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第四十夜 おっちゃんと幽霊船

 おっちゃんは、その日の内に木製の渡し舟を一艘と、マサルカンド近海の地図を購入した。

 夜になった。夜釣りの格好で、港から渡し船を出した。


 港の近くに渡し舟を浮かべれば、通行の邪魔になる。普段なら、苦情も来る。されど、幽霊船騒ぎのせいでマサルカンドに来る船はなかった。誰も苦情は言わないし、夜の港に来る者もいない。


 翌日も夜釣りをした。夜釣りをしていると、風が不自然に止まった。海が静かになり、魚の気配も消えた。


『遠見』の魔法と使うと、遠くから六隻の幽霊船がやって来るのが見えた。

「来たで、幽霊船が」


 渡し舟に白い旗を掲げる。渡し舟を幽霊船に向かって漕ぎ出した。幽霊船はおっちゃんの乗る渡し舟に矢を射かけてはこなかった。


 先頭の幽霊船との距離が三十mまで近づく。おっちゃんは『死者との会話』の魔法を唱える。アンデッド・モンスターや死者と会話できる魔法だ。


「わいは、おっちゃんと言います。街の代表として来まして。船団長さんと話がしたいんですわ」

 幽霊船から返事はない。攻撃もない。もう一度、同じ内容を口にする。さらに、渡し舟で近づいた。


 幽霊船に接すると、幽霊船から縄梯子が下りてきた、縄梯子を上がる。甲板に水兵の格好をした骸骨が四十体いて、おっちゃんにクロスボウを向けてきた。おっちゃんは両手を上げて、敵意をない態度を示す。


 甲板に人間大の青白い炎が現れた。炎はキャプテン・ハットを被って人の形を取った。現れた人物は三十歳くらい。髭を生やした、スラリとした長身の男性だった。


 男性はおっちゃんを睨みつけて、詰問調で言葉をぶつける。

「この幽霊船団を率いている。船団長のホークだ。何しにやって来た」


「ですから、交渉しに来まして。和睦したいんです。要求は何ですか。こっちが劣勢なので、できる限り譲歩します」


 ホーク船団長が両手を広げて高らかに宣言する。

「交渉は、あり得ない。我々は血を求めている。生贄(いけにえ)が必要だ。大勢の生贄だ。海で血を満たせ。潮風を慟哭(どうこく)で溢れさせろ。敵船を燃やせ、街を破壊しろ、恐怖の果てに、我らの安息がある」

 水兵の骸骨が豪快に笑う。


 おっちゃんは動じずに聞く。

「血を求めている、のセリフは、言わされているんでっしゃろ。前口上みたいものですやん。わかっとりますよ。おっちゃんかて、宮仕え長いですから。ここだけの話、おっちゃんもモンスターですねん、ほれ」

 発言して、おっちゃんは手足を毛深い獣に変える。


 骸骨の笑いが止まった。ホーク船団長が神妙な顔になった。

 おっちゃんは他人目を気にするように辺りを見渡してから、そっと口を開く。

「で、本当のところは、なに? ここだけの話でいいからポロって漏らしてもらえませんか? おっちゃんが悪いようにはしませんから。うちらだけ談合しましょう」


 ホーク船団長が、辺りを気にするような仕草をする。骸骨の水夫全員が見て見ぬふりをした。

 船団長が畏まってポツリと『赤髭の宝』と口にした。おっちゃんは近くにいた水兵格好をした骸骨に尋ねる。


「ははん、おたくら眠たいところを、『赤髭の宝』によって無理やり呼び出されたわけですか。それで、その『赤髭の宝』を止めたら、再び眠りに就く、そんなところですか」


 骸骨は身じろぎを一つしてから、コクコクと小さく頷いた。


 おっちゃんはそっとホーク船団長に耳打ちする。

「わかりました。『赤髭の宝』を止めるように、おっちゃんが陰で動きます。『赤髭の宝』は、どこにあるか、わかりますか?」


 おっちゃんはペンとマサルカンド近海の地図を差し出した。

 ホーク船団長が一つの島に小さく丸を付けた。


「必ず、『赤髭の宝』を止めます。ですから、今日のとこは勘弁を願います」


 ホーク船団長が何も言わずに、おっちゃんに背を向けた。ホーク船長が軽く手を上げると骸骨の水兵が船を反転させにかかった。


 おっちゃんは縄梯子から降りて、渡し舟に戻った。港に着くと宿屋に帰った。

 翌日、冒険者ギルドに行き、海賊らしい人間を探す。ポンズが話していた連絡要員だと思ったので「ポンズに至急、会いたい」と伝える。


 冒険者の店で待っていると夕方にポンズが笑顔で酒場に現れた。

「どうした兄弟、何か用か」


「大事な話や」と釘を刺して密談スペースに移動する。


「実はな。『赤髭の宝』の在り処、偶然にもわかったんよ。それで、発掘するわけやけど、手を貸してもらえないやろうか。取り分は、おっちゃんが半分、ポンズはんが半分。もし、半分にできん時は、マサルカンドで売り払って折半。どうや」


 ポンズが眉間に皺を寄せて小声で訊いた。

「その話は、本当か」

「本当や。おっちゃんが発掘隊を組織してもええんやけど、まずはポンズはんにと思って声を掛けさせてもらった」


 ポンズが少しばかり、考え込む仕草をする。

「半分か。わかった。それで手を打とう。それで、いつ掘りに行く」


「今日はもう遅い、明日に行こう。明日、ポンズはんの船で港に迎えに来て」


 翌朝、ポンズの所有する六十m級の帆船がやってきた。

 帆船に乗り込むと、ポンズと四十人の海賊が出迎える。


 海に出ると、ポンズが威勢よく号令を掛ける。

「ようそろ、黄金の杜号、さあ、いざゆかん宝の許へ」


 おっちゃんはホーク船団長が丸をつけてくれた地図をポンズに渡した。

 地図に記しのある場所に向かった。地図に印がある島はマサルカンドから十五㎞。地元ではモネダ島と呼ばれる、全長が四百mの島だった。


 モネダ島に着くと海賊の誰かが愚痴る。

「ここなら、もう二回も調べたが、何もなかったぞ」


 おっちゃんは気にせず、真っ先に島に下りて駆け出す。ポンズから見えない位置で、『高度な発見』の魔法を使った。

 高度な発見は、魔法やカムフラージュで隠された物を見つける『発見』の上位魔法だった。


 ポンズが数名の部下を伴って呆れた顔で歩いて来る。

「そんなに急がなくても、島は逃げやしない。転んでも知らないぞ」


 おっちゃんが島の北側に到達した時に、魔法が反応を示した。反応した場所は、平らな地面。地面の横には幹の太い、高さ十二mの一本のヤシの木が生えていた。地面の周りにはいくつもの足跡があった。


(なるほど、調べられたようやな。だが、甘いで、調べ方が。ダンジョン仕込みの技を見せたる)


 おっちゃんが這うようにして地面を調べているとポンズ一行がやってくる。

「どうした、おっちゃん、そこに何かあるのか?」

「ちょっと、待って、調べているから」


(これは、あれやな、秘密の入口を露にする装置があるな。怪しい物は隣のヤシ木や)


 おっちゃんはヤシの木を、するすると登った。

 ヤシの木の天辺から高さ一mに浮かぶ見えない物体を、おっちゃんの魔法が捉えた。腰に下げた水筒からエールを掛けると、液体の流れにより大きさ三十㎝の猿の像が浮かび上がる。


 おっちゃんは『罠感知』の魔法を唱える。反応はなかった。

(罠は、なしか、これ前の職場で同じようなやつがあったな。これは、スイッチやな)


 おっちゃんは猿の像を掴んで右に廻し込むように体重を掛けて押す。浮かぶ猿の像が押し下がった。

 ヤシの木の下で驚きの声が聞こえていた。ヤシの木を降りた。


 地面の一部に魔法文字が刻まれた、一辺が一mの正方形の石板が現れた。石板を囲む海賊に「ちょっと退いて」と指示を出して調べる。


「あかんな、これ鍵がいる奴や。ポンズさん、鍵って、持っている?」


 ポンズが済まなさそうに発言する。

「いや、持っていない。だが、鍵になる物が何かなら知っている。『煉獄石』だ」


『煉獄石』は『火龍山大迷宮』で採れる魔力の篭った希少な石だった。高級な魔道具や武具の材料にもなるので需要はある。


『煉獄石』が産出する場所のモンスターは、とても強い。中級冒険者では辿り着くのさえ困難な場所だった。そのため、煉獄石が市場に出回る事態もあるが、価格は金貨二百枚と高い。


「困ったな『煉獄石』かあ。ほな、取り行こうかとは、言い難い品やな。ポンズさん、金貨二百枚くらい、手持ちある」


 ポンズが軽い調子で意見を述べる。

「金貨二百枚あったら飲んじまうよ。なあ、おっちゃん。宝は、この下なんだろう、この石板を壊して下に掘ったらだめか」


「止めといたほうええで、そんなことすると結果、『煉獄石』を買ったほうが安かったとなる場合が、ほとんどや。しゃあない、街に戻って『煉獄石』を買うで。宝を半分貰うんや、購入資金は、おっちゃんが出す。先行投資や」


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