第五十二夜 おっちゃんと決断の時(後編)
冒険者ギルドの扉が威勢よく開いた。リントンが息を切らして立っていた。
リントンは、ずかずかとクロリスの傍まで来ると、勢い良く発言した。
「冒険者に依頼を出したいんです。『暴君テンペスト』を倒さず『火龍大火山』の噴火を止められるかもしれない」
「えッ」とクロリスが固まった。リントンは、おっちゃんの前のテーブルに図面を広げた。
「計算しました。『火龍山大迷宮』のダンジョン・コアを破壊しなくも、いいんです。放熱機を付けて、ダンジョン・コアが内包する大量の熱を外に逃がせば、噴火を百年単位で先延ばしできます」
興奮するリントンを、クロリスが宥めた。
「落ち着いて、リントンさん。放熱機をダンジョン・コアに付けるって、ダンジョン・コアはダンジョンの最深部にあって『暴君テンペスト』が守っているのよ」
リントンが顔を紅潮させて捲し立てる。
「ですから、ダンジョン・コアのある部屋まで侵入する冒険者のAチームと『暴君テンペスト』を引き付ける冒険者のBチームに分けて、チーム編成するんです。Bチームが『暴君テンペスト』を『火龍の闘技場』に誘い出している間に、Aチームがダンジョン・コアのある部屋に到達して放熱機を付ければ、マサルカンドは救われます」
リントンは言い切って「どうだ」といわんばかりの顔をする。クロリスが顔を曇らせた。
「残念だけど、その作戦は無理よ。もう、冒険者ギルドには大きな仕事を任せられるパーティが二つもないわ」
「えッ」と小さく呟いて、リントンは、がらんとした酒場を見渡した。
リントンの顔が悲しみに歪む。
「そんな、せっかく。マサルカンドを救えると思ったのに」
「リントンはん。ダンジョン・コアを破壊せんくても、噴火を止められる話は、本当か?」
リントンがしょぼんとした顔で、弱々しく言い直す。
「正確には先延ばしですけど」
「おっちゃん一人なら、ダンジョン・コアのある部屋に侵入できるかもしれん」
クロリスが疑いを隠さずに訊いて来た。
「本当なの?」
「ただし、侵入には時間が要る。今から準備して間に合うかどうかは、わからん」
(ダンジョン・コアを破壊するなら『暴君テンペスト』は許さない。だが、噴火を止めるだけなら『暴君テンペスト』と交渉できるかもしれん)
クロリスが困惑した顔で、たどたどしい口調で聞き返した。
「本当に、そんなことが、できるの」
「こればかりは、信用してくれと頼むしかない。あと、人手が必要や。冒険者やなくてもええ。イラストレーターと印刷技術者、それに、コピーライターと魔術師ギルドの協力がいる」
クロリスが、訳がわからぬ顔で尋ねる。
「魔術師ギルドの協力が要る状況は、わかるわ。冒険者ギルド・マスターが頼めば、協力が得られると思う。けど、他の人は、なんで必要なの」
「おっちゃんが頼む仕事は奇妙かもしれんが、いちいち説明を求められたら、困る。説明を求めず従ってくれるなら、おっちゃんがどうにかしたろ」
クロリスが真剣な顔で発言する。
「わかったわ。ギルド・マスターに相談してみる」
ゲオルギスに相談に行くためにクロリスが消えた。
おっちゃんは、リントンに指示を出す。
「放熱機やけど、これの他に色々な放熱機の図面って、ある?」
リントンが不満気に口を尖らせて意見する。
「父の資料を調べれば、出て来ると思います。ただ、ダンジョン・コアに装着するなら、性能からして、私が持って来た図面の放熱機しかないです」
「マサルカンドを救いたいなら疑問はなし。できるか、できないかだけ、教えて」
リントンが困惑した顔でたどたどしく答える。
「家に父が作った、色々な放熱機やら図面やらあるので、できます、けど」
その日の午後、おっちゃんはゲオルギスに、執務室に呼ばれた。
執務室には、おっちゃんの他に、クロリス、リントン、バネッサ、ピエール、サワ爺がいた。
一同を前に、ゲオルギスが真剣な表情で口を開いた。
「今日、リントンさんから、ダンジョン・コアに放熱機を取り付ければマサルカンドを救えると教えられた。おっちゃんは、単身ならダンジョン・コアに潜入できる、と言っている。そこで、皆に協力して欲しい」
おっちゃんは半信半疑な一同を見渡して発言する。
「今回の作戦に絶対はない。それと、放熱機の作成以外にも、奇妙な指示があるかもしれん。疑問を挟まず従ってもらう必要がある。おっちゃんの指示を聞いてもらえるなら、おっちゃんは命を懸けてダンジョン・コアに放熱機を付ける。協力する気、ありますか。協力できん人は、すぐに立ち去って」
誰も部屋を出て行かなかった。
「よし、全員協力する、でいいな。やって欲しい仕事は、ダンジョン・コアにつける放熱機を含む放熱機と冷房機を合わせて五種類くらいのカタログを作って欲しい。カタログは見た人が思わず、欲しくなるような綺麗なカタログや。おっと、質問はなしやで、できる? できない?」
ピエールが戸惑った顔で発言する。
「商人組合で使う宣伝ビラを作っていたコピーライターとイラストレーターが、まだ残っています。マサルカンドを離れなかった製本職人もいます。放熱機の図面があれば、三日もあれば可能です。本当に――。質問は、なしでしたね」
サワ爺が興味あり気な顔で口を開く。
「魔術師ギルドの顧問をしているサワ爺じゃ。上が全部、退去したから、事実上、魔術師ギルドの管理を任されている。金目の物は、ほとんどない。でも、放熱機の材料に必要な品は、なんとか集めよう」
バネッサも凛とした声で協力を申し出た。
「魔術師ギルドで足りない資材の提供は、盗賊ギルドがするわ。もう、やれることがないから、おっちゃんに賭けるわ」
クロリスが真摯な顔で、口をしっかりとした口調で発言する。
「連絡調整、人材確保、『火龍山大迷宮』の情報については、冒険者ギルドが提供します」
おっちゃんは全員の顔を見て覚悟を決めた。
「よっしゃ、なら、カタログができれば、おっちゃんが、あとはどうにかする、任せておけ」