第四夜 おっちゃんと虎退治
依頼を出してきたコリント村はサバルカンドの東に位置している。距離的には乗合馬車でサバルカンドから二日半の距離にあった。
コリント村は開拓団が開いて三年も経過していない村で新しい村だった。人口は八十人。
米、小麦、野菜を作って生活している小さな村だった。
村に着いたので、依頼を出した村長に、まず挨拶に行く。行きがてら村の様子を観察する。
村人は冒険者を警戒していなかったが、歓迎もしていなかった。
村ができて新しいせいか柵が東側の途中までしか完成してなかった。防備が不完全だが、村の中では子供が遊び、鶏が虫をついばんでいた。
村長は、おっちゃんより若く逞しい男性だった。村長がおっちゃんとブレンダを値踏みするように見てから不安を露に確認して聞いてきた。
「貴方が虎退治をしてくれる冒険者さんですか」
(当然の反応やね。年を喰ったおっさんと、新人のペアなら不安なのもわかるわ)
「虎を駆除しに来ました冒険者です。それで、虎はどの辺りに出て、いつくらいに見かけました。あと、目撃された虎って一頭ですか」
村長は、いかにもやれやれといった感じで話し出した。
「虎を見かけた場所は村のはずれです。四日前、十四日前、三十日前と、三回ほど目撃されています。目撃された虎は、村の人間の話では一頭とのことです」
村長から虎が目撃された詳しい場所を聞いて移動する。
虎が目撃された場所はジャングルのすぐ近くだった。
弓を片手に、緊張した面持ちのブレンダがジャングルに入ろうとしたので、止める。
「ジャングルに入る前に、まずは足跡を探そうか。闇雲にジャングルに入っても泣きを見るだけや」
ブレンダが顔を曇らせて、柔らかい口調でおっちゃんの意見を否定する。
「足跡といっても四日前でしょう。探しても、そこから追跡は無理だと思いますよ」
「追跡は無理でも、わかる情報もあるんやで」
ブレンダは釈然としない様子だったが、おっちゃんに従いてきた。
一時間を掛けて虎の足跡を探し出した。ジャングルから出て茂みへと続く虎の足跡を発見した。
おっちゃんは、すぐに妙だと感じた。
(おかしい、虎がジャングルから出てきて、ジャングルに戻った形跡がない。あと、ここから始まる人間の足跡が急に出て来よる)
地面に顔を近づけて考えていると、きょとんした顔でブレンダが訊ねる。
「どうかしましたか、おっちゃん」
「ちょっとな気になることあったんよ。村に戻るで」
ブレンダは意味がわからないと言いたげだったがおっちゃんに従いてきた。
村に戻って鶏を飼っている村人も捕まえて話を聞く。
「お尋ねします。虎を退治しにきた冒険者ですけど、鶏が被害に遭った過去はありませんか」
「ありませんけど」
(虎が人里に出てくる理由は餌や。柵が完成してないから、虎は村に入り放題。鶏が被害に遭わない状況はちと、おかしいな。虎やなく、虎に化けるモンスターの線は、ないやろうか)
「いま、村を出払っている人はいますか。たとえば、香辛料を売りに町まで行っている人とか」
「アベルさんですかね。三日前にサバルカンドに採取した香辛料を売りに行っていますよ」
(虎に変身できるモンスターには心当たりがある。ワー・タイガーや。もし、ワー・タイガーならブレンダの手にあまる。ワシかて、人間の姿では戦いとうない、さてどう対処したものか)
ブレンダが不思議そうな顔で尋ねる。
「おっちゃん、どうしたの、考え込んで」
仮説の段階なので、適当な言葉で誤魔化した。
「なんでもないよ。アベルさん、大丈夫かな、思うと心配してたんよ。さあ、ジャングルの中を探そうか」
おっちゃんの考えでは、ジャングルに入っても虎に遭う可能性はゼロだった。だが、仮説が間違っていると困るのでジャングルに入って虎を探した。
蛇や蟲に悩まされる事態になったが、虎の痕跡は全く見つからなかった。
村にいる間は村長が質素ながらも食事を提供してくれた。納屋を使ってくれていいといってくれたので、納屋で過ごす。一日、二日と経過するが虎退治に進展はなかった。
二日目の晩にジャングルで取ってきたトリカブトを見ながら考える。
(順当に行けば、そろそろ、アベルが帰ってくる。アベルがワー・タイガーやったら読み通りなんやけど。どないしよう)
アベルがワー・タイガーかどうか調べる簡単な方法はあった。ワー・タイガーならトリカブトを投げつけてやればいい。ワー・ウルフやワー・タイガーはトリカブトを苦手としている。
トリカブトに触れれば、鼻水、くしゃみ、目のかゆみ等の花粉症に似たひどいアレルギー症状を引き起こして、戦っていられなくなる。
アベルがワー・タイガーなら、トリカブトをぶつけられれば逃げ出すはず。
(でも、なあ、悪さをしていないワー・タイガーの正体を暴露して村から追い出すいう仕打ちは気が引けるわ)
おっちゃんとてシェイプ・シフターである。ワー・タイガーとは似たようなもの。自分は人間の傍で暮らすが、ワー・タイガーは駄目だと拒絶する態度は気が引けた。
(かといって、見逃しても、短い間に三回も村の付近で村人に見つかっているんや。いずれ露見するやろう)
「仕事に失敗しました」で済む話なら、失敗でもいい。どうせ、うだつの上がらないしょぼくれ冒険者。評判なんか、有ってないようなものだ。
(でもなあ、次に来る冒険者が、できる奴とは限らん、下手したらアベルか村人に犠牲が出るかもしれん。そうなってからでは遅い)
村人にもアベルにも都合の良い解決策なんてない。村にワー・タイガーを受け入れろと要求するほうが無茶である。
トリカブトを見ながら暗い気持ちになる。
(しゃあない。やりたくなくても、仕事は仕事や。アベルには間違い起こさないうちに出て行ってもらう。ほんま、やりとうない仕事やったで)
覚悟を決めたらブレンダに話をしなければならない。ブレンダは仲間だ。隠し立てはできない。
「ブレンダ、まだ、起きているか。虎退治の依頼な、もう止めようと思うねん」
隣のブレンダから眠そうな声が返ってくる。
「まだ、二日目だよ。諦めの態度は早すぎるよ」
「そうじゃない、きっと、虎の正体はワー・タイガーや。いま街に行っているアベルが怪しい。確かめる方法はある。アベルがワー・タイガーなら、トリカブトを投げつければ逃げるはずや」
ブレンダが眠そうな顔を上げて、訊いた。
「その話は本当なの。もし、ワー・タイガーなら、狩らないとまずいでしょ」
(モンスターは全て敵と考えているな。冒険者らしい真っ当な反応やな)
「アベルは人を襲っていない。村を黙って去るのなら、見逃そうと思う。そうすると報酬は入らない。それでもいいか?」
不機嫌かつ弱弱しい声が返ってくる。
「よくないよ。私だって、お金ないんだよ」
「わかった。なら、おっちゃんが銀貨二十枚をブレンダに払う。それでどうや」
銀貨二十枚の失費は痛い。だが、銀貨は胡椒を採取すれば稼げる。
「私はいいけど、おっちゃんはいいの」
「おっちゃんの人生は、もう残り少ない。好きなように、生きたいんや、ここは我侭を通させてくれ」
「わかった」