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第五夜 おっちゃんと生き方

 翌朝、朝食が終わった後に、おっちゃんから村長に切り出した。

「村長さん、ちょっと大事なお話がありますねん。虎退治の件ですけど。虎が見つかりません。痕跡らしい痕跡もありません。もう、ジャングルの奥に戻ったんと考えます」


 村長は浮かない顔で、きっぱりと釘を刺した。


「そうですか、でも、退治で依頼を出しているので、退治していただけない場合には報酬を払えませんよ」


「依頼は退治ですから、報酬はなくて結構です。でも、こちらも、いない虎を探し続けるだけ無駄なので、あと数日ほど粘って、虎が出ない場合は打ち切らせてください」


 村長は失望の色を顔に浮かべ、軽く頭を振った。

「止むを得ないですな」


 朝食が終わった。虎を探す振りをしてジャングルでトリカブトを探す。皮袋にトリカブトを満たして村に戻った。


 アベル以外にワー・タイガーがいた場合を想定する。トリカブトをブレンダに持たせて、村人全員から虎の被害の話を聞いた。誰もブレンダが持つ、トリカブトを嫌う人間はいなかった。


 情報の裏づけを取るために、夜になってアベルの家に侵入した。

 アベルの家にはあまり物がなく、荷物も、いつでも家を出られるよう纏められていた。


(いつでも、逃げ出す準備はできているか。姿を見られた頃から覚悟していたようやな)


 アベルがワー・タイガーである証拠を探した。ベッドの奥から虎の毛玉が見つかった。


(これで、ほぼ、決まりやな)


 翌日、アベルが村に戻ったと子供が教えてくれた。


 アベルに会う前にブレンダと打ち合わせをしておく。


「もしかしたら話の流れによっては、アベルが暴れ出すかもしれん。戦いになっても武器を抜いたらあかんよ。戦いになったら。ひたすら、アベルにトリカブトを投げ続けてくれ。アベルがワー・タイガーなら逃げ出すしかなくなる」


 ブレンダが真剣な顔で質問してきた。


「村人が人質になったら、どうする?」


「戦わない選択は、村人が人質になる事態を避けるためや。アベルと戦うにしても、村の外までアベルを追い出さんと勝負できん」


「ジャングルの中まで逃げ込まれた時は」


「ジャングルの中でワー・タイガーと戦ったらいかんよ。地の利は向こうにある」


 虎と同等の能力を持つワー・タイガー相手に見通しの悪いジャングルでの戦いはしたくなかった。


「アベルがジャングルに逃げた場合は、村長に事情を話して増援を待つ。トリカブトがあれば、アベルは村に入れないから、襲われる心配はない。他に質問は?」


 ブレンダが感心した。

「おっちゃんって本当に新人なの」


「おうよ、新人も新人、ド新人よ。ただ、長く生きている分、ちょっとだけ物知りなだけや」


 アベルの家に行くとアベルが出てきた。アベルはブレンダの持つ皮袋を見ると鼻をひくつかせて不機嫌な表情になった。


(残念ながら、当たりやな)


 周りに人がいない状況を確認してから小声で話す。

「アベルさん、貴方、ワー・タイガーやね。違う、言うならトリカブトで確認させてもらおうか。拒否権はないで」


 アベルがおっちゃんの言葉に怯んだ後、怖い顔で訊ねた。

「なぜ、わかった」


 アベルは素直に認めた。ブレンダがいつでもトリカブトを投げる体勢を取った。


「冒険者の勘と経験という奴やね。おっちゃんは冒険者生活が長いんよ」


 ハッタリをかますが、アベルに疑った様子はなかった。


 アベルは険しい顔で低い声で威圧するように尋ねた。

「俺をどうするつもりだ、殺すのか」


「あんさんの正体を村の人間にまだ話してはいない。村を出て行って、もう戻らないのなら、正体を教える気もない。選択してくれ。このまま村を出て行くのか、それとも戦うのか」


 武器には手を掛けなかった。


 アベルの表情から険しさが消え、観念した顔になる。

「わかった、明日。村を出て行く」


 アベルの家から離れた。アベルがおかしなことを考えないように、その日はブレンダとアベルの家を監視した。


 ブレンダが不安そうな顔で尋ねる。

「自棄になったりしないかな」


 心配はしていなかった。ブレンダを安心させるために、意見を述べる。


「しないやろうな。アベルの家に入ったとき、荷物は纏められていた。おそらく、今日のような状況を想定していたはずや」


 アベルは信用するが、見張りもする。矛盾はない。避けられるまさかの被害を防いでこその冒険者。


 翌日の早朝にアベルが荷物を持って、家から出て行く光景が見えた。


「ほな、行こうか。村の外まで送るで」

 同行して村の外までアベルに従いていく。


 アベルが背を向けたまま短く発言した。

「やってきた冒険者があんたらで、よかったよ」


 アベルは背を向けたまま歩いてゆき、そのまま見えなくなった。アベルがいなくなってすぐに村を発つのも変なので、二日ほど村で過ごす。


 その後、依頼失敗の報告を持って、おっちゃんとブレンダはコリント村を発った。


 サバルカンドの街に着くと、ブレンダに約束の銀貨二十枚を渡す。


「本当に貰っていいの?」


 ブレンダが躊躇(ためら)いがちに銀貨を受け取る。


「ええねん、おっちゃんにはプライドがある。お金もある。若い子は気にせず、貰っておき」


 大物ぶった態度を取るが、財布の中身は寒かった。

(これで、香辛料を採りにジャングルに入って、正体ばれて冒険者に狩られたら、笑い話やな)


 おっちゃんは自分の考えを笑う。

(まあ、いいか、好きに生きるっちゅう、生き方とは、こういうこっちゃろ。後悔は一切せん)


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