前へ次へ
55/548

第五十五夜 おっちゃんと二枚舌(後編)

 夜が明けた。『龍を呼ぶ角笛』を鞄に入れる。トロルの格好で『火龍の闘技場』へ出向いた。


 今回はすぐにパズトールが現れ、貴族のような口調で発言した。

「社に持ち帰って検討した結果、どうでしたかな」


「うちの放熱機では無理やと判明しました。ですが、ダンジョン・コアを冷やす方法は、あります。海水を使うんです」


 パズトールが手で髭を触って、薄目で残念そうに発言する。

「海水を使った冷却方法なら、すでに検討を終えました。ですが、無理です」


「どうしてですか?」


「ダンジョン・コアのある部屋に海水を入れる穴を空ければ、冒険者が入ってきます。セキュリティ上、それはできない。噴火すれば、ダンジョンの半分が潰れます。ですが、冒険者がダンジョン・コアを破壊すれば、ダンジョンが機能を停止し、主を守れなくなる」


(なんや、リントンと同じで、頭が固いなー。ダンジョン・コアの冷却は技術的な問題やないわ。政治の話や)


 パズトールが不機嫌な顔で、滔々と説明する。

「問題は、まだあります。海水を汲み上げる水車を設置できたとしても、ダンジョン外に設置しなければなりません。防衛が難しい外に、です。外に設置すれば。冒険者に破壊される行為は、目に見えています」


「それでしたら、おっちゃんに秘策があります。上手く行けば人間を騙して水車を建てさせた上に、人間に取水口を守らせることができます」


 パズトールが鼻で笑い、高飛車に言い放った。

「馬鹿な言葉を仰る。人間が水車を率先して守った挙句、取水口を同じ人間から守るですって。正気ですか。詳しく秘策とやらを話しなさい。私が、欠点を挙げてみせます」


 おっちゃんは深々と頭を下げて頼んだ。

「こればかりは、秘策なので、詳しくは明かせません。ですが、水車の設置と取水口の防衛。任せていただければ、解決してみせます。是非ともテンペスト様にお取次ぎをお願いします」


 パズトールは、けんもほろろに突き放した。

「ダメです。考慮の余地なしです。テンペスト様のお耳に入れる必要もありません」


「どうしても、だめですか」


 パズトールは頑として拒否した。

「ダメなものは、ダメです」


 おっちゃんは鞄から『龍を呼ぶ角笛』を出して吹いた。


 パズトールが眉間に皺を寄せ、怒った。

「そんなことして我が主を怒らせても、知りませんよ」


「覚悟の上です」


 突風が吹いた。風に耐えると『暴君テンペスト』が現れた。

『暴君テンペスト』がギロリと、おっちゃんを睨んだ。『暴君テンペスト』が怒気(どき)(はら)んだ声を上げた。

「挑戦者ではないな。お前、それが何か、知って使ったんだろうな」


 土下座の体勢で頭を下げた。

「わいは、おっちゃんいう者です。どうか話を聞いてください。おっちゃんには噴火を止める秘策があります」


『暴君テンペスト』の表情が幾分か和らぐ。威厳の篭った声で『暴君テンペスト』が命じた。

「なんだと、申してみよ」


「海水を使った冷却方法です。ネックになる水車の防衛と取水口の警備に、人間を騙してやらせる秘策もあります。ただ、秘策ゆえ、詳しい話は御勘弁ねがいます」


『暴君テンペスト』が悠然と構えて、見解を述べた。

「秘策は、よい。だが、策とは、時に破れるもの。騙すだけでは、ダメだ」


「でしたら、脅します。人間の町には幽霊船団を呼び出す宝があります。これを盗んでおいて、取水口から侵入したら、幽霊船団が街を攻撃すると噂を流しておいて、牽制します。幽霊船団の恐怖を知る人間たちは、きっと取水口を守るでしょう。そうしておいてダンジョン・コアを充分に冷やしてから、穴を塞ぎます」


 パズトールが肩を竦めて、くさした。

「馬鹿な話でしょう。取るに足りませんよ」


『暴君テンペスト』が、強い口調で発言する。

「よい、おっちゃんよ、やってみよ」


 パズトールが眉を吊り上げて、上擦った声を出す。

「主よ。正気ですか」


「噴火すれば、ダンジョンの半分が潰れる。そうなれば、多くの家臣たちに暇を出さねばならない。それだけではない。噴火すれば、家臣の住む村や、治める所領も消える。家臣の生活を守る努力は、主君の務めだ」


 パズトールが『暴君テンペスト』に向き合い、(いさ)めた。

「おっちゃんの秘策とやらが失敗すればダンジョン・コアを破壊され、ダンジョンを失います。ダンジョンがなければ、主をお守りする任務が難しくなります」


「ダンジョンは、また造ればいい。ワシを守っている存在は、ダンジョンではない。家臣だ。その家臣の生活が破綻する時に、何もしなかったとあれば、主君の名折れぞ」


(なんや。「暴君」と言われているけど、ダンジョン・マスターとしては、立派な龍やん)


『暴君テンペスト』の芯の通った姿勢に、パズトールは折れた。

「わかりました。主君の決定なら是非もなし。ダンジョン・コア冷却計画を始めます」


「よきに計らえ」

『暴君テンペスト』は飛び去った。


前へ次へ目次