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第五十三夜 おっちゃんと冷房機器

 カタログが完成した。『記憶』の魔法で覚えた。特に、最後のページにある、重さ二百㎏、縦横、高さ三mのリントン特製放熱機については、入念に覚えた。


 翌日、カタログを持って一人で『火龍の闘技場』に向かった。『火龍の闘技場』へと向かうマジック・ポータルは廃棄されていたが、使えるようだった。


「まだ、しばらくは使えそうやな、好きに使わせてもらおう」

 マジック・ポータルを潜って『火龍の闘技場』の前に移動する。『火龍の闘技場』に入る前に、服を脱いで隠した。


 身長三mの岩と筋肉の塊であるモンスターのトロルに変身する。持って来たバック・パックから腰巻きを出して装備する。最後に、カタログが入ったセカンドバッグを持つ。


『火龍の闘技場』に入って声を出す。

「誰か、おられませんか。おっちゃんいう者です。今日は飛び込みで冷房機器の営業に来ました」


 辺りは静まり返って、誰も返事をしない。それでも、おっちゃんは、闘技場の観客席から監視している視線を感じていた。少しの間を置いて、もう、一度、同じ言葉を口にして待つ。


 さらに、もう一回、同じ言葉を繰り返そうとする。観客席から人間大の大きな炎が降ってきた。炎は地面に降り立つと、人の形を取った。


 現れた人は身長が百五十㎝。顔が人間ではなく鼠。服装は肩を出した紫のヒマティオンで、木のサンダルを着用していた。手には薄い革の辞書のような物を持っている。


 悪魔型モンスターの、パズトールだった。パズトールは古代哲学者のような服装と、小柄な外見によらず強靭な足腰を持ち、高度な魔法を使用する強力なモンスターだった。


(パズトールが下っ端なはずはない。きっと、上級幹部や)


 パズトールは髭を触りながら目を細めた。パズトールが高い男性の声で訊いてくる。

「ここは己の強さを誇示する場所。貴方はウチの従業員ではないですね。ここは『火龍の闘技場』ですよ。対戦を望む武者修行者ではないようですが、何しにここへ」


 おっちゃんは平身低頭で詫びる。

「すんまへんな。入口がよくわからんくて、マジック・ポータルを潜ったらここへ出まして、営業に来たんですが、どこに行ったら、ええでしょうか?」


 パズトールは腕組みして、気取って答えた。

「どうせ、用件はすぐ終わるんでしょう。ここでいいですよ。それで、何を売り込みに来たんです」


「冷房機器ですわ。『火龍山大迷宮』といえば、暑いとこでっしゃろ。暑さに強いモンスターだけやないと思うて、冷房機器の売り込みに来ました。従業員用の休憩室に一台、どうですか?」


 パズトールは馬鹿にした顔で、不機嫌そうに答える。

「ウチの従業員になるには、熱に強い体は必須です。沸騰したお湯に手を突っ込めるくらいでないと、主と会話もできません」


「それだと採用に偏りが出ますやろう。たとえば、事務員。優秀な事務員が来ても暑すぎて働けない、では、御社の損失になります。先行投資やと思って、一台、買いませんか。損はないと思いますよ。今なら、安うしときます」


 パズトールは澄ました顔で、あまり気のない声で発言する。

「なかなか押してきますね。いいでしょう。カタログくらい見てあげましょう。出しなさい」


 頭を下げて、鞄を開けた。中からできたばかりのカタログを出して見せた。

 パズトールは興味のない顔でページを捲った。最初のほうに載っている、小型高性能の放熱機のページを読みとばす。


 最後に載る、リントン特製の放熱機のページでパズトールの手が止まった。パズトールが上目でおっちゃんを捉えた。パズトールが値踏みするような態度で訊いてくる。


「ウチの内情を、誰に訊きました?」


 おっちゃんは頭を振って答える。

「誰にも訊いていません。冷房機器は寒い場所に売り込みに行くより、暑い場所に売り込むに行ったほうが売れる思いました。暑い場所でお金があるダンジョンといえば『火龍山大迷宮』さんが第一候補ですわ」


 パズトールが「ふむ」と口にしてカタログを返す。

「そういう話にしておきますか。いいでしょう、従いてきなさい」


 パズトールが辞書を開いた。マジック・ポータルを魔法の詠唱なしで出現させた。パズトールがマジック・ポータルを潜ったので、おっちゃんも後に続いた。


 マジック・ポータルを潜ると、焼けるような暑さを感じた。あまりの熱さに『耐熱』の魔法を唱える。『耐熱』の魔法を以ってしても、まだ熱かった。


 出た先は一辺が百mある正方形の空間だった。部屋の中央には一辺が三十mもある真っ赤に輝く巨大な正二十面体が浮かんでいた。正二十面体の下には直径六十mの巨大な魔法陣があった。


 また、正二十面体の周りには、直径五mの八個の球体が取り巻いている。魔法陣も球体も、真っ赤になっていた。


 パズトールがさらと忠告する。

「魔法陣の中に入らないでください。トロルの貴方なら『耐熱』の魔法があっても即焼死ですよ」


 あまりの暑さと巨大な物体に、おっちゃんは驚いた。

「なんですか、この暑さと、あの巨大な灼熱する物体は?」


 パズトールが冷静な声で説明する。

「灼熱する物体は『火龍山大迷宮』のダンジョン・コアです。コアの下にあるのが、冷却用魔法陣。周りを飛ぶのが、冷却用のマジック・アイテムです」


(まじか。すでに、ダンジョン側では、冷却を開始しておったのか。素人が見ても、わかる。六十m級の巨大冷凍魔法陣もそうやが、冷却用のマジック・アイテムも限界やぞ)


 パズトールが冷ややかな口調で語った。

「驚きましたか。これが、ウチの現状です。これをお宅の放熱機で冷やすと仮定しましょう。十機や二十機で、足りますか? 足りないでしょう」


(これ、まずいで、おそらくリントン特製放熱機では間に合わん)


「すんません。わし、営業の人間なんで、詳しい技術的な話はわかりません。ですが、確かに一機や二機では足りんようですわ。この件は一度、社に持ち帰って、検討させてください」


 パズトールが目をわずかに見開き、意外そうな口ぶりで訊いてくる。

「断るのではなく、持ち帰りですか?」


「大きな仕事になりそうなので、技術の者と相談させてください」


 パズトールが『火龍闘技場』まで送ってくれた。


 おっちゃんは急ぎ、リントンの家に向かった。


 リントンの家の裏庭では、魔術師ギルドの人間と職人により、リントン特製放熱機の作成が行われていた。リントンがおっちゃんを見ると、心配そうな顔で尋ねた。

「どうだった? ダンジョン・コアのある部屋に、侵入できそうですか?」


「ダンジョン・コアのある部屋には、入れた」


 現場にいた人間は顔を輝かせた。

「待て待て。安心したら、あかん。そこで、とんでもないもんを見た」


 おっちゃんが見たダンジョン・コアの姿を、詳細な絵を描いて説明する。


 リントンの顔が青くなる。

「紙とペン」リントンが叫ぶ。品物を受け取るとリントンは頭を掻きながら計算を始めた。


 リントンの顔は蒼白そのもので、計算結果が思わしくない状況が、傍目にもわかった。


(ダンジョン・コアの規模を大きく見誤ったか。無理もない。あそこまで大きなダンジョン・コアは珍しい。それに、すでに、高度な魔法や冷却用アイテムが使用されているとは、思うておらんかったやな)


「あああ」とリントンが頭を掻き毟って騒ぐ。リントンが静かになると「三十六」と呟いた。


「何がや?」と訊いた。リントンが情けない顔で、泣きそうな声で答える。

「私の特製の放熱機で冷却すると、最低でも三十六機が必要です」


「今、造っているので、何機目?」


 リントンが首をゆっくり振って悲しげに答える。

「まだ、一機目の途中です。一機目が完成するのに、あと五日。一機造るのに、どんなに急いでも、七日は掛かります」


 辺りに沈黙が訪れた。


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