めしそうな声で教えてくれた。

「エールがジョッキ一杯で銅貨百二十枚。水がコップ一杯で銅貨八十枚だよ。馬鹿みたいな値段だろう。生きていく上で必要な水が、嗜好品の値段だよ」


「そこでや、おっちゃんたちはコップ一杯の水を銅貨十枚で売る。売り上げは折半や」


 ドミニクが強い態度で拒絶した。

「それは無理だよ。採算が取れない」


「部屋と杯を貸して」と、おっちゃんは頼んだ。

 ドミニクは理解できないといった顔をしたが、部屋と杯を貸してくれた。


 おっちゃんは魔法の絨毯を敷いて「とくと湧け」と命じる。

 絨毯から水瓶が浮き出た。あっけに取られたドミニクに水瓶から水を汲んで渡す。


 ドミニクが恐る恐る水を口にする

「美味い」とドミニクが驚いた顔で水を飲み干し、まじまじと水瓶を見つめる。

「凄いな。これ、どうなっているんだ」


「おっちゃんは冒険者やで、『黄金の宮殿』で手に入れたんよ。これが有れば、一日に千ℓの水をタダで出せる。どうや、元がタダなら一杯が銅貨十枚でも元が取れるやろう」


 ドミニクの腰が引けて、躊躇いがちに申し出る。

「元は取れるけど、銅貨八十枚で売れる水を銅貨十枚で売ってもいいのか?」


「ドミニクはんは、貧しい人が水を買えない世の中は間違っている、と言っていたやないか」


 ドミニクは思いやる顔で、おっちゃんに意見した。

「言ったけど、この魔法の絨毯があれば、おっちゃんはもっと儲けられる」


「おっちゃんは、ドミニクはんの心意気に打たれたからこの話を持ってきたんやで。儲けるのが目的なら、他の人間と話すわ」


 ドミニクが悪びれた顔で、意見を変えた。

「そうか、悪かった。俺は水で貧しい人を相手に商売してみるよ」


「あとな、飲料やけどもう投資はせんほうがええ。水はそのうち回復する。おっちゃんたちの水売りは、その間の繋ぎや」


 ドミニクが驚いた顔をする。うわずった声で聞き返した。

「なんで、おっちゃんがそんな重要な情報を知っているんだ」


「冒険者には冒険者の情報網があるんよ」

 貧しい人を相手に安価な価格で水を売る商売は好調だった。


 一日の売り上げは金貨四枚しかならない。売り上げを二人で分ける。

 おっちゃんは一日に金貨二枚の収入になるので、ほくほく顔だった。


 商人のドミニクからしたら、少ない利益だった。だが、人の役に立つ商売ができて、ドミニクはやりがいを見出した。


 ドミニクと水売りを初めて十日が過ぎた。厳しかった取水制限が一段階、緩和された。

 エールの値段も銅貨八十枚まで下がり、水の値段も銅貨四十枚にまで下がった。それでも、まだ水は高いので、ドミニクの商売は好調だった。


(取水制限が緩和されたから、水が戻る兆しがあるんやろう。大砂竜を追い込んだ甲斐があったの。おそらく、取水制限解除も時間の問題や。これでひと安心やな)


 おっちゃんが安心した翌日、天気が荒れて強風が吹き荒れた。

「なんや、酷い嵐やな、砂も舞っている。こんな嵐が続くと、バサラカンドは砂に埋まるんやないやろうか」


 飯を喰いながら心配していると、店の給仕の男性が微笑んで気楽な調子で発言した。

「大丈夫ですよ。夏の前は、いつも、こうです。砂嵐が多いバサラカンドですが、お城にある秘宝の砂避けの宝珠の力で、バサラカンドは守られていますから。バサラカンドは、砂に埋もれる状況にはならないんですよ」


「そうなんか。そんな便利な物があるんやな。なら安心やね」

 砂嵐に閉じ込められ、酒場で時間を潰していた。


 冒険者ギルドにギルド・マスターのアリが入ってきて、入口で砂を払った。

 アリが中にいる冒険者に声を掛けた。

「皆、聞いてくれ。お城にあった砂避けの宝珠の機能が停止した」


(なんやて、機能停止って、話が違うやんか。どうなるん、バサラカンド)


 酒場にどよめきが起こった。アリが冒険者を鎮めて言葉を続ける。

「原因は『ガルダマル教団』が掛けた呪いのせいだと、お城から公式の見解があった。明日、『ガルダマル教団』の神殿に奇襲を懸ける」


 冒険者が顔を見合わせ、アリの言葉は続く。

「我こそはと思う者は、参加して欲しい。報酬は、参加者に銀貨三十枚。『ガルダマル教団』の信者の首を一つ上げるごとに、報奨金を支給する。首は階級が上の信者ほど価格は上がる」


「お城の兵隊は参加するんですか」と誰かが質問する。


 アリは、いかつい顔で発言する。

「無論だ。傭兵団も出撃する」


 おっちゃんは注意深く話を聞いていた。

(この仕事は、ないな。奇襲は、いつするかわからないから、奇襲になる。するぞ、するぞ、と言って人を集めたなら奇襲にはならん。必ず相手に漏れる)


 冒険者の反応を探った。大砂竜討伐で懲りた。人間相手で気が引ける。

 理由は様々だが冒険者の反応は良くなかった。依頼受け付けカウンターに行った人間は十人だけだった。


 集まった十人にしても、腕は立ちそうになかった。集まりの悪さにアリが苛立った顔して、冒険者を煽った。


「どうした、十人だけか? ダンジョン探索だけが冒険ではない。邪教の企みを潰して、街に平和をもたらす行為も立派な冒険だぞ」


 アリの言葉に冒険者は動かなかった。アリは怒った顔で言い放つ。

「なら、今回は冒険者ギルドのギルド・マスターの名で、指名依頼の形を採る」


 アリは次々に冒険者パーティの名前を呼び上げた。

 名前を呼ばれたパーティに動揺が走った。ギルド・マスターとの軋轢(あつれき)を避けて、拒否するパーティはなかった。


 アリはパーティ単位で指名を懸けた。個人で活動しているおっちゃんは、指名から外れた。

 おっちゃんは幸運に安堵した。十五分と掛からずに、奇襲部隊の人間は四十名に到達した。


 人数を確保すると、アリは「こっちに来てくれ」と冒険者の集団を別室に連れていく。

(数は揃った。せやけど、自由を尊ぶ冒険者を相手に、徴兵みたいやり方は感心せん。これでは、士気はガタガタやで。戦場で何かきっかけがあれば、冒険者は総崩れになるで)


 酒場に残った冒険者はアリの追加募集を怖れて、すぐに酒場を後にした。

 おっちゃんも早々に宿の自室に戻った。


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