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第六夜 おっちゃんと命の値段

 冒険者ギルドの報告窓口に向かうおっちゃんは機嫌が良かった。

 窓口でアリサに声を掛ける。


「依頼にあった胡椒を取ってきたで。換金してや。いい、匂いする木の皮も取れたんよ。ちょっと見て」


 胡椒とは別に採取した良い香のする木の皮が大量に入った袋を渡す。


 アリサは一目見るなり、目を輝かせた。

「おっちゃん、これ、桂皮ですよ。香辛料の一種です。確か、採取の依頼が出ていたはずです」


 アリサの言葉に心が華やぐ。

「依頼が出ていたんか、ラッキーやわ」


 胡椒と桂皮を合わせて買い取ってもらった結果、金貨二枚と銀貨二十枚にもなった。

「そんなにするん、桂皮いうたかて、ただの木の皮やで」


「胡椒も桂皮も品薄なんですよ。需要が供給を上回れば価格が上がる。この世の理ですよ」


「これは、ライバルとか増えそうやね」


 アリサは悲しむ顔をした。

「最近は香辛料の採取依頼も増えました。でも、任務達成率も、ジャングルからの生還率も下がっているんです」


 複雑な気持ちだった。参加する人が増えれば、競争が激化して、依頼を達成ができない人間が出てくる。無理に達成しようとするなら、ジャングルの奥地へと入っていかねばならない。奥に行けば行くほど、帰還が難しくなり生還率が下がる。


 おっちゃんも今回はジャングルの入口付近では胡椒を見つけられなかった。結果、奥へと足を踏み入らざるを得なかった。奥には、まだ香辛料が多く残っていた。


 おっちゃんの魔法の腕前は相当なものだった。どれくらいかと言うと、小さな街の魔術師ギルドのギルド・マスター並みの腕前があった。なので、『瞬間移動』なんて便利な魔法も使える。


 ジャングル内で道に迷う。滝から転落する。

 されど、『瞬間移動』があれば瞬時にサバルカンド近郊まで戻ってこられた。


(命の値段が金貨二枚か。高いのか、それとも安いのか)


 換金が終わったので、仕事終わりのエールを飲む。一眠りするために宿の二階に上がろうとした。


 アリサが受付カウンターで新しい青い僧衣を纏った人間と揉めているのが見えた。


(なんや、トラブルか)


 普段なら素通りするところだった。だが、懐には大金が入って、腹には食事が入っている。気が大きくなっているので、受付カウンターに寄ってみた。


「どうした、アリサはん、なんぞトラブルか」


「おっちゃん、いえね、仕事の依頼なんですけど」


 新しい青い僧衣を着た人間を観察する。

 相手は女性だった。年の頃は十八くらい。黒い髪は冒険者らしく短く、顔には幼さが残っていた。だが、意志の強そうな太い眉が印象的だった。


 装備は服の上から新人が良く着る革鎧を着て、鎧の上から僧衣を着ていた。腰に下げている武器は量産品の鎚だった。


(見るからに、新人の冒険者さんやね。でも、冒険者なら仕事を請けるほうのはず、でも、アリサはんは、仕事の依頼と言うていたな)


「おっちゃん、いいます。どうしたん、何か依頼で騙されでもしたん」


「モレーヌといいます。大地の神に仕える神官をしています。仕事の依頼をしに来たんですが、受けてもらえないんです」


 冒険者だから仕事の依頼をしてはいけないの決まりはない。冒険者からの依頼には少し興味が湧いた。


「仕事の依頼か、ちなみに、どんなん?」


 アリサが困った顔で説明した。

「公営墓地にグールが出て、墓を荒らしているそうなんです」


「グールってあれか、死体を喰ったり、供物を喰うたりする、あのグールか」


 アリサが真剣な顔で頷いて、言葉を続ける。

「それで、グールの駆除を依頼に来られたんですが、報酬は銀貨十枚」


「お一人で銀貨十枚?」


「全体で銀貨十枚です」


 グールは強いモンスターではない。新人にも討伐は可能だ。だが、グールは群れで行動する場合が多い。グールが複数いるのなら撃退する冒険者も複数いないと犠牲者を出す。


(依頼人の僧侶が同行する事態を考えてもあと、五人は欲しいところや。五人で受けたら一人当たり、銀貨二枚やで、命懸けで戦って銀貨二枚は、少な過ぎる)


「ないわー。なあ、モレーヌさん、銀貨二枚で命を懸ける冒険者はおらんよ。それに公営墓地と言うたら、お上の管轄やろう。衛兵がなんとかしてくれんの?」


 モレーヌが暗い顔で答えた。

「役所に掛け合いました。ですが、これから予算を立てて、上に伺いを立てるので、二ヶ月は掛かると」


(役所のやる仕事だから、時間が掛かる流れはわかる。けど、二ヶ月も待ったら荒らされた墓の主がアンデッド化して、えらい厄介な状況になるよ。下手したら軍隊を投入せんといけなくなるね)


「そんなに、時間が掛かるの。じゃあ、教会はどうなん? 建前上、アンデッドを野放しにできんやろう」


「公営墓地はどんな身分の人間でも宗派に関係なく埋葬できるんです。つまり、公営墓地は、どこの教会の管轄下にもないんです。だから、手出しできないんです」


(こっちは宗教権力の縄張り争いか。誰でも埋葬できる利点が、今回は裏目に出たな)


 モレーヌは下を向き、理不尽に耐えるように声を絞る。

「公営墓地に埋葬されている人は貧しい人たちです。貧しいというだけで、死後の安息すら脅かされて、よいものでしょうか」


 おっちゃんはアリサに尋ねた。

「モレーヌさんの話は本当なの」


「公営墓地にアンデッドが出るって、冒険者の間でも噂よ。公営墓地には、ジャングルから帰らなくなった人の慰霊碑もあるし。ダンジョンで死んだ冒険者の墓もあるわ。だから、冒険者も墓参りに行くんだけど、最近は自粛しているわ」


「なんやて。情けない。今だって、酒場に三十人くらい冒険者がおるやろ。夜になればさらに倍や。なら、冒険者の有志が集まって、墓場のグールを掃除すればいいんと、ちゃうん。仲間の墓やろう」


 酒場に残っている冒険者のほうを向くと、全員が目を背けた。


(冷たいやつらやな)


 アリサが悲しい目をして宥める。

「おっちゃんの言う言葉もわかるけど、みんな生活が苦しいのよ。生活が苦しくない冒険者の墓は教会墓地にあるから、他人事なのよ」


「わかった、なら、おっちゃんが一肌脱ぐ」


 財布の中から金貨二枚を取り出して、カウンターに叩き付けた。


「これを冒険者の報酬に上載せしてや。依頼は墓場からアンデッドを一掃や。金貨二枚なら人も集まるやろう」


 アリサが困惑した顔で声を掛ける。

「いいの、おっちゃん。それ、おっちゃんが命懸けて取ってきた香辛料のお金でしょ」


 命懸けで稼いだ金。おっちゃんのために使っても良い金。だからこそ、好きなように遣いたい。

「ええねん、所詮は泡銭(あぶくぜに)や。持っていたかて、全部、飲んでしまう。なら、いまここで遣ってしまったほうがええ。そのほうが気持ちよく寝られる。それに、香辛料は、また採れる」


 おっちゃんが依頼人カウンターから背を向け、二階の宿屋のベッドに向かった。

 階段を上るときに、依頼人カウンターを見る。


 さっきまで目を合わさなかった何人かの冒険者が受付カウンターに移動していた。


(金になるとわかったとたんに、人が集まりよった。現金なやっちゃなー)


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