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第六十四夜 おっちゃんと喰えない男(前編)

 おっちゃんは街の人に聞き込みをした。

「すんまへん、どうやら酔って記憶が曖昧なんですけど。先日、ここらへんで、わいを見かけませんでした。どうも、酔って、大切な物を落としたらしいんですけど。どんな場所でもええです。教えてください」


 街の人に笑われた。だが、おっちゃんが行った覚えのない場所で、おっちゃんを見た目撃情報が、多数あった。


(ほう、これは、あれだね。おっちゃんに成り済ましている奴がいるね。人まで殺していると笑えんね。『シェイプ・シフター』のおっちゃんに化けるとはいい度胸や。絶対に捕まえたる)


 成り済ましの対象におっちゃんが選ばれたわけは、わかる。おっちゃんは冒険者で、街の人間ではない。また、冒険者とも交流も薄い。なので、知り合いに会ってばれる事態はないと踏んだのだろう。


 おっちゃんを尾行している人間の一団に気が付いた。人数は四人。四人の内、三人はそこそこできるようだが、独りドン臭いのがいたので気が付けた。


 尾行の腕前から推測して、腕は、それなりに立つ。気付かない振りをして相手を探った。

(服は平服やけど、武器を携帯している。でも、向こうから来るなんて好都合や)


 おっちゃんは人気のない路地に移動した。

 路地を曲がったところで『透明』の魔法を使う。おっちゃんは姿を消して隠れた。おっちゃんを追ってきた四人組の背後から近づく。一人の背後を取った。そのまま手を首に回して絞め上げ、人質に取った。


 他の三人が気付いたときには、おっちゃんは刃物を人質に突きつけていた。

「おう、おっちゃんを尾けてくるとは、ええ度胸じゃ。誰に頼まれた」


 追跡者のうち二人は男だった。二人とも年齢は二十になったばかりくらい。一人は黒髪で意志の強そうな眉をしていた。もう一人は赤い髪の、ひょろっとした男性だった。

 もう、一人は小ぶりの杖を持った、気の弱そうな金髪の女だった。


 男二人は武器を手に掛けないが、いつでも跳び懸かれるように身構えていた。


(脅すなら、気の弱そうな奴やな)

 おっちゃんは人質の首を絞め上げて凄んだ。気の弱そうな女を睨みつける。


「いわんと、こいつを殺すぞ。おっちゃんは、本気やで、ヘヘヘヘ」


 気の弱そうな女がおっちゃんの剣幕に恐れをなしたのか、「ギルド・マスターです」と上ずった声で口にする。


 男の一人が、気の弱そうな女をきつく見据える。


 合点が行った。「アホらしい」と口にして人質を蹴り放した。

「きゃあ」と人質から女の声がした。声からして、人質は女性だと知った。


(ルーカス。喰えない男やな)


 殺人事件の容疑者は二人いた。『氷結』の使い手のビクトリア。事件前にホワイト・ウィスプを大量に集めていた偽おっちゃん。


 ルーカスがおっちゃんにビクトリアの捜査をさせると共に、他の冒険者におっちゃんを見張らせていた。ビクトリアが犯人なら、おっちゃんに証拠を挙げさせる。おっちゃんが犯人で、ビクトリアに罪を着せようとしたら、おっちゃんを逮捕する。


 掌をヒラヒラさせて軽い調子で頼んだ。

「帰って、ルーカスに伝えてや。おっちゃんは無実、やって」


 人質だった銀髪の女が、きつくおっちゃんを見据えて叫ぶ。

「そんなの、わからないでしょう。おっちゃんがホワイト・ウィスプを範囲魔法で狩っていた現場を見た人間がいるのよ」


「あんな、それ、別人や。誰かが身寄りのない寂しい中年冒険者に成り済まして、悪事を働いているだけ」


 四人が顔を見合わせた。襲ってくる気配はなかった。おっちゃんは背を向けた。

「ほな、おっちゃん、行くで、これから偽物をしばかんとならん」


「待ちなさい。私も行くわ。本当は貴方が真犯人で、逃げるかもしれないでしょ」


(これ、敵わんな。でも、置いていって、暴走した挙句に死ぬ危険性もあるしな。気分が滅入るが、止むを得ないか。恨むで、ルーカスはん)


 今回は、敵の実力がわからない。『氷結』の魔法を使えないので『氷結薬』に頼ったのなら、腕は、おっちゃんのほうが上。だが、希望的観測で敵の実力を考えるほど、おっちゃんは若くなかった。


 おっちゃんは改めて四人を観察した。今の今までおっちゃんを尾行できていたので、まあまあ戦力にはなりそうだった。


「しゃあないな。邪魔にならんように、離れて従いてきてや。それと、名前を教えて」


 黒髪で意志の強そうな眉をした男はルイ。赤毛のひょろっとした男はカイサル。気の弱そうな金髪の子はフリーダ。人質だった銀髪の女はマーヤと名乗った


 おっちゃんが歩き出すと、四人は尾行を再開する。対象者が気付いており、追跡者も気付いている状況を尾行と呼べるかどうかわからないが、とにかく尾行だった。


 おっちゃんの目撃情報から、だいたいの偽者のアジトについて目星を付けた。おっちゃんは後ろから従いてくる四人に気付かれないよう『物品感知』の魔法を唱えた。対象は『氷結薬』の抽出器具。


(高度な濃縮をするんなら、薬師の家にあったのと違う器具かもしれん。だが、抽出までは同じと、説明があった)


 反応があった場所は街の南西にある倉庫街の近くの大きめの民家だった。

 民家は窓に全てカーテンが降ろしてあって、中は見えなかった。出入り口は、正面と裏口の二箇所あった。


「ちょっと、いいですか」と近所の人間に住人の情報を訊く。

「アントンさんの家かい。三年前から住んでいるよ。なんでも、食料品を扱う商人みたいだね。羽振りは、いいね。でもね、会っても挨拶くらいしかしないから、よくは知らないんだよ」


「あと、ここに、わいが来ませんでした?」 


 住民が怪訝な顔をする。

「確かに、一度だけ入っていくところを見たけど、変な話を訊くねえ」


 住民と別れ、四人の尾行者を呼ぶ。

「アントンが犯人やね。身柄を押さえたいから、応援を呼んで来て」


「証拠はあるの?」マーヤが険しい目で、口を尖らせて言い放つ。


「殺害に使われた『氷結薬』を作るのには特殊な濃縮装置が必要や。そんな装置も持っている人間はアントンだけや。アントンの家にある装置に付着している『氷結薬』とイサクの死体を魔術師ギルドで分析すれば、証拠になる」


「わかった」とカイサルが駆けていった。

「ほな、おっちゃんは正面を見張るから、裏口を見張ってくれるか。あと、アントンは『変装』の魔法を使えるから、騙されたら、あかんよ」


「わかった」と、ルイがフリーダとマーヤを伴って裏口に廻った。


 おっちゃんは冒険者ギルドの応援を待った。しばらくすると、二十人ほどの冒険者がやってくるのが見えた。おっちゃんがホッとした時、裏口からマーヤの悲鳴がした。


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