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第八夜 おっちゃんとアンデッド

 公営墓地は外周を一周すれば一時間も掛かるほど広い。公営墓地に不思議な霧が出ており、視界が悪いのでどこまでも公営墓地が続いているような錯覚を受けた。グールが出ると噂が立っているためか、人影はなかった。


 僧侶はアンデッドが近くにいるとわかる。


 バートでは経験が少ないので、モレーヌを先頭に霧の掛かった公営墓地内でグールを探した。


「いました。あそこです」


 モレーヌが墓地の一角を指差す。身長百五十㎝、浅黒い肌に無毛の頭。手には太く長い爪を持つモンスターがいた。グールだった。数は六体。


 モレーヌがしゃがむと、少年少女冒険者は一斉に投石を開始する。


 グールの動きは遅く、的としても大きい。だが、緊張のせいか少年少女冒険者の攻撃が中々当たらない。


 近づいてきたグールに、モレーヌが神に祈りを捧げて、ターン・アンデッドを試みる。


 三体のグールがその場で崩れ落ちる。だが、残り三体が、石に撃たれながらも前進してくる。


 魔法使いの女のアビルダが叫ぶ。

「だめ、石じゃ倒しきれない。攻撃が当たらない」


 先頭にいるモレーヌまで三mの距離で、おっちゃんは魔法を発動させる。三体のグールにおっちゃんは『魔力の矢』を放った。


 魔力の矢に貫かれたグールが後方に跳んで倒れる。


 全員の視線がおっちゃんに注ぐ。


 モレーヌが驚いた声を上げる。

「オウルさんて、魔法戦士だったんですか」


 魔法戦士は簡単になれない。素養があり、師に恵まれ、金があって、初めてなれる高級な職業だった。


 冒険者間でもそれなりに経験を積んだ魔法戦士なら、引く手は数多だ。


 おっちゃんはばつが悪そうに答えた。

「昔、ちょっとな、魔法を習ったんよ。簡単な初歩の魔法は使えるんよ」


 嘘だった。おっちゃんの魔法の腕前はかなりのものだ。おっちゃんはトロル・メイジで喰っていた過去がある。


 トロル・メイジが、人間社会でいうところのどれほどの腕前なのか。小さな街の魔術師ギルドのギルド・マスターが勤まるくらいの腕前だった。それくらいの魔法の腕がないと、海千山千の冒険者相手には通用しない。


「あと、ワシのことはオウルさんじゃなくて、おっちゃん、でいいから」


 子供たちが目を輝かせて、おっちゃんを見ていた。


(めっちゃ、こっち見ている)

 目立ちたくないおっちゃんにとっては嫌な視線だった。


「ほら、まだ、六体や。サクサクいくで」


 二回目からは、もっとスムーズにいった。投石で体力を削り、ターン・アンデッドで破壊。破壊を免れたグールを『魔力の矢』で止めを刺す。戦闘回数が進めば進むほど、投石の命中率は上がった。


 三十体以上、グールを倒して清めたところで、休憩を取る。


「墓場にけっこうな数が入っているね。モレーヌさん、グールがどこから湧いているか、わかる」


 モレーヌが申し訳なそうな顔をして首を振った。


(グールが湧く場所を封じんと、いたちごっこやな)


「モレーヌさん、悪い気配か、空気が酷く淀んだ場所とか、わかる」


 モレーヌは身震いしてから答える。

「ひどく、嫌な気配がする場所なら、あります」


(おそらく、そこに何かあるな)


「しゃあない。危険な場所に行かねば、宝もない。嫌な気配の場所に行こうか。ただし、もし危険なモンスターが出てきたら、とっとと逃げる。誘導はモレーヌさんがしてや。殿(しんがり)はワシがやるさかいに。全滅は最悪や」


 少年少女冒険者を見ると、全員が真剣な顔で頷いた。


 休憩を切り上げ、モレーヌが指摘した嫌な気配の場所に行く。進むたびに霧が濃くなる。


(僧侶じゃなくてもわかる、モンスターの気配が、びんびんや)


 七分か八分、霧の中を進むと、半透明な馬に乗り、槍を持った半透明な騎士のモンスターが遭らわれた。


 一頭と一体のモンスターからは、危険な気配がひしひしと伝わってきた。


(ファントム・ナイトか。ごついのが出たな。これ新人パーティなら間違いなく、全滅や。全員、討ち死に間違いなしやで。よかった、従いてきて)


 おっちゃんはファントム・ナイトの目を見た。


 ファントム・ナイトの目は黄色い光を帯びていた。


(目玉は黄色か。これ、話が通じる奴やな)


 話し合いで解決できると踏んだ。だが、人間には話し合いの現場を見せるわけにはいかない。


 おっちゃんは剣の柄に手を掛けて、パーティの先頭に踊り出た。

「こいつは、あかん。強敵や、モレーヌさん、ここはワシが喰い止める。子供たちを連れて、冒険者ギルドまで撤退や」


 おっちゃんは、まともにやりあう気はなかったが、鬼気迫る演技をした。


 おっちゃんの気迫に飲まれたのか、モレーヌが悲壮な声で告げる。

「わかりました。みんな、早く逃げて、おっちゃんの行為を無駄にしないで」


 逃げるときは嘘のように速かった。十秒も掛からず、墓場におっちゃんとファントム・ナイトだけになった。


(純朴というか、切り替えが早いというか、素直な子供たちやな。さっさと消えよった。残られても困るけど)


 おっちゃんは、剣の柄からから手を離すと『死者と会話』の魔法を使う。


 おっちゃんはダンジョンで働いていたころ、アンデッド・モンスターたちの現場監督をしていた過去があった。

 現場スタッフと監督が話せないなら、仕事にならない。なので、『死者との会話』は必須だった。


「言葉はわかりますか。わいは、おっちゃん、戦う気はないで」


 ファントム・ナイトから驚きの声が上がる。

「我が言葉がわかるのか?」


「わかりますよ。しっかりと聞こえていますよ。子供たちがいなくなるまで待ってくれて、ありがとうな。それじゃあ、談合しようか」


「なんだ、それは。何かの儀式か?」ファントム・ナイトは言葉の意味がわからないようだった。


(ダンジョン生まれなら、談合を知らんわけないしな。ちゅうことは、こいつ自然発生型か)


 おっちゃんは一応の説明をする

「談合というのは、冒険者と現場のモンスターで話し合って妥協する話よ」


 基本的にダンジョンのモンスターはダンジョン・マスターに忠誠を誓う。だが、現場には現場の事情があったりする。なので、知能のあるモンスターは時に戦わず、裏でこっそり冒険者と取引する。その取引をモンスター側で「談合」の符丁で呼んでいた。


 おっちゃん側から提案をした。

「こっちの要求は、墓場にモンスターが出んようにして欲しいわけよ。それで、ファントム・ナイトさん側の要求は、なに」


「我は復讐を望む。我を罠に嵌めた冒険者カインの命を欲する」


 冒険者といえど、人間。裏切りは常にある。宝を独り占めするため。自分だけ助かるため。憎い人間を騙すため。

 そこら辺のドロドロした事情は、人間の世界で暮らすようになってからよく聞くので、驚くに値しない。


「わかった。それでカインいう人間を連れてこられたら、グールを引き連れて。どこか行ってくれるん?」


 ファントム・ナイトは強い口調で断言した。

「否、グールと我とは関係がない」


「え、そんなら、話にならんよ。グールを立ち退かせてくれないと、おっちゃんに利益ないよ」


「わかった。では、交渉決裂か」

 ファントム・ナイトが槍を構えようとしたので制止する。


「待ちいーな。早まったらあかんよ。おっちゃんを殺したところでカインは現れへんよ。むしろ、探す人間がいなくなるから、どっちも損よ」


 ファントム・ナイトが武器を下ろした。

「では、どうする」


「わかった。じゃあ、こうしよう。おっちゃんが人間の世界に行って、カインを探すから。ファントム・ナイトはんは、墓場でグール発生の秘密を探る、言う取引は、どう。お互いの仕事の交換よ。妥当な線やと思うよ」


「わかった。それなら、いいだろう」


 ファントム・ナイトが背を向けたので尋ねる。


「ちょっと待って、あんたの名前を教えてくれんか。あと所属していた冒険者パーティの通り名とかあったら教えてや。手懸かりになるかもしれん」


「我はサーバイン・キャロウェル。パーティに名はなかった」


 名乗るとキャロウェルは霧の中に消えていった。

「あいつ、ほんま大丈夫だろうか。まあ、元冒険者みたいやから、それなりには使えると思うけど」


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