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第八十七夜 おっちゃんと高級飲料

 翌日、おっちゃんは依頼カウンターが空いている時間に、エミネに訊いた。

「なえ、エミネはん、ちょっと相談に乗って。『黄金の宮殿』に行かないで、稼げる方法って何?」


 エミネが意外そうな顔をした。

「バサラカンドに来ている冒険者なのに『黄金の宮殿』で一攫千金を目指さないなんて、珍しいわね。冒険をしてこその冒険者だと思うけど」


 おっちゃんは(もと)を正せばダンジョンで働いたモンスターだった。ダンジョンに潜ってモンスターと戦う行為には、躊躇いがあった。

「ほら、おっちゃん、もう年やろう。ダンジョンに挑戦するには、体が付いていかんねん」


 エミネが慣れた口調ですらすらと語った。

「儲かるといえば、モンスター退治ね。砂漠って生物がいないイメージがあるけど、『シュナ砂漠』には大型の危険モンスターが、ごろごろいるわよ。狩れば、一頭で金貨が五十枚以上になるモンスターもいるわよ。大角のイブリルなんか、そうよ」


「そんな、おっちゃんが挑戦したら死んでまう」


 エミネが涼しい顔で簡単に言ってのける。

「じゃあ、『ガルダマル教団』の信者を捕まえれば金貨一枚から十枚の報奨金が出るわよ」


『ガルダマル教団』については聞いた覚えがあった。『悪神ガルダマル』を信奉する教団で、バサラカンドが禁教に指定している集団だった。

 ただ、詳しい情報は知らないので、本当に悪人なのかは不明だった。


「異教徒狩りとかやりたくないわ。心に悪そうやん。もっと、簡単で儲かるやつ、ない」


 エミネが呆れ顔で切れ気味に応じた。

「あのね、おっちゃん。そんな簡単に儲かる仕事があったら、誰かがやっているわよ。ここは生き馬の目を抜くような街、バサラカンドよ」


「ごめんな。聞き方が悪かったわ。素人が採取で稼げる仕事って、ない?儲かりそうなの、教えて」


 エミネが我慢強い態度で、おっちゃんの相談に付き合った。

「一番に儲かる品は香料ね。砂漠に生える香気木から採れる没薬が有名ね。乾燥した樹液は同じ重さの金と交換されるほど価値があるわ。あとは、眠り草かしら、こっちは、よく採れるから、質より量で稼げるわ」


(希少品が金になる状況は、わかる。でも、危険がなくて採れる物は、地元の採取家ギルドの人間でなければ難しい。素人が参入する行為は、無謀や。量を集める仕事もないな。一人でやるには限界がある)


「もっと、そこそこ希少で、採るのが難しい品ってある」


 エミネが腕組みをした。「お勧めしない」の顔で、やんわりと教えてくれた。

「麝香豆かしら。麝香鳥は砂漠になる苦豆を食べるわ。その糞に混じる豆は麝香豆と呼ばれて嗜好品の原料になるのよ。でも、麝香鳥は険しい高い場所にいるから。採る行為は大変に危険よ」


(ほう、採るのが大変いう点がいいね。上手く行けば、ライバルなしに採れるかもしれん)

「ありがとうな」おっちゃんは礼を言って、冒険者ギルドを後にした。


 おっちゃんは、その足で魔術師ギルドに向かった。魔術師ギルドで銀貨を払う。

 図書館の使用料は一日で銀貨十枚と、かなり高額だった。図書館で麝香鳥について調べた。


『麝香鳥は体長三・五mにもなる、尾が長いカラフルな鳥である。『シュナ砂漠』の断崖に住む。夜行性で気性が荒く、近づく者には攻撃的になる。人間や家畜にとって毒である苦豆を、好んで食べる。麝香鳥の体内で発酵した豆は人間でも食べられる。糞に混じる発酵した豆は麝香豆と呼ばれ焙煎(ばいせん)して挽くことで、香り豊かな豆茶となる』


「ほう、これまた変わった嗜好品やね。でも、行けそうやね。おそらく、バサラカンドでしか採れないから、高い値が付くで」


 冒険者相手に地図を売るヒュセイン地図店に行った。

「バサラカンド近郊の『シュナ砂漠』の地図をちょうだい」


 白い服を着てターバンを被った年老いた地図商人がいた。

 地図商人はヒュセインと名乗っていた。ヒュセインが、にこやかな顔で勧める。

「銀貨二枚だよ。『黄金の宮殿』の地図もあるけど、要らんかい」


「とりあえず、要らん。ところで、麝香鳥の棲処って、知っている?」


 ヒュセインが惚けた。

「さあ、どこだったかな、最近めっきり物覚えが悪くなってね」


「銀貨二枚で思い出せそう? 思い出せないようなら、他に行くで」

 おっちゃんが銀貨二枚を差し出すと、ヒュセインが笑顔で受け取った。

「思い出しましたよ。ここと、ここだよ」


 ヒュセインは地図に記を付けてくれた。

 おっちゃんは、スコップと大きな袋を買って、夜になるのを待った。

 夜になったので、シャッター付きのランタンを持って外に出た。暖かい格好をして、バサラカンド郊外に出た。


 夜の砂漠は、冷えた。おっちゃんは、寒さに強くなる飲み物『岩唐辛子・スープ』を飲んで、体を温める。


 おっちゃんは、ヒュセインに教えてもらった断崖に行った。切り立った八十mクラスの断崖が見えてきた。

『暗視』と『遠見』の魔法を唱えて麝香鳥を探した。最初の場所では見付からなかった。次の場所に移動した。


 次の場所でも同じように探すと、空を飛ぶ大きな影を見つけた。

(『飛行』の魔法だと、空中戦になった時に危ないな)


 おっちゃんはランタンを地面に置いた。麝香鳥より大きなワイバーンにおっちゃんは姿を変えた。ランタンの傍に装備を置いていく。


 ワイバーンは飛竜とも呼ばれる。体長が四mほどの、空を飛ぶ、龍に似たモンスターだった。

 龍と違い、手は退化して存在しない。だが、鋭い爪と毒のある尻尾を持つ。知能は低いが、力が強く、牛だって持ち上げて飛べる。

 一部地域では乗用として使っている地域もあるが、気性が荒く、飼い馴らすのが非常に難しい。


 おっちゃんは袋とスコップを(くわ)えて、空に飛び上がった。おっちゃんの体は、ぐんぐんと上昇してゆき、すぐに断崖の上まで来た。


 断崖の上は麝香鳥の糞だらけだった。ところどころに青い小さなサボテンの花が咲いているだけで殺風景な場所だった。

(人間の体に戻れば裸、麝香鳥が戻ってきたら、危ない)


 おっちゃんはワイバーンの足でスコップを持つ。青いサボテンの花が可哀想なので、花のある場所は避けて器用に地面を削った。


 ひたすら削って、袋に薄茶色の糞を掻き入れる。糞の粉に(むせ)ながら作業を続けた。

 二十分くらいで二十㎏入りの袋が満たされた。


(はよ、戻らな、麝香鳥が戻ってくる)

 おっちゃんは断崖から飛び立ち、ランタンの明かりを目掛けて滑空した。


 ランタンの傍に来ると、人間の姿に戻った。服に毒虫や蠍が入っていないかと確認して服を着替えた。

(よし、麝香鳥が戻ってくる前に、作業完了や)


 おっちゃんは逃げるように現場を後にし、早朝のまだ暗い時間に冒険者ギルドに戻ってきた。

 市が開くと雑貨屋で篩を買った。街の外で麝香鳥の糞を篩に掛けて豆を探した。

(さあ、出ておいで、お豆ちゃん)


 豆は中々、出てこなかった。二十㎏の糞を篩に掛けて、得られた豆は二百gぐらいだった。

「あかん。これダメかもしれん。二十㎏の糞から、たったの二百gしか採れん。糞まみれになったのにこれしか採れんとは悲しいな」


 おっちゃんは服に付いた糞を落とすと、街に戻った。

 冒険者ギルドの報告窓口に麝香豆が入った小さな袋を持ってゆく。

「エミネはん、麝香豆を採ってきたで、換金してや」


 エミネが浮かない顔をして、きつい口調で注意した。

「誰かに騙されたわね。香を付けたタダの豆を売りつけられたでしょう。麝香豆はそう簡単に採れる品じゃないのよ。楽して儲けようとしたらダメよ」


「ちゃう、ちゃう。ちゃんとしたルートで手に入れた正規品よ。もう、生産者の顔が見える品やで。でも、量が少ないねん。いくらぐらい」


 おっちゃんはカウンターに豆の入った小袋を置いた。エミネが渋い顔で小袋を開ける。

 中身の豆を見てエミネの顔が変わった。

「ちょっと待って」と、おっちゃんを待たせた。五分くらいでエミネは戻ってきた。


 エミネは怖い顔で訊いて来た。

「おっちゃん。まさかと思うけど、悪事を働いていないわよね。私の目を見て答えて」


 エミネの目を見る。エミネの目には力が入っていた。

「ちゃんと麝香鳥の巣から採ってきたよ。何か、問題があった」


 エミネが首を軽く振った。エミネはすまなさそうな顔で謝った。

「ごめんね、おっちゃんを疑ったりして。換金するから、待っていて」

(なんや、今の対応は、なんだったんや)


 エミネが希少品を計る秤で重量を計測した。

「金貨六枚と銀三十一枚よ」


 思ってもみなかった高額の回答が来た。

「なに、鳥の糞に混じっているだけの豆が、そんなにするん?」


 エミネが当然といった顔で、親切に教えてくれた。

「麝香豆の豆茶は、カップ一杯で金貨一枚するのよ」

「そんなの、下手な高級ワインより高いやん」


「だから、偽物が出回ったり、盗品が取引されたりするのよ。特に最近は盗賊団の『油壺』の動きが活発だから、略奪品の闇取引が横行しているわ」


 おっちゃんは報酬を受け取って宿屋の風呂に入った。汚れたマントとターバンは洗濯に出した。

 バサラカンドでは水は貴重品なので、風呂や洗濯にも金が掛かる。風呂代が銀貨六枚。洗濯に銀貨四枚が掛かった。


 風呂上りに鏡で顔を見ると、少し薄い頭頂部の毛を気にする。

「あれ、また少し薄うなったかな。気にしてもしゃないか。年やからな」


 おっちゃんは自室に戻った。

「売り上げが、銀貨計算で、六百三十一枚。袋、篩、スコップ、地図で銀貨三十七枚。風呂代が銀貨六枚で洗濯代が銀貨四枚。銀貨にして五百八十四枚の儲けか。少し儲けすぎたな」


 金は欲しいが、目立ちたくなかった。目立てば正体がばれる日が来る。そうなれば、街にいられないでは済まない。モンスター冒険者の現実があった。



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