第四十九夜 おっちゃんと『暴君テンペスト』(後編)
おっちゃんは横穴か這い出し、縦穴を上った。
素っ裸になったおっちゃんをポンズが不思議そうに見て訊ねる。
「助かった状況はよいんだけど、なんで裸なんだ」
「詳しい話は、今はええ。ここから逃げよう。裸でモンスターに遭いたくない」
装備を確認すると、既に熔けて使いものにならなくなっていた。
ただ、『龍を呼ぶ角笛』だけは、熱を持っていたが残っていた。
(何の角ででできているか知らんが、丈夫なやっちゃなー。回収しとこ)
おっちゃんは『龍を呼ぶ角笛』を回収し、海賊一人からシャツを貰うと腰に巻いた。
後は来た道を逆に辿って、マサルカンド郊外に移動した。
ポンズが部下の海賊に、おっちゃんが着る服を買いに行かせた。部下の海賊が水夫の服を買ってきて、おっちゃんは水夫の服に着替えた。
「ほな、お宝を貰いに行きましょうか。と、その前に、やる仕事はあったわ。ポンズはん、『ドラゴン・トーチ』を預かって。エールを買ってくるわ」
ポンズに『ドラゴン・トーチ』を預かってもらう。ポンズから荷車、金、担ぎ紐を借りた。
おっちゃんは冒険者ギルドの裏口に荷車を止め、『瞬間移動』の魔法を唱えて、エメリア酒造へと急いだ。
エメリア酒造の入口で、見覚えのある年を取った男性に会った。
「おう、おっちゃん、久しぶりやな」
『クール・エール』の買い付には、ポンズとの取引が成功してからは来ていなかった。
男が威勢よく声を掛けてくる。
「しばらく見んと思ったけど、元気だったか。今日は水夫の格好をして、どうした?」
「おっちゃんにも色々あるんよ。それで、今日は上等のエールを売って欲しいんよ。どんなエールを飲んでも不味い、言う男がおってな、そんな男に美味いといわせるエール、ある?」
男が興味を示した顔で顎に手をやる。
「そいつは、どんな人物だい?」
「大海賊の『赤髭』みたいな船乗り」
「ひょっとしてと」年配の男は何かに思いついた顔をする。
「おい、誰か、あの古くなって捨てるエールを持って来てくれ」
おっちゃんが面喰らっていると、男が説明した。
「その船乗りが飲みたがっているエールは、船の上で飲まざるを得なかった不味いエールだ。きっと昔に飲んだ、不味いエールをまた飲みたくなったんだろう。まあ、持って行ってみな、代金は要らないから」
不味いエールの入った樽を担いで、冒険者ギルドに戻った。おっちゃんは一度、宿屋に戻った。宿屋においてある、おっちゃんの荷物から、以前に手に入れた青い飴のような魔力回復薬を一粒、舐める。
「よし、これで瞬間移動が一回、使える」
冒険者ギルドの裏口からエール樽を荷車に載せる。ポンズの待つ船に戻った。
「お待たせ。エールを積んでいこうか」
おっちゃんを乗せた船は『赤髭』が待つモネダ島へ向かった。
おっちゃんが『ドラゴン・トーチ』を持ち、海賊数人にエール樽を持たせる。
ポンズの持つ『煉獄石』を使い、地下への扉を開いた。赤髭の待つ部屋へと向かった。
『赤髭』は、いつもと変わらず、椅子に腰掛けて待っていた。
「『赤髭』はん、強い魔力の篭った炎を持って来たで」
悠然と赤髭が椅子から立つ。
「そうか。では、渡してもらおうか」
「おっと、その前に、このエール樽に黄金の帆船模型を入れてや。『赤髭』はんが人間に戻ったら、誰も黄金模型に触れられん。黄金の帆船模型に近づいても死なない体の内に、エール樽に黄金の帆船模型を入れてや」
『赤髭』は、おっちゃんを一睨みしてから、傲岸な口調で指示する。
「いいだろう。炎は、ちゃんとあるようだしな。樽をそこに置け」
『赤髭』の指定した場所に、エール樽を置いた。
『赤髭』がエール樽の蓋を開けた。『赤髭』は臭いを嗅いでから一口だけ掬った。『赤髭』が嬉しそうな声を上げる。
「おお、これぞまさしく、美味いエールだ。このエールなら船の呪いも封じられよう」
『赤髭』がエール樽に黄金の帆船模型を沈めた。
おっちゃんはエール樽に蓋をする。『施錠』の魔法を掛けて、蓋をしっかりと閉じた。
『強力』魔法を唱えて、エール樽を背負った。
「次は『赤髭』さんの番や、呪われた契約書を出して」
『赤髭』がキャプテン・ハットを脱ぐ。キャプテン・ハットの内側から、一枚の呪われた契約書を出して、おっちゃんに向けた。
おっちゃんが『ドラゴン・トーチ』を呪われた契約書に向ける。呪われた契約書に炎が触れた。呪われた契約書がゆっくりと燃え始めた。呪われた契約書を九割ほど焼いた時点で『赤髭』が手を離した。
呪われた契約書は、そのまま床に落ち、燃え尽きて灰になった。
『赤髭』が両手の拳を握り締め、歓喜の声を上げた。
「やったぞ。これで、俺は自由だ」
おっちゃんは口早に告げる。
「じゃあ、そういうことで。おっちゃんは、まだ用事があるんで、先に帰ります。あと、よろしゅうお願いします」
ポンズが何か言いかけたが、構わず『瞬間移動』を唱え、リントンの家に移動する。
(人間は欲に目が眩むと、何をするかわからん。自由になった『赤髭』に、唸るほどある財宝。四十人の人間。無事に事態が収まるとは思えん。はよ、立ち去るに限る)
リントンの家のドアをノックする。リントンが出てきた。
「はい、これ、『暴君テンペスト』の炎」
おっちゃんは『ドラゴン・トーチ』を差し出した。
リントンは、おっちゃんに抱きついて頬にキスした。
「ありがとう、おっちゃん、これで研究が進むわ」
「喜んでくれて嬉しいな。あと、荷車があったら、貸して」
『ドラゴン・トーチ』をきらきらした目で見つめてリントンが発言する。
「裏庭にあるから、好きに使って」
おっちゃんは担いでいたエール樽を荷車に載せて、冒険者ギルドへ戻った。
冒険者ギルドに戻ると、人の手を借りて密談スペースにエール樽を運ぶ。
「さて、残った仕事も片付けよか」
おっちゃんはクロリスを呼んで、お願いした。
「クロリスはん。ピエールとバネッサを呼んでもらってもらえる。仕事の完了を報告したいんや」
二時間後にピエール、バネッサ、イゴリーがやって来た。
「仕事が終わったで。幽霊船を出現させておいた黄金の帆船模型は、この中や」
ピエールが手を伸ばそうとしたので、ピエールの手を払う。
「おっと、一般人が触ったらあかん。黄金の帆船模型には近づいただけで寿命を吸い取る強力な呪いが掛かっておるんや。ただ、なぜか、呪いはエールの入った樽に鎮めることで封じられる。もし、取り出そうと思うなら高位司祭の立会いでやらないと、大惨事になるよ」
ピエールは納得しない顔をしていた。
イゴリーがエール樽を軽く叩いて、神妙な顔をする。
「なるほど、音からして、酒以外に何かが入っているようだな。微かだが、不吉な気配もする。おっちゃんの言うとおり、この酒樽を開けるのなら、呪いの専門家か、高位司祭の立会いで開けたほうがいい」
バネッサが真顔で納得する。
「おっちゃんの言葉だけなら信用できない。だが、イゴリーが言うのなら、間違いない」
「バネッサさんがそう仰るのなら」とピエールも渋々おっちゃんの言葉を受け入れた。
連絡を受けてバネッサの手下がやって来た。イゴリー監視の許にエール樽は外へ運ばれて行った。イゴリーたちを見送ると、おっちゃんは宿屋に帰った。
おっちゃんは宿屋のベッドに寝転がり、寛ぐ。
「終わった。終わった。これで、ややこしい話は、しまいや。あとは、貯金が尽きるまでごろごろしよう。明日からまた、しがない、しょぼくれ中年冒険者に戻れる」