第八十一夜 おっちゃんと情報操作
『炎の剣』のメンバーと親しい中級冒険者を捕まえた。上等のエールとデッポウ鳥の串焼きを奢って話を聞いた。
「『炎の剣』って『氷雪宮』を攻略できそうなん。できるとしたらいつぐらいになるかな」
中級冒険者が気前よく教えてくれた。
「今年こそは、って話していたけど、いけそうだな。俺の見立てだと早くて年末前。遅くても年明けの早い時期には攻略できると睨んでいるよ」
(ビクトリアの情報は当っているかもしれん。となると、残された時間は二週間から三週間か)
「ありがとうな」と礼を述べて席を立つ。
おっちゃんは、いざというときのために取って置いた金貨を持ち出した。酒場にいる吟遊詩人の男を呼んだ。
「仕事や、詩を作って酒場で歌ってくれるか?」
おっちゃんは金貨三枚を差し出した。吟遊詩人は笑顔で金貨を受け取る。
「いいですよ。おっちゃんの武勇伝ですか?」
「ちゃう、ちゃう、これや」
『夏の精』の物語について書かれた要約を見せた。吟遊詩人が興味深げな顔で要約を読む。
「古い伝承のようですね。いいですよ。『夏の精』の物語を詩的に作り替えましょう」
「ラストを、ちょっと追加して。『夏の精』が蘇るとき、シバルツカンドは大雪崩に飲み込まれる、とね」
「承知しました。依頼人の望みに叶った歌を作るのも仕事のうちです」
おっちゃんは吟遊詩人と別れ、ベルゲのいる教会に向かった。
教会では旅芸人の一座が芝居の練習をしていた。芝居の練習を横目にベルゲに尋ねた。
「ベルゲはん。彼らはどうしたの」
ベルゲが優しい顔で教えてくれた
「毎年、冬に劇団が来て、教会で聖書劇をやるんですよ。今年は氷塊の影響で遅れていました。明日から二日間、教会で聖書劇をやります。よかったら、おっちゃんも見に来てください」
(冬の娯楽がない時季に聖書劇が来てるんか。これは好都合やな)
「団長はんは、おりますか」と一座に声を掛けた。
「俺だが」と浮かない顔をした年配の俳優がやってきた。
「予定の聖書劇が終わったら、別の劇をやって欲しいんよ。お金は、おっちゃんが出す。今後の予定は、空いている?」
団長は少し困った顔で、おずおずと尋ねてきた。
「予定は空いていますが、追加の聖書劇をやるんですかい」
団長がおっちゃんの提案に興味を示していた。
「違うよ。おっちゃんがやって欲しい演目は、これを元にした劇よ」
『夏の精』の物語について書かれた要約を見せた。
「これを元に即興で物語を作ってや。ただし、ラストは、暑くなって溶け出した大雪崩が街を襲いそうになる。そんで、巨人が街を救う結末に変えて」
要約を見た団長が、頭を掻きながら思案する。
「可能ですが、今から脚本とセットと小道具を作って練習するとなると、時間が掛かりますぜ」
「別に、セットや小道具のない二人芝居でもええよ。上演時間も三十分程度でええ。ただし、公演の回数は多目にしてや、街の大勢の人に見て欲しいんよ」
団長は渋い顔をしていたので、金貨二十枚を取り出した。
「報酬は、金貨二十枚を出す」
団長の顔が驚きに変わって、声が上擦った。
「そんなに貰えるんですか」
「ただし、聖書劇で手を抜いたら、あかんよ。あと、おっちゃんの依頼した芝居は無料で公開してな」
おっちゃんはベルゲに向き直った。
「というわけで、ベルゲはん、聖書劇が終わった後に、教会で別の劇をやりたいんよ。協力してくれんかな。なんなら、ラストの巨人を、神様に変えてもええよ」
ベルゲは浮かない顔で、渋々といった口調で応じた。
「本来ならば、お断りしたいところですが、おっちゃんには塩と薪の問題で街が世話になっています。宗教家としてはなく、街の人間として協力しましょう」
「ありがとう。ほな、これ、会場費と喜捨。喜捨は演劇の後にやる炊き出しにでも使って」
おっちゃんは金貨二十枚をベルゲに渡した。
ベルゲは金貨を受け取り、おっちゃんと神に感謝の言葉を捧げた。
おっちゃんは魔術師ギルドに移動した。魔術師ギルドで雪崩の研究をしている若い学者のクレインを紹介してもらう。
クレインは三十代前半の黒髪の男性。眼鏡を掛け、灰色のローブを着ていた。クレインに会って依頼した。
「明日にでも気温が上がって、『氷雪宮』が溶け出すほど暖かくなったとする。その場合に起きる大雪崩の範囲と影響を纏めた、予測報告書を作って。それと、どこに逃げれば安全かを示した地図も、欲しいんよ。どちらも早ければ早いほどええ」
クレインは否定的な態度で申し出た。
「今は十二月の上旬ですよ。これから寒くなる状況はあっても、『氷雪宮』が溶けるほど暑くなる事態はありません。そんなものは作るだけ無意味です」
「でも、作ってくれたら研究費を出すよ。前金で金貨十枚。完成したら金貨二十枚で、どうや」
クレインの目の色が変わった。
「本当に頂けるのでしたら、お望みの予測報告書と地図を作りましょう。研究にはお金が掛かるのに魔術師ギルドから研究費がほとんど出ない状況ですから、ありがたい」
おっちゃんは金貨十枚を渡す。クレインは頭を深々と下げた。
次にエルリックの住む領主の館に向かった。領主の館は、アンディに踏まれはしなかった。だが、アンディが起こした地響きにより被害を受けて少し壊れていた。
おっちゃんは深刻な態度を演じて、老執事にお願いした。
「実は隣国のハイネルンがシバルツカンドを滅ぼそうとしている情報を掴みました。是非とも領主様のお耳に入れたいんですが、お取次ぎをお願いできますか」
ハイネルンはシバルツカンドの北側にあるランサン山脈を隔てた場所にある国だった。過去にラップカンドを占領して、シバルツカンドにも攻めこもうとした歴史があった。
しばらく待たされたが、老執事にエルリックの執務室に通された。
エルリックが不機嫌な顔で応じた。
「おっちゃんは、次は、なにで儲けようとしているんだ」
「そんな、滅相もない。今回はビジネスの話でなく。政治の話です。ハイネルンの動きがおかしいです。警戒したほうがええですよ」
エルリックが、うんざりした顔で刺々しく発言した。
「ハイネルンが攻めてくる。もう、何度も戦争の話を聞いた。だが、一向に攻めてこない。戦争に備えるだけでも金は掛かる。ただでさえ、屋敷の修理に金が必要なのに、だ」
おっちゃんは真剣な態度を装い、嘘を並べた。
「ハイネルンの目的は戦争では、ありません。シバルツカンドに眠る『夏の精』です。ハイネルンは『夏の精』を蘇らせ、『氷雪宮』を溶かして、シバルツカンドを大雪崩に襲わせる気です」
エルリックが顔を歪めて、馬鹿にするように突き放した。
「『夏の精』なんて聞いた覚えがない。それに、『氷雪宮』を溶かして大雪崩を起こすなんて馬鹿げている。もう、下がっていいぞ。今度は、もっと儲かりそうな話を持ってきてくれ」
おっちゃんは迫真の演技を続ける。
「本当です。本当に、『夏の精』は、いるんです。調べてください。今度の氷の巨人の事件かて、アントンがやったんです。アントンの裏にはハイネルンがいるんです。どうか、どうか信じてください」
おっちゃんは老執事に押し出されるようにエルリックの執務室から追い出された。信じてもらえず、しょげた様子を装った。肩を落として、エルリックの館を後にした。
(人間は、わからないものを恐怖して混乱する。『夏の精』が出現すれば混乱するはずや。混乱による対応の遅れは致命傷や。『夏の精』がどんな姿をしているか。何が起きるか。どうすればいいかが、わかれば動きも早いやろう)