第五十五夜 おっちゃんと二枚舌(後編)
夜が明けた。『龍を呼ぶ角笛』を鞄に入れる。トロルの格好で『火龍の闘技場』へ出向いた。
今回はすぐにパズトールが現れ、貴族のような口調で発言した。
「社に持ち帰って検討した結果、どうでしたかな」
「うちの放熱機では無理やと判明しました。ですが、ダンジョン・コアを冷やす方法は、あります。海水を使うんです」
パズトールが手で髭を触って、薄目で残念そうに発言する。
「海水を使った冷却方法なら、すでに検討を終えました。ですが、無理です」
「どうしてですか?」
「ダンジョン・コアのある部屋に海水を入れる穴を空ければ、冒険者が入ってきます。セキュリティ上、それはできない。噴火すれば、ダンジョンの半分が潰れます。ですが、冒険者がダンジョン・コアを破壊すれば、ダンジョンが機能を停止し、主を守れなくなる」
(なんや、リントンと同じで、頭が固いなー。ダンジョン・コアの冷却は技術的な問題やないわ。政治の話や)
パズトールが不機嫌な顔で、滔々と説明する。
「問題は、まだあります。海水を汲み上げる水車を設置できたとしても、ダンジョン外に設置しなければなりません。防衛が難しい外に、です。外に設置すれば。冒険者に破壊される行為は、目に見えています」
「それでしたら、おっちゃんに秘策があります。上手く行けば人間を騙して水車を建てさせた上に、人間に取水口を守らせることができます」
パズトールが鼻で笑い、高飛車に言い放った。
「馬鹿な言葉を仰る。人間が水車を率先して守った挙句、取水口を同じ人間から守るですって。正気ですか。詳しく秘策とやらを話しなさい。私が、欠点を挙げてみせます」
おっちゃんは深々と頭を下げて頼んだ。
「こればかりは、秘策なので、詳しくは明かせません。ですが、水車の設置と取水口の防衛。任せていただければ、解決してみせます。是非ともテンペスト様にお取次ぎをお願いします」
パズトールは、けんもほろろに突き放した。
「ダメです。考慮の余地なしです。テンペスト様のお耳に入れる必要もありません」
「どうしても、だめですか」
パズトールは頑として拒否した。
「ダメなものは、ダメです」
おっちゃんは鞄から『龍を呼ぶ角笛』を出して吹いた。
パズトールが眉間に皺を寄せ、怒った。
「そんなことして我が主を怒らせても、知りませんよ」
「覚悟の上です」
突風が吹いた。風に耐えると『暴君テンペスト』が現れた。
『暴君テンペスト』がギロリと、おっちゃんを睨んだ。『暴君テンペスト』が怒気を孕んだ声を上げた。
「挑戦者ではないな。お前、それが何か、知って使ったんだろうな」
土下座の体勢で頭を下げた。
「わいは、おっちゃんいう者です。どうか話を聞いてください。おっちゃんには噴火を止める秘策があります」
『暴君テンペスト』の表情が幾分か和らぐ。威厳の篭った声で『暴君テンペスト』が命じた。
「なんだと、申してみよ」
「海水を使った冷却方法です。ネックになる水車の防衛と取水口の警備に、人間を騙してやらせる秘策もあります。ただ、秘策ゆえ、詳しい話は御勘弁ねがいます」
『暴君テンペスト』が悠然と構えて、見解を述べた。
「秘策は、よい。だが、策とは、時に破れるもの。騙すだけでは、ダメだ」
「でしたら、脅します。人間の町には幽霊船団を呼び出す宝があります。これを盗んでおいて、取水口から侵入したら、幽霊船団が街を攻撃すると噂を流しておいて、牽制します。幽霊船団の恐怖を知る人間たちは、きっと取水口を守るでしょう。そうしておいてダンジョン・コアを充分に冷やしてから、穴を塞ぎます」
パズトールが肩を竦めて、くさした。
「馬鹿な話でしょう。取るに足りませんよ」
『暴君テンペスト』が、強い口調で発言する。
「よい、おっちゃんよ、やってみよ」
パズトールが眉を吊り上げて、上擦った声を出す。
「主よ。正気ですか」
「噴火すれば、ダンジョンの半分が潰れる。そうなれば、多くの家臣たちに暇を出さねばならない。それだけではない。噴火すれば、家臣の住む村や、治める所領も消える。家臣の生活を守る努力は、主君の務めだ」
パズトールが『暴君テンペスト』に向き合い、諌めた。
「おっちゃんの秘策とやらが失敗すればダンジョン・コアを破壊され、ダンジョンを失います。ダンジョンがなければ、主をお守りする任務が難しくなります」
「ダンジョンは、また造ればいい。ワシを守っている存在は、ダンジョンではない。家臣だ。その家臣の生活が破綻する時に、何もしなかったとあれば、主君の名折れぞ」
(なんや。「暴君」と言われているけど、ダンジョン・マスターとしては、立派な龍やん)
『暴君テンペスト』の芯の通った姿勢に、パズトールは折れた。
「わかりました。主君の決定なら是非もなし。ダンジョン・コア冷却計画を始めます」
「よきに計らえ」
『暴君テンペスト』は飛び去った。