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第四十八夜 おっちゃんと『暴君テンペスト』(前編)

 次の日、朝食後に店を出ようとする。クロリスに呼び止められた。

「おっちゃん、サワ爺さんから預かっている物があるわ」


 クロリスから渡された包みを開けた。中には角笛が入っていた。


 角笛を見て、クロリスの顔が曇った。

「おっちゃん、本当に『暴君テンペスト』のドラゴン・ブレスを取りに行くの?」


「うん、行くよ。話が話だけに他人に頼めない依頼やし。ほな、準備に出かけてくるわ」


 リントンの家に行った。家の裏庭から金属が擦り合わせる音がする。

 裏庭に行ってみると、リントンが重厚な全身金属鎧と格闘していた。


 リントンはおっちゃんの顔を見ると、笑顔で声を掛けた。

「ちょうど、良かった。おっちゃん着て見て」


 言われるがままに全身金属鎧を着た。全身金属鎧は、かなり重量があった。

「おっちゃん、あと、これを持って」


 おっちゃんの身長の半分以上ある金属の盾を渡された。盾もけっこうな重さがあった。盾を持って全身金属鎧を着ると、重さで、ほとんど身動きが取れなかった。


 リントンが明るい顔で元気よく発言する。

「うん。サイズはピッタリね」


「なにこの装備?」


「耐火装備の原型です。この鎧と盾に耐火魔法やら何やらをブチ込んで、耐火装備を完成させます」


「ちょっと待って、これを着たら重さで動けんよ。倒れたらそれまでよ。もっと軽うならんの」


 リントンがさばさばした顔でしれっと発言する。

「計算上、これ以上に軽くすると、魔法に金属が耐えられないんですよ。後は、根性で動いてください」


(ないな。これは、ない。全身金属鎧を着て盾を持ったら、木偶人形同然や)


「とりあえず。脱がせて」と頼む。


 全身金属鎧は、着るのも脱ぐのも一苦労だった。

「リントンはん、これ、辛いわ。重さを半分とかに、できんの」


 リントンが眼を輝かせ、威勢よく答える。

「金貨があと三千枚あれば、できます」


(あのしぶちん共にあと金貨を三千枚も出せ言うたら、何を言ってくるかわからんぞ)


 リントンがノミと木槌で魔法文字を鎧の裏に鼻歌交じりに彫っていく。


(これは、下見に来てよかったわ、これ、ちょっと考えよう)


 おっちゃんは冒険者の店に戻った。海賊の連絡要員を捕まえてポンズを呼び出した。


 夕方にポンズが機嫌の良い顔で足取りも軽くやって来た。密談スペースで会話をする。


「ポンズはん、ちょっと、手を貸して。耐火装備を着ると、おっちゃん、動けないんよ。だから、おっちゃんを『暴君テンペスト』を呼び出す『火龍の闘技場』まで、運んでくれへんか」


 ポンズが申し訳なそうな顔をして渋った。

「いいけど、俺たち、ダンジョン探索はプロじゃないぜ」


「大丈夫。『火龍の闘技場』までは麓からマジック・ポータルで一瞬やから、難しくない。装備を入れたら三百㎏近いおっちゃんを運ぶから、人手が必要なんよ」


「わかった。当日、俺たちが、おっちゃんを荷車で運ぶよ。闘技場の中に入ったら、どうすればいい」


「冒険者の噂やと、二階の観客席は安全らしいから、隠れて見ていて」


 移動の段取りを詰めてポンズと別れ、作戦決行の日が来た。


 おっちゃんはリントンの家で、耐火仕様になった全身金属鎧を着た。『暴君テンペスト』の炎に耐えるだけあって、全身金属鎧は着ていても涼しさを感じた。


 リントンに紐で吊した『龍を呼ぶ角笛』を首から提げてもらう。

「ポンズはん、ほな、お願いしますわ」


 ポンズが威勢よく号令を掛けた。

「よし、お前たち、おっちゃんを荷車に乗せるぞ」


 十人の海賊たちがおっちゃんを担いで荷車に乗せた。おっちゃんを乗せた後に『ドラゴン・トーチ』と盾を荷車に積む。最後に荷車と馬に繋いで出発する。


 四十分を掛けて、火山灰が降る中『火龍山大迷宮』の麓に移動する。

(なんや、今日は火山灰が多いな、火山が活発なのか)


 一辺が十二mの四角い黒レンガでできた平屋の建物が見えてきた。魔術師ギルドの支部だった。


 ポンズが建物の入口をノックして扉を開けてもらう。

 中には赤いローブを着た魔術師ギルドの職員が二人いた。部屋の中央には四方をロープで囲まれた青い白く光る円形の魔法陣があった。


「マジック・ポータルをご利用ですか?」と魔術師ギルドの職員が訊ねる。


「十二人、往復で『火龍の闘技場』まで」とポンズが財布を開けて金貨を払った。


 一人の魔術師ギルドの職員が正面のロープを外す。もう、一人の魔術師ギルドの職員がなにやら記帳する。

 馬から荷車を切り離した。馬の代わりに海賊たちが荷車を引いて魔法陣に入った。


 魔法陣が強い光を放つ、同じような建物内に出た。


 出口の魔法陣の近くには三人の魔術師ギルドの職員がいた。魔術ギルドの職員がドアを開けてくれた。二十m先に、三階建の、高さ二十mで直径六十mの、天井のない闘技場があった。


 正面から入って、さらに十m進む。円形の直径五十mの空間に出た。


 中央から正面入口寄りにおっちゃんを置くように指示した。ポンズたちがおっちゃんを降ろす。盾と『ドラゴン・トーチ』をおっちゃんに持たせた。


 海賊たちを連れてポンズは消えたが、誰かが見ている気配がした。


(ポンズはんと海賊以外にも観客がおるようやね。おそらく、人間ではないな。手出ししてこんかったら問題ないけど。大丈夫かの)


『強力』の魔法を唱える。『強力』の魔法をもってしても、動くのがやっとだった。

『龍を呼ぶ角笛』を吹くと、闘技場の入口に鉄格子が下りる大きな音がした。


 暑さはまるで感じない。でも、汗が一滴、おっちゃんの顎を伝わった。


 闘技場内に動きはないが、油断はできなかった。何もない長い時間が経過する。

「ほんまに『暴君テンペスト』が来るんやろうか」と疑った時に事態は動いた。


 突如、強風が闘技場内に吹いた。重い全身金属鎧を着ていても一歩後ろに下がりそうになる。まさにテンペスト『嵐』を思わせる威力だった。


 風が止んだとき『暴君テンペスト』が立っていた。

『暴君テンペスト』の身長は高い。直立すると頭が闘技場の三階席にまで届きそうだった。大きな体躯は闘技場の五分の一を占めた。全身が真っ赤に熱せられた鉄のような鱗で覆われていた。左右の手足には名刀の輝きを思わせる鋭い爪が並んでいる。圧巻、まさにその一言だった。


『暴君テンペスト』が地響きのような声を上げる。

「久し振りの挑戦者と思えば、なんだ、この小男は。叩き潰してくれる」


『暴君テンペスト』が右手を振り上げた。振り下ろせば、鎧ごとペシャンコになる未来は確定。


 おっちゃんは、すぐに大声を上げた。

「待った、叩くのはなしで。ドラゴン・ブレスをお願いします」


『暴君テンペスト』は眉間に皺を寄せて怒鳴った。


「馬鹿が。どう戦おうと、ワシの自由だ」


 おっちゃんは、とっさに身を守るように、盾とドラゴン・トーチを突き出した。


『暴君テンペスト』が目を細めて、怪訝そうな声を出す。


「なんだ、その武器は?」

「これ、武器でなく、松明です」


 数秒の間ができる。『暴君テンペスト』が大声で笑ってから怒った。

「馬鹿にしよって。ならば、死ね」


『暴君テンペスト』が大きく、息を吸い込む。引き込まれるようなものすごい風が発生したか。辺りが激しく明るくなり、炎の嵐が襲ってきた。


『ドラゴン・トーチ』にはすぐに火が着いた。おっちゃんは利き手で盾を構える。盾から青い光が出て、おっちゃんを覆う。盾をしっかりと構えないと吹き飛ばされそうだった。


 おっちゃんは『瞬間移動』を唱えた。だが、魔法は発動しなかった。

(移動の魔法を妨害する何かが、発動している)


 おっちゃんは焦った。盾はすでに真っ赤になり、今にも熔け始めそうだった。

(下しかない)


『大地掘削』の魔法を地面に向かって打った。垂直方向に五m、人間一人が入れる幅の丸い縦穴ができた。


 縦穴に『ドラゴン・トーチ』を投げ込む。盾を傘にして、縦穴の中に避難しようとした。

 全身金属鎧が大きすぎた。腰から下が穴に入らなかった。


 即座に鼠の姿を念じた。鼠になったおっちゃんは、鎧に付いていた股間の排尿用の場所から縦穴の中に這い出した。


 穴の底に隠れる。上では全身金属鎧が真っ赤に加熱されていた。おっちゃんの着ていた服を焦がす臭いがした。


(まずい、これ以上に熱せられると、熔けた鎧が降ってくる。逃げないと)


 おっちゃんは人間の姿に戻る。もう、一度『大地掘削』の魔法を使って横穴を掘った。『ドラゴン・トーチ』を持って、横穴に逃げた。


 退避が終わって数秒で、熔けた鉄が雨のように縦穴に降ってきた。


「他愛もない」と『暴君テンペスト』の蔑むような声が聞こえてきた。


 そのあと、激しい風が舞う音がした。熱いが、しばらく震えが止まらなかった。


 おっちゃんが横穴でじっとしていると、縦穴の上から、変形した鎧の残りが落ちてきた。

「おい、おっちゃん、生きているか」上からポンズの焦った声が聞こえてきた。


「なんとかな、おっちゃん生きているでー」


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