第三十九夜 おっちゃんと中立
日付が変わった頃に事件は起きた。
おっちゃんが宿屋で寝ていると外が騒がしくなってきた。「なんや」と目を覚ます。
宿屋の主人の鬼気迫る声が聞こえてきた。
「大変だ。幽霊船が攻めてきた」
窓を開けて外を確認する。港から火の手が上がっている光景が見えた。海上に青白く光る六十m級の帆船六隻が接岸していた。
「なんや、勝ったんやなかったのか」
急ぎ着替えると、冒険者ギルドに急いだ。
(相手が海賊なら獲物を求めて坂の上まで追って来るかもしれん。幽霊船は違う。乗っているモンスターが幽霊船に縛られた存在なら、停泊する幽霊船からそれほど離れない。となると、幽霊船から降りてきたモンスターは坂の上まで追ってはこないはずや。敵が追ってこないなら、無理に戦わず、避難誘導を優先すれば犠牲者は少なくて済む)
冒険者ギルドのドアを開けて叫ぶ。
「幽霊船が街に攻めてきた、街の人を避難させる手を貸してくれ」
冒険者ギルドには三十人ほどの冒険者がいた。
「幽霊船」と聞いて、ある者は青い顔をする。また、ある者は身震いする。頭を抱える者もいた。三十人の冒険者からは誰も協力の名乗りを上げ者はいなかった。
(幽霊船の恐怖が、すっかり身に染みている。これは使い物にならんで)
冒険者ギルドを出た。おっちゃんは『拡声』の魔法を使う。
「上や、坂の上に逃げるんや」と指示を出しながら、港へと下りて行った。次々と人々が逃げて来る。ぶつかりそうになる人を躱して港に向かった。モンスターとは遭遇しなかった。
暗闇の中、炎で赤々と輝く港が見えた。港に停泊している船は燃えていた。倉庫の窓からも炎が上がっていた。
おっちゃんが港に着いた時には幽霊船は岸を離れていた。奇襲を成功させて引き上げる幽霊船の姿があった。幽霊船が静かな海に帰って行く。
「これは、完全にやられたで」
おっちゃんは港での消火作業を手伝ってから、宿屋に帰った。宿屋に着いた時には夜が明けていた。
目が覚めて、冒険者ギルドに行く。冒険者ギルドでは、幽霊船の話題で持ち切りだった。市場に出ても、幽霊船の話で一色だった。
夜になる。今晩もまた襲撃があるのではと、皆が皆、不安になった。
兵隊が港湾の警備に当ったが、とても心細く見えた。おっちゃんも襲撃に備えて、革鎧で夜を過ごした。
その夜は襲撃がなかった。次の日も、次の日も、不安な夜は続いた。
四日目の夜。「幽霊船が出たぞ」の宿屋の主人の声で目を覚ました。窓から外を見ると、幽霊船六隻が見えた。今度は接岸していなかった。
襲撃前と知り港へ駆け出した。港では海兵と幽霊船が激しく弓矢で戦っていた。
敵味方の激しい矢の応酬に、おっちゃんは流れ矢に当らないように隠れて見守った。
矢は幽霊船より港側から多く飛んでいた。幽霊船側の戦力はわからない。だが、幽霊船側から飛んで来る矢は命中率が高く、海兵がばたばたと倒れる。また、幽霊船から放たれる矢のほうが、飛距離が長かった。
「これ、あかんで、港の守りが破られて、上陸されるぞ」
おっちゃんは上陸に備えた。幽霊船は十五分ほど矢を浴びせると、暗い海に戻って行った。
夜が明ける。幽霊船の恐怖に街は沈んだ。
昼ごろに目が覚めた。食事をするために冒険者ギルドに行った。昼時なのに冒険者ギルドには冒険者も一般人も少なかった。
食事をしていると、冒険者の憤る声が聞こえた。
「おい、聴いたか、街では、幽霊船が襲ってくる事態は冒険者のせいだっていう話」
「聞いたよ。俺たちが幽霊船から宝を盗んだせいで取り返しに来ている、って話だろう。馬鹿らしい。幽霊船に宝なんて、一つもなかったのによ」
(なんや、そんな話になっとったんか。ちと、調べてみるか)
食事が終わると、以前にクロリスから貰った水夫の服を着る。
水夫の格好で街をぶらついた。市中のでも憤った冒険者が話していたように、「冒険者が悪い」「冒険者のせいだ」と話す恨み節が聞こえていた。
冒険者だけが悪者かと、居心地が悪かった。すると、「冒険者は悪くない。領主が悪い」「冒険者はよくやったの」と別の声も聞こえて来た。
(なんや、冒険者が悪いの、声ばかりやないのか。『火龍山大迷宮』と共に発展してきた街でもあるからな。冒険者と付き合いのある町の人間も多いんやろう)
幽霊船の不安が高まる中、事件が起きた。
冒険者ギルドで寛いでいると、冒険者の一人が血相を変えて飛び込んできた。
「ゲーノスの野郎、全ての責任を俺たちに押し付ける気だ。広場の掲示板を見ろ」
港近くの広場に人が集まっていた。群衆を掻き分けて進むと、広場に大きな掲示板が出ていた。
『全冒険者に告ぐ。幽霊船から持ち出した宝物は即刻、城に返納せよ。また、宝を隠している冒険者を告発した者は、褒美を取らせる。領主・アルセ・ゲーノス』
人々がざわめく。
「おい、やっぱり冒険者が悪いのか」
「いや、でも、討伐時に宝は持っていって良いと触れを出した人間は、領主だろう」
色々な意見もある。集約すると民衆は「冒険者が悪い派」と「領主が悪い派」に分かれていた。
(これ、まずいんちゃうか。街が二つに分かれる。こんな時に幽霊船が襲ってきたら暴動が起きるで。幽霊船より人間同士の諍いのほうが、災いは大きくなる)
冒険者ギルドに戻った。クロリスが困惑した顔でやって来る。
「おっちゃんにお客さんよ、マスケル商会の番頭で、ピエールさん」
意外な来客だった。なんの用やと思って密談スペースに行った。
ピエールが澄ました顔で話す。
「先日は、失礼しました。まさか、本当に『クール・エール』の仕入れに成功するとは、驚きの限りです。今日はマサルカンド商人組合の人間として来ました。おっちゃんさん、あなたの手腕を見込んで、お願いがあります」
おっちゃんは警戒していた。
「なんや、改まってからに。あと、おっちゃんさん、やなくて、おっちゃんでええよ」
「街を騒がせている「冒険者派」「領主派」の争いについて御存知かと思います。このままでは、いずれ、よからぬ事態が街に起こります。そうなる前に、争いを未然に防いで頂きたい」
仕事の内容はわかったが、どうにも漠然としすぎている。
「おっちゃんは、しがないしょぼくれ中年冒険者。そんな大層な依頼を出されてもね」
ピエールが冷たい顔でサラリと発言する。
「簡単な仕事です。冒険者が隠している幽霊船の宝を突き止めて、持って来ていただければいい。相応のお礼は、しますよ」
「商会は領主派ですか」
ピエールが強い口調で依頼した。
「違います。商人組合は街の全ての利益を考えています。いわば、中立です。ただ、中立でいるのが難しくなってきた。ですから、中立でいられる間に問題を解決したいのです」
(商人組合は中立でも、ピエールは領主派か。面倒な話を持って来たな)
「とりあえずは、考えてみますわ。そういうことで、今日のところは勘弁してもらえませんか」
ピエールは席を立った。おっちゃんを見下ろして言葉を発する。
「わかりました。色よい返事を待っていますよ」
ピエールが立ち去る。入れ違いで、クロリスが顔を曇らせて入って来た。
「また、お客さん。今度はバネッサさん」
面会の了解をする前に、バネッサとイゴリーが入ってきた。
バネッサがおっちゃんの正面にドカッと腰を下ろした。
面白くないの顔をしたバネッサが、ぞんざいな口調で用件を切り出した。
「今日は、ビジネスの話をしに来たわ。街を騒がせている騒動は知っているね。このままでは、街は割れる。そうなる前に止めて欲しい」
(盗賊ギルドまで動いているところを見ると、事態は思ったより、深刻なのかもしれへんな)
「そんなこと言ったかて、おっちゃんは、しがないしょぼくれ中年冒険者や。そんな大きな仕事を持ち込まれてもね」
バネッサが眉間に皺を寄せて、乱暴な口調で言い放つ。
「簡単な仕事だ。今回の責任者である領主の首を取って幽霊船に投げ込んでやれ」
イゴリーが渋い顔で嗜める。
「言いすぎだ。本気にしたら、どうするんだ」
バネッサはイゴリーの言葉にそっぽを向いた。
「盗賊ギルドは、冒険者派ですか」
バネッサが苛立った口調で話を進める。
「違う。盗賊ギルドは、どっちにも義理があるわ。だから、どちらの味方にもなれないのよ。だが、そう、もう静観してられなくなってきたわ。ここいらで、責任がどちらにあるか明確にしないと決まりが悪い。盗賊ギルドの依頼は、責任のあるやつにケジメを取らせろ、それだけよ」
(盗賊ギルドも中立で。バネッサは冒険者派か、なんか、ややこしいな)
「なんか良い方法を考えてみますよ。今日のところは、それで引き取り願います」
バネッサが立ち上がって、ツンとした態度で応じた。
「NOは聞きたくないわ」
バネッサとイゴリーが帰った。クロリスが冷たい飲み物を持って入ってきた。
おっちゃんはクロリスに愚痴った。
「もう、なんで、こんなややこしい依頼が、しがないしょぼくれ中年冒険者のところに、指名で来るのかな」
クロリスが柔らかい表情で、やんわりと述べる。
「縁だと思うわ。おっちゃんには、不思議と縁を結ぶ力があるんだろと思う」
「やりたくないんやけどな。流れからして、おっちゃんがやるしかないのかなあ。しゃあないな」