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第六十五夜 おっちゃんと喰えない男(後編)

 マーヤの悲鳴を聞いて、急いで家の裏に廻った。

 氷まみれになってガタガタと震える、ルイ、フリーダ、マーヤがいた。アントンの姿を探すが見当たらなかった。


「馬泥棒だ。誰か捕まえてくれ」

 離れた場所から男の声がした。声のした方向に走った。


 馬が走り去る蹄の音がした。西門に走っていく馬が見えた。おっちゃんはすぐに指示を出した。

「何人かは東門に先回りしてくれ。東門と『ランサン渓谷』に検問を張るんや。『魔力感知』が使えるもんは、一人でいいから、こっちに来てくれ、西門を張る」


 アントンは水や食糧を持たずに西門に向かった。

 西門を出ても砂漠を越えてバサラカンドへは辿り着く旅はできない。途中で他の人間を襲って食糧や水を奪おうにも、バサラカンドからの旅行者は皆無なので、奪えない。


 そうなると、アントンが逃げる経路は二つ。


 一つ、どこかで姿を変えて街に戻る。

 アントンは魔法で姿を変えている。『魔力感知』の魔法を使えば発見できる。街への入口である西門と東門で張り込めば捕まえられるかもしれない。


 一つ、街を迂回して東門から続く街道に入る。『ランサン渓谷』を抜けて、ラップカンドを目指す。

 ラップカンドに行くには、必ず『ランサン渓谷』を通らねばならない。アントンは西門から出た。街を外に出て迂回するアントンより、急いで街の中を通って、東門から出れば、アントンの先回りができる。


 冒険者は即座に、おっちゃんの意図を察知して三チームに分かれた。おっちゃんは西門でアントンが戻ってくるのを待つ。


 アントンは戻ってこなかった。

 二時間ほどが経過すると、防寒具に身を包んだ、ルーカスが冒険者と猟師を連れてやって来た。


 ルーカスが険しい顔で口早に尋ねた。

「おっちゃん、アントンは戻ってきたか?」


「いいえ、まだ戻りません。東門と『ランサン渓谷』に張っている冒険者は、どうです」

「アントン発見の報は入っていない。私はこれから、冒険者と道案内の猟師を連れて『ダヤンの森』に入る。おっちゃんは、どうする?」


「わいも行きます」


 ルーカスは厳しい顔で忠告した。

「気を付けるんだぞ。アントンの屋敷から悪魔召喚に使う道具が見付かった。アントンは悪魔を召喚できるかもしれない。捕まえるのが無理なら、こっちと合流するんだ」


「わかりました」


 ルーカスは人員を、ルーカスが指揮するチームと、おっちゃんが指揮するチームに分けた。


 おっちゃんは空を見上げた。陽はすでに高い位置を過ぎ、傾き始めていた。

(捜索できて二時間くらいか)


 おっちゃんは冒険者六人と道案内の猟師を連れて『ダヤンの森』に入った。冒険者の中にいた魔法使いに頼む。


「『物品感知』を使ってアントンを探せんか」

 魔法使いが『物品感知』の魔法を唱えてから首を振った。


「ダメです。見つかりません。おそらく『対抗感知』の魔法を、アントンは使っています」

「そうか。なら、狩人さんだけが頼りやな」

「おう、任せておけ」と猟師の男は胸を叩いて答えた。


 猟師が先頭になって馬の足跡を追跡する。追跡を始めて一時間が経過した。

 森を彷徨う馬も発見したが、アントンの姿はなかった。狩人が地面を詳しく調べる。

「こっちだ、こっちに人の足跡が続いている」


 足跡は雪の上にしっかりと残っていた。足跡を追って移動した。

 二十分ほど行くと猟師が脚を止めて、おっちゃんを見た。


 猟師が不安げな顔を向けて、おずおずと訊いてきた。

「ここから先に進むとブラリオスの縄張りに引っかかります。どうしますか、旦那」


 ブラリオスと出遭ったらアントン捜索どころではない。犠牲者が出る。 

 雪がゆっくりと降ってきた。


(あかん。ここで追跡を諦めたら、アントンを探せなくなる)


 空を見上げた。灰色の空にぼんやりと浮かぶ太陽は、傾いていた。

(暗うなれば、帰り道が危ない。アントンは逃がした、犠牲者は出した――では、立つ瀬がない)


「わかった、皆は引き上げてくれ。ここからは、おっちゃんが一人で追う」


 猟師が不安そうな声で気遣った声を出した。

「大丈夫ですか、旦那」


 不安はあった。だが、判断を誤れば、協力してくれた冒険者や猟師に犠牲者が出る。

「任せとけ。わかったら、引き上げて。猟師さん、冒険者の道案内を頼む」


 捜索隊と別れると、おっちゃんは道を歩き始め、アントンの足跡を追った。

 進むこと十五分。おっちゃんはアントンの形跡を見つけた。形跡は、大量の血痕と、ブラリオスの足跡だった。


「馬鹿なやっちゃな、逃げよう思わなんだら、死なずに済んだものを。切り札の悪魔も召喚する暇がなかったんやろう」


 ブラリオスに奇襲をされないように気をつけながら、周囲を探索した。

 アントンのものと思われる木製のワンドと、小瓶を見つけた。小瓶の中に、わずかに液体が残っていた。


 遺留品を回収したおっちゃんは『暗視』の魔法を唱えて、暗闇に沈む『ダヤンの森』を後にした。


 冒険者ギルドに戻ると、ルーカスはすでに帰ってきていた。ルーカスの部屋に行く。

「ただいま戻りました。アントンはブラリオスの縄張りに入って、命を落としたものと思われます。現場に大量の血痕と、ブラリオスの足跡がありました」


 おっちゃんはテーブルの上にワンドと小瓶を置く。

「あと、これは遺留品です」


 ルーカスが柔和な顔で、ゆっくりした口調で労う。

「ご苦労だったね。アントンの家を家宅捜査した衛兵の話では、アントンの家から高濃度に『氷結薬』を濃縮する装置が見付かったそうだよ。動機は不明だが。殺人犯はアントンだと考えて間違いないだろう。報酬を受け取るといい」


 ルーカスがおっちゃんを疑って冒険者に監視を頼んだ経緯については、触れないでおいた。

 監視任務に失敗した冒険者を思っての配慮もある。だが、別の心配からでもあった。


(監視に気付いた事実が露見すれば、できる冒険者だと思われる。おっちゃんは、しがないしょぼくれ中年冒険者でいたい。それに、アンディたちは悪くない。失敗を隠して報酬を貰いたいなら貰ったらええねん)


 おっちゃんは依頼報告カウンターに行く。

「仕事が終わったでー、報酬ちょうだい」


 ニーナが笑顔で「はい」と金貨二枚を差し出した。

 おっちゃんは金貨を受け取る時に訊いた。


「なあ、ニーナも、もしかしたら、おっちゃんが犯人やないかと思った?」


 ニーナは笑顔だったが、どこか目が泳いでいた。ニーナが、たどたどしく弁解する。

「私は、おっちゃんではない、と信じていたわよ。でも、凶悪事件が起きて犯人が捕まった時って、え、まさか、あの人が、ってことがあるでしょう。だから、その、ごめんなさい。やっぱり、ちょっと、疑っていたわ」


「もう、(かな)わんなー。まあ、今回は目撃者がいたからしゃーないって、結論にしとくわ。でも、もうちょっと、おっちゃんを信じてなー」


「おっちゃん、御免ね」とニーナは手を合わせて礼を言った。


 部屋に帰って、二枚の金貨を見つめる。

「この金はパーと使こうたろう。そんでもって、金がなくなったら、アイス・トラウトを釣って生活しよう。もう、活躍は懲り懲りや」


 おっちゃんは静かに眠った。


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