第四十六夜 おっちゃんとマッチ・ポンプ
夜になった。おっちゃんは、上等エールを購入する。『瞬間移動』で『赤髭』のいる場所まで移動した。ポンズに渡したのとは別の『煉獄石』で扉を開けた。『赤髭』のいる部屋へ急いだ。
『赤髭』は会った時と変わらず、椅子に座っていた。赤髭が目を光らせる。
「どうした、早かったな。ドラゴン・ブレスの用意ができたか」
「それが聞いていな――」おっちゃんは、ドラゴン・ブレスの入手に金貨千枚が必要だと話した。
『赤髭』は黙って聞いていた。聞き終わると、険のある声を発する。
「それで、俺の宝を貰いに来たか。だが、断る。宝の引渡しは、ドラゴン・ブレスが来てからだ」
「ちゃいますよ。おっちゃんがやって欲しい内容は、幽霊船を出現させて欲しいんです。それで、幽霊船に滅茶苦茶に怖い内容を声高らかに言わせて欲しいんです。もう、みんな震え上がるくらいに」
『赤髭』は、おっちゃんの提案を楽しそうに笑った。
「なるほど。脅して金を出させようというのか。いいだろう。それなら、協力しよう」
『赤髭』が立ち上がった。『赤髭』は手首を切って、黄金の帆船の模型に血を振り掛ける。『赤髭』が威勢よく命じる。「いでよ、我が部下ホークよ」
部屋の中央に赤い煙が現れる。煙が消えると幽霊船団の長であるホークが現れた。
おっちゃんは、ホークが余計な言葉を喋らないように口を開いた。
「ホークいいますの。わいは、おっちゃんいいます、初めまして」
ホーク船団長も、ぎこちない口調で「初めまして。ホーク船団長です」と口にする。
『赤髭』が椅子に腰掛けて厳かに命令する。
「『赤髭』の名において命令する。マサルカンドを燃やせ。女子供を殺せ。家畜も殺せ。街で血を満たしてやれ。奴らに『赤髭』の恐怖を植え付けるのだ」
「わー、待ってください。街は燃やさんでよろしい。血は流さなくてよろしい。怖がらせるだけでいいんですってば」
『赤髭』が不思議そうに「そうだったか」と口にする。
「そうですってば。怖がらせるだけでいいですって。街が混乱したら、魔力の篭った炎の入手が難しくなりますよ」
「そうか」と『赤髭』は静かに口にした。
「では、命令を変える。血を流さず、街のやつらに恐怖だけを植え付けろ」
今度は、ホーク船団長が困る。
「傷つけずにって、どうすればいいんですかね?」
「ワシに訊くな」と『赤髭』が怒る。
「わかりました。では、こうしましょう」
どうやって街の人間を怖がらせるかを、おっちゃんが持って来たエールを飲みながら、「ああでもない」「こうでもない」と三人で会議が行われる。
二時間後、エールがなくなる頃に、怖がらせる口上と計画が完成する。ホーク船団長が台本を書いた羊皮紙を持って帰っていった。
「ほな、おっちゃんも帰りますわ」
帰ろうとすると、『赤髭』が鷹揚な口調で呼び止めて命じた。
「おっちゃんよ、今日のエールだが、まだまだだ。次に来る時は、もっと良いエールを持って来い」
おっちゃんが宿屋に帰って眠っていると、「幽霊船が出たぞ」の声がした。
「はいはい。もう、何を言うかわかっておりますよ」
おっちゃんは街の人間の悲鳴を子守唄に眠りに就いた。
夜中に二度ほど、揺れが来た。長いことマサルカンドにいたせいか、地震は気にならなかった。
翌朝、冒険者の酒場は幽霊船の恐怖の話で持ちきりだった。皆が幽霊船を怖れていた。
だが、パニックになるほどではなかった。おっちゃんは皆の怖がりように一人で悦に入ってお茶を飲んでいた。
昼になる。冒険者ギルドに、苛立った顔のバネッサと、青い顔のピエールが入ってきた。
「おう、お二人さん、こんにちは、良い朝ですね」
バネッサが、おっちゃんの前に仁王立ちする。乱暴に親指で密談スペースを指す。
三人でテーブルを囲む。おっちゃんは、いけしゃあしゃあと口を開いた。
「お話ってなんですか?」
バネッサがテーブルに腕を乗せて、おっちゃんを睨みつけた。
「幽霊船の話だよ。本当に金貨千枚あれば、片が付くんだろうね」
「いやあ、こればっかりは、やってみないとわかりません。おっちゃんかて、ドラゴン・ブレスを手に入れる行為は初めてですから」
バネッサがテーブルを叩いて噛み付いた。
「昨日は、金でどうにかなるって言ったでしょう」
「いいましたかねえ、そんな話」
ピエールが青い顔で、震える調子で口を開いた。
「言いましたよ。確かに。商人ギルド組合は今朝、臨時会合を開き、お城と折半で金貨を用意すると決めました。ですから、幽霊船を早急に止めてください。このままでは、幽霊船に街が蹂躙される」
バネッサに視線を送る。バネッサが面白くないといった顔で答える。
「城から、秘密裏に金を用意して運ぶように指示が来た。金貨の運搬はイゴリーが準備中だ。いっとくが、うちが絡むんだ。金だけ持ち逃げしたら、タダじゃすまないよ」
(ドラゴン・ブレスの取得に失敗したら、おっちゃん消し炭になるんやけどねえ)
おっちゃんは胸を叩いて、自信満々に答えた。
「わかりました。おっちゃんは金が用意できしだい、動きます。幽霊船は必ず止めます。大船に乗った気で、待っていてください」
バネッサとピエールを見送りながら、心の中で北叟笑む。
(マッチ・ポンプ成功やね)