第七十一夜 おっちゃんと試掘調査
おっちゃんは、更に五回ほど塩を運んだ。五回も運べば、どの経路で飛べばアイス・ワイバーンを刺激しないか、わかった。ただ、個人で運ぶので、量には限界があった。
それでも、冒険者ギルドに頼めば塩が手に入ると人々は知った。結果、塩蔵品や塩の価格の高騰は止まった。ベーコンや塩鱈の値段も百gで銀貨二枚まで下がった。
六回目の塩の運搬が終えて、街に帰ってきた。
お客が待っていた。林業ギルドのギルド・マスターのハラールだった。ハラールに呼ばれ、一緒に密談スペースに移動した。
ハラールが、ぎこちない様子で、言い辛そうに口を開いた。
「その、なんだ、いつぞや、樵を助けに行ってもらったのに、あんな口の利き方をして、悪かったな」
「気にせんといてー。林業ギルド・マスターの立場からすれば、お怒りはごもっともや。それで用事は、なに? なんか、頼みたい仕事があったんやないの」
ハラールは立ち上がった。ハラールは額をテーブルに擦りつけるように頼む。
「おっちゃんは『巨人木の枝』を持っていてウーフェに襲われないんだろう。頼む、俺たちのために森の魔女から『巨人木の枝』を貰ってきてもらえないだろうか。このまま森に入れない状況が続けば、首を括る組合員も出てくる。おっちゃん、俺たちを助けてくれ」
林業で生活している人間が森に入れないのでは、生活は立ち行かない。ましてや、本来なら冬は薪による収入で潤うはずだ。冬に収入がないでは、樵は生きていけない。
「頭を上げて、ハラールさん。『巨人木の枝』は手に入るけど、使えんよ。『巨人木の枝』の効果は、保って、せいぜい三時間。取りにいって渡す時間も考えると、木を伐り出す作業の時間は、ほとんどないと思うよ」
ハラールは、がばっと顔を上げて驚きの声を上げた。
「そんなに短いのか」
おっちゃんは頷いた。ハラールは落胆も露に帰っていった。
ハラールが見送った。酒場に戻って気が付いた。暖炉には火が入っていた。
ニーナが複雑な顔で発言した。
「ハラールさんからよ。なんでも、先日は悪かった、って謝って持ってきてくれたの」
(冒険者が樵を見捨てて帰ってきたのに、林業ギルドから頭を下げてきよるとは、追い込まれているんやろうね。薪やって、虎の子の薪やろう、なんとかしてやりたいな)
翌日、おっちゃんはエメリア酒造のヘルマンを訪ねた。
「ちょっと教えて、三十年前。ウーフェが大量に出現した時に、暖房って、どうしたん。薪が手に入らなかったでしょう」
ヘルマンが懐かしむような顔で、昔を思い出しながら話した。
「泥炭地にはなぜか、ウーフェが出なかった。泥炭を掘って燃料の代わりにしたな。だが、今は無理だ。泥炭地は、ブラリオスの縄張りだ」
(そういえば、森の魔女がブラリオスの塒にいた時に口にしとったな。この辺りにウーフェが出ないって)
「ありがとうな」と礼を口にして、エメリア酒造を後にした。街で大きな籠、シャベル、ゴザを買う。
籠には豚肉一頭分を購入して入れておく。
おっちゃんは、ブラリオスの縄張りに出かけて行った。縄張りに入る前に、トロルに姿を変えた。
トロル姿でブラリオスの塒に向かった。洞窟に入ると、ブラリオスは横になっていた。
ブラリオスが顔を上げた。ブラリオスは襲ってこなかったが、歓迎もしていない様子だった。
「すんまへんな。わいは、おっちゃんいう商人です。ちいとばかりお話があって来ました」
ブラリオスは不機嫌な顔でじっと、おっちゃんを見ている。
「この土地を譲ってもらうわけにはいきませんやろうか、もちろん、タダとはいいません。おいくらなら譲ってもらえますか? できるだけ高こう買い取らせていただきます」
ブラリオスは「帰れ」というように手で追い払う仕草をする。
(すぐに立ち退のいてくれる様子はないか。立ち退いてもろうにしても、何度か来ないと無理やね)
「そうですか。じゃあ、少し泥炭を掘らせてもらって、ええですか?」
ブラリオスは欠伸で答えて、再び眠りについた。
おっちゃんは「好きにしろ」の返事だと思ったので、礼を述べる。
「ほな、少しだけ、掘らせてもらいます。あと、これ、泥炭の代金といってはなんですが、食べてください」
ゴザを敷いた。籠から豚肉を出してゴザの上に置いて、おっちゃんは立ち去った。
『物品感知』を使い、対象に泥炭を選んだ。泥炭はブラリオスの塒の前方二百mから広い範囲に存在した。
さっそくシャベルで地面を掘った。雪を五十㎝ほど除けると、地面が姿を現した。地面にスコップを入れる。粘土状の土が掘れた。
(けっこう重労働やけど、掘れるな)
おっちゃんは籠一杯に泥炭を入れた。ブラリオスの縄張りから出て人間の姿に戻った。
泥炭の入った籠を持って、啄木鳥亭に戻った。冒険者の何名かは、おっちゃんを不思議そうに見ていた。
暖炉の前に移動した。暖炉からは火が消えていた。
おっちゃんは籠から泥炭を出して暖炉に入れ、『着火』の魔法で点火した。一回では着火しないので数回『着火』を掛け、泥炭に火が着いた。
火はゆっくりと燃え、独特の焦げ臭を放つ。
(よし、燃料として使えるようやね。あとは、これをどうやって大量に採取するかやね)
火の入った暖炉に冒険者が集まってきた。冒険者の集団の後ろからニーナの驚く声がした。
「おっちゃん、何を燃やしているの」
「泥炭や。ヘルマンに聞いたら、薪が取れない時に使こうていたって話やから、採ってきたで。薪のほうが温かいかもしれんけど、暖を取るなら、これでも充分やね」
暖炉で燃える泥炭は、久々に酒場の中を暖めた。啄木鳥亭の酒場が暖かいと噂が流れたその日は、一般客もやって来て、酒場は久しぶりに賑わった。