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第五十夜 おっちゃんと滅びの予兆

 事件を解決してから、十日間が経過した。貿易船も頻繁に入港するようになった。街は活気を取り戻しつつあった。


 おっちゃんは、採取にも行かず、依頼も受けなかった。貯金を食い潰しながら、美味い物を食ってダラダラを生活していた。


 その日、おっちゃんはお昼に地震で目を覚ました。揺れはいつもより大きく、窓がカタカタと揺れた。

「地震か。最近、多いな。それに、揺れが大きうなって来ていると感じるのは気のせいか」


 宿屋の一階に下りると、宿屋の女将さんが掃除をしていたので声を掛ける。

「今のは、ちょっと大きくなかったか?」


「こんなもんじゃないかい。ここはマサルカンドだよ。地震があって当たり前さ」

(地元の人間が気にせんのなら、問題ないのかもしれんな)


 仕事をする気がないので、冒険者の店にいても暇だった。散歩がてら、リントンの家に足を向ける。

 リントンの家のドアからは「『クール・エール』はありません」の張り紙が消えていた。

 ドアをノックする。

「ワシや。おっちゃんや。遊びに来たでー」


 ドアが威勢よく開いた。

 リントンが険しい顔で辺りを確認し、おっちゃんを引っ張り込んだ。


 家の中は、いつもと違って整理されていた

「なんや、どうしたん、そんな血相を変えて、借金取りでも来るんか」


 リントンが真剣な顔で緊迫感の篭った声で話す

「違いますよ。おっちゃんだから教えます。まだ、秘密ですが、どうやら『火龍大火山』がヤバイらしいです。噴火するかもしれません」


「ほんまか? あの火山が噴火するの? 以前に聞いたサワ爺さんの話だと、二百年は噴火した記録ない、言うとったぞ」


 リントンが真剣な顔のまま続ける。

「『火龍山大迷宮』にあるマジック・ポータルは知っていますよね。あれは『火龍の闘技場』に行くために作られたのではありません」


「そうだったん、なんのためにあるん?」


「その少し先にある魔術師ギルドの火山観測所に行くためにあるんですよ。火山観測所に勤めている友人の話だと、二百年前と兆候が一致しているらしいんですよ」


「偶然やないの」


 リントンが表情を曇らせて、強い口調で頼んできた。

「だったらいいんですけど、私は友人を信じます。おっちゃんも逃げる準備をしておいたほうがいいですよ。私も逃げる準備があります。そういうわけで、忙しいので、帰っていただけませんか」


「そういう事情なら、しゃあないな」

 リントンに『火龍大火山』が噴火すると教えられても、実感がなかった。


 おっちゃんはリントンの家を追い出された。外では火山灰が降っていた。おっちゃんは冒険者ギルドに帰った。


 外套を深々と被った人物が出て来る場面を目撃した。ちらっとしか見えなかったが、出てきた人物には、見覚えがあった。冒険者ギルドのギルド・マスターのゲオルギスだった。


 冒険者ギルド内に入ってクロリスに尋ねる。

「ギルド・マスターを久々に見た。なんか、用事なん」


 クロリスが緊張感の全然ない声で、のほほんと答えた。

「なんでも、お城で行われる政策決定会合に出席するんだって」


「お偉いさんの集まりか。でも珍しいな、冒険者の代表を呼ぶなんて、今までにもあったん、お城の会合に呼ばれるなんて」


 クロリスが少し考えるような顔をして指折り数える。

「新年の祝賀会でしょう。秋の豊漁祈願祭でしょう。納税の時でしょ。あとは、戦の時くらいかな」


「そうかー」と相槌を打って話を切り上げる。

(リントンの話の後や。なんか気になるの)


 おっちゃんは、悶々とした気持ちのまま、酒場で時間を潰した。冒険者の噂話に、耳を立てる。

 火山に噴火についての話は、なかった。夜も更けて来てそろそろ宿屋に帰ろうかと思った。


 ゲオルギスが帰ってきた。ゲオルギスが外套を脱ぐ。

 ゲオルギスの髪は真っ白で褐色の肌をしていた。体型はスラリと細く、顔には深い皺が刻まれていた。


 服装は袖の長い茶のシャツに綿でできた、茶のスラックスを穿いていた。暑いマサルカンドでは珍しく、サマーセーターを着て、薄い青のマフラーをしていた。


 ゲオルギスが特徴のある渋い男性の声で語る。

「今いる人間だけでも聴いて欲しい。『火龍大火山』に観測所を持つ魔術師ギルドより通達があった。『火龍大火山』が噴火する。それも、今までにない規模で、だ」


(なんや、リントンの話は、ほんまやったんか。こら一大事やで)


 一瞬の静寂の後に酒場内から驚きの声が上がった。


 ゲオルギスは手で聴衆を制すると話を続ける。

「火山の噴火を止める方法は一つ、『暴君テンペスト』を退治して、『火龍山大迷宮』のダンジョン・コアを破壊するしかない。そこで、お城は冒険者ギルドに正式に『暴君テンペスト』の討伐依頼を出した。報酬は、金貨一万枚」


 どよめきの中、大柄な冒険者が声を上げる。

「いつまでに『暴君テンペスト』を倒せば、噴火は防げるんですか」


 ゲオルギスが顔を(しか)めて大きな声を上げた。

「明日かもしれないし、あるいは一月後かもしれない。だが、魔術師ギルドの見立てでは、このままではマサルカンドは、年明けには存在しない街になる」


(今が八月やから、()って、あと三ヶ月くらいか。二百年の間に誰も倒せなかった、『暴君テンペスト』を、たったの三ヶ月でどうにかせいって、無茶な話やで。ダンジョン・コアはダンジョン・マスターである『暴君テンペスト』にとって命の次に大事な物や。簡単には、手が出せん)


 ゲオルギスが静かに言葉を続けた。

「逃げる者を責めたりしない。去るも、挑戦するのも、自由だ。以上」


 沈痛な面持ちで、ゲオルギスは退出した。

 冒険者の酒場は『火龍山』の噴火と『暴君テンペスト』の話題で持ちきりになった。


 騒ぎの中、クロリスがやってきて、おっちゃんの袖を引く。「ちょっと来て」とクロリスが神妙な顔をして小声で頼む。


 騒然となる冒険者たちの輪を抜け出す。クロリスに従いて行く。着いた先は、ゲオルギスの執務室だった。


 部屋は八畳ほどと広くなかった。応接セット机と椅子、書類棚、金庫といった最低限の品しかない。狭さは感じなかった。ゲオルギスが大きな木の机を挟んで、おっちゃんと向き合う。


 ゲオルギスが苦悩に満ちた顔で、淡々とした口調で、おっちゃんに訊いた。

「おっちゃんに聞きたい話がある。おっちゃんは『暴君テンペスト』と遭遇して生きて帰って来た、数少ない冒険者だ。単刀直入に聞く。マサルカンドの冒険者ギルドの総力を挙げれば、勝てるか」


「おっちゃんは暇人です。冒険者の酒場で時間を潰すことが多いんです。なので、マサルカンドの冒険者を色々と見てきました。直感で答えます。マサルカンドの冒険者では『暴君テンペスト』は倒せません」


 マサルカンドの冒険者は多い。おっちゃんの技量を上回る冒険者も多い。だが、『暴君テンペスト』と対峙したおっちゃんには、確信があった。現在マサルカンドにいるトップ三十人の冒険者をもってしても、『暴君テンペスト』の敵ではない。


 ゲオルギスが静かに瞳を閉じる。重い空気を吐き出すように発言した。

「そうか、わかった。ありがとう」


「失礼します」と、おっちゃんは執務室を後にした。


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