第六十九夜 おっちゃんと薪(後編)
洞窟を出た。おっちゃんは『物品感知』を唱えて、対象に靴を選ぶ。
『ダヤンの森』を歩いていった。話で聞いたとおりの魔物ウーフェが現れた。
数は見えるだけで三頭。周囲にもっと多くの気配があるので隠れていると感じた。
ウーフェが距離を詰めてきたので、おっちゃんは剣に手を掛けた。ウーフェがおっちゃんから八mの距離で停まった。
八m以上は近づいてこなかったので、試しにおっちゃんは一歩、近づいた。ウーフェが離れる。
おっちゃんは一歩離れる。ウーフェが近づく。
(ほんまや、『巨人木の枝』を持っていたら、一定の距離以上にウーフェは近づいて来んな)
森の中で靴が集まっている場所に向かった。木を伐り出していた現場に出た。
雪の上に、冒険者と樵が倒れていた。木を運搬するための大きい橇があった。橇に繋がれていた馬二頭は無傷だった。橇には、すでに伐り出された丸太三本が載っていた。
現場には口を血で汚した数十のウーフェがいた。ウーフェの大半は寝そべっていた。
おっちゃんはウーフェに近づく。ウーフェは立ち上がり、静かにおっちゃんから距離を取った。
一人一人、息があるか確認する。だが全員が死んでいた。
(冒険者が十七名か。依頼票では募集人数は十八人。一人が逃げてきたから勘定は合う。樵五名が死亡。樵は他におらんやろうか)
現場から離れた場所にある靴を感知する。
靴のある場所に移動すると、木を取り囲むウーフェが見えた。おっちゃんが近づくと、ウーフェが囲みを解いた。木の上を見上げると、二人の樵が木の上にいた。
「わいは、おっちゃんいう冒険者や。冒険者ギルドから派遣された。下りられるか」
樵は互いに顔を見合わせた。樵は下におりる行為を躊躇っていた。
「おっちゃんは『巨人木の枝』を持っている。おっちゃんの傍は安全や。だが、時間にも限りがある。はよせんと、下りられんくなるで」
二人の樵は小声で相談する。頷いて木を下りてきた。
「向こうに五人の樵が死んでいた。他に樵はおるか」
二人の樵が、いたたまれない顔で首を振った。
「わかった。ほな、帰るで。危険やから二m以上離れないでや」
おっちゃんは樵を伴って、伐り出し現場に戻った。
現場に残っていた橇に乗って三人で街に向かった。
街が見えてくると、「街」だと樵が言葉を発して泣き出した。
林業ギルドの前に着いた。ギルドの前にいた樵が大声を上げる。
「おい、ニコライとロイが生きていたぞ」
林業ギルドから、六名の樵が出てきた。ニコライとロイの生還を喜ぶ。樵たちがニコライとロイを連れて中に入ると、入れ代わりにハラールが出てきた。
ハラールが怖い顔で尋ねた。
「他の樵はどうした」
おっちゃんは橇から降りた。
「残念ながら、現場に行った時にはすでに亡くなっていた。回収できたんは二人だけや」
ハラールは険しい表情で確認する。
「見たところ、冒険者のようだが、冒険者ギルドは人を出したのか」
「貼ってある依頼票を見てきた。志願した人間は、おっちゃんだけや」
ハラールはムッとした顔で、強い口調で発言する。
「ニコライとロイを助けてくれた成果には感謝する。丸太に橇と馬を回収してきてくれた仕事にも礼を言う。だが、冒険者が樵を見捨てて逃げた行為は事実だ。だから、薪は売れない。ルーカスにそう伝えろ」
「わかった」と、おっちゃんは林業ギルドを後にし、啄木鳥亭に帰った。
暖炉の火は消えたままになっていた。酒場に魔法の灯りはあるが、暗く感じた。
事の次第を報告する。ニーナが悲しそうな顔をして肩を落とした。
「そう、冒険者たちは、すでに」
おっちゃんは報酬を受け取ると、部屋に戻った。
一夜が明けた。酒場の暖炉の周囲に人の輪ができていた。
暖炉を覗くと、少しだが、薪が入って、火が燃えていた。おっちゃんが不思議に思うと、ニーナがやって来た。
ニーナが寂しげに笑う。
「昨夜、ニコライさんと、ロイさんが、やって来て、少しだけど、薪を持ってきてくれたんです。危険を顧みずやって来たおっちゃんへの御礼だそうです」
暖炉の中では、おっちゃんの勇気を称えるように、小さい火が赤々と燃えていた。