第九十二夜 おっちゃんと融資
三日後、ドミニクが冒険者の店に金を持ってやって来たので、密談スペースに移動した。
おっちゃんが金を数えると金貨で百枚があった。
ドミニクが感謝した顔で申し出た。
「先日は助かったよ。借りた金はこの通り用意した」
おっちゃんは正直に聞いた。
「あの場の取引を知っている人間は、おっちゃんと蠍人だけ。惚けて、なかったことにしようとは、思わんかったんか」
ドミニクは肩を竦めて、滔々と語った。
「それはない。俺は商人だ。人から信用されるって状況がどれほど大変で、いかに重要か、わかっている。バサラカンドは競争が厳しい街だ。でも、金貨百枚を貸して命を救ってくれた、おっちゃんを騙せば、俺はきっとこの街では成功できない」
おっちゃんは金貨を仕舞おうとした。すると、ドミニクが言い辛そうに切り出した。
「負債は返済した。それで、ここからは、お願いなんだけど、俺に金貨百枚を貸してくれないか。もちろん、利子は払うよ」
おっちゃんが呆れると、ドミニクが言い繕う。
「金は投資に使う。成功する確率が高い投資だよ」
「なんに使う気なん」
ドミニクが、他人の目がない状況を確認してから告げる。
「実はバサラカンド近郊に湧く水が減ってきている。理由はわからない。おそらく、飲料はこれから確実に値上がりする。だが、値が上がったからって、人間は砂を飲むわけにはいかない。そこで俺は、エールに投資したいんだ。きっと、飲料関連は儲かる」
ドミニクが立ち上がるとテーブルに頭を擦りつけんばかり下げた。
「頼むよ。おっちゃん、俺に金貨百枚を貸してくれ」
「でもね、ドミニクはん、商売でこのところ失敗ばかりやん。下り調子の人間に投資お願いされてもねえ」
ドミニクがほとほと弱った顔で縋るように頼んだ。
「そうなんだ。だからこそ、ここで盛り返したいんだ。だから頼むよ、おっちゃん、俺に金貨百枚を投資して欲しい。ここで一発どうにか当てないと、もう俺には後がないんだ。俺はこんなところで終わりたくない」
助けてやりたいが金貨百枚は簡単に貸せる金ではない。
「わかった。一晩、考えさせて」
おっちゃんはドミニクを帰し、金貨を持ってグラニに会いに行った。
蠍人の村に入れてはもらえなかったが、グラニは村の外で会ってくれた。
金貨百枚を渡すと、グラニは剣を返してくれた。
おっちゃんはグラニに尋ねた。
「バサラカンド近郊で水が減っている噂があるけど、本当なん?」
グラニは意外そうな顔で意見を口にした。
「なんだ、もう、バサラカンド近郊まで被害が及んでいるのか。ここまで被害が来るには、まだ時間が掛かるはずなんだが」
(水脈で何か起きている状況は、本当なんか)
「原因って、わかるん?」
「大砂竜のせいだよ」
砂竜は知っている。砂漠の砂の中に潜むモンスターだ。竜と呼ばれるが、その形状はウツボに似ている。知能は低く、空は飛べないが、砂の中を高速で移動できる。
身長は三mほどだが、ジャンプすることができる。普段は砂を被って潜み、近くにエサが来ると、跳び懸かって襲ってくる。
「大砂竜って言うくらいやから、大きいんやろう。どれくらい十m?二十m?」
「二百m」とグラニが、しれっとした顔で発言した。
「それって完全に砂竜の域を超えているやん。別の生き物やん」
グラニが淡々と話した。
「そうとも言えるな。そんな規模だから、大砂竜が動くと砂漠の下を流れる水脈に影響して、水脈が細ると言われている。詳しい理屈はわからん」
「なぜ、そんな災害級の化け物が動き出したんやろう」
グラニが渋い顔をして事情を教えてくれた。
「大砂竜は『アイゼン』様のペットだった。だが、調教師が『黄金の宮殿』に侵入してきた冒険者によって殺された。大砂竜を閉じ込めていた結界も壊された。それで、大砂竜は自由に動き回っているんだよ。次の調教師が赴任するまで、待つしかない」
(これは、来るね、飲料不足。ドミニクが掴まされた情報は嘘かもしれん。だが、いずれ、本当になる。ドミニクを巻き込んでおいたほうが、あとあと飲み水で痛い目に遭わんかもしれん。リスクヘッジやね)
おっちゃんはバサラカンドの冒険者ギルドに帰った。エミネを呼んで頼む。
「エミネはん、ちょっとお願いがあるんよ。おっちゃん、お金が必要なってな。剣を質に入れてお金を借りたいんよ。査定して」
エミネは浮かない顔をした。
「おっちゃん、大丈夫なの、愛用の剣を質になんかに入れたりして。冒険者にとって愛用の武器は大切な物よ」
「ええよ、おっちゃんにも色々な都合があるんよ」
エミネが奥に下がっていくと、八分ほどで戻ってきた。エミネは困惑した顔で訊いてきた。
「おっちゃん。あの剣は、普通じゃないわよ。どこで手に入れたの」
「あれは、おっちゃんの家に代々伝わる家宝の剣やからね。金貨百枚いけそうか」
「それぐらいなら、余裕で貸せるわ。おっちゃんって、本当は高名な冒険者なの?」
「おっちゃんは、おっちゃんや。しがない、しょぼくれ中年冒険者やで」
エミネが金貨の入った袋と代わりの鉄製のエストックを持ってきてくれた。
翌日、ドミニクがやって来たので、金貨の詰まった袋をポンと渡した。
「一晩かけて考えたけど、融資したるわ。ただし、返せんかったときは追い込み、きついで」
失敗した時は返済を求める気はなかった。だが、ドミニクを奮起させるために脅しをかけた。
中身の金貨を数えて、ドミニクが頭を下げる。
「わかった。肝に銘じるよ。この金は、きちんと増やして返すよ」