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第三十八夜 おっちゃんと領主の思惑

 密貿易をした三日後。ポンズの手により、約束だった残りの百二十樽を積んで貿易船が寄航した。

 盗賊ギルドが偽装書類をくれたので、ポンズたちは盗品の『クール・エール』を正規品と偽って荷揚げした。


 冒険者の酒場にはポンズたち海賊クルー四十名が冒険者の格好で食事をしている。冒険者も海賊も、並んで飯を喰っている分には、それほど変わりがなかった。


 冒険者ギルドのマスターも、とやかく言わなかった。


 密談スペースでポンズがテーブルに並べられた金貨を数える。

「よし。金貨百枚、確かに受け取った。これで、ここの支払いをできるってもんだ。溜まったツケも払える。また仕入れたら頼むぜ、兄弟」


 ポンズが晴れやかな顔で握手を求める。

 おっちゃんは握手をしてお願いする。


「『クール・エール』を売ってもらった立場としては、とやかくいいたくはないけど、この港に来る船は、襲わんで欲しいわ。物流が滞る」


 ポンズが心外だと言わんばかりに釈明する。

「なにか勘違いしているようだけど、『クール・エール』は略奪品じゃないぜ。あれは、海に落ちていたんだ。俺たちは海に出て漂流する船から荷物を集めて秘密の場所に保管していただけ。おそらく、貿易船は幽霊船にやられたんだな」


「なんや、ほんまか?」


 ポンズが自信有りげな顔で強い口調で断言する。

「間違いないね。海賊にやられたなら、荷が残っている状況は、おかしい。船が難破したなら、飲める酒が残っている状況はない。荷物がそっくり残っていて、船員がいなけりゃ、モンスターの仕業だ」


 ポンズが腕組みして神妙な顔で忠告した。

「実際に見たわけではないが、幽霊船一隻の仕業ではない。おそらく、幽霊船は、船団を組んでいる。出遭ったら、よほど足の速い船か、坊さんを山と積んでいなければ助からない。命が惜しけりゃ海に出ないことだな」


「じゃあ、ポンズ。なんでマサルカンドまで来たんだよ」


 ポンズは白い歯を見せて笑った。

「浪漫だよ。秘密だが、この付近の小さな島のどこかに『赤髭』と呼ばれた海賊の宝がある。俺たちは『赤髭』の宝を狙ってきたのさ」


『赤髭』については聞いた記憶があった。『赤髭』は燃えるような真っ赤な髪と髭を持つ大男の大海賊。『赤髭』の最期は部下に裏切られて死んだ、となっている。お宝の大部分はどこかに消えたと噂されていた。


「大海賊の宝ね。おっちゃんには関係ないか」


「俺たちは、しばらくこの近海をうろうろしている。ちょくちょく港に補給にも寄るだろう。冒険者の酒場には情報収集兼連絡要員も置いているから、何かあったら連絡をくれ。また、上手い酒を飲もうや、兄弟」


 ポンズが部屋から出て行った。


 建物が小さく揺れた。地震だった。揺れは、小さくすぐに停まった。

「本当に地震の多い街やな」

 着いた当初は驚いた地震だが、十何回目となると、さすがに慣れた。


 おっちゃんは財布からお金を出す。金貨にして百六十枚が手元に残った。

 一日の生活費が銀貨二枚。八千日分の生活費が残った。儲ける気はなかった。人助けのためと思って始めた仕事が、とんでもない利益を生んだ。


「参ったな。これ噂にならんといいけど」


 おっちゃんは金貨一枚と銀貨数枚を残して、冒険者ギルド内にある銀行にお金を預けた。


 金があるので、ダラダラと過ごした。食事も、冒険者の店よりワンランクいい店から、仕出し弁当を取った。そんな生活も一週間も続けると、冒険者の店の料理が恋しくなった。


 久しぶりにおっちゃんが冒険者の店に行くと、店が空いていた。冒険者の店は一般人が入れない店ではない。一般人も飯を喰ったり、酒を飲んだりする。店には一般人がいつものようにいるのだが、冒険者の姿が少なかった。


 クロリスに事情を尋ねた。

「なんや、冒険者の姿が少ないみたいやけど、皆どこに行ったん?」


「幽霊船討伐よ。物流が滞った現状に業を煮やした近隣三都市が、幽霊船を退治するべく人を募集したのよ。幽霊船が大量に保持している宝も取得した人のもので、わずかだけど日当も出るわ。中級未満の冒険者は、こぞって参加しているわよ。今日はその応募締め切り日なのよ」


 幽霊船には興味がある、だが、幽霊船討伐には参加しようとは思わなかった。

(海上なら集団生活や。おっちゃんは、モンスターやし、人間との集団生活はできんか。せいぜい、大勢の冒険者が戻ってくる未来を祈ろうか)


 五日後、盛大な出陣式が行われた。出陣式の最後にマサルカンドの領主ゲーノスがスピーチ台に上がった。


 ゲーノスは五十を過ぎた男性だった。黒髪で面長の顔をしている。貴族らしく青い襟が豊かな服を着て、カラフルなカボチャ型のズボンを穿いていた。


 ゲーノスのスピーチによれば、総兵力は一千人。帆船は十隻に及ぶ規模だと発表があった。八分ほどスピーチの後、出陣式はクライマックスを迎える。


 冒険者と海兵を乗せた五隻の船が出港する。先端にバリスタを搭載して三つの帆を持つ全長六十五mの帆船だ。帆船は他の都市の船と合流すべく港を出た。


「無事に帰って来いよ。冒険者」


 六日後、「艦隊勝利す」の一報が入って来た。街は祝賀ムードに沸いた。街には花吹雪が舞い、城では祝勝晩餐会が開かれた。あちらこちらで乾杯の音頭が聞かれた。吟遊詩人たちの歌声が夜遅くまで聞こえた。


 さらに三日が経つと、船が帰って来た。五隻で出て行った帆船だが、帰還した船は二隻しかいなかった。船から下りてくる冒険者は皆、敗残兵のように傷を負い。無傷な人間はいなかった。


 あまりの痛々しさに、祝賀ムードが一気に消えた。街は帰らぬ人を(いた)む声と、悲痛な声に溢れた。


「勝つには勝ったが、辛勝か」


 冒険者ギルドに戻る。出陣していた冒険者が店で酒を飲んで荒れていた。

「畜生、幽霊船があんなに手強いとは、聞いていなかった。宝なんてなんて何も持っていない。仲間は次々に海に消えていった。俺には聞こえる。友の、この世のものとも思えない叫び声が」


 冒険者の酒場で帰還者たちの声に耳を傾ける。誰しも宝はなかったと愚痴る。騙されたと口にする。参加してよかったと口にする者は、誰一人としていなかった、


 辛勝とはいえ、勝ったのだから物流は回復する。商人や貴族たちは恩恵を受けるのだろうが、冒険者には恩恵が廻ってくるとは思えなかった。


 冒険者サイドで見れば幽霊船討伐は完全な失敗だった。冒険者ギルドには、ただ怨嗟の声が溢れていた。


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