第四十五夜 おっちゃんと『ドラゴン・トーチ』
翌日、おっちゃんは冒険者ギルドに顔を出し、依頼受け付けカウンターにいるクロリスに声を掛けた。
「クロリスはん。誰か近々『暴君テンペスト』と戦う冒険者を知らん?」
クロリスが半笑いの顔をして滔滔と説教する。
「おっちゃん。『暴君テンペスト』に挑戦しようとする冒険者なんて、年に一パーティもいませんよ。『テンペスト』と戦って生きて戻ってきた冒険者だって二十年前に三人いただけですよ。『テンペスト』に挑むなら、やめたほうがいいですよ」
「ちなみに、二十年前って、どうやって『暴君テンペスト』に遭いに頂上まで行ったん?」
クロリスが思い出す仕草をしながら語った。
「なんかのアイテムを使って、『火龍山』の中腹にある『火龍の闘技場』に『暴君テンペスト』を呼び出して戦ったそうですよ。でも、現れた直後の『暴君テンペスト』のドラゴン・ブレスを喰らって、六人中の三人が死亡。三人が逃げ帰ったそうです」
(ほー、頂上まで登らんでも、『暴君テンペスト』に遭えるんか。『火龍の闘技場』かー。麓にある魔術師ギルドの支部から『火龍の闘技場』まで行けるマジック・ポータルがあったな。料金は往復で一人に付き、金貨一枚だったかな)
「クロリスはん、その『暴君テンペスト』を呼び出したアイテムについて、調べてくれへん。情報料が掛かってもええから」
「わかりました」
テンペストと会う方法は、どうにかわかりそうだった。
「問題は二つ。どうやって生きて帰ってくるかと、どうやってドラゴン・ブレスを持ち帰るかやな」
名案が浮かばないまま翌朝を迎えた。名案が出ないまま、冒険者ギルドに顔を出した。
クロリスが浮かないで、おっちゃんを迎える。
「おっちゃんがやろうとしている依頼って、これ」
クロリスが一枚の古い依頼票を差し出した。
依頼票には『暴君テンペスト』のドラゴン・ブレスを金貨十枚で取ってきて欲しい、とあった。
依頼人はリッティン。リッティンの名は聞いた覚えがないが依頼人の住所はリントンと同じだった。
(なんや、熱の研究家リントンと同じ住所やな。リントンの父か祖父さんかな。でも、これ、話を聞く価値あるな)
「そうそう、これこれ、この依頼に、ちょっと興味あってな」
クロリスが心配気な顔で止めた。
「それ、止めたほうがいいですよ」
言われなくてもわかる。文面だけ見れば、「金貨十枚で死ね」と命令しているようなものだ。
「面白そうだから、ちょっと話を聞くだけや。ちょっくら、行ってくるわ」
おっちゃんは依頼票を手に、リントンの家に向かった。
リントンの家には相変わらず「『クール・エール』は、ありません」の張り紙があった。
家をノックしようとすると、クリーム色の半袖シャツにハーフ・パンツのリットンが出てきた。リントンは怒った口調で言い放つ。
「だから、『クール・エール』は、ないんですってば」
おっちゃんは笑顔を心懸け、依頼票を提示する。
「リッティンさんの依頼で、冒険者ギルドから来ました。『暴君テンペスト』のドラゴン・ブレスを取りに行ってもええですよ。ただし、持ち帰る方法があるなら、ですけど」
リントンが目を細めて依頼票を見る。
「これ、父が出した依頼票だわ。父は他界しているわよ」
リントンが、なにやら考え込む。
「『暴君テンペスト』のドラゴン・ブレス。もしかしたら、それが研究の鍵なのかもしれないわ」
リントンの表情が和らぎ、気楽な調子で招いた。
「いいわ、入って。話をしましょう」
リントンの家は二十畳ほどの広さのワンルームだった。わからない物がいろいろあるので、部屋は狭く感じた。室温は外よりもだいぶ低く、快適だった。
(さすが熱の専門家か、なにかしらの放熱機か魔法を使っておる)
テーブルを挟んで、リットンと向かい合った。
「まずは自己紹介ね。私は、リントン・ティラー。熱の研究家よ」
リントンは前に会った過去を忘れていた。
「わいは、おっちゃんいう冒険者です」
リントンが手を組んで話し出す。
「まず、確認だけど、本当に金貨十枚で『暴君テンペスト』のドラゴン・ブレスを取ってくる気は、あるの?」
「ありますよ。おっちゃんも、ちょっとした事情で『暴君テンペスト』のドラゴン・ブレスが必要になったから、協力者を探していたんですわ。それで『暴君テンペスト』のドラゴン・ブレスを持ち運びする方法はあるんですか?」
「ちょっと待って」とリットンがおっちゃんに背を向け、ガラクタの中を漁る。
(なんや、あのゴミの山の中に何があるんや)
少しすると「これこれと」と、金属製の八十㎝の筒を取り出したリントンは、得意げな顔で筒を掲げた。
「じゃあーん。『ドラゴン・トーチ』よ。ドラゴンの炎でしか点火できない。だけど、点火すれば、ドラゴンの炎を溜め込んで、三日は消えない、優れものトーチよ」
ドラゴンの炎を浴びるメリットが、三日間は消えないだけの炎。説明だけ聞くと、欠陥品にしか聞こえない。だが、現状を打破するには、これほど素晴らしい品はない。
「なるほど、確かに『ドラゴン・トーチ』を使えば『暴君テンペスト』の炎を持ち運びできそうです。でも、相手は『暴君テンペスト』です。並のドラゴンとは火力が違います。大丈夫ですかね」
リントンは、あっけらかんとした顔で気楽な調子で答えた。
「ごめん、正直、使った経験がないから、わからないわ。でも、これは父の発明品よ。父が、これで『暴君テンペスト』の炎を採取しようとしていた事実は、確かよ」
『ドラゴン・トーチ』を手に取る。どう見ても安い金属製の筒にしか見えない。
怪しいが、現状では、信じるしかない。
(不安なやな。でも、これに縋るしかないんか)
「そんで、ドラゴン・ブレスに耐える方法はあるんですか」
リントンが両手でグーを作り脇を閉める動作をとる。リントンは元気良く「根性」と答えた。
「そんな、無理ですやん。根性で耐えられるような炎じゃないですやろう。相手は『暴君テンペスト』でっせ」
リントンがムッとした顔で食って掛かった。
「そうよ。相手は『暴君テンペスト』よ。だから、『耐火』の魔法も『耐熱』の魔法もダメ。テンペストのドラゴン・ブレスを防げる魔法や道具を開発できていたら、こんな場所に住んでないわよ。今頃は大金持ちで、ビーチに執事を連れて、カクテルを飲んでいるわよ」
言われてみれば、確かにそうだ。けれども、『暴君テンペスト』のドラゴン・ブレスを防ぐ手段がないなら、話にならない。
「なんか防ぐ方法がないんですかね」
リントンが考え込む。
「そうね、金貨が一千万枚の価値がある伝説級の鎧なら、防げるかもしれないけど」
「それは無理ですわ」と答えると「だよねー」と腕組みして天を仰いでリントンが応じる。
「金貨千枚とかならまだしも、一千万枚は無理ですわ」
リントンがきょとんした顔で訊いて来る。
「なに、金貨千枚なら、用意できる?」
「できたら、どうにか、できるんですか?」
「金貨千枚でも『暴君テンペスト』の炎を防ぐ装備は作れるわよ。ただし、効果時間は、二十秒」
光が見えた。
(ドラゴン・トーチに着火した瞬間に『瞬間移動』できれば、持ち帰れる)
リントンの家から冒険者ギルドに帰った。
クロリスが不安げな顔で呼び止める。
「おっちゃんにお客さんが二人。マスケル商会のピエールさんと、盗賊ギルドのバネッサさん」
「二人とも一緒に通して、話は一緒だから」
おっちゃんは密談スペースに行く。最初にバネッサとイゴリーが、遅れてピエールが入ってきた。
バネッサ、イゴリー、ピエールは顔見知りなのか、特段に挨拶はしなかった。
三人を前に、おっちゃんは口を開いた。
「幽霊船の話で来たんやろう」
バネッサが面白くなさそうに口を開く。
「わかっているね。で、その後、進展は? こちらには何も報告が来ていないわよ」
ピエールも渋い顔で口を開く。
「街の分断は、危険なところまで来ています。さっさと決着をつけて欲しい」
「よし、結論から言いましょう。幽霊船を止める方法が見付かりました」
バネッサとピエールの眉がピクリと上がる。
「ただ、幽霊船を止めるには『暴君テンペスト』のドラゴン・ブレスが要ります。そんで、そのためには最低でも金貨千枚が必要だとわかりました。金貨千枚を用意してくれませんか」
バネッサが目を吊り上げて怒った口調で返す。
「なんで、幽霊船を止めるのに、『暴君テンペスト』のドラゴン・ブレスが要るの? わけがわからないわ。私は幽霊船騒ぎの責任者に責任と取らせろと依頼したのよ」
ピエールも顔を歪めて、怒鳴るように発言する。
「話になりません。なんで、宝を盗んだ冒険者を突き止める依頼をしたのに、金貨千枚も出せねばならないんですか、馬鹿げている。非常に馬鹿げている」
「でもねえ、お金がないと、幽霊船は止まりませんよ。逆に、お金でどうにかなるところまで話が来ているんですって。商人ギルドで、どうにかなりません? ピエールさん。領主からお金を引っ張れません? バネッサさん」
バネッサが冷たい目でおっちゃんを見据えて無言で席を立つ。バネッサは扉を蹴り開けて出ていった。
「失礼します」とピエールも憤慨した顔で席を立ち、大股で出て行った。
「これは、マッチ・ポンプの出番やね」