第六十三夜 おっちゃんと聞き込み
おっちゃんはビクトリアについて冒険者に聞き込みをした。わかった情報は、二つだけ。
一つ、ビクトリアは単独で行動する冒険者で、冒険者間の付き合いはなかった。
一つ、『氷結』の魔法を得意としている。
「あかんな、情報がない。村の人は、どうやろう」
村の人に、ビクトリアについて聞く。やはり、わかった情報は二つだけ。
一つ、イサクとビクトリアは、付き合っていた。
一つ、ビクトリアとイサクは最近とても大きな喧嘩をした。
「なんや情報が少ないな。イサクとビクトリアとの大喧嘩は街の人間が多数、目撃している。娯楽のない小さな街やからな。話題にはなっているが、それだけや。慎重に進めんと判断を誤るで」
念のために、イサクが浮気をしていかどうか聞くと、全ての村人が否定した。
イサクは、ビクトリア一筋だった。
啄木鳥亭に帰り、ニーナを密談スペースに呼ぶ。
「ニーナはん、忙しいところ、すいませんね。仕事の件で相談に乗って欲しいんよ」
ニーナが浮かない顔で応じた。
「私の知っている情報なんて、たいしたものないわよ」
「ビクトリアはんは、なんの依頼を受けて稼いでいたか、わかる?」
ニーナが、すらすらと答えた。
「ビクトリアさんは、街の人の依頼を受けた例はないわ。ビクトリアさんは『氷雪宮』で稼いでいたみたいよ」
独りで街にやって来て他のパーティに参加する冒険者は、珍しくない。されど、ビクトリアは他の冒険者との付き合いがなかった事実は裏が取れていた。
「まさか、独りで『氷雪宮』に行ってたんか」
ニーナが当然の顔で頷いた。
「それ、おかしいですやん。『氷雪宮』なんて、一人で行けるダンジョンやない」
ダンジョンには、難易度がある。最低ランクのダンジョンでも、下級冒険者が六人は必要である。ましてや、『氷雪宮』クラスとなると、中級冒険者が六人でも危険な場所だった。
仕事が採取でも、危険度は、そう変わらない。
ニーナが否定的な顔で意見する。
「でも、ビクトリアさんが持ってくる品は、『氷雪宮』でしか採れない物ばかりだったわ」
ニーナの話が本当なら、可能性は二つだった。
①ビクトリアは、とんでもなく腕が立つ上級冒険者である。
(一人で『氷雪宮』に行って帰ってくるような冒険者やと、手に負えんで。でも、疑問も残る。そこまでの実力がある冒険者なら、死体に痕跡を残すミスをするやろうか)
②ビクトリアもまた、おっちゃんと同じモンスター冒険者である。
(ビクトリアが魔法で人間に化けたモンスターやったら、可能性もある。むしろ『氷雪宮』の住人なら、採取はお手の物や)
おっちゃんは考えた。
(冒険者やったら、①の可能性を考えて、当然か。凶器が上級魔法の『氷結』やとする。凶器を用意できる人間では限られている。凶器が用意できて動機があるビクトリアが、殺人犯の第一候補や)
モンスター冒険者である、おっちゃんは②のほうを疑っていた。
(ビクトリアはモンスターや、と仮定する。イサクに正体を知られて殺した――は、ないな。街に、なんの執着もないビクトリアには、殺すメリットがない。イサクが浮気をしておらんかったから痴情の縺れもない)
犯人は別にいるかもしれない。ビクトリアの犯行が怪しくなってきた。
「ニーナはん、『氷結薬』って珍しい薬やん。この街で『氷結薬』って手に入る?」
「入るわよ」ニーナがアッサリと認めた。
「嘘ん。手に入るん? あれ、普通は流通してない、レアな薬やぞ?」
ニーナが当然の顔で、すらすらと教えてくれた。
「ホワイト・ウィスプを加工して『氷結薬』を作れるわよ。その『氷結薬』をエールに加えて『クール・エール』を作るのよ」
『クール・エール』は、シバルツカンドの輸出品。たいていの酒造蔵で使っている。
「それなら誰でもイサクを殺せるやん」
ニーナが意外そうな顔で、疑いの口調で異論を挟む。
「『氷結薬』で人が殺せるものなの? ちょっと待っていてね」とニーナが密談スペースから出て行った。
次にニーナが戻ってきた時には五百㏄の青い瓶を持っていた。
「これがお店でカクテルや氷菓を作るときに使っている『氷結薬』よ」
(食べ物や飲み物に使っている、やと?)
おっちゃんは一滴を指に垂らして舐めた。
ひんやりとした感覚が口に広がる。寒さなどは感じない。
「あ、これ、濃度が薄いやん。濃度一%ぐらいやん」
ニーナが目をぱちくりさせて普通に答える。
「でも『氷結薬』って言えば、それでしょう」
『氷結薬』が凶器と考えられないわけが、わかった。シバルツカンドの市場に流通している品で人を殺そうとするなら、十ℓ近く飲ませなければならない。
おっちゃんの知っている『氷結薬』といえば純度九十九%を指す。だが、シバルツカンドでは『氷結薬』といえば、一%の純度のものが一般的だと知った。
(ルーカスは殺害方法から『氷結薬』を除外していた。なるほど、地元で売っている『氷結薬』では確かに、人は殺せん)
「ニーナはん、これ、濃縮できる?」
ニーナが浮かない顔で懐疑的な口ぶりで意見する。
「蔵元で使う業務用なら、あるけど。それでも、五%以上の品は聞いた覚えがないわ。五%でも濃縮が難しいのに、それ以上なんて、できるのかしら」
(九十九%品が存在する以上、濃縮はできるはずや。だが、シバルツカンドの魔術師には不可能な技術なのかもしれん。だとすると、『氷結薬』による、毒殺の件はないのか)
おっちゃんは腕組みして考える。
(結論を出すには、まだ早い。ビクトリアが見付からない以上、純度の高い『氷結薬』の入手が本当に不可能かどうか、調べるべきかもしれん)
翌朝、おっちゃんは朝食を摂ったあとにニーナにビクトリアの行方を尋ねた。ビクトリアは、まだ帰ってきてなかった。
啄木鳥亭を出て、エメリア酒造へと向かった。外はすっかり雪景色で、二十㎝ほど雪が積もっていた。
エメリア酒造は以前におっちゃんが『クール・エール』を仕入れた過去がある酒造蔵だ。
塀に囲われた背の高い平屋の建物が見えてきた。
入口で除雪をする、青い羽織を金髪の丸刈りの年を取った男性がいた。男の名前はヘルマン。エメリア酒造で醸造家をやっている。
ヘルマンはシバルツカンドにやって来てから名前を知った。時々、啄木鳥亭で一緒に飲んでいた。
「こんにちは、お元気でしたか」
ヘルマンが笑顔で元気良く応じる。
「おう、おっちゃんか。今日は、どうした」
「純度の高い『氷結薬』が必要になりまして。それで、持っていたら、分けてもらえないか、と」
「おっちゃんと俺の仲だ。いいぜ。エメリア酒造で使っている『氷結薬』は純度三%だけど、いいかい?」
「もっと高いのが欲しいです。もっと高い濃度の『氷結薬』って、ありませんかね」
ヘルマンがきっぷのよい声で教えてくれた。
「三%以上は、量に比例して馬鹿高くなるぜ。何の料理を作るか知らんが、三%にしときな。それでも、欲しい言うなら、『氷結薬』を作っている魔術師ギルドの薬師を訪ねるしかないな」
ヘルマンに薬師を紹介してもらった。
薬師は、笑って発言した。
「八%以上の濃縮は、シバルツカンドの人間には無理ですね。する必要性も感じられない。森に住む魔女なら、別かもしれませんが。森の魔女は気紛れ、やってくれないでしょう。もし、やってくれても、馬鹿高い対価を要求されますよ」
(シバルツカンドの『ダヤンの森』に住む森の魔女は知っとる。高位の魔法使いや。魔女は『ダヤンの森』から出てこないから、捜査から除外してもええやろう。イサクとの接点もない)
『氷結薬』を抽出する器具と濃縮する装置を見せてもらう。薬師から説明を受けた。
「高濃度の『氷結薬』を作るのなら濃縮の工程は特殊な装置を使うでしょう。ですが、抽出までは、ここにあるのと同じ器具を使うはずです」
おっちゃんは薬師に頼んだ。
「ホワイト・ウィスプを獲るプロの魔術師を紹介して」
(出口が見えんやら入口や。『氷結薬』から犯人を追えないなら原材料からなら、どうや)
薬師から紹介してもらった魔術師に会いに行った。
「ホワイト・ウィスプの調査をしている、おっちゃん、言います。最近、ホワイト・ウィスプを大量に納めた場所って、冒険者ギルドと魔術師ギルド以外に、ありますか」
魔術師は嫌な顔をしながら、突き放すような態度で答えた。
「俺は、冒険者ギルドと魔術師ギルドだけだよ」
「そうですか」と帰ろうとする。
険しい顔の魔術師から、棘のある声で忠告された。
「それと、あんた、調査か何か知らないけど、採り過ぎだよ。採取で食っている人間は、あんただけじゃないんで、あんな捕り方をしたら、地元の人間から反感を買うよ」
「なんのことです?」
「おいおい、先日、あんたは森で、範囲魔法を使って、大量にホワイト・ウィスプを捕っていただろう。とぼけても知っているんだよ。俺は見ているんだから」
ホワイト・ウィスプは捕っている。だが、範囲魔法は使っていない。
「それ、ほんまに、わいでした?」
魔術師がおっちゃんの顔を見て苦々しく発言した。
「フード付きのローブを着ていたが、間違いないよ。あんただ」
おっちゃんは、フード付きのローブなんて、持っていない。
(なんや、これ、おかしな事態になってきたで)