第七十六夜 おっちゃんと森の魔女(後編)
青いドアを潜ると、三十畳ほどあるリビングに出た。リビングにはソファーの他に、各種のマジック・アイテムや薬が並んでいる棚があった。リビングには白檀のよい香が微かに香っていた。
おっちゃんは、ポーションが納められている棚を眺めていた。
(さすがは魔女の家やの。色々な、薬がある。なんの薬やろう)
森の魔女が、お茶を淹れながら釘を刺す。
「振り掛けるだけで十歳も若返るポーション。一時的に大人に成長する薬まで色々あるわよ。もちろん、危険な劇薬も毒薬もあるわ」
(余計なものには手を出さんとこ)
おっちゃんは見るだけに留め、手を出さなかった。
森の魔女が淹れてくれたお茶は、薄い黄色で甘い匂いがするハーブティだった。
優しい微笑みを湛えた森の魔女が、ゆったりした口調で訊いてきた。
「それで、何か用があったから来たんでしょう。話だけなら、聞いてあげるわよ」
「一つ相談があります。ウーフェに襲われず、『ダヤンの森』で、薪を手に入れたいんですけど。どうしたらええでっしゃろ。知恵を貸してください」
「『巨人木の小枝』じゃダメなの?」
「木を伐って運ぶ時間を考えると、効果時間が短過ぎます。あれでは樵が仕事になりません」
森の魔女が柔和な微笑みを浮かべ、実に簡単に述べた。
「ウーフェ避けの魔除け、を作ってあげてもいいわよ」
「本当ですか?」
森の魔女がニヤニヤしながら優雅に発言する。
「ただし、一個に付き金貨百枚よ」
「十個ください」
「エッ」と魔女が驚いた。明らかに、おっちゃんが金貨を一千枚も持っていると思っていなかった顔だ。
おっちゃんはバック・パックから金貨の詰まった袋を取り出した。
「頼みます。この通りですわ」
おっちゃんは頭を下げて真摯に頼んだ。
金貨の入った袋を森の魔女が開け、軽く驚いた。
「金貨が、こんなに。まさか持っていると思わなかったわ。口にした以上は作ってあげるよ。五日後に取りにきて。後、ロゼのスパークリング・ワインと美味しいチーズも欲しいわね」
「必ずや、持ってきます」
頭を上げた時には、おっちゃんは冷たい雪の森にいた。遠くからブラリオスの遠吠えが聞こえた。
「大丈夫やろうか。疑っても意味ないか」
おっちゃんは『飛行』の魔法を唱え、ブラリオスの領域を侵さないように空を飛んで帰った。
五日後、おっちゃんは森の魔女に会いに行った。以前に森の魔女に会った場所には大きなポストが建っていた。
ポストを開けた。木製のチョーカーが十個入っていた。チョーカーを取り出した。ロゼのスパークリング・ワインとチーズの入った包みをポストに入れる。
「ぽん」と音がしてポストに羽が生えて飛んでいった。
森の魔女の言葉に嘘はないと思うが、試さないと人に渡せない。
おっちゃんは魔除けを装備してウーフェのいる場所に足を踏み入れた。
ウーフェはすぐに現れた。だが、『巨人木の枝』を持っていた時と同様に八m以内に近寄ってこなかった。
「よっしゃ。効果あるで。これで森から木を伐り出せる」
おっちゃんは林業ギルドに移動した。
林業ギルドの受付にハラールを呼んでもらう。ハラールはすぐに顔を出した。
ハラールは愛想よく、おっちゃんを出迎えた。
「おっちゃん、今日はどうした、いい知らせか。それとも遊びに来たか。どっちでも歓迎するよ」
おっちゃんは魔除けをハラールに見せた。
「森には入って木を伐る方法を探してきたで。これや。この魔除けを身に着けていれば、ウーフェは寄ってこない。おっちゃんが試したけど、効果ありや」
ハラールは魔除けを手に取って、まじまじと見た。
「魔除けね。で、これいくらだい」
「一個が金貨百枚」
ハラールが目を見開いて強い口調で非難する。
「高すぎるぜ。普通の樵には買えないぞ。凍え死ぬまえに、餓死しちまう」
「なら、おっちゃんが貸し出す。レンタル料金は、伐ってきた薪の二割でどうや」
タダにしてもよかった。だが、あまり安くすると、却って負い目を感じさせる。
ハラールが腕組みして考え込む仕草をした。ゆっくりとした口調で承諾した。
「それくらいなら、問題ないか」
「魔除けは、もう手に入らんから、なくさんといてや。あと、誰かが独占しないように、皆できちんと廻してつかわんと、ダメやで」
ハラールは真摯な顔で、頼もしい口調で約束した。
「わかった。高価な物だから、管理は厳重にするよ。誰かが独占しないように、きちんと輪番で使う計画も約束する。俺はギルド・マスターだ。特定の組合員を贔屓したりしない」
おっちゃんは啄木鳥亭に帰った。熱いサウナに入って、水風呂で汗を流した。
暖かい酒場に行く。塩辛いベーコンを肴に、エールを飲んだ。
おっちゃんは部屋のベッドで横になった。
「塩も供給できた。薪も供給される。金も使った。おっちゃんは、もう何もやる仕事はない。あとはごろごろするだけや。これで楽できる」