第五十七夜 おっちゃんと水車
冒険者ギルド、盗賊ギルド、魔術師ギルド、商人組合、職人ギルド、城の人間、街の人間。大勢の人間が蒸気を使った水車の作成に関わった。皆が皆、地震の恐怖に耐え、できる仕事をした。
そうして、十四日を掛けて蒸気で動く水車が完成した。
十五日目の朝は寒かった。夜が明けるとともに水車を設置すべく行動する。水車の部品を運ぶ。砂浜から二十m離れた場所に二箇所の穴が空く岸壁があった。
穴は、下の取水口が直径八十㎝、上の排水口が直径三十㎝。取水口には二重にフェンスが設けられていた。フェンスの前には警備の冒険者が四人いた。浜からは水路が掘られ、水車の下に海水が溜まる構造になっていた。
水車は木と鉄で作られた直径十mの輪からなる大きな水車だった。排水口から出る蒸気で回転する仕組みだ。大きな桶が海水を汲み上げて、取水口に流し込む。
街に残っている男たちが水着に着替え、総出で設置作業を手伝った。
「水車の設置が終わりました」作業に当たった一人がリントンに合図をする。
「取水口に海水を流してください」
最初の蒸気が出て来るまでは、人力で水を排水口に流さねばならない。水路から海水を汲み、人力で取水口に流し込む。日が暮れた。蒸気は、まだ出てこない。
交替で、ひたすら海水を取水口へと流し続ける。夜が更けて来る頃に、リントンが喜びの声を上げた。
「蒸気が来た」
現場にいた人間から歓声が上がった。だが。水車は動かない。
リントンの大きな声が現場に響いた。
「ダメです。圧が足りません。もっと海水を注いでください」
「みんな、蒸気が出たんや。海水はダンジョン・コアに届いている。このまま、海水を入れ続けるんや」
おっちゃんの指示の下、海水を取水口に入れ続けた。
ボコン、ボコン、の音がして、熱い蒸気が水車に入る音がした。
「いいですよ。どんどん圧力が上がっている」
水車がゆっくりと動き出した。水車に付いた桶が廻り始める。桶が取水口に海水を流し込んでいく。
「やったで。あとは、ダンジョン・コアが冷えるまで、自動で動いてくれる」
雨が降ってきた。雨の中でも、水車は動いていた。
おっちゃんたちは成果を確認して帰ろうとした。皆は、へとへとに疲れていた。
事件は起きた。水車が動きを止めた。
「なんや、何が起きたんや」
「圧が下がっている」リントンの悲痛な声が響く。
何が起きているか、わからなかった。視界の隅で震える子供の姿が、目に留まった。
(常に動いていて暑かったからわからなかったが、気温が下がっているのか)
「リントン。気温の影響か?」
リントンが排水口の付近で懸命に作業しながら、大声を出す。
「夜の気温低下と雨天の影響は、計算には入れていました」
サワ爺が顔を歪めて、思い出したように発言する。
「当たり年のせいじゃ。当たり年は、夏が寒い。いつもより寒い空が、大地を冷やしておる」
「取水口に海水を入れてくれ。皆が作業している間に、おっちゃんが何か考える」
リントンの悲痛な声が響く。
「考えるって、どうするんですか」
「手はないか」と頭を捻って考えた。パズトールに見せたカタログを思い出した。
「そうや、放熱機や。放熱機を逆につけて、過熱できんか」
リントンが険しい顔で叫ぶ。
「無理です。私の特製放熱機では、大き過ぎる、水車には付けられない」
「違う。カタログの最初のほうに載っていた、小型の高性能放熱機や」
「ダメです。それでも、まだ大きい」
「耐熱装備を作った時に言うとったの。金貨が三倍あれば、重さを半分にできるって。金や物なら、どうにかする。小型の高性能放熱機を改良して、小型の超高性能過熱機を作るんや。サワ爺。ピエールはん。リントンに協力して。急げ、リントン。皆が限界に来る前に」
サワ爺、ピエール、リントンが駆けて行った。
「辛いと思うが、リントンが戻って来るまで、注水は続ける。ここで停めたら、全てが無駄や」
疲れた体に鞭打って注水作業を続けた。腕と足が膨れ上がった。腰が痛くなり、膝が悲鳴を上げた。
朝が明けた。動ける大人も少なくなってきた時に、リントンが緊迫した顔で現れた。リントンが作業を開始する。
疲労で集中力が途切れ、意識が朦朧としていた。ただ、再度、動き出す水車の音は聞こえた。
「間に合ったか」
おっちゃんは現場に倒れ込み、気を失った。気が付いた時は、水着のまま宿屋のベッドに寝転がっていた。
窓を開けた。街は静かだった。着替えて外に出た。誰とも会わなかった、
「まるで、街が死んでいるようや。ひょっとして、リントンが間に合ったのは錯覚だったのかもしれん。わいは、噴火で死んだか」
体の痛みが死を否定していた。水車を見に行った。
水車は、蒸気が吹き込むゴンゴンの音を立てながら、海水を汲み上げていた。水車は自動で注水作業をしていた。
「ここにいたのかい」
振り返ると宿屋の女将さんがいた。女将さんが水車を見上げて、感心した調子で話す。
「本当に人間って重いんだね。倒れた男共を、街の女手だけで協力して運んだんだよ。もう少ししたら、ご飯にするから、戻っておいで、たまには宿で食事しなよ」
女将さんが帰って行く。
「そうか。やったんやな。皆で、マサルカンドを救ったんや」
次がマサルカンド編の最終話です
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